第20話 マネージャー
「あうっ!?は、初めてだからもっとやさしくして……」
「うがぁ!?わ、悪いわざとじゃないんだ!」
右手には人生でこれほど柔らかい感触があっただろうかと思うくらいの感覚が。マシュマロみたい?どなたかこの状況を説明してくれませんか?捕まるかもしれないけど。
当人の佳純は頬を赤く染めて俯いたまま黙り込んでしまった。
「ふふふ、男の子ね〜」と運転席から助け舟どころか追い討ちをかけてくる。
「わたしは千尋、北川千尋(きたがわちひろ)よ。快斗くんが満足するようなお世話をたくさんたくさんするマネージャーだからこれからよろしくね」
自己紹介にしてはかなりフレンドリーな言い回しをするし、さりげなく下ネタを匂わせるとは大人の女性ってほんと怖い。
気付けば隣に座る佳純も挑戦的な目で北川さんを睨んでいる。そもそもなんでお前がいるの?俺の疑問を見抜いていたかのように、北川さんが説明する。
「佳純ちゃんは去年スカウトしたんだけど、見事に断られちゃったの。だけど今日快斗くんに挨拶に来たじゃない?そしたら急に事務所に入れないか携帯に連絡があったからひとまず一緒に来てもらったのよ。誰かさんのおかげかしら?」
意味あり気に薄ら笑いを浮かべて俺の様子を伺ってくる。きっとこいつは占いの成果を近くで見届けなければ気がすまないのだろう。
「そうですか。それでこんな俺みたいな素人にどんな仕事があるんですか?言っときますけど、何も出来ませんよ?」
「ふふふ、それは大丈夫よ。今回はゲームに入れる吹き替えの声優の仕事だから。ちょくちょくアルバイトしてるでしょ?それの本格的なものよ。それとも歌って踊れるアイドルやりたかった?」
それを聞いて安心した。美雲のおかげで始めた趣味の延長上のようなバイトだったけど役に立つ日がやってくるとは人生とは不思議なものだ。
「アイドルってカッコイイ人がなるものですよ?俺みたいな陰キャは声優くらいしかできないですって」
「そんなことない!!あ、大きな声出してごめん。快斗ならなんでもできると思うから・・」
「買いかぶりすぎだろ?でも・・いつもありがとな」
高校に入ってここまで気軽に話せて、いつでも味方になってくれる奴ができるとは夢にも思わなかった。なにかあったら俺もこいつを守ってみせる。ふと気づけば北川さんが温かい目で俺たちを見ている。
「後ろでいきなりセックスしないでよねー?」
「な!?いきなり!?」
「セ、セ・・・」
いい感じの流れだったのにあっという間に台無しになってしまった。まじで大人は怖い。ほらみろ佳純がロボットのような動きでギギギと音を立てて俺の方に首だけ動かして見てくるじゃんか。ポンコツに冗談は通じないんだから。
「ふたりともお昼まだでしょ?昼食をとってから打ち合わせに行くからね」
* * * *
「ふたりとも経費で落とすから遠慮なく食べてね。私は和風ハンバーグステーキにしようかな?」
「じゃあ遠慮なく。ハンブルクステーキでお願いします」
都内にあるハンバーグが有名な洋食屋さんで昼食を食べることになった。ハンブルクステーキはアルミホイルに包まれふっくらとしたハンバーグである。横を見るとまだ先ほどのダメージが残っているのか心ここにあらずでメニューを眺めていた。
「佳純はどうするんだ?」
「あっ!?わ、わたしは・・・えーと『おやじ』を食べるわ」
「え!?」
車の出来事から目を合わせるだけであたふたしてパニックになっているみたいで、『おやじ』を食べるらしい。とても美味しいとは思えないが・・・
「だから・・・『ブイヤベース風おやじ』よ」
「おま、お前それ『おじや』だろ?おやじを食べるJKはリアルにこえーよ」
「あ、やだわたし・・・」
いつもなら軽口叩いて反論してくるのに北川さんのせいですっかりポンコツ佳純が完成してしまった。しょうがないな---
「飯が来るまでいつもの占い雑誌でもみるか?」
「うん!」
やっぱり占いってすげー。ここまで人を元気にすることができるなんて・・・などと実際はおもっていないけど元気になるならなんでもいい。
「あなた達、占いが好きなの?ちょうど今日の打ち合わせは占いに絡んだ仕事でもあるのよ。もしかしたらはまり役かもね?」
「ゲームの吹き替えですよね?占いがどう絡むんでしょうか?」
「ネタばれしちゃうからそれは後で。あ、きたきた!今はゆっくり食事を楽しみましょう」
ゲームに、占いに、高校生・・・さっぱりわけがわからないけどハンバーグは美味しかった。そして佳純の『おじや』に『おやじ』は入っていなかった。
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