第九話 アート・ガーファンクル

 合わせる顔がなかった……。何の成果も、持って帰らず、ただ連れ去られたかもしれない、という真実を伝える以外には……。


 荷車を引いて、丘を下る。

 スカロボーの村が小さく見えはじめた。

 蟻のように小さな粒が、せわしなく動き回っている。丘を下りながら、村を見つめていると、何か様子がおかしいことに気が付いた。どこがおかしいという訳ではないが、何かがおかしい、という感じ。


 ガーフは急く気持ちを抑えて、村へ戻る。

 村の人々がこわばった面持ちで、何かを話し合っていた。


「いったい、どうしたのですか……?」


 ただごとではないことを、皆の表情で悟った。


「あ、ガーフさん……」


 この人は確か、ラックの母親だった。

 ラックの母親は何かに追われているように焦りっている。

 話にまとまりがない。


「落ち着いてください。ゆっくりでいいので、何が起こっているのかを話してくださいますか」


 ガーフ自身も混乱していたが、顔には出さなかった。

 この状況で、自分まで取り乱せば余計に混迷してしまう。


「ごめんなさい……実は……今朝からラックの姿を見なくて……。いつもなら、昼には帰ってくるのに、この時間まで帰って来なくて……」


 太陽の位置から考えるに、今は三時を少し過ぎた頃だろう。

 それだけなら別に不思議ではない。男の子なら、時間も忘れて遊びほうけるということもあるだろう。


「大丈夫ですよ。男の子ですから、きっと時間も忘れてどこかで遊んでいるのでは?」


 ガーフがそういったとき、違う女性の声がいった。


「それに、ジニアもいないんです……」


 この人はジニアの母親だった。けれど、ラックとジニアは仲が良く、いつも一緒にいる。二人そろって遊びに行っていると考えると、辻褄が合う。


 母親なら子供を心配する気持ちはわかるが、過保護になり過ぎているのではないだろうか。


(男の子ですから、心配しなくても暗くなる前には帰ってきますよ)


 と言おうとしたとき、ジニアの母親が先に継いだ。


「それに……ブルーくんもいないんです……」


「ブルーくんもですか……」


 そのことにはガーフも一抹いちまつの不安を感じた……。

 ブルーのことだ、ダスティーがいなくなったというのに遊びに出るとは考えられなかった。

 

 だとすると、仲のよかった子供たち三人が同時に消えた、というのはダスティーが消えてしまったことと、因果関係があるだろう。どこに行くというのだろう。


 ジニアとラック、ブルーが三人そろって消えた……。

 嫌な予感がする。確かめなければ。


「とりあえず、近くを捜してみます。皆様は家で子供たちの帰りを待ってあげてください。行き違いになっては、元も子もありませんから」


「わかりました……」


 村の中央広場に集まっていた、人々は蜘蛛の子を散らしたように解散した。考えたくはないが、考えられる可能性は一つしかなかった……。


 とりあえず、ミラー家に一度引き返すことにした。

 ペチュニアはリビングルームの同じ場所を、行ったり来たりしていた。

 帰ってきたガーフに気付くと、ペチュニアは涙を堪えているかのように、震えた声でいう。


「が、ガーフ様……ブルーが……。ブルーが……」


「はい……村の人たちから話を聞きました。いつから、いなくなったんですか?」


 落ち着かせるように、ガーフはゆっくりと話した。


「ガーフ様が家を出て、間もなく姿を見なくなって……。もしかしたら、ガーフ様について行ったのかと思ったのですが……」


 ペチュニアは崩れ落ちてしまいそうなほど、足に力が入っていなかった。とにかく、ガーフはペチュニアを椅子に座らせる。


 ダスティーがいなくなり、寝不足が二日も続き、今度はブルーまでいなくなった……。このままでは、ペチュニアは倒れてしまうのではないか……ガーフは本当に心配した。


 ペチュニアを落ち着かせるため、ガーフは樽に溜めていた水をくみゆっくりと飲ませた。


 彼女が落ち着きを取り戻したのを確認してから、ガーフはブルーの部屋に引っ込んだ。もしこの予想が当たっていれば……ブルーは森に入っていることになる……。


 ブルーのベッドの、マットとマットの間をまさぐった。

 やはり……ない……。予想は当たっている……。

 ブルーが誇らしげに自慢していた、祖父の剣がなかった……。

 

 こうなったのも、自分のせいだ……。自分があのとき魔物を倒していれば……自分がブルーに剣を教えなければ……。このようなことにはならなかった……。


 ガーフは自分を責めながら、ブルーの部屋を出た。

 どれだけ、責められようとちゃんと伝えなければ……。

 ペチュニアに伝えなければ……。


「自分に心辺りがあります」


 意を決しガーフはいった。すると、ガーフの二の腕の袖をつかみ、ペチュニアは鬼気迫る顔で迫った。


「それはっ、本当ですかっ!」


 ミラー家に来て、はじめてペチュニアの大声を聞いた。

 合わせる顔がなく、ガーフは目を背けた。


「こうなったのも……私の……私のせいかもしれません……」


「それはどういうことですか……?」


 ペチュニアはガーフの二の腕の袖をゆすりった。


「私が……剣などを教えたから……」


「どういうことですか……?」


 眼を一度強く瞑り、歯を食いしばった。


「ブルーくんたちは……ダスティー様を捜しに、森に入ったと思います……」


「どうして、そのことがわかるのですか……?」


「ブルーくんは……ベッドの間に剣を隠していたんです……。その剣がなくなっているのです……」


「剣……剣って、お父さんの……」


 そう言いながらペチュニアはガーフを強くゆすぶり、絶望の表情を浮かべた。


 かすかに宿っていた目の輝きは、完全に消え失せている。

 ペチュニアはガーフの袖をつかんだまま、ズルズルと膝から床に崩れ落ちた。

 

 聞き取れない小さな声で、ペチュニアは何かをつぶやいていた。

 ガーフは耳をそばだてて、ペチュニアの声をかすかに聞き取った。


「パセリ、セージ、ローズマリーとタイム。パセリ、セージ、ローズマリーとタイム。パセリ、セージ、ローズマリーとタイム。パセリ、セージ、ローズマリーとタイム。パセリ、セージ、ローズマリーとタイム」


 ペチュニアは無慈悲な現実を否定するかのように、何度も唱えた。


「パセリ、セージ、ローズマリーとタイム」


 そんな彼女の姿を見ているのが辛く、ガーフは目をそらした。

 けれど、それも一瞬のことだった。

 自分が蒔いた種だ。自分がどうにかしなければ。

 ガーフは自分の命に代えてでも、ブルーとダスティーを助けようと思った。


「ペチュニア様」


 ガーフはしゃがみ込み、ペチュニアの肩に手をそえた。

 慈愛に満ちたやさしい声で、いう。


「安心してください――。必ず――必ず――ブルーくんとダスティー様を連れ戻してまいります」


「そんなのどうやって……あの人は魔物に連れ去られてしまった……。ブルーだって……もう……」


 と、何かを言いかけたが、最後の一言がでてこない。


「母親である、あなたが諦めてどうするのですか。魔物は人間の弱い心や闇につけ込むのです。あなたが諦めては、魔物の思う壺ですよ」


 ペチュニアは大粒の涙を流し、首を垂れた。


「だけど……だけど……何ができるというのですか……。ガーフ様に……。何ができるというのですか……」


 あの人たちの命が助かるのなら、自分はこの村から去ろう。

 はじめから、自分が同じ場所にとどまっていてはいけないだったのだ。


 今までの人生では経験したこともない、楽しい日々だった。例え、真実を告げて自分は嫌われようと、この楽しかった思い出は、人のやさしさに触れた喜びは、忘れることはないだろう。もう、心は決まった――。


「大丈夫です。私が、必ず連れ戻してまいります」


 ペチュニアは涙で汚れた顔を上げて、ガーフの顔を見た――。


「私は魔物などに負ける者ではありません。私は――」


 ガーフは隠していた、自分の真実をペチュニアに打ち明けた――。

 ロッキングチェアのきしむ音と共に、ベルタの声が聞こえた――。


「パセリ、セージ、ローズマリーとタイム――。あの人は必ず、還ってきます――」

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