第六話 騎士の稽古
ブルーと同じく、わんぱくそうな顔をした男の子が、新たに二人加わっている。ガーフは斧を切り株に立てかけて、額に浮かんだ汗をぬぐった。
「あ、えっと……その子たちは?」
屈託のない微笑みを浮かべて、ブルーは背後に立っている二人を前面に押し出す。
「オレの子分。こっちのひょろりとして、前髪で顔が隠れている方がライラック。通称、ラック。で、こっちの頼りなさそうで、のっぽの方がジニアだよ。こいつらにも剣を教えてやってくれ」
「はあ……」
ガーフは苦笑いを浮かべた。
「駄目か? 一人教えるのも、三人教えるのも、変わらないだろ。な、良いだろ?」
剣を覚えてどうするつもりなのだろう。
遊び半分で覚えることではないのだが……。
けれど、泊めてもらった恩義には報いたい。
「はい。構いませんよ。だけど、この積んである薪を割り終えるまで待ってくれますか?」
「ああ、全然かまわないよ」
子供たちはガーフが薪割をする姿を、厚い眼差しで見えていた。
やりずらい……。
割った薪をピラミッド状にまとめて、山のように積み上げていく。
「すげーな。父ちゃんみたいに、綺麗に割るな。案外難しんだぜ」
ブルーは感心したように、ラックとジニアにつぶやいた。見られていると思うと、緊張して薪割に集中できない。
ガーフは最後に残った大きめの木を立てて、斧を断面に振り下ろす。
斧の刃が断面に食い込むと、それを利用して、木ごと振りかぶり切り株に叩きつける。反動で木は子気味良い音を鳴らして綺麗に割れた。
真っ二つになった木を手ごろな大きさまで割って、薪割は終了した。
ワクワクと目で、ガーフを見る子供たち。
「それでは、基礎を教えて差し上げます」
ブルーと子供たちは万歳というように、手を天に掲げて喜んだ。
「まず何をしたらいいの?」
「まず、何をしたらいいのでしょう?」
斧に体を預け、ガーフはうなった。
「なんせ、教えるのは、はじめてのことですから、何をどう教えればいいのかまったくわからないのですよ……」
「じゃあ、剣の形とか、技とか教えてくれよ」
「そうですね」
ガーフは庭に落ちていた、木の棒っ切れを拾い上げて、基本的な構え方の、フォム・ダッハやオクス、プフルーク、などを教え、簡単な技も合わせて教えた。
子供たちは見よう見まねで、木の棒を振り、ガーフが教えた技を繰り出す。剣を振り回しているというよりは、剣に振り回されているというふうだった。
「足には常に注意していてください。固くならず、足はなるべく動かすのです。動かないということは、的と変わりませんからね」
ガーフが教えたのは、護身術のようなことだった。
実際の戦闘では使えないだろうが、自分の身は護ることができる。
自分の身を護るということは、誰かを護ることにもつながる。ガーフはそう考えていた。
みっちり、二時間ほど稽古をして、気付けば日も傾きかけていた。
額に浮いた汗を草原に流れる風が乾かす。
なんて気持ちのよい風だろう、ガーフは心より思った。
「今日はこれで終わりにしましょう。過剰な稽古をしたところで、すぐに上達する訳はありませんから。何でも、ほどほどが一番です。大切なのは、無理をせず日々続けることなのですから」
子供たちは上がった息で、応じた。
そのまま草むらに倒れ込む。
「私が教えたことを毎日じゃなくても構いません、思いだしたときにでも行ってください」
ガーフは木の棒を薪の中に混ぜて、ミラー家へ戻った。
ベルタは窓から、ずっと稽古の様子を眺めていたようでガーフを見つけると、ぼそりと何かをつぶやいた。けれど、その声は小さくて聞き取ることはできなかった。
悲しみに沈んだ、目をしていた。
ベルタは悲しい詩を読むように、続ける。
今度は聞き取れた。
「兵士は剣を磨き上げる……」
ガーフは首をかしげた。
どういうことか訊き返そうとしたときに、ふと背後に誰かが立ったことに気付き、ガーフは振り返る。ペチュニアは手のひらを揃えて、頭を下げていた。
「あの子のわがままを聞いてくださり、ありがとうございました。あの子、一度言い出したら聞かないもので、危なっかしいんですよ」
「大したことないですよ。ペチュニア様も大変ですね」
そうは言っているものの、ペチュニアがどれだけブルーを愛しているのかが、その言葉の温かみから伝わった。ガーフはその姿に、我が母の姿を重ね合わせた。
ペチュニアは楽しそうに、ブルーのことを話す。
ガーフはうなずきながら、話に聞きいった――。
♠
翌日、ガーフはいつもと同じ時間に、いつもと同じ鳥の声で眼を覚ました。早起きしたつもりだが、やはりベルタが先に起きてロッキングチェアに揺られていた。
「おはようございます」
返事が帰って来ないことを了承のうえで、ガーフは挨拶をする。
ベルタは振り返ることなく、窓の外を眺めていた。
皆が起きてくるまでに、ガーフは朝食の支度をはじめることにした。今日は何を作ろう……? ガーフは頭を悩ませる。
毎日の
旅をしていると、森で見つけたものや、立ち寄った村や町で買ったものなどで、簡単なものを作るので、料理には自信があったのだが、レシピという物をガーフは持っていなかった。
なので、料理という料理はほとんど作れなかった。
昨夜はパスタとサラダ、ジャガイモを煮込んだスープを作ったので、今日も同じものを出すわけにはいかないだろう……。
朝、昼、晩、の献立を考えるだけで、一日が終わってしまうかもしれない……。悩んでいても解決しないので、とりあえず食在庫の食材とにらめっこしながら、何を作るか考えた。
数分思案したのち、ガーフはパンにハムとチーズ、野菜などを挟み、卵とビネガー、オリーブオイルと塩をゆっくりと混ぜて、作ったソースを塗ってサンドイッチをこしらえた。
同じ食材ばかり挟むと、味気ないので、ガーフはもうあと一品に取り掛かる。ジャガイモを煮て、柔らかくなったら潰す。
そして、他の野菜などを適当に混ぜ、今作ったばかりのソースを加えて、更にこねる。するとポテトサラダが出来上がった。
一枚板のテーブルに料理を並べ終えたころ、ペチュニアが起きてきた。続くように、ブルースターとダスティーも部屋から出てきた。
「朝から手が込んでるな」
料理を見るなり、ダスティーは苦笑いを浮かべた。
ペチュニアも申し訳なさげに、「無理をしないでくださいね。簡単なもので結構ですから」と同じく苦笑いを浮かべる。
「いえ、大丈夫ですよ。明日発つするつもりですから、今日の昼と夜は腕によりをかけて作らせてください」
ガーフは力こぶを作るようにして、腕を上げた。
「えっ、明日発つの?」
突然の発表に、誰もが驚いた。
ダスティーは慌てたように、ガーフにいった。
「べつにまだいてくれていんだぞ。何なら、ここで冬を越してくれたってかまわない」
「そうですよ。まだ二日間だけじゃないですか。それに、お金も何もない状態で、寝泊まりはどうするんですか?」
ダスティーとペチュニアが偽りを申しているようには見えない。
「野宿には慣れています」
「そんなこと言わずに、もうちょっといてやってくれよ。ブルーが寂しがっちまう……」
懇願するように、ダスティーがいう。
けれど、ガーフはゆっくりと首を振った。
「お心遣い本当にありがとうございます。この、恩は絶対に忘れません」
そういって、ガーフが頭を下げたとき、「嫌だッ!」とブルーの声があがった。
「もう少しだけいてくれよ……。もうすぐ、祭りがあるし……。まだ、全然剣の稽古をつけてもらってないよ……。せめて……せめて……もうちょっとだけ……」
ブルーは声を震わせながら、ガーフの袖をつかんだ。
「ブルーくん……」
「そうですよ。急ぐ旅でもないのでしょ。もう少しだけ、ブルーと一緒にいてやってください」
「そうだ。俺たちは全然迷惑だなんて思っていない。それより、助かってるくらいだ。ガーフさん、もう少しいてくれよ」
ガーフは胸がいっぱいになった。今まで旅を続けてきたが、このように優しく向かい入れられた経験はなかった。みな、ガーフの正体を知れば恐れてしまうから……。
やさしくされれば、されるほどこの人たちに隠し事をしているという罪悪感がガーフを苦しめた。けれど、もう少しだけ、もう少しだけ、こんな自分でも、人の温かみに触れていいのだろうか。
「お言葉に甘えてもよろしいのでしょうか……?」
「ああ、全然かまわないよ」
ダスティーがいうと、ブルーもペチュニアもうなずいた。
涙をこらえながら、ガーフはもう一度頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
話が終わるころには、窓一面を覆っていた霧が跡形もなく晴れていた――。
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