第28話 初恋の相手


「ほら、荷物。誰が昼休みギリギリまでイチャイチャしてるのよ」


 そう言って今度は水巻が入ってきた。


「って事は近くで聞いていたのか?」

「まぁね。先生に頼まれてカバン持ってきてあげたら、七海の声が聞こえたから」

「頼みがあるんだけど」

「別に今日聞いた事は誰にも言わない。それにどう見ても言える内容じゃないでしょ」


 水巻は俺に鞄を渡すとベッドの端に腰を降ろして足をぶらぶらさせる。


「初めてだね、七海が学校で泣くのって」

「……そうだな」


 水巻は視線を保健室全体に飛ばして誰もいない事を一度確認する。


「もう気付いたでしょ。七海の好きな人」

「あぁ、流石にな」

「ちなみに七海の初恋の相手」


 水巻は俺の顔を見て指を差しながらそんな事を言ってきた。


「だよな……」

「うん。中学二年生の夏初めて好きな人ができた。小学校から仲良しだった私には色々と教えてくれてね」

「それって……」

「そうだね。全ての原因はある一つの作品かもね。まぁあの作品は私の学校でも大きく取り上げられたからね。そして当時はデビューもしていないただの読者として何より一人の女として好きになったのが【奇跡の空】。住原君であって住原君ではない人間なの。でもあの作品が七海の人生を大きく変えたのよ」


 まさか育枝だけでなく多くの人にって……当たり前か。

 当時は父親が俺に何も言わないだけで新聞記者の人や学校の人と色々と話して俺には直接関わらないで欲しいと裏では毎晩動いてくれていたぐらいだからな。


「住原君異性としては好きではないって七海に言われたよね?」

「うん」

「せっかくだし教えてあげる。住原空哲はファンとして大好きだからこそ友達として仲良くしたい、【奇跡の空】は作家としても大好きだけど何より一人の女としても大好きなの。私からしたら同じ人じゃんって感じがするけど、七海からしたら違うみたい」


 俺は悔しかった。

 だったらもしもっと早く過去としっかりと向き合いトラウマを克服していれば未来が変わっていたと言う事ではないか。

 恋の神様……なんでそんなに意地悪なんだよ。


(…………くそっ!)


 きっと水巻は最初から全部知っていたのだろう。

 多分水巻は俺の予想が当たっていれば、よく周りを見れていて、勘が鋭い女子だ。


「民法第七百三十五条に血の繋がりがない兄妹の結婚は抵触しない。そう考えると七海としては相手が悪い。だけど可能性がなくなったわけでもないよね?」

「ごめん。俺民法とか知らないから」

「そうなの? 住原君の兄妹関係だったら血の繋がりがないから結婚出来るんだよ?」

「マジか……。初めて知った」

「なるほど。それで最初見た時、熱の差が激しかったわけだ」


 って事はこの事を育枝は知っていたのか。

 兄妹で結婚ができる事実に。


「とは言っても本当の理由はそこじゃなさそうだけどね。七海には上手く隠していたつもりだろうけど、他にも付き合っている理由あるんでしょ? でないとあそこまで熱の差がある恋人って変だもん」


 そのまま首から上を俺に向けて、俺の瞳の中を覗き込んでくる。

 この勘の鋭さ、マジで恐ろしい。


「別に責めるつもりはないよ。実際七海が知ったら『今はまだやめて!』って止めるだろうし」


 水巻が一瞬声を大きくした部分があった。

 今はまだ?

 それは一体。


「今まで何年も好きだった相手が初恋の相手でようやく会えた。そう思ってるんだから簡単に諦められるもんじゃない。特に女の子は男の子と違って時間を掛けて好きになっていく。言い方を変えれば時間をかければかけるほど好きになっていく。特に七海はその傾向が強い。だから簡単には諦められないんだよ」


 水巻は一体どっちの味方なんだ。

 俺の味方かと思いきや、白雪の味方になったりと。


「ちなみに何を必死になって書いていたかは知らないけど、七海は住原君が学校を休んでいる間ね、自分の原稿より今は住原君に渡したい物があるって言って授業中器用になにかを考えて書いていたわよ。簡単に言うとそれくらい好きなのよ、多分ね」


 それって、さっき俺が白雪から貰ってベッドの横に置いているコレのことか。


「それで住原君に聞きたいんだけど、このまま七海と友達続けるの?」


 そうか。

 そうゆうことか。

 白雪とこのまま俺が関り続けると傷つくそう言いたいのか。流石に普段からバカな俺でもここまでお膳立てされれば気付く。水巻は最初から俺じゃなくて七海の将来を心配していたのか。別に水巻が悪い奴じゃない事は知っている。ただ友達想いなだけなのも知っている。


「中途半端な気持ちで関わるなら私は住原君の敵にならないといけない」


 真剣な表情で俺を威嚇するように言ってくる、水巻。


「俺は――」

「待って。別に答えなくていい。だから行動で示して。私は正直七海の味方の部分が大きい。だけど私は住原君の事も友達として見ている。だから信じてあげるから行動で示して」


 水巻はそう言うと口角を上げて微笑む。


「もうその答えを住原君は知っている。最後に伝えておくわ。私本当は期待しているの。七海にもそして私にも思いつかない物語を【奇跡の空】ならみせてくれるって。住原君も七海と同じ創作する側の人間なんでしょ? だったら見せてよ、私にも」


「俺は……」


「自信がないなんて言わせない。確か『妹との恋はありですか?』の一巻の結末は喧嘩して仲直りした妹が勝つよね? それがいいと思うなら世界観的には似てるんだしこのまま行けばいいし、納得が出来ないなら住原君(主人公)が七海(もう一人のヒロイン)を落とせばいいと私は思うよ。所詮偶然似た世界観の作品と言われればそれまでだけどね。じゃあね」


 水巻はそのまま立ち上がって、俺に手を振りながら保健室を出ていった。

 その後すぐにチャイムが鳴り、五時間目開始の予鈴と同時に校庭に一台のタクシー、そして保健室には帰宅後の俺の事が心配だからと言う事で育枝が一緒に帰宅する事になった。なんでも保健の先生曰く、妹の顔色も昨日から悪いから心配していたらしい。なので理由を付けて何とかして朝から早退させたかったのだと聞いた。

 俺は育枝が保健室に来るのを待つことにした。

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