ホテルイマバリ(前編)
ホテルイマバリへと向かっているバスの中で
各々が思い思いの時間を過ごしている最中、
俺はこの後の流れを確認していた。
ほんとはバスの中でミライさんと念の為に
打ち合わせをしたかったのだけれど、
生憎彼女の座席は俺の右斜め後ろ。
少しばかり座席の配置替えをしくじった、
でもまぁ打ち合わせは最悪ホテルに着いてからにでもするか等と思考を巡らせながら、
一瞬だけ目線だけを後ろに移し、今一度
ミライさんの席の周辺を確認する。
ミライさんの座席は澄禾姉さんの真後ろ。
隣にはペロくんペア。
そして、直ぐ後ろはタコくんペアと松前くんペア。
今の座席配置からミライさんと姉さんを
そのまま入れ替えた場合、会話の内容によってはキタキツネの隣にいるペロくんは愚か、
タコくんペア、松前くんペアの四人にも
澄禾姉さんの正体を悟られてしまう可能性がある。
特に要注意なのはタコくんだ……。
先のリウキウでのあんかけちゃんの一件も、
彼には何処か見透かされていた感じだった。
このメンバーの中では特に勘の鋭い人物だと
思っていいだろう。
ひょっとしたら既に勘づいている可能性だってある。
とすると明日の朝出発する時にもう一度座席
変更をするとして……、どうするか。
いっそ、五人でバスの一番後ろに固まるか…?
「継月さん」
トントンと肩を叩かれて意識を澄禾姉の方へ移す。
「澄禾、どうかした?」
実は、より正体がバレにくいように皆が居る
場所では俺が姉さんを呼び捨てで呼ぶ事を大社を立つ前に打ち合わせてある。
恐らく今の所、フルルとキタキツネ、
そしてミライさん以外の澄禾の認識は
『パークの関係者』、それか精々
『園長とミライさんの共通の知人』
程度になっていることだろう。
というか、寧ろそうであると願いたい。
だって、俺にもこうなるのは完っ全に予測の
範囲外だったんだ。
単なる彼女の気紛れのせいなんだよ今この状況になってるのはさぁ!
「先程から何度も呼び掛けてるのに反応が無かったので……」
「あ~、ごめん。ちょっとこの後の流れを
考えてて……」
「ふふっ♪仕事熱心なのは良い事ですが折角の旅なんです。少しばかり景色を楽しんではいかがです?」
澄禾姉が手を口に当て微笑みながらそう言ってきた。
いつも彼女が俺と談笑してる時に見せる、
まるで下の弟妹を……いや、我が子を慈しむように柔らかくて、それでいて暖かな笑み。
『誰のせいでこうなってると思っているんだ』
と、もう少しのところで喉から出そうになったが、それを言ったところで笑ってはぐらかされるのは目に見えている。
吐き出せずにいる彼女への憤慨と鬱憤を
一度飲み込み、
脳を休ませる為にもふと外の景色を見ると、
つい先程まで木々が後ろへ流れていたと思っていた景色が、いつの間にか建築物がまばらに
建っている物へと変わっていた。
随分と長い間、思考に時間を割いていたみたいだ。
ふと視線をフルルの方に落とすと、
視線に気付いたのかにこっと微笑んできた。
恐らく俺が考え事をしてる間、邪魔にならないようにと外の景色でも見ていたんだろうな。
折角の貴重な旅行だというのに少し申し訳ないことしちゃったかな。
「えへへっ♪」
そのお詫びとばかりに頭を撫でてやると、
フルルは気持ちよさそうに目を細めた。
可愛い奴め……、ホテルに着いたら少し構ってあげるかな。
……さて、ここまで来たとなるとホテルイマバリへ到着まで後5分あるかといった距離だろう。
マイクを持ってしおりの今日の日程のページを確認しながらアナウンスする。
「ではこの後の流れを説明します」
概要は以下の通り(尚個々で改めて確認出来るようにしおりにも掲載してある)
・17:30にホテルにチェックイン
・食事は20:00に1Fの宴会場で行う
・翌日の朝食は朝食用の会場で8:00から
・チェックアウトは9:00
・チェックインから夕食前までの時間と
食後から翌朝の朝食前、朝食からチェックアウトを自由時間とする。
大浴場や部屋に付いてるお風呂に入るも良し、ホテル内部や近辺のお土産屋さんを物色するも良し、ホテル周囲の施設を見て回るも良し。
公序良俗に反する事さえしなければ基本何しようが自由。
「尚しおりにも書いてある通り、大浴場は朝の6:00からも空いていますので、朝もお風呂に入りたい人は良かったらどうぞ」
姉さんを経由してミライさんにマイクを渡し、俺は荷物の整理に入る。
「それではそろそろもう間もなく今夜宿泊するホテルへ到着するので、皆さん荷物の準備をお願いします」
🚌三
17:30
「みんなはその辺のソファでゆっくりしてて」
予定通りにホテルイマバリへ到着し、チェックインをする。
「お待ちしておりました、ジャパリパークツアーご一行様ですね。こちらをどうぞ」
「ありがとう」
ロビーに向かい、受付スタッフから4枚のカードキーを受けとり、みんなの元へ戻る。
部屋割りは以下の通り
301 継月ペア&澄禾
302 タコペア&平城山ペア
303 ペロペア&けもペア
305 風庭ペア&ローラン&ミライ
あんかけちゃんが抜けた枠に急遽ミライさんに入って貰った形だ。
澄禾姉の正体が極力バレないようにする意図も
あるが……。
各部屋の代表者としてタコくん、雪衣ちゃん、
ペロくんに各々カードキーを手渡す。
「じゃあ、また19:00に宴会場で。ミライさんは打ち合わせしたいので一旦俺の部屋に来てください」
「分かりました」
その合図を皮切りに、皆エレベーターに向かっていった。
まぁ、早く部屋でゆっくりしたいのもあるし、
何より着替えとか大荷物は各部屋に先に運んであるからな……。
因みに、あんかけちゃんのは既に向こうへ送り
返してある。
「継ちゃん?」
「継月さん、どうかしましたか?」
「早く行きましょうよ」
フルルとミライさん、澄禾姉に呼ばれた。
「今行くよ」
『アレ』に向けての練習は……
まぁ、明日の夜からにでもするか。
エレベーター前に付くと、松前くんとアードウルフが待っていた。
「他の皆は先に行った感じ?」
「あっ、はい」
アードウルフによると雪衣ちゃんジョフペア、
ロードランナーの305号室組とタコくんコウテイペアの五人が先行。
次にペロくんキタキツネペアとけもさんサーバルペアが上がり、
松前くんペアが残る形になったらしい。
ちょうどエレベーターが到着したので、
五人を先に乗せてから最後に俺が乗り、
三階を押す。
「そういえば、平城山さんが継月さんに聞きたい事があるみたいで」
「そうなの?」
「えぇ。スミカさんって、どういう字を
書くのかなってちょっと気になりまして」
「あー、成る程」
そういや澄禾姉、名刺とか無いもんなぁ……。
そもそもパークスタッフじゃないし。
「あいや、僕が個人的に気になっただけなので
答えて貰えなくても結構なのですけど……」
「姓は人偏に犬の伏に土が成るで城、
名は水が登ると書く澄にノギ偏として書かれる事の多い『
遠慮がちな松前くんに間髪入れず姉さんが答える。
「いや躊躇ないなぁ……」
「名は体を表す、と言いますから。それくらいなら教えても構いませんよ」
そこから繋がる縁もありますし、と姉さんは
続ける。彼女らしいと言えばらしい。
そうこうしてる間に三階に着いた。
「じゃあ、また後で」
「あっ、はい」
松前くん達と一度別れて301号室に入る。
「……っはぁ~」
どっと疲れた俺は座った途端に机に突っ伏した。
「継ちゃんお疲れ~?」
「まぁ初日から色々あったからね……」
「お疲れ様です、継月さん」
そう言いながらミライさんは人数分のお茶を
淹れてくれた。
「ありがとうございます、ミライさん」
「お疲れ様です、継月さん♪」
「半分は姉さんが緊急参戦したせいなんだけど!?」
まるで他人事のように労ってきた澄禾姉に突っ込んだ。
「まぁまぁ、お疲れのようですし。いなり寿司でもいかがですか?生姜とレタスを使ったいなり寿司ですよ」
そう言って澄禾姉はどこからともなくいなり寿司を出してきた。
「もう後2時間もすれば夕飯なんだけど……。
まぁ、折角だし頂くよ」
「フルルもフルルも~」
「では私もひとつ……」
「たんとお食べ下さい♪」
「……!」
一つ手に取り食べるとだしの効いた甘いお揚げと酸っぱい酢飯に刻み生姜とレタスの食感が
アクセントになって中々美味しかった。
「澄禾のいなり寿司、美味しいね~」
「……あぁ、そうだな。ほんと、ナカベ辺りに店構えても良いんじゃないかってレベルで」
おまけにこの味付け、さては関西方面に合わせてあるな?
こういうちょっとした細かいところに行き届いているのも彼女の作るいなり寿司の良いところだ。
「何故ナカベなんです?」
「なんとなく?」
愛知の豊川稲荷っていなり寿司が並んでるので有名ってのもあると思う。
「それにしても見せてもらった資料から感じ取ってはいましたが。やはり皆さんいい人達ばかりですね」
「まぁ、仮にもプレオープン前の招待だからね。慎重に選定はしたつもりだよ」
「ふふっ、やはり貴方の人を見る目は確かなようですね♪」
そう、澄禾姉とは既に今回の参加者について
事前に資料と合わせて話してある。
最も、彼女の場合はいつものように執務室に
遊びにきた時に偶然見てしまった
……という表現の方が正しいが。
澄禾姉は、基本パークのあちこちを転々としてるからか、決まった場所に居る事が少なかった。
それもあって呼び出そうとは考えていたから
その手間が省けたのはあったけどな。
「継月さん、それで打ち合わせたい事って?」
「あぁミライさん。ほら、姉さんが急遽参戦したでしょ?」
それで恐らく本人としてはサプライズ的なことをしたいだろうし、
他の面々に正体がバレないようにする為にも
サンカイに着くまでは席を五人とも最後方に
し、彼女の正体を探られにくくしようと思っている事を告げた。
「確かにそうすれば、澄禾さんとの会話から
情報が漏れる可能性は低いですね」
「でも、そうすると逆に怪しまれませんか?
席順もペア毎に決まっていたのが、私が来た
途端に大幅に変更されたとなっては」
「それもそうか……」
実際、勘の良い子はタコくん含め何人かいるし……。
その辺りに既に勘づかれる可能性は極めて高い。
まぁそもそもの話、澄禾が飛び入り参戦しなければこの話し合いも無かったのだが……。
「あら、私が共に居ては不満ですか?」
「勝手に人の心読まないでよ……」
そういう能力があるのは知ってるけどさ……。
「ほら、パークをあちこち行って、自ら交流を
図るのが私ですし?」
「確かにあちこちに居るイメージはあったけどさ……。でもだからって、旅メンバーに参戦する?」
「実際に交流してみて、どういった人物かを
直に確かめるのも手でしょう?」
「それはそうだけど……」
「でもさ~、コウテイやキタキツネにはもう
バレてると思うよ?」
「まぁな……」
だから念のために二人には正体をバラさないようにお願いしておいた。
……まぁ、大丈夫だと思うけど。
「では、席順は変わらず……という形で?」
「えぇ、そうしましょう。すみません、ミライさん」
「いえいえ、本企画の進行に関わる事ですし、
大丈夫ですよ」
それから、ミライさんとここまでと今後の流れを、各エリアでどんな事があったかの思い出話もやや交えつつも、今一度確認しあった。
「では、私はこれで」
そう言ってミライさんは部屋を出ていった。
部屋に置いてあった大荷物を持って。
「それで、この後はどうしましょうか?」
振り向くと、澄禾は髪色と同じく白い特徴的な
耳としっぽを出し、『本来の姿』に戻っていた。
「おいおい……」
「良いじゃないですか、今ここには私達三人なんですし♪」
「はぁ……、まぁいいけど」
部屋を出る時はまた隠すように伝えると
純白の彼女は「勿論分かってますよ♪」
と返した。
「……で、どうする?ホテル内部とか周辺エリア回る?」
ミライさんが淹れてくれたお茶を啜りながら
来客用に準備されていた茶菓子を頂きつつ、
この後について話し合う。
「私はそれでも構いませんよ」
「フルルも~」
「お風呂はどうしましょうか?」
「ご飯の後で良いんじゃな~い?」
「んじゃ、もうちょいしたら出ますか」
「「そうしましょう(さんせ~)」」
それから数分経った17:45頃、
俺は財布とスマホ、カードキーを持ち、
澄禾が耳と尻尾を隠したのを確認すると
三人で部屋の外へ出て辺りの散策に向かった。
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