第8話 夢占い
「はぁ〜」
昨日カフェを出てからの事はぼんやりとしか覚えていない。
「はぁ〜」
帰りもちゃんと挨拶したのかさえ記憶にない。
「はぁ〜」
私はいまベッドに横たわって気持ちを整理している。
その原因は当然アイツのせいないんだけど……
勢いで仲良くなってそのまま流れで付き合ったけど、正直いい奴ぐらいな感じで失礼な話好きなのか自分でもはっきりしていなかった。
それが……
委員でチラッとだけ偶然見た素顔は興味はあったけど、それ以上の気持ちではなかったはず。
だけど……カフェで眼鏡を外した素顔を見た途端に体に電撃が走ってしまった。
『快斗のやつ恥ずかしそうにしながら私を見つめてきて素敵スマイルかましてくるんだもん〜』
私は足をバタバタさせて枕に顔をうずくまらせる。
陰キャのくせにさりげなく必殺技をくり出された私は……あっさり撃沈。
快斗への想いがライクからラブになった瞬間だった。
恋はビビッとくるって本当だったんだ……
占いに関係なく夢でも会えたらいいな……
成り行きで騙されて別れちゃったけど絶対にもう一度付き合うんだもん……
* * *
「ねー?快斗は佳純ちゃんの事どう思ってるの?」
「なんだよ突然。カースト最下位の俺とは別次元の存在?まあ美少女なのに変わってて面白いやつ」
「ふーん美少女って認識してるんだ。2次元以外で女の子と仲良くするの珍しいよね〜。しかもあんな綺麗な子とお出かけしたなんて聞いてないんだけど?」
「言ってないし聞かれてないし。2次元と仲良かったら病んでるぞそれ。それよりなんで俺の部屋でまたくつろいでるんだよ?仕事と学校で疲れてるならゆっくり自分の部屋で休んだら?」
「いーの!これが一番のエネルギー充電になるの!」
まったく……俺のベッド占領しやがって。
寝っ転がってミクのアニメ見れねーじゃん。しかもミクの声優本人の前で見る鉄の心は生憎俺にはない。
その時ちょうど美雲のスマホが鳴ったので会話をしながらやっと部屋を出て行った。そろそろ兄貴離れして欲しいものだ。
双子の兄弟だったので何をするにもいつも一緒だった。
遊びも勉強もそれこそお風呂も一緒。中学を卒業するまで偶然クラスも一緒だった。
高校は芸能活動に理解のある女子校に行った美雲、家から徒歩で行けるラクチンな高校を選んだ俺と別々になったのだ。
その頃から俺に激しくコンタクトを取ってくるようになり、毎日お弁当を作ってくれたりその日どんな女の子と学校で話をしたかなど根掘り葉掘り聞いてくるようになった。
1年の時はたいして話す事ははなかったんだけど……
2年になって席が佳純の隣になった途端にいろいろ巻き込まれて話すネタには困らなくなったけど、それを聞いた美雲がせっかくお洒落するならユーチューブに俺のサプライズ出演企画をしようと言い出したのだ。
占いだけでも翻弄されてるのに、声優活動なんてしたらゲームもアニメも楽しめなくなるじゃんか。
おっと、もうこんな時間か。
そろそろ寝るとするか。
俺は佳純に言われた通りスマホに保存された写真を見た。
なんでこの写真はわざわざ目を閉じておちょぼ口なんだ?
もう少しましな写真あっただろうにきっと慌てて間違えたのだろう。相変わらずおっちょこちょいだ。
なんだかんだで学校でも楽しませてもらってる。
でも……イラスト集を早く返して欲しい。きっと本人忘れてんじゃないか?心配になってきた……
夢占いか。都合良く夢を見れるかわからないけど数日のうちに見れればいいだろう。
* * *
「ど、どうしたんだよ佳純?」
「うふふ。もう逃げられないわよ快斗。教室には私達ふたりっきりよ」
後退りをしようとしたが黒板まで詰め寄られてもう後がない。
「あなたが逃げるからいけないのよ?さあ目を瞑りなさい。口は私が塞いであ・げ・る」
ま、まさか現実世界で俺のファーストキスが……
「……い。……にい。おにい!遅刻するよ!」
目を開けるとそこは教室ではなくベッドの上だった。
意識が覚醒してくると俺に馬乗りをしている美雲がミクのフィギュアで俺にキスさせていた。
「何やってんの?」
「ミクとキスさせてるの」
「うん……そうなんだけど……ああ!寝過ごしてんじゃん!」
家を出るまであと15分しかない。
急いで顔を洗うと陰キャのオタクらしく髪はボサボサ使用に仕上げる。
起きたままだと顔が見え過ぎてしまうから恥ずかしいのだ。自分なりのこだわりは譲れない。
そしていつもの瓶底眼鏡。
矯正レンズは入っていないし俺にとっての伊達メガネなのだ。このダサさがカッコいい。
「はいお弁当!私の車でついでに送ってもらう?」
「パパラッチにでも撮られたら困るからやめておく。じゃあ気をつけてな」
美雲は人気声優アイドルなので事務所が学校までの送迎車を出してくれるのだ。
しかし…朝からとんでもない夢を見ちまった。
それも美雲のせいだろうが。
この時遅刻寸前の俺は、たかが夢と侮っていたのが間違っていた……
教室にダッシュで駆け込みギリギリセーフ!
「か、快斗おはよう。珍しいわねアンタがギリギリなんて」
「おうおはよう、夢にうなされて寝坊したんだよ。顔が赤いぞ?熱でもあんじゃねーの?大丈夫か?」
「ゆ、夢!」
佳純が教室中に響き渡る大きな声で叫んだ。
び、びっくりした〜。
俺の見た夢がバレたのかと思って土下座するとこだったよ。
「急にどうしたんだ?」
「昨日の夢が……な、なんでもないし!エッチ!」
いきなりエッチはないだろ。
触ってもいないし言葉で責めてもいない。
するならゲームのミクに……あ、顔がニヤけてきた。
気付けばクラスの女子がヒソヒソ話をして視線が突き刺さってるじゃん。久しぶりのこの感覚が懐かしい。
「今日はうちらが教室掃除だし、放課後に夢占い見ようか?」
「うわ当番かよ?面倒くさいな。じゃあそうするか」
* * *
放課後の掃除当番をさっさと済ませた俺達は、誰もいなくなった教室で夢占いのページを開いた。
『夢占い』
あなたの見た夢を診断して占います。(あたり前だろ。見たのが夢じゃなくてテレビだったらただの視聴者だよ)
自分以外の登場人物が出てきたらそれはあなたがいま一番気になる相手です。(そりゃ校内一のカースト最上位って誰が決めて噂になったのか気になるだろ普通)
夢の中であなたはどのような事をしていましたか?それは潜在意識の中にあるあなたの願望かもしれません。(え?ちょっと待てよ…)
それはどのような場所でしたか?そのシュチュエーションであなたは理性が働かなくなるかもしれません。(おいこら?これって占いだったよな?)
さあ全てを受け入れて心を解放してあげましょう!(なんだかこの雑誌怪しい気がしてきた。多分佳純も……あれ?)
先に読み終わっていたらしく気付けば佳純がウルウルした瞳で俺を見つめている。
「昨日……夢見れた?私は……淫らな……」
「ストップ!ストップ!淫らって…少し落ち着けって…ひゃあ!」
いきなり手を重ねられて思わず女子みたいな声を上げてしまった。
「あんな夢を見ちゃったはしたないわたしはもう我慢する意味ないの……」
花の女子高生でしかも高嶺の花とまで言われているコイツがここまで豹変するなんていったいどんな夢見たんだ?
今更キスを迫られた夢を見たなんてちっちゃい事言えなくなっちゃったよ。
柔らかい手は俺を包み込むように置いたままだ。
「あ、あくまでも単なる占いだし……」
ドン!!!
「占いは絶対なのよ!?単なるっていま言わなかった?」
さっきまでの目つきとは打って変わって獲物を狙うハンターになっている。
「ごめん……あまりにも思い詰めてるから心配で、眉間にシワを寄せたらせっかくのかわいい顔が台無しだぞ!?」
「ちょ、ちょっと急になにごますってるのよ?かわいいって言われてもダメなんだからね!」
いやいやいやこんなに効果絶大とは自分でも思わなかった。素直な気持ちで言っただけなのに顔を赤くしてこんなふにゃふにゃのくねくね動く生き物は知ってる限りタコしかない。
……タコだと!?
急に頭の中で朝の夢の内容が走馬灯のように蘇る。
教室、純恋、タコ(おちょぼ口)。
条件がいつの間にか揃ってんじゃねーか!
「あ、そろそろ俺帰ろうかな……」
椅子から立ち上がり帰ろうとするがーー
「ま、待ちなさいよ……これはもう定められた運命なのよ?」
「運命ってそれこそ大袈裟だろ?ひょっとして俺の夢の内容に気付いてるのか?」
「はぁ?なんの事かわからないんだけど。私は淫らな夢を占いだから実行しなきゃいけないのよ!道連れよ観念しなさい!」
この展開は……
さらに逃げようとして下がるが無情にも後ろには黒板が。
でも占いによると夢は自分の潜在意識から生まれる事が多いらしいから、ひょっとしたら俺は佳純とのファーストキスを望んでいるのかもしれない。
まったく自分の欲望を感じないうえにミクへの罪悪感でいっぱいなのはなぜだろう?
帰ったらたくさんゲームでデートしよう。
目の前にはすでに佳純の顔が迫っていた。
ゆっくりと顔を下に下げ……ん?下?
佳純は俺よりも10センチほど身長が低いのでキスするなら顎を上げて顔を見上げてくれないと出来ない。
初めてだからわからないけどひょっとしてアニメでよく見る顎クイするの?
あれは流石にハードルが高いんだけど……
「お、男でしょ!早くして恥ずかしいから……」
ここまで言われては仕方がない。
右手で彼女の顎をクイっとうえにあげる。
「はうん!えっ!?ちょっと、ちが……心準備が……」
何か言ってるみたいだけど俺もいっぱいいっぱいだ。
ゆっくり顔を近づけていくーー
「あ…ダメ…ダメじゃないけど……やっぱりちゃんとした雰囲気が……ダメーーー!!」
ドンッ!!
佳純の右手が顔の横を通り過ぎ大きな音を立てて黒板に当たった。
いわゆる逆壁ドンってやつ?黒板ドン?聞いた事ないけど。
「頭撫でてもらうのに顎クイは、反則だよ……」
「……ええええ!!!!俺と同じキスの夢じゃないの!?」
やば!つい言っちまった。
「キ、キ、キスの夢見たの?相手はわたし……だったの?」
「記憶にございません。秘書に確認いたします」
「あんた政治家か!!」
ふたりしで顔を見合わせて爆笑してしまった。
ついでにさりげなく頭を撫でてやる。
「きゃっ!不意打ちずるい……」
顔を真っ赤にして俯いてしまった。
これのどこが淫らなのかわからないけど、かなり純情って事だけはわかった。
「終わったかー?」
不意に教室のドアが開き担任教師が顔を覗かせる。
「はい!いま終わって帰ります!」と大きな声で答えると佳純はダッシュで教室を出て行ってしまった。
「鈴木も早く帰れよ」
「はい」
夢占いに翻弄された長い1日がやっと終わるらしい。
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