第37話 急展開



 その日の放課後はいつもより人が残っており告白するには緊張する教室となっていた。

 だけど人目があった方が断りにくいと言う観点からも場所を移す気はない。

 ただ人が思っていた以上に多いだけ。

 今白雪はクラスメイトであり親友とも呼べる水巻とお話しをしている。

 俺は水巻には今日の放課後決着をつけるから協力して欲しいと言った。


「ちなみに私に何をして欲しいの?」

「放課後になったら五分程度でいいから七海を足止めして欲しい」

「いいよ。どうせついでだし」


 相談を受けた水巻は俺が何をするか、どうやって決着をつけるかを聞かずにして即答をしてくれた。

 だけど最後にこう言ってくれた。


「なら信じてあげる。住原君もなんだね。頑張れ、告白」


 ――住原君も?


 そしてこの五分が俺にとっては大事だった。


 この五分の意味――それは二つある。


 一つは、育枝がここに来るまでに数分の時間が必要なため。


 一つは、俺が気持ちを作るため。


 今まで幾多の男達が白雪を我が物にしようと告白をしてきた。

 だけど全員相手にすらされなかった。

 それが示す意味はなんだかんだ【奇跡の空】一途だからなのだろう。

 そして白雪が好きな【奇跡の空】はもういない。

 今俺の中には別の【奇跡の空】がいる。

 それはゲームで言うと前世の能力を引継ぎ転生したキャラクターのようなイメージだった。ただ違うのは見栄を張ることを止め、今はあくまで等身大の俺を心の中で分身として創造したと言う事だ。そしてこの分身を動かす、このイメージが住原空哲が【奇跡の空】になるスイッチとなっていた。言い方を変えればヒーロー戦隊の変身みたいなもの。

 だけど勘違いしてはいけない。俺は住原空哲であると同時に【奇跡の空】でもある事を。

 そして自分が主人公の物語をイメージする。

 準備はしてきた、大丈夫! と自分の心に何度も何度も言い聞かせる。

 そう思い込め、俺!

 これは俺が大好きな本の世界。そして本の世界を見る為に自分が主人公として感情移入し主人公になりきっていると。そうすれば後は頭の中で沢山の道が生まれていく。育枝と一緒に作ったプロットが頭の中で文字列から沢山の道へと変わっていく。この道こそが俺の想像力で生まれた主人公がこれから通っていく可能性の道。今まではその道が見えても途中で行き止まりになったり、道がボコボコして通れなかったりしていた。だけど今は違う。どの道もそれぞれのゴールまで繋がっており綺麗な一本道となっている。それは時に複雑に絡み合い交差しと一見でたらめのように見えるがどのような道を選んでも道なりに逆らわずして歩いて行けば物語の結末は二つに一つしかないとハッキリと教えてくれた。


 ――成功するか失敗するかの二択


「ところで七海も今日するの?」

「なにを?」

「なにをって? その原稿用紙に書いてあるのプロットじゃないの?」

「えぇ、まぁ」

「私はタイミング的には良いと思うけどな。それに今日は七海だけじゃないし」

「どういう意味?」

「これを見ても気付かないの?」


 そう言って水巻は周囲を見渡しながら言う。


「なんでこんなに人が今日に限って残っているのか違和感ない?」


 待て!

 それはどうゆう意味なのだ?

 俺はさり気なく集中しながらも二人の会話が気になり盗み聞きをしていた。

 もしかして水巻は俺の事を騙していたのか?


「あ、あの白雪さん!」


 すると隣のクラスの男子生徒が一人入ってくる。

 そして白雪の名前を呼んだ男子生徒に目を向けると同時に水巻が俺に耳打ちしてくる。


「実は今日あの子も七海に告白するんだよ。正に恋のライバルだね」


 この状況を楽しんでいるようにしか見えない水巻。

 多分この男子生徒も俺と同じく白雪と仲が良い水巻に頼んで今日の放課後ここに会いに来る事を伝えていたのだと思う。

 額には汗を流し、とても緊張している。

 俺は自分の席に座ったまま、まずは彼の告白を見届ける事にする。


「やっぱり連休前は誰だって恋人欲しいよね」


 ボソッと俺にだけ聞こえる声で水巻がそう言ってくる。


「それにしても面白そうだったから七海と住原君には黙っていたけどこう観客が多いとなんかワクワクするよね」

「そうだな、見る方はな」

「だって私見るほうだもん」


 人はやっぱり好奇心には勝てないのかもしれない。

 少なくとも俺は水巻を見てそう思った。

 突然の新しいライバルの登場に俺の心が少なからず動揺していた。


 ――心の中では頼む成功しないでくれと願う、俺。


 だが今日の二年一組はこれだけではなかった。

 タイミングよく育枝がそこに駆け付けてしまったのだ。

 当然白雪の告白現場とフリーとなった育枝の登場に人が人を呼び、あっと言う間に沢山の人が二年一組の中と外に集まった。育枝は気まずそうにして人混みをかき分けながら俺の所までクラスメイトによって案内されてきた。


「お前の元カノだろ? 無視してやんな」

「悪い」


 俺は確かにそうだなと思い謝ると。


「それにこっちの方が絶対面白い。あの白雪と育枝ちゃんが近くにいる中でのアイツの告白。間違いなく人生の一大イベントになる!」

「お前、性格悪いな……」

「まぁな! なら俺はあいつらと見届けるから」


 そう言ってクラスメイトは近くにいた男子グループの方へと戻っていった。


「ご、ごめんね。何か急にコッチって言われて強引に連れてこられた」

「いいよ」


 育枝は俺の耳に手を当てて言う。


「てかこれ、私達のプロットとは全然違う流れになっているけど今日するの?」


 俺はコクりと頷く。

 物語は最後の最後で主人公に試練を与える。だから盛り上がるのだ。

 きっとこれは恋の神様が俺に与えた試練なのかもしれない。

 だったらこれすら利用して見せようじゃないか。

 俺は頭の中で今すぐに再度物語を組み立て始める。

 恋は戦争と誰かが言っていた。

 ならば悪いが俺もここまで来て手を引くわけにはいかない。

 それに今なら沢山の道が見える。

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