第2話 異形の生物、魔族
息も絶え絶えなまま、騎士が目の前へとやって来る。
そして右手を左胸に当てる敬礼をとった騎士は、魔族が人を襲っていると報告した。
「ま、魔族?」
なにを言っているんだと、女は言いたかったがそんなことを言える雰囲気ではない。
その騎士の様子も尋常ではなかったし、彼の報告を聞いた男性二人が緊張ともいえる表情を浮かべたからだ。
女は直感的にこれは冗談とかそういったものではないと理解した。
騎士の報告を受けたのは、群青色の髪を持つ男性だった。
「結界は?」
「わかりません、現在確認中です。敵は二体で、いずれも鳥獣の姿をしています。現在、その場にいた“金剛騎士団”と“蒼玉騎士団”の数名で被害を食い止めていますが、このままでは破られます」
「場所は?」
「商業地区、大広場です。金・銀両騎士に救援を要請しましたが、団長の方がお近くにいらしたので」
「わかった。出る」
「はっ!」
報告を受けた彼の行動と決断は早かった。
次の瞬間にはマントをひるがえして駆け、角を曲がって姿が見えなくなった。
報告をした騎士も、それに続いて走り去っていった。
「街の中まで魔族が出たか。どうやって入ったんだろうな」
女は怒涛のような展開と情報量についていけず、その場に立ち尽くしていたが、そのまま残っていた男性が軽い調子のまま話しかけてきた。
「え、あ……そうですね」
「……?」
女の生返事に男性が怪訝な顔をしていたが、それに気を割く余裕は女にはなかった。
騎士、魔族、結界。
自分が生きてきた短い人生と狭い世界の中では決して巡り合わず、創作の中でしか聞くことがなかった名称。
それが当たり前のように自分以外の人間から発せられたという事実に、女は頭がついていかない。
恐怖となにがなんだかわからない気持ち悪さで気を失ってしまいそうだったが、よくわからない状況下で意識を手放すのはあまりに危険であると思い、意識をなんとか保った。
今は安全ともいえない状況であるし、深く考えるのは安全が確保されてからだ。
幸いにも、目の前には話を聞いてくれる人もいる。
彼から情報を聞き出してみよう。
まずは……名前から聞くのがいいだろう。
「あの、お名前をお聞きしてもいいですか」
「ん? あぁ、シノノメだ。そっちは?」
「私ですか? 私は」
女が名乗る瞬間、突然の轟音が響く。
例えるのなら、木造の家をブルドーザーで勢いよく破壊する音。
それが、自分の真横で鳴り響き、そこから異形の者が奇声を上げて飛び出してくるのが分かった。
女は本能的に危険を察知したのだが、突然のことで体が動くわけがない。
「ちっ」
舌打ちと共に後ろに勢いよく腕を引っ張られ、同時に二発の銃声が響く。
初めて聞く生の銃声に、女が思わず顔を歪めるが、そんなことよりも目の前の存在だ。
鳥と人が合体して、上半身が鳥、下半身は人の形を持つ生物。
絶対に今まで見たこともない生物だった。
その異形の生物は弾丸を避けたのか、傷はなくこちらを警戒している。
女の脳が、命を狙われたのだと今更に理解すると、恐怖から手が震えだした。
だが、黒髪の男性シノノメが庇うように前へ出てくれたため、感じていた恐怖が軽減し、手の震えも少しおさまる。
「あ、ありがと、ございます……」
「その様子じゃ戦えないんだろ、そのままじっとしててくれ」
「は、い」
庇ってくれた背からは、女に微塵も不安を感じさせない頼もしさがあった。
(……なんでだろう。安心する)
初対面の男性に安心感を感じるというのはおかしな話だけれど、命を救ってくれた人だから、そこまでおかしいことではないのかもしれない。
こんな風に考える余裕ができているのが女には信じられなかった。
「さて、なんでここまで入って来れたんだ、お前」
魔族は言葉を話すことができないのか、シノノメの問いに答える様子がない。
彼もそのことは分かっているのだろう、右手に持っていた銃を魔族に向けて構える。
一発、魔族に弾丸を放った。
しかし、弾丸を避けた魔族はシノノメに対し、その鋭い嘴を突き刺しに突撃してくる。
シノノメは、攻撃を避ければ後ろにいる女に攻撃が当たってしまうことが分かっていたため、避けるのではなく、迎え撃つ。
彼は左足を軸にして、右足で力強く魔族を蹴っ飛ばし、一発の銃弾を放った。
(……すごい)
あの異形の生物をあっさりと倒してしまう強さ。
この世界の人がどれだけの身体能力を宿しているのかはわからないけれど、騎士何人かで食い止めなければならないという魔族をいとも簡単に倒してしまった。
シノノメは銃をホルスターに収め、女に振り返った。
「怪我はないか?」
「大丈夫、です」
とりあえず、命は助かったみたいだった。
一息ついて、女が改めて彼にお礼を言うために口を開こうすると、魔族がやって来た方向から、もう一体同じ姿の魔族が飛び出し、女へと突撃してきた。
「え?」
安全になったと安心し、気が緩んだ隙を突いた奇襲に、女は思考がついていかない。
せっかく健康な体で人生がやり直せるのにこんなにもあっさり死んでしまうのか、と女は頭が真っ白になってしまう。
しかし、魔族がこちらに突っ込んでくることもなく、体が真っ二つに切れる。
二つに分断された魔族は、地面に落ち、切り口からサラサラと砂のように崩れていく。
崩れた落ちた魔族がやって来た方向から、先ほどの綺麗な騎士が無表情のまま腰の剣柄に手を当てて立っている。
驚きの連続で、女はもう驚くことに疲れていた。
「魔族を追って来たけど、被害は?」
「人には、ないな」
シノノメは彼が来ることがわかっていたのだろう。
特に驚きは見られない。
チラリと向けたシノノメの視線の先には、無残にも崩れ落ちた家の残骸が散らばっている。
この家の持ち主にはかなり災難なことになっている。
「それは後で手配する」
この騎士は立場が相当高いのか、家主の補償を手配してくれるらしい。
顔も知らない家主ではあるが、よかったと思わずにはいられない。
「それより、騒ぎを聞きつけた人がでてきたぞ」
シノノメの言うとおり、銃声やら奇声やらで外に出てこられなかった人が、静かになったことで外に出てきた。
そのことに気がつかされた騎士は、無表情を崩して、ほんのり嫌そうな表情を滲ませてその場を去ろうとする。
「……じゃ、俺はこれで」
「そこは相変わらずなんだな」
「あ、ちょっと待ってください!」
女は踵を返して去ろうとする綺麗な騎士を慌てて呼び止める。
こんなよくわからないところで一人にされるよりは、ある程度の立場がある人に助けてもらった方がいい。
それに、女にはこの人が悪い人ではないという謎の確信がある。
自分を助けてくれたというのもあるだろうが、やはり、直感というものなのかもしれない。
呼び止められた騎士は、無表情を顔に戻しつつも一応振り返ってくれた。
「……なにか?」
呼び止めたはいいけれど、なんと説明するのか考えてなかった。
こういう時は正直に話すに限る。
「すみません、私、ここがどこかわからなくて、助けてください!」
「え?」
「あ?」
半ばヤケクソに助けを乞うと、騎士とシノノメはデジャブを感じさせるように驚いた。
騎士の綺麗な深い蒼の瞳が、白い瞼に何度か隠された。
まつ毛すら深い蒼色だ。
こんな状況ではあるが、美しい人だと女は改めて思ってしまう。
「わからないって、どういう……。わかった、とりあえずこっち」
見知らぬ女の言葉に驚きつつも、周囲に人が集まってきたことを思い出した騎士は、女の腕を掴んで歩き出した。
女は彼に見とれていたが、腕を引っ張られたことで我に返った。
「シノノメ、話の続きはまた今度」
一度だけシノノメに振り返った騎士は、それだけ彼に伝えると集まってきた人々に捕まらないように道を進んでいく。
彼が通ろうとすると、人々はサッと道を開けた。
女にはどこに向かっているのかわからないが、彼の腕を引っ張る力は優しいので、このままついて行っても大丈夫そうだ。
それより、女は彼に聞きたいことがあった。
「あの、すみません!」
「腕? はぐれそうだったから掴んだけど、もう着く」
「え」
そういうことが聞きたかったわけではないのだが、着いてから話をした方がいいかもしれない。
そう思い、女がそのまま彼に腕を引かれて着いたのは白い石造りの建物の前。
出入りしている人や、出入り口付近を見張っている人は、魔族の襲撃を伝えに来ていた騎士と同じ恰好をしている。
もしかしたら、ここは騎士の詰め所なのかもしれない。
彼を見ると、相手もこっちを見ていたらしく、ばっちりと目が合った。
「とりあえず中で話聞く」
「はい」
建物に着いてから腕を離してくれていたので、女は置いて行かれないように白い建物の中に入っていく彼の後に続いた。
出入口の騎士は、彼を見ると敬礼し、見知らぬ女が一緒にいてもなにも言わずに通してくれる。
(やっぱり、偉い人なんだな。でも、なんだろう? 騎士の人たちの様子が……)
騎士たちが少し落ち着きがないというか、皆の視線が一瞬だけ女に来るのだ。
だが、特になにも言わずに視線を逸らし、傍らの彼に話しかけている。
彼は擦れ違う何人かに短く指示を出しながら、階段を上がったり角を曲がったりしていく。
その間にも、擦れ違う騎士たちが女に一瞬視線を寄こして、サッと視線を逸らす。
女は彼らの行動に居心地の悪さを少し感じながらも、彼について行き、階段を上がった先で、両腕に大量の書類を抱えた騎士に出会う。
人のよさそうな顔をした、淡い蒼の瞳をもつ金髪の男性だ。
彼は、階段を上がって来た二人を見つけると、こちらにやって来た。
「団長、金騎士から伝令が来ていましたよ。……嫌そうな顔をなさらないでください。執務室の上に書簡を置いておきましたから」
(金騎士? それにしても嫌そうな顔って……。本当だ、少し眉をひそめている)
傍らの彼は、美しい顔を少しだけしかめて報告を受け取っていた。
その表情から、金騎士という人が苦手なのかと思わざるを得ない。
彼はいつも無表情だが、こういう風に感情が顔に出やすいタイプらしい。
なんだか、少し可愛らしい気がする。
「フィン、お茶二つ用意しておいて」
「団長とそちらの女性の分ですね、わかりました」
フィンと呼ばれた男性は、柔らかい笑みを浮かべ、書類を抱えたままどこかへと去って行く。
傍らの彼は、廊下の突き当たりまで歩いて行き、両開きの扉を開け、そのまま中へと入って行った。
どうやら、ここが執務室のようだった。
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