第9話 まゆ毛占い

 頭を撫でられたその夜、自宅の部屋でわたしは今日の出来事を思い出してひとりで悶えていた。


 と、とうとう私も男性に頭を撫でられてしまった……

 この事実はもう変えられない。

 

 頭を撫でられわたしは快斗に躾けられてしまったのだ。躾けられた淫らな女と思われたくなかったのに。

 これは分かりやすく言えば一生の忠誠を誓ったようなもんだよね?とうとう生涯の伴侶の第一歩を踏み出しちゃった。


 しかも!しかも快斗は直前に顎クイまでやってくるとは…

 ファーストキスは『好きだよ』って言ってもらってからじゃないとダメなのに危なく流されてしまいそうになった自分に反省だわ。


 わたしとのキスの夢を見たんだから快斗の気持ちはもうわかったので、もう一度ちゃんとしたお付き合いを始めなくては……なにかきっかけが欲しいなぁ。


 それに私もキスの夢みたいな……あ、だめだめ。妄想だけでもご飯3杯食べれちゃいそう。


 早く明日にならないかな〜。

 早く逢いたいな〜。

 明日の占いでも雑誌で選んでおこう。


 * * *



 うーーー。恥ずかしくて穴があったら入りたい。

 まさかの頭撫でを間違えてキスしようとするなんて。しかもそこまでの工程があべこべだ。

 黒板ドンされるわ陰キャの俺が顎クイしちゃうわここまで噛み合わない流れからのキス未遂。キス魔降臨しちゃったし。


 ……うん。俺ってポンコツ。ポンコツ醤油。


 明日会ったらどんな顔すりゃいいんだか……


 顔っていえば……顎クイした時の佳純の顔は…女の子って感じで無防備で可愛かったなぁ……


 いかんいかん。ミクごめん!浮気でした。

 フィギュアも喋らないかな?ゲームはもう全ルート攻略しちゃったからセリフも覚えちゃったし新作出るまで退屈なんだよなー。


 イラスト集も取り戻さなきゃいけないことだし、もう少し占いでも付き合ってやるか。



 そして……次の日。


 そんなディープな佳純の性癖など知らずいつものように声をかけた。


 「おっす佳純!おはようー」


 「あ、快斗さんおはようございます」

 

 ???なぜ敬語?

 快斗さんって…まるでそれじゃ新妻ですけど?

 

 ひょっとして教室でのこれは新しいタイプの罰ゲームでしょうか?最近流行ってるのこれ?新妻プレー?


 クラスの連中が興味深くこちらの様子をバレないよう伺っている。

 完全にバレてます。見ないふりするならもう少しうまくやって欲しい。マジ!?とか陰キャきも!とか言ったらそりゃバレるって。ブレイクハートです。


 陰キャの俺が敬語で下僕のような態度をするならわかるけど、お願いだからこっちが偉そうに見える素振りだけはマジでやめて。


 「何かあった?」


 「こちらこそなにかわたしに不手際でもございました?」


 「頼む!頼むからいつも通り接して!」


 これ以上続けたら脅迫されてると思ってる佳純ファンに殺されるから。消しゴムの角で殴られちゃうから。


 「それなら…私もやっぱり無理だわ。花嫁修行には早過ぎた」


 「「ええ!?」」


 教室の半分以上が反応してしまった。


 だからバレてるってみんな!!

 そこの女子なんかスマホ打ってるふりしてるけどそれふで箱だから。

 先生まで教室にいるの気付かなかったけど被り直してるのそれ帽子じゃなくてカツラだから!そっちの方が衝撃だよ!


 「ハイ!昼休みじ〜っくり俺と話そうか?佳純」


 「それは将来について?」 


 あかん……今はなに言ってもあかん……ここはあれだなやっぱり。


 「今日はなに占いする?」


 「出来れば先生は授業をしたいな?」


 「すいません……」 


 動揺するあまり授業を忘れて占いとか言ってしまった。

 魔法学校じゃあるまいし俺は乙女か。


 昼休みの時間になって彼女は今日の占いはこれ!と雑誌で指をさす。

 またマニアックなの選びやがった。


 『まゆ毛占い』


 まてまてまて!

 まゆ毛で人が占えるなら寝癖でもできちゃうよ?


 最近では女子の半分以上が剃ってから描いてるって噂もある。

 夏のゲリラ豪雨の時に、みんなの描いたまゆ毛が落ちてガラの悪い女子高生が急激に増えたのかと思ったくらいだし。

軽いトラウマです。


 「それで?どう占えばいいのかな?」


 「今回はまゆ毛の形で占う感じ?運気が上がる形があるみたい」


 ツッコミどころが満載すぎて何から言えばいいかわからない?またも見えない何かに試されているらしい。


 「じゃあ女子はみんな運気の上がる形にしてるの?」


 「こんなマニアックな占い華の女子高生がするわけないじゃない」


 占い伝道師のお前が言うかそれ!占いに謝れ!


 「じゃあ今回はやめておくか?」


 「なに言ってるのよ!みんながやらないからこそここで差をつけるんじゃない!」


 なんだか某有名予備校の名物講師みたいにカッコいい事言ってるけど、占いだからね?しかもまゆ毛だからね?すね毛でもないからね?


 「じゃあ……」


 「あ!いまじゃあって言った!しょうがねーなーって感じで言った!まゆ毛に謝りなさいよ」


 んんん?それ占い抜けてるから!ただのまゆ毛になってるから!

 まゆ毛に謝る姿を想像するだけで笑いがこみ上げてくる。

 やばい。吹き出しそう。ここはこれで誤魔化そう。


 「そうだ!まゆ毛に謝ろう!」


 「なんで、『そうだ!京都へ行こう!』みたいな言い方してるのよ!」


 うんそりゃ怒るよね。プンプンしてるけど怒られても楽しいって事もあるんだな。これじゃ妹と同じだよ。


 ……って事はあれすれば静かになるだろ。


 佳純の頭をぽんぽんと軽く叩く。


 「ごめんごめん。悪ノリしすぎたよ」


 「あ、もう……」


 案の定だけどほっぺたは膨らませているものの、それとは裏腹に表情は喜んでいるようにも見える。確信した。


 「Mだな」


 「え!?違うもん…Mだとその……胸のあたりが窮屈だからLだもん……」


 急に両腕で胸のあたりを隠しながら、頬を赤く染めて恥ずかしそうに体をくねくねさせている。


 「あの〜いったいなんの話ですか?」 


 「制服のブラウスに決まってるでしょ!」


 もはや占いのうの字も無くなってしまった。


 「じゃあさ?今日の放課後にお互いのまゆ毛を揃えっこしようよ?」


 無理矢理のウルトラCで話を戻した佳純に感謝しつつ同意したけど、これがさらなるトラブルに巻き込まれるなどとこの時は気付きもしなかった。


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