第2話 前世占い
「ねえ清掃員のおじさん」
「俺は清掃員でもおじさんでもねー」
「じゃあ聞くけどあなたって潔癖症だったりしない?」
「まあ清潔にはしてる方だと思うけど、潔癖症まではーー」
「ほら!潔癖症なら清掃員のおじさん決定!!」
「最後まで聞けよ」
なぜこんな事になっているかというと……
当然彼女の好きな占いが原因だ。
『前世占い』
西暦、月、日で生まれた日にちを元にして前世を占うものである。
「普通はイタリア人とか画家とかまともな前世が書いてあるんだろ?」
「ちっちっち!これだから素人は」
人差し指を立てて手を横に振る姿がなんかムカつく。
毎回だけどなんの素人だよ。
「ただ前世がわかってもそれで終わっちゃうじゃない。前世をリスペクトしてこそ新しい未来が生まれるのよ」
「前世の清掃員のおじさんを尊重して未来が生まれるのかねー。お前の前世はなんだったんだよ?」
「知りたい?どーしても知りたい?どうしよーかなー?」
「あ、興味ないんで大丈夫です」
やばい。なんだか泣きそうな顔になって……ない。
「実は……ヨーロッパの貴族の令嬢だって。やっぱりね〜」
「あーやっぱり悪役商会か」
「どこの怪しい団体よそれ。悪役令嬢でしょ!じゃないじゃない。貴族の令嬢よ!」
「俺と随分差がある気が……」
なんで俺が清掃員のおじさんで、コイツが貴族の令嬢なんだよ。
まるで使用人にされたみたいで気分が悪い。
なによりもこのニヤニヤした顔が気に食わん。
「で?今回は清掃員のおじさん……お兄さんはどうすればいいんだよ?」
「お、じ、さ、ん、でしょー?勝手に改ざんしたら怒られるわよ」
政治家だって改ざんを命令される時代に誰に怒られるのか教えてもらいたいとこだけど、ここは大人になろう。
そもそもこの占いがとてもモテる男になる為の役立つ手段とは到底思えないけど、雑誌を返してもらう為なら背に腹は変えられない。
「あんた美化委員やりなさいよ?まだうちのクラスは決まってないし今日は活動日だし」
「お前最初からそれが狙いかよ」
新しいクラスが決まり役割分担を決めた時だった。
クラス委員などはすんなりと決まり最後に美化委員だけが残った。
毎月一回の校内のゴミ集めという作業を、無給で行う学生は少ない。
少なくとも俺ならバイトをする。
しかし……隣の席の美少女である市川佳純は違った。
まさかの立候補をしたのだ。
これにはクラス中の男子生徒が驚くと同時に、俺以外の全員が立候補をした。
美化委員は男女1名ずつと決まっているので、いままで塩対応をされてきた男共がここぞとばかりに美少女と少しでもお近づきになれるビッグチャンスに食い付く形となったのだ。
ところが……このわがまま令嬢ときたら、男がいるくらいならひとりで自分がふたり分やるからいらないと言い放ったのだ。
「占いと美化委員は関係ないわ。ただ…違う目的で入ろうとする美化委員を信用出来ないの」
「まあお前が目的なのは明らかだったしな。それでなんで今更俺なんだよ?俺は立候補してないぞ」
「だからいいのよ。あんたは人を見た目で判断しない人間だと思ったから」
そんな正論を言われて少しびっくりした。
ちょっと嬉しかったのかもしれない。
「なんだそりゃ。それはお前も同じだろ。こんな陰キャの俺と絡む物好き他にいないしな。いいぞやっても」
「さすが清掃員のおっさん!ありがとう。じゃあ私が雇主であなたは使用人ね」
清掃員でもおっさんでもおじさんでもないと突っ込みたいところだけど……彼女の本当に嬉しそうな顔を見たらその気も失せてしまった。まあいいか。
放課後になり美化委員の初仕事が始まった。
学年別に各クラス2名の美化委員が集まる。
「じゃあこのビニール袋にゴミを入れていきましょう。まずは校門から行います」
なるほど。コイツが他の男子を断った理由はこれだ。
ビニール袋は各クラス1枚しか配布されず、最低でも1時間は拘束されパートナーと話をしながら掃除をしなくてはならない。
2人きりの1時間となると短いようで実はかなり長い。
現に他のクラスの美化委員の男子が必要以上に女子に話しかけてろくにゴミなど見ていなかった。
こんな状況ではこいつがもし塩対応をして1時間過ごすのはお互いに罰ゲームだったに違いない。
「俺がゴミ袋持つよ」
「さすが使用人の清掃員ね。わかってるじゃない」
…………利用されているだけじゃないよね?
校門ではさすがに目立つようなゴミはあまりなかったのですぐに次の体育館横へと移動する。
体育館横へと移動すると数人の男子生徒がこちらへやってくる。
恐らく身なりから2年と3年だろう。
「市川さんお疲れ様です。一生懸命やってえらいですね」
「美化委員ですから」
聞いた事もないような低音の冷たい声で応える。
これが噂の塩対応か。悪いのはあっちだから当たり前だけどな。
「ほどほどに手を抜きながら楽しくやりましょうよ」
ああ……せっかくクラスの男子を遠ざけたのにこれじゃ意味ねー。面倒は嫌だけどしょうがない。
「あの……コイツも俺も真面目にやってるんで皆さんもこんなところで油売ってないで掃除してくれませんか?クラスの女の子達も困ってますよ」
「お前いったい誰だよ?市川さんにコイツとか陰キャの癖に馴れ馴れしいんだよ」
カチンときたのかひとりの3年生らしき生徒が絡んでくる。
「美化委員ですけど?」
さっきの彼女と同じような口調で応えると、隣で彼女がクスクスと笑っている。
「そんな事わかってんだよ。俺は市川さんを勝手にコイツとか言ってんじゃねーって言ってんだよ。迷惑してんじゃねーか」
「迷惑なんかしてないわ。本人公認よ。それよりあなた達の方が迷惑だから私の視界からさっさと消えてくれないかしら?」
やっちまったよ。悪いやつじゃないのに誤解されるような言い回しをするから助けようと思ったんだが失敗してしまった。
男子生徒達はぶつぶつ言いながらも、どこかへ行ってしまった。
「おいおいほんとにどっか行っちゃったぞ?」
「知らないわよあんなやつら。それより……ありがとう」
照れ臭そうに横を向きながらお礼を言う彼女。
これが本来の彼女の姿なのだろう。
「ああ」
俺がお礼の言葉に応えると、今度は去って行った男子生徒達のクラスの女子生徒達がやってくる。
揉めた挙句にどこかに行けと言ってしまったのだ。
きっと文句を言いに来たのだろう。
「あの……どうもありがとう」
「「えっ!?」」
「あの人達は最初から全然ゴミ拾いしてくれないくせに、終わったら、みんなでカラオケ行こうとか言ってきたりうざかったのよ。そしたらあなた達がハッキリ言ってくれたからスッキリした」
「でも人数減ってしまったから……悪かったな。その分は俺が頑張るから勘弁してくれ」
「そうそう。コイツは清掃員のおじさんだから任せておいて」
「お前が言うな!」
その場にいた全員が笑った。
「失礼かもしれないけど……鈴木くん?見かけよりすごく明るくていい人なのね。すごく声もいいし」
「そうなのよねー。陰キャのくせにぽんぽんと話すし、どこかで聞いた事があるような声なのよ。無駄にいい声してるし」
「いい声なら無駄じゃないだろ普通は。まあ俺はただの陰キャの掃除好きなだけだ。さあやろうか?」
時間を無駄にしてしまったので挽回して早く終わらせないと。
気付けば俺たちふたりだけでなく、ほとんどの女子生徒達と協力して一緒にゴミ拾いを行なっていた。
「鈴木くんこっちにもゴミ袋お願い」
「終わったら次は私達の方もよろしく」
「清掃員のおじさん大人気ですなー。ほらほら女子達に呼ばれるのはどうだい?どうなんだい?ムラムラ来ないかい?」
落ち葉を拾いながら俺の肘を小突いてくる。
「おまえのほうがよっぽどおっさん化してるぞ?」
「そう言わずにダンナ〜。占いのおかげで株が上がりましたぜ」
「気持ち悪いからその喋り方をやめろー!」
前世占いとは関係ないと思うけど、コイツが喜んでいるみたいだしいいか。
美少女だけどほんと変なやつだ。
ゴミ拾いも佳境に入り最後に花壇の周りの雑草を抜いている時だった。
ずっと下を向いて作業をしていた為、分厚い眼鏡が花壇に落ちてしまった。
ヤバイ!!
急いで眼鏡を拾いすぐにかけて周りを見る。
…………危なかった。
どうやら誰にも見られずに済んだ。
「これで終わりだな」
「そ、そうね」
「どうした?疲れたのか?さすが悪役令嬢のお嬢様だな」
「そうね。……じゃなくてそこはお嬢様だけでいいじゃない!」
そんなに頬を赤く染めてまでムキになる必要はないだろうに。
「じゃあそろそろイラスト集を返して……」
「まだまだ目標未達成なんだからダメに決まってるでしょ」
明日はどんな占いを持ってくるのかと少し興味が出てきた事は内緒にしておく事にした。
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