第十話 子供たちは剣を磨き上げ、戦場に赴く

 父ちゃんは魔物に連れ去られたんだ。

 父ちゃんを助けられるのは、オレしかいない。

 ガーフは言った。自分は強くなった、と。大丈夫、絶対大丈夫。


 オレは強い。ガーフが町に旅立った後、祖父の剣をマットの間から引きずり出し、決意した。このずっしりとした剣を握りしめると、自分が騎士になったような恍惚感を感じた。


 自分は誰にも負けないという、根拠のない自信が沸き上がってくる。

 剣のグリップを握り、鞘から抜いた。鋭い輝きが、自分を鼓舞するように煌々と輝いていた。


 ブルーはペチュニアに見つからないようにして、家を抜けだすことに決めた。見つかれば、止められるのは目に見えている。だから、絶対に見つかるわけにはいかない。


 ペチュニアは二日間の寝不足がピークに達し、テーブルに寄りかかりウトウトとしていた。足音を立てないよう慎重に、ブルーは玄関の扉を開ける。扉はきしんだ。ブルーは心臓が飛び上がる思いを、感じた。ペチュニアは起きなかった。


 胸をなで下して、振り返る。ベルタがブルーを見ていた。

 気まずい思いだったが、母にしゃべられることはないだろう。


(ばあちゃん。すぐに帰ってくるから、それまで母ちゃんを頼んだよ)

 

 扉を閉める前にもう一度、ブルーは母を見た。

 心で誓う。


(母ちゃん待ってろよ。必ず、父ちゃんを連れ戻してくるから)


 その足で、ブルーはラックとジニアの家へ向かった。

 ラックとジニアの父親は仕事に出ているからいない。

 母親たちも父親の仕事を手伝っていて、この時間はいない。

 その時間帯を見越して、ブルーはラックとジニアを村はずれに誘い出した。


「おい……ブルーの父ちゃんいなくなったんだって……」


 ラックは遠慮がちにいった。


「ああ」


 会話が続かず、重い沈黙が続く。

 鳥が晴れ渡った空を、気持ちよさそうに飛んでいた。


「ま、まあ……気を落とすなよ……まだ、魔物に連れ去られたと決まった訳じゃないんだ。ひょっこり帰ってくるかも知れないから」


 ジニアはブルーの肩を叩きながら、励ます。

 そのとき、ブルーが大事そうに握りしめている、長方形の布を指さして訊いた。


「それは何なんだ?」


 ブルーは口布を縛っていた紐を解いて、中のものを取り出した。

 子供たちは好奇心に満ちた目を、布に向ける。

 布に包んでいたものが剣だと悟ると、子供たちは急激に青ざめた。


「どうしたんだよ……その剣は……?」


「じいちゃんの剣だったんだ」


 ジニアとラックは顔を見合わせ、訊きづらそうに問うた。


「剣なんて、持ち出してどうするつもりだよ……?」


「決まってるだろ。魔物を倒しに行くんだよ。ラックとジニアも協力してくれるよな」


「そ、そんなことできる訳ないだろっ……。オレたち三人だけで、魔物退治だなんて……」


 ラックは後下がりしながらいった。


「何ビビってるんだよ? ガーフも言ってただろ。オレたちは強くなったって。一人なら無理かもしれないけど、三人ならどうにかなるよ。それに、勝ったとは言えないけど、オレはガーフをもうちょっとって、ところまで追いつめたんだ」


 ブルーが頬を高揚させて言うと、ラックは「それは、おれたちが草を……」とつぶやこうとしたが、すぐにつぐんだ。


「ん? どうしたんだよ。言いたいことがあるなら最後まで言えよ。草が何だって?」


「いや……何でもないよ」


 歯がゆそうにブルーが眼を細めた。


「な、オレたち友達だよな?」


「そうだけど……」


 ラックとジニアはどうしていいのかわからずに、押し黙るしかなかった。ブルーは膝をつき、二人の前で頭を下げた。


「お願いだ……。お願いだよ……。おまえ達しか頼れる奴がいないんだ……」


 ブルーがここまで懇願こんがんして、人に頼みごとをする姿をはじめて見た。いつもは自信満々で、小生意気で、無鉄砲なブルーがこれほどまでに追い詰められている。


 ラックとジニアの心が動いた。

 こんなブルーをほっておけない。自分たちがついて行かなくても、ブルーは一人で行ってしまうだろう。一人で行かせては駄目だ、と。


「わかったよ。おれたちも一緒に行ってやる」


 ラックは頭を下げる、ブルーを立たせた。


「本当か。本当にいいのか?」


「ああ、おれたち友達だろ」


 ブルーはザワザワと喜びとも、悲しみともつかない感情が沸き上がってくるのを全身で感じた。悲しくもないのに、涙が出そうになる。


 けれど二人の前でみっともない姿を見せる訳にいかない。

 顔を天に向けて、涙をのみ込んだ。


「だけど、そう簡単に魔物に遭えるかな?」


「遭えるまで捜すしかないだろ」


 ラックはガーデンフォークを、ジニアは草刈り用の大鎌を武器に選んだ。村の人たちに見つからないように、畑や市がある方とは反対の方角から、森に向かった。


 魔物が出ると噂になってから、森には近寄っていない。

 森はとても懐かしかった。そうさ、魔物さえ退治すればまた森で遊べるんだ。どうして大人たちも、魔物なんかにビクビクしていたんだ。魔物に怯えながら暮らすのではなく、はじめから退治すればよかったんだ。


 子供たちは村が見えなくなると、峠の一般道に出た。

 この道を進んで行けば、イチョウ並木が連なる美しい道があらわれる。

 きっとこの時期だと、黄色く色付いたイチョウの落葉が絨毯のように、道を覆いつくしていることだろう。


 丘を登っている最中に、ある物が目に入った。


「おい。あれ見てみろよ」


 ラックは遠くに見える何かを指さした。


「あれは何だ?」


 ブルーは目を凝らすと、どこかで見たような、見覚えのある何かだとわかった。


「あれは……父ちゃんの荷車だ……」


「本当か……。おい、ちょっと一人で行くなって」


 ブルーはラックとジニアの呼び止める声も聞かずに、一人でに走り出した。狭まるにつれ、やはりダスティーの荷車であることを確信した。


 後から追いついてきた、ラックとジニアにブルーはいった。


「父ちゃんのだよ……。やっぱり、父ちゃんこの峠を通って、魔物に連れ去られたんだ……」


 物的証拠を見せられ、ラックとジニアは励ます言葉が見つからなかった。


「つまり、このイチョウ並木あたりに、魔物が住み着いているんだっ」


 ブルーは剣の柄に手をそえて、抜き放つ。

 周囲を警戒しながら、剣を構えて叫ぶ。


「魔物ッ! 出てこいッ! オレが相手してやるッ!」


 ブルーの声で鳥たちが羽ばたいた。

 今まで美しいと思っていた、イチョウ並木の雰囲気がガラリと変わった気がした。深い森がザワザワと人々を、魔界に誘うかのように鳴いている。ラックとジニアはへっぴり腰で、農具を構え、お互いに背中を預けた。


 森の奥で、カラスが馬鹿にするように鳴いている。

 ひと際強い風が吹き、イチョウの葉が舞った。

 しばらく、武器を構えていたが魔物は現れなかった。


「や、やっぱり……。あ、あらわれないな……。今日はこの辺にして、帰ろうぜ……」


 ラックは恐怖で引きつった顔をブルーに向けていった。

 けれど、そんなラックを軽蔑するようにブルーは見る。


「オレは帰らない。きっと、オレたちがビビっている様子を、どこかで高みの見物してるんだ。魔物に馬鹿にされて、悔しくないのかよ」


「悔しいけどよ……」


 ブルーは剣を鞘に納め、再び背中にかついだ。


「まだ来たばっかりじゃないか。周辺を捜してみようぜ」


 そういって、ブルーはイチョウ並木を抜けて、深い森に足を踏み入れた。


「お、おいっ! 森なんかに入って迷ったらどうするんだよっ!」


 ジニアはブルーの背中をつかもうとしたが、指一本届かなかった。

 草むらをかき分けて、ブルーは森深くに進んで行く。


 ブルーを置いて帰るわけにもいかず、ジニアとラックは渋々後に続いた――。ブルーたちが森に、掻き入って間もなくガーフがイチョウ並木を通りかかった――。

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