第38話 白雪動く
「白雪さん今お時間宜しいですか?」
「えぇ、いいわよ」
白雪は手に持っていたプロットが書かれた原稿用紙を机に裏向きで置いて、目の前までやって来た男子生徒を見る。
「入学式の日、白雪さんを見たその瞬間に一目惚れをしました。それからは白雪さんの本も好きになりと僕の気持ちは日に日に大きくなっていきました。そしてもうこの気持ちに我慢ができなくなり今日僕のこの気持ちを伝える決意をしました。白雪さんの事が大好きです! 是非僕と恋人になってください!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
皆の前で勇気を振り絞り男となった男子生徒。
それを見た者達がこの場を盛大に盛り上げてくれる。
「良し! よく言ったそれで男だ!」
「ナイス!」
「可能性は十分にあるぞ!」
周りも勇気を見せた男子生徒の味方になり始める。
これが人の目の力と言わんばかりに断りにくい雰囲気が生まれる。
だけど白雪はチラッと俺と育枝を見て、口を開く。
「ごめんなさい。気持ちはとても嬉しいわ。でも貴方とは付き合えないの」
白雪は立ち上がると、申し訳なさそうにして頭を下げる。
「めっちゃキッパリじゃん。ってあれ? そらにぃ?」
「大丈夫。育枝お前にも伝えたい事があるからこのままいてくれないか?」
――今から俺は二人が好きな俺へと変身をする。
俺は主人公へとスイッチを切り替えた。
最後の一押しは紛れもなく、育枝だった。
俺は振られたとは言え、育枝の元カレなんだ。
その証拠に周りは俺と育枝が近くにいても何も言って来ない。
嫉妬の目は向けられても、相変わらず仲が良いお二人的な感覚で見られている。
「うん……わかった……」
そらにぃじゃない。育枝はそう思った。
先日父親から聞いていた、自信に満ちた【奇跡の空】だった。
「うわー……。やっぱり集中している。そうだよ……これだよ……時折見えていた片鱗で何となく想像はついていたけど、本気で何かをするそらにぃはカッコ良過ぎるんだよ……」
【彼】が育枝に影響を与えたのは何も作品が優れていたからというわけではない。
熱を持ち真剣に何かと向き合うその姿に影響を受けていたのだ。
今までは本を読み、たまに一人本の世界にいるのか俺だったらこうすると真剣に考えるそらにぃでも十分にカッコイイと思っていた。だけど今はそれじゃあ物足りなくなっていた。
「今なら私が見たかったそらにぃも見られるってことか。白雪七海、悔しいけど私の負け……おめでとう」
とても悔しかった。
後一日でもいいから長く彼女を続けていられたらと思うと後悔しかなかった。
だけど知ってしまった。
自分では隣に立つことすらおこがましいと。
そう自分では多分大好きな【彼】をもう支えてあげれないと。
白雪七海だったらそれが出来る、けど今の私では力不足なんだと……。
せめて最後に白雪七海にどんな形でもいいから勝ちたかった――復讐してやりたかった。もっと言うと一矢報いて、好きになった相手にはこんな可愛い子が隣にいるんだと後悔させてやりたかった。
だから最後は白雪七海と私を選べるようにちょっとだけズルをした。そらにぃの恋を応援する振りをして私が最後彼女候補になるように精一杯頑張ってみた。沢山バカって言って怒ってくれてもいいから私だけを見て欲しかったし何より構って欲しかった。その為に沢山悪戯もしたし誘惑もしたし必要以上に親切にもした。表も裏も全部見せた。その結果、腹黒いってそらにぃには言われた。だけどあれが本当の私だからって折れずに頑張った。だけど負けた。
(悔しい……。でも、まぁやれることは精一杯したし、それも悪くないか……)
知ってたよ。そらにぃは書く事を止めても毎日考える事だけは止めなかった。
だから今は昔の【奇跡の空】がもういないって。
いるのはあれから密かに考える事で更に成長した【奇跡の空】だって。
だから私……そらにぃに言ったよね。まだ負けてないよって。
そうあの時、白雪七海は何かを期待した眼差しをそらにぃに向けていた。でもそらにぃは気付いていなかったみたい。私と違って勘がかなり鈍いから。
それにシナリオを作るのも小説家の仕事ならば、ある程度なら相手の心情を理解し動かす事も可能。キャラクターは無機物じゃないから。だからこそ白雪七海に対抗――すなわち心を刺激するなら同じ立場になる必要があると私は考えた。
「頑張って……」
集中している【奇跡の空】にその声は届かない。
そう【奇跡の空】は今白雪七海だけを見ているから。
育枝がとても小さい声でそう呟くと、白雪が下げていた頭を上げて九十度向きを変えて俺を見る。そして一枚の裏向きとなった原稿用紙をチラッと見て再び俺を見て来た。
「住原空哲? 少し真面目……ううん、かなり真面目なお話しをしたいんだけどいいかしら」
久しぶりにフルネームで呼ばれたな。
でも皆の前じゃ俺と白雪は少し仲良くなった程度にしか思われていないからきっと周りの雰囲気に合わせたのだろう。。
にしてもこの感じ何か懐かしいな。
少し前まではこれが当たり前だったのに。
育枝が偽物の恋人になってから俺と白雪の仲が急に進展を始めたんだよな。
水巻は口笛を鳴らし、私何も知りませんアピールを突然してきた。
やってくれた……。
俺の計画は殆ど全て崩されたようなもんだった。
だけど知っているか、本の世界って無限の可能性があるんだぜ。
「うん」
今度は俺と白雪に周囲の目が向けられる。
そして薄々と俺を含めた全員がわかった。
「おい、まさかあれ……」
「多分間違いない……」
「俺の白雪がとうとう……」
「てか水巻……俺達に黙っていただけで知っていたな……」
周りの声がボソボソと聞こえてくる。
だけど今の俺には関係がなかった。
恋愛の神様はどうやら白雪に味方したみたいだ。
白雪のペースで物語が進み始める。
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