第四話 妖精の騎士

 ランプは消され、部屋は魔の住まう闇の世界へと一転した。

 ブルーの部屋の床にかき集めたマットを敷き、ベッドをこしらえた。ベッドに横になるや否や、ガーフは旅の疲れと安心感から、間もなく睡魔が襲われた。


「ねえ」


 ブルーの声がガーフの遠くなりかけた、意識を呼び戻す。


「何でしょうか?」


 闇の中からブルーの声だけが聞こえた。


「旅の話を聞かせてよ」


「いいですよ。だけど、面白い話はないですね。ブルーくんはどんな話が聞きたいですか?」


「弾き語りって何をするの?」


「世界各国に伝わる民謡をギターを弾きながら、語るのです」


「どんな話があるの?」


「妖精の騎士を私はよく弾きます」


「それは、どんな話なの?」


 ガーフはぎくりとした。子供に聞かせてもいい話なのだろうか? 

 けれど、楽しみに待っているブルーの期待を裏切りたくなかった。ガーフは話のさわりだけ説明した。


「妖精の騎士がむこうの丘で、角笛を大きく高く吹き鳴らしています。娘は、『あの角笛をこの胸に……あの騎士をこの両腕に抱きしめたい』とつぶやくのです。

 すると、瞬く間に騎士が娘のベッドにやって来て、『まだ若すぎる娘さん。結婚なんて早すぎる』と忠告すると、娘は『年下のくせに妹は昨日 結婚したばかり』と応じます」


 暗黒の中でも、ブルーが目を輝かせて話に聴き入っていることがわかった。


「妹が自分より先に結婚したことで、焦っているのか。ここで妖精の騎士が、『ぼくと結婚したいなら、ぼくのお願いきけますか』と言います。

『シャツを一枚作ること。切ったり縫ったりしないこと。おまけに、ナイフもハサミも使わずに、針も糸も使わずに』という難題をふっかけるのです」


「そんなの無理に決まっているよ」


 ブルーは声を張り上げていった。

 ガーフは無意識に微笑んだ。


「ええ、そうですね。無理難題ばかりです」


 さわりだけを話すつもりが、ブルーは聞き上手で、ついついすべて話してしまった。


「面白いね。ガーフはその話をしながら、色々なところを旅しているんでしょ」


「その通りです。おかげさまで、何とか旅ができています」


「だけど、旅をしていたら、色々と危険なことにも遭うんじゃないの? セントポーリアの町の方から、ここに来たって言ってたよね」


「はい」


「セントポーリアの町で、峠の魔物のことを聞いたって言ってたよね。どうして、危険なのを知っていて、峠を通ったりしたの? 遠回りだけど、あの峠を通らなくても済む道があるのに?」


「興味本位で魔物を見てみたかったのです。旅をしていると、変に怖いもの知らずになってしまうようですね」


 けれど、ブルーは疑わし気にうなった。


「いや、違うね」


 ブルーは息を飲み、


「風呂のときに見た体といい、持っていた剣といい。ガーフはよっぽど腕に自信があるんでしょっ。もしかして傭兵なんじゃないの?」


 ガーフはブルーの子供らしい、物言いに微笑ましい気持ちになった。


「まあそうですね。旅をしていると、頼れるのは自分自身ですから。それなりに、腕には自信があります」


 誇らしげにガーフは答えた。


「じゃあ、オレに剣を教えてくれよッ。オレ、強くなりたいんだよ」


 ブルーはがっと、毛布を跳ね飛ばしガーフににじり寄った。


「ブルーくんは強くなってどうするのですか?」


「父ちゃんを助けたいんだよ……」


「ダスティー様を?」


 ブルーは前のめりになっていた上半身を、枕に戻して続ける。


「ああ、父ちゃんは小麦粉をとなり町まで運ぶ仕事をしてるんだけど。あの峠が使えなくなってから、遠回りしなきゃいけなくなったんだ……。

 あの峠を通れば、一時間ちょっとで行けるけど、遠回りしたら二時間以上もかかっちゃうんだ……。オレが強ければ、魔物何て退治してやれるのに……」


 ガーフは返答に困った。

 下手な力は、災いを呼ぶだけだ……。

 自分が強くなったと勘違いして、亡くなった者たちをガーフは何人も知っていた。


 四十年前ならともかく、今は平和な時代になった。戦わなくてよいのなら、剣など持つものではない。なかなか、返事を返さないガーフを不審がり、ブルーはいった。


「どうしたんだよ……? オレに剣を教えてくれよ」


「いえ、今の時代、剣など習うものではありません」


「何でだよっ。強くなりたいんだよ……」


 ブルーが本気だということは痛いほど伝わってくる。

 それに、命を助けてもらった恩義も感じていた。


「お願いだよっ……。オレに剣を教えてくれよ……」


 ブルーの押しに負けて、いつの間にかガーフは返事を返していた。


「わかりました。だけど、力とは誰かを傷つけるためにつかうのではなく、護るために使うものです。これは、私との誓いです。ブルーくんは誓ってくれますか?」


「うん、誓うよ。誓う」


「それでは、明日から基礎を教えてあげます」


「やったーッ! やっと剣につり合うだけの男になれるんだ」


「剣?」


 そういったとき、毛布が擦れるガサガサという音が聴こえたかと思うと、ランプが灯った。閃光のように広がった光が、ガーフの眼を突き刺し、目が慣れるまで、しばし時間がかかった。


「ほら、これがじいちゃんが持っていたつるぎなんだ。オレはこの剣に相応しいほど、強い騎士になるッ」


 そういってブルーが差しだしてきた剣は、装飾品などは最小限にほどこされただけの、実用的なものだ。全丈60㎝ほどある、片手剣だった。


「ブルーくんのおじい様は、騎士だったのですか?」


「ああ、四十年前の戦争で死んじゃったけど。それは、それは名のある騎士だったって、ばあちゃん言ってた」


 ブルーは自分のことのように、自分の祖父を褒めたたえた。

 そのとき、夜の静寂を切り裂く甲高い声が耳をついた。

 

「ラッパの音が聴こえますッー!」


 裏返った声が何度も聴こえた。

 ただごとではない叫び声に、ガーフは立ち上がり身構えた。


「気にしなくても大丈夫だよ」


 剣をマットの間にしまい直して、ブルーはいった。


「ばあちゃん、ボケているから、よく夜中にああやって叫ぶんだ。気にしなくて、大丈夫だから」


 ブルー淡々とした調子のまま、ランプを消した。


「そうと決まれば、早く眠ろう。明日、剣を教えてくれよ」


 毛布に潜り込む音が聴こえて、しばらく経つと、規則正しいブルーの呼吸音が静かに聞こえはじめた。尾を引かれる思いで、リビングに続く扉を眺め、再びマッドに横になる。


 しばらく、ベルタの叫びが鼓膜を反芻していた。

 ガーフも旅の疲れから、間もなく眠りに落ちた――。

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