第22話 せんぱーい

 なぜこうなった?

 駅前のロータリーで待つ俺は青い空を眺めながらひとり呟く。

 そもそも芸能界入りを自ら望んだことなど一度もないのにプロジェクトが進むとは……


 「せんぱーい!おっまたせー!」

 

 「ぐふっ!?」

 

 脇腹をえぐるようにタックルされて、一瞬だけど呼吸が止まる。永遠に止まったらどうするんだ?


 「スキンシップの領分を超えているぞ?で、どこか行きたいところはあるの?」

 

 「先輩はせっかちだな〜。そんなんじゃ女子にもてないですよ?ただでさえ見かけでハンデ背負ってるんだから」

 

 「はっきり言うなよ、普通に傷つくだろ。それになぜ先輩?慣れてないからこそばゆいだろ」


 「歳上だし先輩です!」

 うーん……双子じゃない妹がいたらこんな感じなのか。


 彼女の名前は【天野美鈴(あまのみすず)】


 去年芸能界デビューを果たした高校1年生である。

 ドラマの妹役でちょこちょこ出てるらしいけど、実写に興味のない俺はよく知らない。


 「大きい公園に行きましょう!ちょっと踊りたいし」

 公園で踊る?言ってる意味がわからないけど行くあてもないし素直に従うことにした。


 着いた先はとても大きな公園だった。園内には様々な木が植えられている。桜の季節には多くの人で賑わうだろう。

 ジョギングをしている者もいれば、楽器の練習、さらには絵を描いているなど楽しみ方は人それぞれだ。


 「ここでよくダンスの練習してるんですよね〜。わたし本当はアイドル志望だったのにオーディションで落ちたのでドラマの仕事をやってるんですが……どうしてもアイドルの夢を諦めずに練習してるんですけどこれがなかなか……」


 どこまでもまっすぐなこの性格ならいつか夢は叶うだろう。少しでも力になってあげたい。


 「絶対に夢は叶うさ!努力は人を裏切らないよ。俺も力になるから」


 「先輩が力になるって言ってもなにか出来るわけないじゃないですか〜。笑わせる為とはいえありがとうございます」


 あ、完全に戦力外通告を受けて彼女がダンスの練習を始めてしまった。しばらく彼女の動きを見ているとちょっと気になる事が……。

 そういえば今日の占いで「あなたの得意分野で解決」みたいな中途半端な運勢だった。なんの事だかさっぱりだったけど、これしかない。


 「ちょっといい?ダンスで意識してる事は?それと体のどこを意識してる?」


 「テンポやリズムとキレですね。体?言ってる意味が……それにダンスの事なんて先輩にわかるんですか〜?」


 ジト目でいかにも怪しい人でも見る目つきである。


 「ダンスは正直さっぱりわからないな。でも見てると体の中心が……重心がダンスによってズレてる気がするんだよ。分かるかな?」


 「全然わかんない……」


 ……だよな。

 なら見てもらうしかない。俺に出来るのは得意なパルクールだ。

 ここならいろんな段差や階段、壁など障害物がたくさんあるので思う存分動き回れる。

 次から次へと飛び移ってはジャンプしたり登ったりとパフォーマンスを繰り返す。


 「どうだったかな?どんなに激しく動いても体幹を常に意識しておくんだよ。バランスの中心がどこかってな」


 口がポカーンと開けっ放しになって少し間抜けな表情の彼女。ごめん素人が偉そうに。それでも諦めず、


 「要するに……ここを意識するんだよ体幹の中心を。どんな体勢になっても意識する事」


 彼女のみぞおちあたりに手を置いた。やけに暖かくて柔らかい。


 「きゃん!?」


 「あーーー!!」


 ん?天野さんの可愛い悲鳴と同時に誰かが叫んだような……ってしまった!

 つい勢いで彼女のお腹を触ってしまった。ちなみにヘソだしルックなので直に触れてしまった。

 ……しかし天野さんは無言で踊り始める。ひょっとしたらかなり怒ってしまったのかもしれない。


 「……あ、天野さん?お!?」

 素人の俺から見ても格段に良くなった気がする。

 ただ無言はちょっと……かなり……怖い。


 「せんぱーい……超セクハラです。逮捕しちゃいますよ?でも……超いい感じ。かなりイケてる気がする!ただの陰キャじゃなかったんだ?へ〜これで眼鏡外してイケメンだったらラノベのお約束で……え!?」


 そんないきなり抱きつかれるといろんな意味でまずい。後輩なのにデカパイ。変な語呂合わせまで出てる。あ、もう集中力が……って眼鏡取られた!


 「ああああああ!?」

 なんだ?また変な声が聞こえたような?聞こえないような?


 「……快斗先輩すごくずるいです。いろいろ隠してるなんて……」

 お前だってブラウスの下に大きなもの隠してたじゃないか!……なんてとても言える訳がない。


 「天野さん?それはどーゆう……」


 「……すず……すずって呼んでください!あの……クリアです」


 「はい?」


 「とにかくクリアです!じゃあカフェでお茶でもして帰りましょうか?たくさんお話しましょう。うふふ」


 良くわからないけど、腕を組んできて楽しそうな笑顔をみせてくれたのでダンスのコツを掴んだのだろう。

 役に立ててほんとに良かった。


 「バカ!」


 え?なんだか遠くでまた変な叫び声がしたけど公園っていろんな人がいるから少し怖いな。


 足早にカフェに向かったのは言うまでもない。

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