第31話 戻って来た日常
一度咳払いして育枝。
「でも書くんだよね?」
「うん」
「ならそらにぃもコレ書きなよ」
手に持ったプロットをそう言って見せつけてくる育枝。
「自分が主人公、そして私と白雪七海を題材にした物語。それでハッピーエンド。今度はそらにぃがやり返したら?」
「でもそれって……」
「そう簡単に言うと白雪七海がそらにぃに対してやった事と同じこと。だけど白雪七海がそらにぃを意識するきっかけを考えた時、そらにぃが【奇跡の空】として復帰しないとやっぱり無理だと思う。もしGW(ゴールデンウィーク)が始まればそれをきっかけに長期的に学校を休むかもしれない。となるとすぐに認知してもらう必要がある」
「つまり――」
すると俺の心を読んだように育枝が一度頷いて言う。
「少なからず白雪七海の心が揺れている間に決着を付けるの。あくまで目標は一番初めの時に立てた異性として好きになってもらう事。それを最終目標にして物語を書くと良いと思うよ。実践は数日かけてでもいいし、一日で勝負をかけてもいい。ただ問題なのは……」
育枝の言う通り時間をあまりかけない方が良いとは思う。
下手に時間を掛ければ水巻が言っていたように白雪を更に傷つけてしまう可能性だって十分に考えられる。
そうなると白雪の本業にも迷惑がかかるかもしれない。
創作者にとって心のモチベーションや心理状態はそのまま物語にまで影響してくるまでにシビアな物だと俺は思っている。
「問題なのは?」
「いつ白雪七海が学校に来て、いつ学校を休むかがわからないこと。だからこそ短期勝負。本業が忙しくなればきっとそらにぃに揺れ動いている心もある程度は戻ると思う。女って案外キッパリする時はキッパリするから」
「わかった」
「それともう一つ」
まだあるのか。
「相手はプロ。生半可な覚悟じゃバレてその瞬間全てが台無しになる。プロを超えろとは言わない。だけどあの日【奇跡の空】が書いた社会現象にまでなった作品クラスの物を書ければ必ず勝てると思う。あれは本当に凄かった。短編だけならそらにぃは白雪七海と対等に戦えると思う。だから頑張って」
「わかった、育枝ありがとう」
「うん。だけど一人じゃ書くの怖いんでしょ?」
「まぁな、でも頑張るよ。育枝と約束したからな」
「こら、もっと彼女を頼って! 書くときはこの部屋で書きなよ。そしたら私もすぐ側にいるから何かあったらすぐに助けてあげるからさ」
「いいのか?」
「うん。だってしばらく会ってなくて寂しかったから。だから今は大好きな人とは近くにいたいの。お互いに利用する恋人だよね、私達?」
「そうだったな」
「やっぱりそらにぃのそうゆう所大好き」
すると育枝は俺の横に来て頬っぺたにキスをしてきた。
顔を真っ赤にして照れながらも、嬉しそうにして。
「これが私の気持ち。本当はその唇を奪いたかった。だけどそれは我慢する」
「……」
突然の事に言葉を失ってしまった。
俺だって本当はその唇を今すぐにでも奪いたい……ってあれ?
俺どうしたんだろう?
「白雪七海の為と思うとやっぱり嫌。だけどそらにぃには幸せになってもらいたいからアドバイスをあげるよ」
「アドバイス?」
「多分そらにぃは書ける。怖がらないで」
俺の心の不安を和らげるようにして、俺の顔を自慢の胸に押し当てるようにして抱き込んでくれる。服越しでもハッキリとわかるボリュームがある胸の感触と一緒に育枝の温もりを感じる。
「いじめはどうする物だと思う?」
「……無視するもの」
これは父親と同じ質問。
もしかして父親が育枝から聞いたと言っていたが、育枝も父親から過去の俺を聞いているのかもしれない。何となくそんな感じがした。そしてそれは徐々に確信へと変わる。
「元々誰の為に本を書き始めたの?」
「父親の為」
「その時世間の目は気にしてた?」
「してない……ッ!?」
そうか。
俺は父親の為に当時は作品を書いていた。ただ単純に父親に褒めて欲しかったから。だけどいつしか父親だけでなく世間の目をも気にし始めた。そのせいで会った事もない人の言葉を勝手に重く受け止め、逆に父親の励ましの声を軽く受け止めていた。今思えば途中から全てが逆になっていた。
「気付いたみたいだね。なら次の質問いい?」
「うん」
「そらにぃが本当に好きな人は誰? その人の為に書けばいいと思う。多分そうすれば少なからずその人にはそらにぃの気持ちが届く。それと私はいつだってそらにぃの味方。だから世間の目は気にしたら駄目だよ」
「俺は一人じゃない……?」
「そう。ったくそらにぃは仕方がないな。この際ハッキリと言ってあげる。【奇跡の空】を好きな女の子を私は二人知っている。だから勇気をもって、あの時みたく大切な人の笑顔を護る為に書いて見るといいと思うよ、そらにぃ。今はお父さんじゃない、誰かを思ってね」
本当に育枝はメンタルが強いと言うか優しいと言うか。
俺の不安を的確に見抜くだけでなく俺以上に正しく理解してアドバイスまでくれる、上手く行けば自分が振られるとも正しく理解している。それなのに俺の成功だけを此処の底から願ってくれている……人が良すぎるだろ。
「ありがとう、育枝」
「どういたしまして。出来たら作品見せてね、そこからが私とそらにぃの最後の共同作業だからね」
そう言って育枝は俺から離れると、部屋を出て行く。
「あっ何処に!?」
「……お、おしっこ……行きたいの。ずっと我慢してたから」
育枝は下半身をモジモジされながらボソッと赤面しながら呟いてトイレへと向かっていった。
何だかんだいつもの日常が戻って来てくれた俺は心の中で安心した。
それから作品作りを始めた。
そして二週間が経ち――GW前日がやって来た。
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