第36話 育枝の本音
前書き
先に言っておきます。
物語はもう終盤です。
結末はかなり前から決まっていますので、変わる事はありません。
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そして俺が教室の前に行くと、ちょうど反対側から育枝が歩いて来ていた。
やっぱり凄いな。
一年生女子それも育枝が歩くとただ歩いているだけなのにすれ違う男子の目線が集まっている。
「あっ、ちょうどいいところにいた!」
いつも通り育枝が話しかけてくる。
その時「あっ」って聞こえた。
「雰囲気変わってる……。これじゃ演技は無理だよ……」
ボソッとそう呟いてから。
「大事な話しがあるのいい?」
「あぁ」
あれ雰囲気がいつもと違う。
てかプロットは何処にいった?
本来ならここで育枝が他に好きな人が出来たって言って別れ話しを切り出し俺と育枝が別れるはずだった。
「もしかして昔に戻った?」
「戻ってはないけど、トラウマはもう解消できたと思う」
「そっかぁ。って事はもう一人でも小説書けるって事だよね?」
「育枝……?」
「本当は期待してたんだ……私がいないとこれからも書けないんじゃないかって。最低なのはわかってるよ。でもそれでもやっぱり期待してたの! あんなに苦労してまで小説って書かないといけない物? 私には正直そうは思えないの。だからこのままでもいいと思ってた……」
正直今でもあの日の事は思い出したくない。
来る日も来る日も人の心を傷つける事を目的とした奴らが俺の作品に対抗するように嫌がらせのように何度も何度も同じ事を書いてくる。正に書かれては消してのいたちごっこだった。だけど途中から終わりが見えないとの事から誹謗中傷コメントを全て無視する事にした。すると今度はそいつらが別の作品にまで読んですらいないのに沢山の荒らしコメントを書き始めた。それを機に俺はネット小説の世界から手を引いた。父親は当然そのことを知っておりすぐに俺の意見を受け入れてくれた。だけど世間は俺の良い所だけをピックアップして様々な媒体で告知をした。テレビ、新聞、教育関係の小冊子等だ。その為俺はネット小説から手を引いても同じ学校の人達からは「ここで何か書いてよ」「本当は誰が書いたの?」「凄いね、有名人だね」「なんで本名でしないの?」と中々俺を一人にはしてくれなかった。そして本を書くという力を捨てた俺に待っていたのは絶望感だった。人は皆長所と呼ばれる物を一つは何かしら持っている。そして正に俺の長所が本を書く事だった。だからそれを捨てなければならなくなった時、俺は自分の分身とも呼べる【奇跡の空】を捨てた。磨き上げて一番強い矛――武器を俺は捨てたのだった。当然最強の矛を失った俺は徐々に全ての事に自信を無くし始め、気が付けば読む専門に戻っていた。そこには強い後悔が残った。だって本を書くのも読むのも両方好きだったから。それからよく思うようになった。
明日は書けるかな?
どうしてこんな事になったのかな?
もう一度書く喜びを味わいたいな。
やっぱりもう無理なのかな?
そんな思いが心の中で大きくなっていた。
育枝には仲直りした次の日にその全てを話している。
それが育枝が俺に協力する条件だったから。
だから俺が今何を考えているのかも勘が良い育枝なら気付いているのかもしれない。
「育枝……」
「だけど復活した今どの道私は要らない子だね――ゴメンね、こんな我儘で腹黒女で。ゴメンね、いつも中途半端で。でももうこれが最後だから」
「最後……?」
育枝は下を向き、大粒の涙を流し始めた。
止めようにも育枝の気持ちがわかるからこそ、今は黙って話しを聞くべきだとわかる。
「そらにぃ?」
「どうした?」
あぁ、なんとなくだけどわかった。
「別れよ?」
やっぱりだ。
最後はしっかりと締(し)める。
だけどこれで良かったのか、俺?
そう思っていると。
「うん。それが良いよ。私はもう要らない子だから。もう今は付き合う前の関係。私達それでいいよね?」
そしてこの光景を見ていた者達は驚いていた。
「うそ。別れるのか?」
「って事は育枝ちゃんフリーじゃん!」
「冷めちゃったのかな?」
俺は正しく理解した。
これが今の育枝の本音であると。
「本当に育枝はそれでいいのか!?」
「いいよ。だからこれからは自由にしていいから――」
声が震えていた。
作り笑顔もぎこちない。
それでも俺が白雪に告白する為に必要な条件はこれで全て達成された。
そして俺だけに聞こえる声で呟く。
「放課後また来る。それで見ててあげるから頑張ってね、そらにぃ」
そう言うと鼻を啜りながら反転して、走って何処かへと言ってしまった。
俺と育枝が別れた噂は凄い勢いで広がり始めた。
もう後戻りできない。
俺はかろうじて見える育枝の背中を見てこう呟いた。
「辛い思いをさせてごめんな、育枝」
俺がそのまま教室に入ると五時間目始まりの授業チャイムが鳴った。
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