第五話 ガーフの手料理

 どこにいても、鳥の鳴き声というものは聴こえるものだった。ガーフはピーピーという小鳥の鳴き声で目を覚ました。


 まだ、日が明けて間もないころだろう。ブルーは男の子らしく、盛大に寝返りを打ち、毛布を跳ね飛ばしていた。


 ダスティーとペチュニアは起きているのだろうか?

 他人の家で早く目覚めてしまうというものは、案外困るものだ。旅の習慣から、どれだけ疲れていようと、毎日決まった時間に目覚めてしまう。


 ガーフはブルーを起こさぬよう注意を払い、ベッドから起き上がった。重ねていたマットを、ブルーが目覚めたとき邪魔にならないように、組み重ねた。


 差し脚抜き足で、ガーフはリビングルームに出る。朝の空気は場所によって微妙に違っている。けれど違わないこともある。それは、吸っているだけで気持ちがよく、澄み切っているということだ。


 誰もいないと思われていたリビングルームに人がいた。

 ベルタだ。ベルタはロッキングチェアに揺られながら、まだ少し霧がかった外を眺めていた。


 リビングルームに入ってきたガーフを一瞥して、ベルタはまた外に目を向ける。ガーフはベルタのとなりまでいき、朝の挨拶をした。


「おはようございます。このぶんだと今日もよい天気になりそうですね」


 しばらく待ってもて返事がないので、ガーフは横目にベルタを見た。すると、ベルタは何を小さな声でつぶやいていた。ガーフは囁くような些細な声に耳をそばだてる。


「パセリ、セージ、ローズマリーとタイム」


 この呪文はいったい何を意味しているのだろうか……ガーフは首をひねった。


「早いな」


 物思いにふけっていると、後ろからダスティーの野太い声が聴こえて、ガーフは振り返る。


「おはようございます。いつも朝が早いので、決まった時間に目が覚めてしまうのです。ダスティー様も朝が早いのですね」


 寝ぐせで上むきにはねた剛毛を、乱暴に掻きながらガーフは大きなあくびをした。


「まあ、今日も仕事に行かなきゃらなないからな。本当はもう少し眠っていたいんだが、この時間に起きないと遅れちまうんだよ」


 ガーフはブルーが昨夜言っていたことを思い出した。ダスティーは周辺の村町に小麦を届ける行商人をしているのだが、峠が使えなくなってからは遠回りをしていると。


「大変ですね」


 眉をしかめながらいうと、ダスティーは眠たげな眼を細め、頭を掻くのをやめた。


「ああ、大変だけど、家族を護っていくためには、わがままなんていってられないからな」


 そういったダスティーの瞳には、強い意志が垣間見えた。


「顔を洗うなら、洗面所にある樽の水を使ってくれ」


「ありがとうございます。使わせてもらいます」


 ガーフは樽半分ほどに汲まれた水を、とってのついた容器で掬い取り、顔を洗った。洗面所から戻ると、ペチュニアも起きていて、お決まりの挨拶を交わす。


「あの、朝食を、よければ私が作りましょうか?」


 ガーフはエプロンの紐を、丁度結んでいたペチュニアにいった。


「ガーフ様は料理ができるのですか?」


「まあ、人並みにはできると思います。こんな生活をしていると、自分で作るしかありませんから。お世話になっているのですから、これくらいはやらせてください」


 思案するようにペチュニアは考え込んで、うん、とうなずいた。


「そうですね。それではお願いしてよろしいでしょうか」


 ガーフは胸を張って、うなずく。


「任せてください。できるまで、ゆっくりしていてくださいませ」


「頼もしいですね」


 手を口に添えてペチュニアは上品に微笑んだ。


「キッチンのとなりにある扉を開けてください。チーズとか、小麦粉とか、大抵の食材はあります。卵を使うのでしたら、外に鶏小屋がありますから、好きに獲ってください」


「わかりました」


 ガーフはまず、卵を獲りに鶏小屋に向かった。

 藁の敷いた木箱にあった卵を六つほど頂戴して、食在庫の中をチェックした。小麦粉がある。卵もある。牛乳もあった。ガーフは決めた。


 卵黄と卵白を分けて、卵白だけを泡立てる。

 角が立ってきたら、食在庫に瓶で置いていた砂糖を三回に分けてゆっくり入れた。しっかり溶いた卵黄も卵白を合わせて、焚きつけていた竃の上に鉄のフライパンを置く。


 熱々に加熱された、フライパンにバターを落としこうばしい香りが立ち込めると、生地を流し込む。ジューっと子気味良い旋律を聞きながら、断面がきつね色になるまでしっかりと焼いた。


 カリカリになったと見計らうと、ひっくり返して片面も同じように焼く。その作業を五回繰り返して、プレートに盛り付けた。


 最後にシロップを注ぎ、花壇で育てていたパセリをそえて出来上がり。

 一枚板のテーブルにプレートを並べているとき、目を擦りながらブルーが起きてきた。


「おはようございます」


「おはよう」


 まだ眠たそうに、目を擦りブルーは足元がおぼつかなかった。

 テーブルに置かれたパンケーキが目に入るや、ブルーの眠気は吹き飛んだ。


「どうしたのっ、朝からこのごちそう! 誰かのお祝いでもあったの?」


 おぼつかなかった足を、ウサギのようにぴょんぴょん跳ねさせながら席についた。


「今日はガーフ様が作ってくれたのよ」


「へ~」


 ブルーはペチュニアの話など聞こえていなかった。キラキラ輝く瞳は、パンケーキだけを、早く食べたい、と見つめていた。


「早く食べようよ」


「そうね。食べましょう」


 皆は席につく。

 ブルーはあっという間に、パンケーキを平らげた。


「ガーフさん旨かったよ。料理上手いんだな。いつも、そんなに食べない義母さんも今日はすべて平らげている」


 ダスティーは感心したように、うなずいた。


「よろしければ、ここにいる間は私に作らせてください」


「やったッー!」


 ブルーは飛び跳ねて、体で喜びを表した。


「ブルーも喜んでいますから、お願いしてよろしいでしょうか?」


「はい」


 ガーフはこれで一安心した。

 世話になっているのに、何も恩返しできなかったらどうしよう……と不安だったのだ。けれど、これで少しは気持ちが軽くなる。


 食事が終わると、ダスティーは荷車に小麦の大袋を詰め込んで、となり町に向かった。ブルーはいつの間にか、姿を消している。


 その間に、ガーフは自分にやれる仕事がないかを訊き、新たな仕事を承った。井戸から水をくみだし、大樽と浴槽に移し、薪割を行った。


 切り株に薪を置き、斧を振り下ろしているときにブルーが姿をあらわした。ブルーの後ろには知らない男の子が二人、珍しいでも見るような目でガーフを見ていた。


 ガーフは額に浮いた汗をぬぐい、嫌な予感を覚えた――。

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