第4話 ギルドにてはじめての召喚
先ほど、ハクアと共に来た道を戻るように進んでいく。
二人は特に話すことなく歩いていたのだが、フィンが思い出したように話し出した。
「そういえば、クローディアさんは異世界の方だったのですね。それならば団長が仕事をしていたのにも納得です」
「そう、みたいですね。この世界は不思議なことが多くてびっくりです」
突然現れた魔族は恐ろしいものであったし、シノノメの戦闘もスピード感があって前の世界では創作の中でしかありえないものであった。
というか、フィンは今、クローディアにとって聞き逃せないことを当たり前のように言わなかっただろうか。
話題が他に思いつかなかったので、クローディアは気になった今のことを思い切って聞いてみることにする。
「ハクアさん、仕事をあまりされないんですか、そうは見えなかったんですけど」
魔族が現れた時の対応も迅速だったし、クローディアが助けを求めた時もきちんと助けてくれた。
クローディアにはハクアが仕事をしないようには見えなかったのだが。
「え? あぁ、クローディアさんは異世界から来たから、不思議に感じないのですね。申し訳ないですが、団長の名誉のために私からは申し上げられないです。でも、きっとすぐにわかると思うので、深く考えなくても大丈夫ですよ」
どうやら、なにか理由があっての発言だったらしいが、その理由について話してくれる気はないらしい。
「ですが、少しヒントを言わせていただくと、団長は普段、女性と一緒に歩くことはないんです。この建物に入ってから、団員にチラチラ見られたりしませんでした?」
フィンの言うとおり、クローディアはこの詰め所に来てからたくさんの人にチラチラと見られた。
その誰もが、クローディアに話しかけることはせず、遠巻きに見たり、いないものとしていたが。
黙っているクローディアから、肯定であると察したフィンは、ニコニコと微笑んだまま続ける。
「皆、珍しくてどう反応したらいいのかわからなかったんですよ」
疑問符を浮かべるしかできないクローディアは答えがわからず、言葉を返すことができない。
しかし、フィンもこれ以上は話すつもりはないのだろう、ニコニコと笑うだけでそれ以上の説明はない。
ちょうどよく詰め所から外に出たので、この話題は終わり、これから向かうギルドについてフィンが説明してくれる。
彼の説明によると、ギルドとはこういうものらしい。
この世界でいうギルドとは、国境に関係なく形成されている十二の組織を指す。
ギルドの冒険者に登録している者は世界人口の五分の一ほど。
冒険者は兼業も可能なため、国に所属する騎士も冒険者登録をしている人が多い。
ギルドは通常、ギルド連盟という各国から認められた機関に所属する十二人のギルドマスターによって、ギルド全体の秩序を守り、規則や決定を行なう。
これらの人物を総称してギルド評議会という。
また、各国から承認されていることにより、ギルドにて冒険者に発行されるライセンスは世界で通用する。
「ギルドのライセンス発行はどのギルドでも行われています。クローディアさんにはこれから、この街に拠点を置くギルドで冒険者登録をしてもらって、ライセンスを発行してもらいましょう。ライセンスは身分を証明するものにもなりますから、これから先、必ず重宝しますよ」
「色々とありがとうございます。けど、冒険者になるといっても、私、なにもできないですけど……」
冒険者というには、戦闘能力が必要となって来るのだろう。
けれど、元の世界で喧嘩のけの字もなかったクローディアには、戦える力はない。
冒険者登録という時点でつまずくことがいとも簡単に予想できてしまう。
「そこは大丈夫です。クローディアさんは召喚士なので、召喚獣と契約さえできれば資格はとれます。それに、冒険者といっても、クエストには幅広い種類がありまして、探し物子守りまでなんでもあるんですよ」
「それなら、少し安心しました」
いきなりドンパチやる戦いなんて、クローディアにはとてもできると思えない。
この世界に魔族という明確に危険な存在がいる限り、ずっと避けて通れるとは思えないが、今はまだ遠慮したい。
クローディアたちは詰め所を出てから、通りをずっと歩き続けていた。
この街はかなり大きなところなのか、いたるところに人が歩いている。
メインの大通りとは思えないが、店もあちらこちらに出ているし、活気がある。
そしてなにより、人々が安心し、平和に生きていることが窺えた。
(きっと、ここにある騎士団やギルドが精神的に大きな支えとなっているんだろうな)
魔族という恐ろしい存在がいる世界でも、安心して笑顔でいられる強い存在。
それが、ハクアの騎士団とギルドということなのだ。
「ここです。ギルドに着きましたよ、クローディアさん」
「ここが……」
クローディアの目の前にあるのは石造りの綺麗な白い建物だった。
入り口であろう黒い大きな扉の上には、クローディアが読めない文字が書かれた板が立て付けられている。
「ここは“白火の断罪”というギルドです。ギルドの中で最も新しいギルドですが、評判はかなりいいところですよ。まぁ、我々とは衝突が多いんですけどね」
「ギルドと騎士団は仲が良くないんですか? でも、ライセンスの発行を勧めるってことから、そうは思えないんですけど」
「いえいえ、ギルドと騎士団の仲は悪くありませんよ。ただ、ここのギルドとは仕事内容が被るので、よく仕事先で鉢合わせしたりするんです」
それでよく揉め事が起きるんですよね、とフィンはなんでもないように言っているが、それはかなり問題なのではとクローディアは思った。
「では、中に入って受付に行きましょうか」
フィンに促され、クローディアはギルドの中へと入っていく。
建物内には街中を歩く人々とは異なった風貌の者が多かった。
ごつい鎧に身を包む者、明らかに魔法使いであることがわかる服装の者、それに人とは違った姿の者もかなりいた。
そういえばクローディアが街中を歩いていた時に、耳や尻尾が付いてる人がいた。
最初はコスプレみたいな感じで飾りをつけていたのかとクローディアは思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。
クローディアはこのことをフィンに聞いてみようかと思ったが、それより先にフィンは受付で話し始めてしまった。
可愛らしい少女とフィンは少しの間話し、それから少女の方がこちらに向き直る。
「お話は伺いました。初めまして、クローディアさん。私は白火の断罪で受付を担当しています。イマリです、よろしくお願いします」
そう言ってペコりと頭を下げた少女の頭には、ぴょこんとふたつの可愛らしい耳がついている。
(この耳は……猫かな)
見慣れた可愛らしい耳は猫に違いない。
そしてなんだか親近感がわくのはクローディアの気のせいではない。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「はい、ではこちらにどうぞ」
イマリに促され、クローディアとフィンが彼女に続いてギルドの奥へと進む。
ギルドの奥には開けた場所があり、そこでなにかが行われるのだろうと推測される。
「こちらで、クローディアさんには召喚獣と契約していただきます。一匹も契約していないと冒険者として登録することができませんので」
「え、いきなり召喚できるものなんですか」
イマリの言葉に驚きが隠せない。
なぜなら、魔法どころかその片鱗すら感じられないクローディアが今ここで召喚獣と契約できるとは思えないからだ。
「私も召喚士の方にお会いするのは初めてなのですが、クローディアさんの前に召喚士として冒険者登録された方の情報と手順が記録として残っていますから、大丈夫です。初めての契約に必要なのは、召喚陣と召喚士だけです」
そう言って、イマリが備え付けてある引き出しから取り出したのは白いチョーク。
そして、別室に保管していたらしいファイルを持ってきてくれた別のギルドメンバーから受け取った。
「これでこの紙にある陣を床に描いてください」
「私が描くんですか、上手く描けるか自信がないんですけど……」
自慢ではないが絵心に関してはないことには自信がある、とクローディアは思っている。
可愛らしいキャラクターも、デザインもどうもしっくりこない形で仕上がるのだ。
これはもうセンスがないというしかない。
「大丈夫です、上手く描けなくても召喚士が描いた陣でしたら効力はあるとのこと」
「……わかりました」
下手な陣になっても効力はあるというのなら、自分の恥を我慢すればいいだけの話だと、クローディアは腹を決めてイマリからチョークを受け取る。
そして、床に置かれた紙に描かれた陣を描き始める。
紙には、円の中に文字やら図形やらが書き込まれており、それを写すだけとはいえど、かなり大変な作業だった。
召喚陣を描いている間も、フィンとイマリはじっと待っていてくれた。
そのことに申し訳なさを感じつつも、長い時間をかけて召喚陣を描き終える。
手本にした召喚陣よりかなり歪な円になってしまっているが、なんとか描き切れた。
「お疲れ様です。ではこのナイフで指を少し切り、血を陣の中心に垂らしてください。そしてこの誓言を読み上げれば、貴女に縁が深い召喚獣か精霊が応えてくれます」
「頑張ってください、クローディアさん」
イマリとフィンが見守るように少し離れたところから応援してくれる。
そのことになんだか少し恥ずかしさを感じつつ、クローディアは渡された紙に目を通す。
手渡された紙には、二行くらいの言葉が書かれていた。
その内容が頭の中に浮かぶ。
(こ、これ……、言うの恥ずかしいって思うのはダメだよね)
前生きていた世界では、絶対に口にすることはないだろう言葉がそこにはある。
しかし、今更恥ずかしいから止めますなどと言える状況ではないことくらい、クローディアにだってわかる。
ナイフで指を切るのでさえ少し怖いのだから、なにか大きなものが召喚に応じたら絶対に失神する。
だがもはや、やるしか道はないだろう。
クローディアは覚悟を決め、ひとつ大きく息を吸って吐く。
(大丈夫、できる)
円の中心に立ったクローディアは、左手の人差し指にナイフを滑らせ、血を陣に垂らす。
自分の体に刃物を通すのは怖いものだが、なにが起こるのかわからない緊張からか、痛みを感じなかった。
頭の中に浮かんだ文言をひとつずつ、大事に言葉にしていく。
「『我、大地に生きし竜の民。汝は異界に生きし竜の眷属。我との縁を繋ぎ、暗雲立ち込めし此の世に生きし我が刃、我が盾と為り、あらゆる魔を打ち滅ぼす力と為らん』」
誓言を読み始めてから、召喚陣の中は光と光の玉で満ちていく。
光の玉の色は金だけではなく、赤青緑など色とりどりだった。
なにが起こるのかわからない状況の中であったが、クローディアは流れるように最後の言葉を口にする。
「『いでよ、竜の眷属』」
その時、光の爆発がクローディアの周りで起こる。
眩いほどの光が生まれ、目を開けることすら叶わなくなった。
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