第3話 希少職業、召喚士
「お邪魔します」
「どうぞ」
執務室はかなりシンプルだった。
大きな窓の前に執務机と椅子が一つ、他には本棚やチェストが壁にそって配置されている。
執務机に書簡が何通かと筆記用具が置かれており、他になにも置かれていない。
仕事は溜めておかないタイプなのだろうか、と女が感想を抱く。
執務机から向かって右側に、来客用のローテーブルとソファが設置されている。
「そこに座って」
「はい、失礼します」
女は勧められたとおりにソファに腰掛ける。
ボスンと音が立つくらいの少し固めのソファだった。
彼は執務机の上にあった書簡を読み始めたところだ。
若干嫌そうな雰囲気から、恐らく金騎士という人から届いた書簡だろう。
(無表情な人なのかと思っていたけど、よく観察すると分かりやすい)
封を切って開けた書簡になにが書いてあったのかはわからなかったが、彼の様子を見るに、あまりいい内容ではない気がする。
「そういえば、名前聞いてなかった」
書簡から目線を上げず、彼が突然言い出した。
「そうですね、私も貴方の名前を聞いてなかったです」
奇妙なもので、出会ってからここまで来たのにお互いに名前すら知らない状態だった。
相手からしたら急に現れた不審な女で、女からしたら助けを乞うた相手だというのに。
実は、ここに来るまでに女が彼に聞きたかったのは、まさしくその名前だったのだけれども。
「私の名前は……」
女は自分の名前を口にしようとしたのに、言葉にならない。
いや、わかっているはずの自分の名前が一切思い出せないのだ。
けれども、その代わりに知らない名前が口をついて出る。
「……クローディア」
知らない名前、けれどもそれが自分の名前だと、女はなぜかわかった。
(きっと、これがこれからの私の名前)
病気で辛かった自分とは違う人生が、ここから始まる。
嬉しいような、悲しいような、なんとも言えない感情に思わず顔がうつむいてしまう。
そんな女の様子をさすがに気にしたのか、彼は今までより幾分か優しい声で言葉を返してくれる。
「そう、俺はハクア。よろしく、クローディアさん」
優しい声で初めて呼ばれた名前に、うつむいていた顔が自然と上がる。
そこにいたのは書簡から視線を上げ、真っ直ぐにこちらを見る綺麗な人だった。
執務室の大きな窓から降り注ぐ太陽の光が、彼の美しさに神々しさを重ねている。
細身の体を包む、白に青の紋様が入った鎧。
他の騎士とは違うマントは濃い青色で、左胸には剣を象った徽章が金色に光っている。
彼の左腰には控えめな装飾が施された剣が吊るされており、その控えめさが殊更彼の神々しさを引き立てている。
そのあまりの神々しさに、初めて会った時よりも、今の方が初めて会った気がしてしまう。
「よろしく、お願い、しますハクアさん」
クローディアはハクアが美しすぎることを再確認し、言葉を返すことさえぎこちなくなる。
しかし、ハクアはそんなことをいちいち気にするタイプじゃないのか、普通に会話を続けてくる。
「うん。ところで君は身分証を持ってないよね?」
「……はい」
「うん、やっぱり」
「え?」
「君、この世界の人じゃなかったりする?」
開いた口が塞がらないというのはこういうことをいうのだろうか。
色々と段階をすっ飛ばして、まさに核心をついてきた。
それより、この世界以外に世界があるという認識がここの人たちにはあるのだろうか。
「は、い。多分、そうです」
もう、この時点で相手がどうとかは頭に残ってなかった。
右も左も分からない自分に、理解者が現れたのかもしれない。
「そっか、初めて見た。異世界人」
気分が高揚するクローディアに対し、ハクアは単純に異世界人に会ったことを喜んでるように見える。
「あの、信じてくれるんですか? というか、なんでわかったんですか?」
「この世界“スディナビア”では滅多にないけど、まったくないわけでもない。君のほかにも過去に数人、現在も一人確認されてる」
「そうなんですか?」
衝撃とも言える事実に、つい返事が素っ気なくなってしまったが、ハクアは大して気にしていない。
(結構、マイペースというか、素直というか)
なんとなくそんな感想を抱いてしまう。
「うーん、確かに魔力の質が違う。俺は初めて会うから、違いがよくわからなかったけど。……よくわかったな、スジンさん」
「!?」
執務机に書簡を置いて、クローディアの前までやってきたハクアは、身を少し屈めて、顔を至近距離まで近づけてくる。
「君は召喚士なんだって。と言ってもよくわからないか」
(いや、それより近いです!)
ハクアの接近により、今や二人はまつ毛の本数や、瞳の瞳孔まで見える距離だ。
今の会話の流れから、顔を近づけるのはなぜなのだろうか。
「って、召喚士……?」
「そう召喚士。ごめん、俺、説明苦手でわかりにくいかもしれないけど、簡単に説明する?」
ハクアが近づけていた顔を離してくれ、クローディアは密かにほっと息をつく。
美形のアップなんて心臓に悪すぎるだけでよくないことが知れた。
高鳴っていた心臓を何とか宥め、頭を下げる。
「お願いします」
「この世界には職業と呼ばれる役割が存在していて、騎士、魔法士、弓兵……さっきのシノノメのような銃士とか。もちろん、鍛冶職人や宿屋主も職業に該当し、それらを総称して職業と呼んでいる。そこに君の召喚士という役割も含まれる。ここまでは大丈夫?」
「……はい、大丈夫です」
元の世界でも職業はあったし、そこに戦う役割も入るという認識でいいのだろう。
「この召喚士は他の職業と違って魔力の質が若干違う。俺も、召喚士に会うのは君が初めてだから、わからなかったんだけど。魔力の質が違うっていうのは、魔法が使える魔法士と比較した方がわかりやすいかな。魔法はわかる?」
「炎とかを出す奇跡のようなものですよね?」
漫画やゲームでは自然エネルギーを操ったりすることを魔法と呼ぶことが多い。
「うん、大体その認識で大丈夫。魔法士の使う魔法は精霊と適合し、自分の体を媒介にして使う。逆に召喚士は自分の体を媒介にするのではなく、媒体にして精霊と契約し、その力を借りる。直接精霊の力を使えるから、理論上は魔法よりも強力な力が使える」
「理論上は、ということは」
ハクアの様子から、なにかしらのデメリットがある気がした。
「そう、残念ながらそこまで高位の、戦闘に参加できるほどの精霊と契約することが実質不可能。加えて、召喚士は自身を媒体にするために、特殊な魔力を自分で生成する必要がある。これが出来る人間が千万人に一人の割合」
「千万人に一人……!?」
桁が幾つか違うのではないか、そう言いたいが、そうではないことはさすがにわかる。
「この条件に加えて、戦闘能力のなさから大体魔族との戦闘で殺されている。だから、この世界で確認されている召喚士の人数は現在六人。君がなれば七人」
とんでもない話に頭がくらくらしてきた。
つまり、超珍しい職業で生存率が著しく低い職業の適性が自分にあるということだ。
「大体の召喚士は、他の職業と兼業して自身の戦闘力をあげてる。召喚士のメリットは、身体能力が低い人間でも一応戦闘に参加できるってことと、国が保護するから生活には困らないこと。この世界で生きるには、なんらかの職業が必要になるから、君も選択肢に入れていいと思う」
「はい……」
身体能力には自信がないし召喚士もいいかもしれない、とクローディアは思った。
「あっ、ごめん。召喚士の素質がある人は召喚士になることは決定しているんだった。なりたい職業があったら兼業で」
「え」
サラリととんでもないことを言われた気がする。
なんと召喚士になることはすでに決定してしまっているらしい。
まぁ、身寄りもないクローディアは国の保護を受けられるなら、と結局召喚士になることを決めていただろう。
(身体能力に自信なんてないし、直接戦うなんて今はとてもじゃないけどできない)
「わかりました。あの、私はこれからどうしたらいいですか?」
「身分証明するためのライセンスを貰いにギルドに行ってもらったほうがいいかな。それがないとほとんどの施設が使用できないし……」
どうやら、ギルドというものに行って、ライセンスというものを発行してもらうみたいだ。
だが、この感じだと、クローディア一人で行くことになりそうである。
(ハクアさんは忙しいだろうし、仕方ないよね)
だがやはり、知らない場所で一人になることに心細さはぬぐえない。
ハクアがこちらの様子を見ているが、さすがにクローディアの胸中には気づかないだろう。
コンコンと執務室の扉がノックされ、先ほど、廊下で会ったフィンがティーセットを持って入ってくる。
「失礼します。お待たせしました、お茶を淹れたのでどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
フィンはニコニコと穏やかな笑みを浮かべながら、持ってきたティーセットを並べていく。
それをじっと見ていたハクアが、小さく言葉を溢し、思いついた考えを言葉にする。
「クローディアさんだけだと心細そうだし、フィンが案内してあげて」
「え?」
「はい?」
いきなりのことにクローディアもフィンも疑問の言葉が口をついて出た。
だが、当の本人はフィンが淹れたお茶を美味しそうに飲んでいる。
……無茶苦茶ふーふーしてることから、猫舌らしい。
「お茶ありがと、フィン」
「いや、それはいいんですけど、私がなにに案内するんです?」
のんびりとお礼を言うハクアだが、フィンは突然の命令に説明を求めた。
「彼女、異世界人で召喚士。ライセンス発行する。場所分からないだろうから案内お願い」
「なんでカタコトなんです、団長。でもわかりました、ギルドに案内した後はここに戻ってくればいいですか」
簡潔すぎる説明から、自分がやるべきことを導き出したフィンは、確認のため尋ねた。
「うん」
「団長はこれから?」
「金騎士のとこ。呼ばれたから」
「了解です」
ポンポンと交わされる二人の会話を、黙って聞いていたクローディアはフィンがギルドまで案内してくれることは理解できた。
「では、クローディアさんこれからよろしくお願いします。私は団長補佐のフィンです」
「ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
それにしても、二人の打ち解けた雰囲気は団長と団長補佐ゆえのものだったらしい。
(外見年齢だけ見れば、フィンさんの方が上には見えるけど)
フィンの年齢は二十代後半くらいで、ハクアは二十代前半に見える。
実力が地位の高さに反映しそうなこの世界では、年齢はあまり重要視されないのかもしれない。
「せっかく淹れたので、クローディアさんが飲み終わったら出発しましょうか」
気を遣ってくれたのもあるのだろう。
フィンはクローディアにひと息つく時間を与えてくれた。
その気遣いに感謝しつつ、クローディアは仄かに花の香りがするお茶に口をつける。
花の香りが口に広がり、緊張続きだったクローディアの心をほぐしてくれる。
「今回はお客様用のお茶なんですよ。だから、花の香りがするんです」
「あぁ、だからか」
たまにはこういうのもいいね、とハクアは感心したように続ける。
クローディアは、普段は花の香りがするお茶ではないのかと思ったが、その疑問に答えるようにフィンが言う。
「普段は男所帯なのでこのようなオシャレなお茶は出しません」
飲めればなんでもいいって人が多いですからね、と微笑むフィンに、ハクアは黙って肯定をするように頷いた。
(この騎士団にはお茶を楽しむ人はそんなにいないのかな)
そう思ったクローディアだったが、言葉にはせずにお茶を楽しむことにする。
クローディアがお茶を飲み切ったところで、ライセンスを発行できるギルドに案内してもらうことになった。
クローディアはハクアに一旦のお別れとお礼を言い、フィンについて執務室を出た。
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