第30話 鈍感男
五時間目の先生を通して保健室に行くように言われた育枝と一緒にタクシーで帰宅した。二人きりになった俺は何を話していいかわからなかったので育枝と喧嘩してから感じた事を洗いざらい一方的に全て話した。
家に着いてからは素直に頭を下げた。
それからそのまま俺の話には耳を傾けず自分の部屋に戻っていく育枝に俺は叫ぶようにこう言った。
「俺、もう一度本が書きたいんだ! だから頼む。俺に力を貸してくれ!」
扉を開けようとしていた育枝の手がピタリと止まる。
そして俺の方に身体の向きを変える。
「本気?」
「うん。俺は育枝が本当に好きな俺――【奇跡の空】でありたいと思う。だけど俺一人じゃ多分無理だ。育枝の力を貸してくれないか?」
「嫌だって言ったらどうするの?」
「その時は一人で行く。例えそれがどれだけ険しくても一人で必ず辿り着いて見せる」
「どうしてそこまでするの?」
「決まってる。俺自身の為だ! そして俺のファンの為だ!」
育枝の目が大きくなった。
瞳孔が開き、なにか確信を突いたような感じだった。
俺は白雪から貰ったプロットを無視する事にした。
「俺は絶対に過去を乗り越えると約束する」
「協力したとして最後は私と白雪七海どっち取るの?」
俺は直感で悟った。
おそらくこの答えで決まる。
白雪のプロットではこの質問が来た時は育枝だった。
だけど何故だろう。今この瞬間においては育枝が求めている答えがそうじゃない気がした。きっと俺が余計な一言を言ったからシナリオに刃こぼれが生じたのだろう。だったら俺は自分の心に素直になるしかないだろう。
「俺は――」
その時育枝が俺の口の動きを指で止める。
「だったらいいよ。今のは本心で真剣に答えようとしてた。だから力になってあげる。まだその答えは聞きたくない。まだ私とそらにぃって偽物だけど恋人同士だよね?」
「あぁ」
「それにしても演技下手だったね。ずっと何処か無機物って感じがしてた。感情! 感情がないと私には響かないの! それに私の事も今異性として見てるんだね?」
「うん」
「やっと素直になってくれた。素直なそらにぃ大好きだよ。私もね意地はってそらにぃと離れた後心が物凄く締め付けられて苦しかったの。それでねご飯も食べれなくなったの。だから私改めてそらにぃの存在が大切だなって思った。本当にごめんなさい。意地悪で我儘な女(いもうと)で本当にごめんなさい」
育枝は深々と頭を下げて謝ってくれた。
「顔を上げてくれ。俺は育枝の笑顔が好きだから。どうせなら謝らなくていいから笑みを見せて欲しいんだけどな」
すると育枝は涙目になりがら満面の笑みを向けてくれた。
「うん」
そして育枝の部屋で最後の作戦会議を始める。
それから俺はまだ話せていない事を全て話した。
育枝はそんな俺の話しを真剣な表情をして黙って聞いてくれた。
「なるほどね。白雪七海は自分のせいで私達が喧嘩したと思ってこのプロットをそらにぃに渡したんだね。悔しいけどよくできている。私の心情の変化を……って、コラぁ! そらにぃ! 私のときめきを返して!」
タクシーの中で言えなかった事を全部話すと育枝は何かに気付いたように、叫んだ。
「すみませんでした!」
俺は妹の部屋で土下座をする。
今はカッコイイ兄ではなく情けない兄でもいい。だから誠心誠意謝った。
「……はぁ」
大きなため息を吐いて、「やれやれ」と言ってオデコに手を当てて首を横に振る。
そして少しばかり間を空けて口を開く、育枝。
「許してあげるからまずは顔をあげて」
俺が顔を上げると、育枝は少しばかり呆れているようにも見える。
だが白雪の力があったからこそ俺がこうして育枝と仲直り出来たのも事実。
「それにしても、まるで台本よねこれ」
「言われて見れば、そう見えなくもないな」
「う~ん。そらにぃとは確かにずっと仲直りしたかったのは本当だけど、白雪七海の手を借りたって言うのが何か気に食わないなぁ~」
育枝は白雪が書いてくれた台本にも見えなくもない薄いプロットを読みながら言う。
「でもどうして育枝の事をここまで理解して書けたんだだろ……」
「そらにぃ確か私と喧嘩した後に図書室で少し話したって言ってたよね?」
「うん」
「ちなみに作家ってキャラを一から作るとき頭で想像しながら書いたりするよね?」
「まぁな」
「多分それと同じ事をしたんじゃないかな。そらにぃから得た僅かな情報と実際に私を見て得た情報を照らし合わせてそこから土台を作って足りない部分は想像力で補ったんじゃないかな」
「そんな――」
俺はすぐにそれを否定しようとした。
だってそんな事、無理だ! と思ったから。
だけどその言葉は上手く出てこなかった。そして育枝も俺と同じ事をどうやら考えていたらしい。
「そう、そらにぃとは違う。白雪七海はプロの作家で今人気急上昇中の作家。それにこのプロットを見る限りだけど、恩を売って仲良しになろうとしているようにも見えなくもないのよね」
「それって……」
「そう、やっている事は私と同じ。そらにぃの手助けをして優しくて頼りになるアピール。そこから好感度を上げてって……って私になに言わせるのよ! 恥ずかしいから変な事は言わせないで! 後は察して、この鈍感男!」
――ドン!!
顔を真っ赤にした育枝に身体を突き飛ばされた俺は態勢を崩し、床に転倒した。
このプロットでは俺が育枝と仲直りする事が前提となっている。それに途中危なくなっても第二、第三の予備ルートまでしっかりと用意されていた。普通に考えてここまで白雪が見返りを求めずにしてくれるのは可笑しい。つまりは……好意があるからしてくれたとも受け取れなくもないのだ。
「まさか……」
そう思うと、つい嬉しくて頬が緩んでしまう。
「実は七海いつの間にか俺の事が好きだったんだな。いや~俺幸せ者だな~」
「七海?」
やべぇ。今地雷踏んだ気がする。
育枝から一瞬だったけど殺意が見えてしまった。
「今七海って言った?」
「はい……言いました」
俺威厳なさすぎだろ。
育枝は大きくため息を吐いてから紡ぐ。
「喧嘩したくないから我慢してあげる。だけど不必要にその名前を連呼しないで」
「わかりました」
「それでそらにぃは白雪七海に告白するの?」
「…………」
その場合、育枝とは別れる事になる。
それはつまり偽物の恋人から兄妹へと戻る事を意味する。
だけど今なら白雪に異性として好きになって貰えそうな所まで来ている気がする。
――お前はどっちを取る?
もう一人の俺が質問してくる。
「俺は――」
「まぁ、いいよ。今は悲劇のヒロインでも。って言うわけでまずは私の話しを聞いて」
育枝はため息混じりに言う。
「白雪七海は本当にそらにぃの事が本気で今好きだと思う?」
「違うと思う。今日保健室で見た限りだけど多分七海が好きなのは俺であって俺じゃない。七海が好きなのは【奇跡の空】なんだと思う」
「――七海を連呼しないで」
一瞬育枝の目つきが鋭くなり、小声でボソッと何かを言った。
だけど声が小さすぎて聞こえなかったのとすぐに元に戻ったので今は気にしない方向で行くことにした。
「そうだね。そらにぃの話しを聞く限りその線が一番妥当だと思う。だけど書けるの小説? 多分そこをクリアしないと付き合えないと思う」
「……だよな。多分質を落とせば書けるんだけどそれはしたくないと言うか」
「感覚は? 本を書いていたころの感覚はあるの?」
「なんとなく」
「なら私に大きな影響を与えた【奇跡の空】の作品が鍵になるわけか」
育枝が腕を組み「う~ん」と言って何かを考え始める。
相変わらず顔に身体に見合わない大きな胸が腕の上に乗り強調される。
すると俺の視線の先に気付いた育枝が顔を真っ赤にして今度は胸を隠す。
「もぉエッチ! 恥ずかしいからジロジロ見ないで!」
そのまま飛んできた平手によって俺の頬に赤い紅葉が出来た。
ジンジンと痛む頬を擦りながら反省する俺。
「ずっと寂しかった分、今はその分嬉し過ぎて色々と過敏に反応しちゃうからさり気なく見て……欲しいなって……ね?」
育枝は俺に聞こえない声でボソッとなにかを呟いた。
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後書き
ネタバレ嫌いな方は感想見ないようにお願いします。
一応全て曖昧な形や更新(最新話)分まででわかる範囲内で答えられる物は全て答えていますが、勘が良い方は何か気付いてしまうかもしれません。
ちなみに曖昧な回答しているのは、今度どうなるかは現時点(最新話まで)ではわからないからです。ですから、感想の解答が絶対というわけではありませんのでご了承ください。
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