第27話 納得


「ねぇ、そう言えばお礼してくれるのよね?」

「あぁ~図書室の時のか?」

「えぇ」


 そう言えばあの日泣き顔を見られていたと思うと急に恥ずかしくなってしまった。


「でもいらないとか言ってなかったけ?」

「……うぅー。ダメ?」

「いや、そんな可愛い声で言われたら断れない」


 てか唇を尖らせて涙目に上目遣いってもう最強過ぎるだろ。

 学校一の美女でありながら、俺にだけそんな顔を見せるってもう卑怯すぎるだろ。

 そりゃ内心はめっちゃ嬉しいよ……ってあぁーもう! 急に元気が出てきたせいで抱きしめたい、キスしたい、とかまで考えてしまっただろうが!

 落ち着け、俺!!!!!


「ん? もしかしてこれ有料か!?」


 俺はある事実に気付いた。

 相手はプロの作家なのだ。この薄いプロットでもファンにとってはお金を出してまで欲しがる人間は沢山いるだろう。

 しまった……お金となるとなくはないが白雪程の人間が満足する額は流石に持っていない。金額にして小説三冊分ぐらいならあるわけだが……。


「頼む! 二千円で手を打ってくれ! 今月はもうそれしか残ってないんだ」


 俺は白雪の手を掴み、心の底からお願いする。

 ここで桁が一つでも増えたら払えないのだ。

 背に腹は代えられない。


「え、えぇ? 別にわ、わたし……そんなことは……微塵も思ってにゃいわ。きゃぁ!?」


 白雪は急に顔を赤く染めたかと思いきや急に動揺し始める。

 そして最後の最後で噛んだ。

 あ~可愛い過ぎる。


「と、とりあえず手を離して」

「あぁ、そうだな、悪い。つい必死過ぎて」

「七海」

「?????」

「七海! 今度から名前で呼んで。それと私は空哲って呼ぶ。いい?」

「あぁ、別にそれは構わないが……もしかしてお礼ってこれ?」

「そ、そうよ。私その……男性とは仲が良い友達が出来た事がないから……その何て言うか緊張しているというかね……」

「そっかぁ。白雪……じゃなかった、七海学校だと男子相手にはいつもピリピリしてるもんな」

「まぁね」


 すると白雪は近くにあったパイプ椅子を手に取り座る。

 そして一度大きく深呼吸をしていつもの表情に戻る。


「それで一つだけ教えてくれないかしら。これはお礼とかじゃなくて私が純粋に気になることなの」

「別に答えられる範囲なら構わないが」

「そう。だったら【奇跡の空】って人を知ってるわよね?」


 育枝の言う通りだったか。

 やっぱりプロ相手に誤魔化すのはそりゃ無理だよな。


「うん」

「空哲君なの?」

「そうだよ」


 白雪は「やっぱり」と確かに俺には聞こえない声でそう言った。

 そして顔を下に向けて、目をキョロキョロさせている。

 多分想像はしていた――だけどやっぱりどこか信じられないって感じなのだろう。


「悪いな。俺が【奇跡の空】なんだ」


 そう白雪が好きだった作家は俺。


 そっかぁ、白雪は作家としての俺の事が好きだったからここまでしてくれていたのか。

 多分だけど白雪に取って俺は一人のファンであり、好きな作家。

 だから皆とは扱いが違ったのか。いつからかはわからない。だけど言葉の節々に出ていたんだろうな【奇跡の空】だった頃の俺が。

 ……はぁ。

 そう考えるとなんか全てが納得できた。



「いつ気付いたんだ?」


 白雪は落ち込んでいるのか下を向いたまま答える。


「確信を持ったのはあの日、空哲君から放課後プロットを貰った日。違和感を覚えたのは去年初めて会った日。その日は図書室でブツブツと一人何かを言っていたから気になって聞いていたらただのファンじゃないそう思ったの」


 つまり俺は俺でも【奇跡の空】に最初から薄々気付いていたというわけか。

 流石は白雪だな。

 勘が鋭い。


「なんで今まで教えてくれなかったの?」

「もう【奇跡の空】はいないから」


 俺は正直に白状した。

 育枝が教えてくれた。

 嘘をついた所で誰かを悲しませることにしかならないと。

 だからこそ俺は過去から学ばないといけない。


「いじめを題材にした短編を書いた。それを書いた中学一年生はあまりにも無知だった。本については人並みに知っていた。だけど社会については人並み以下だった。だから時代の流れと共に活動を止めWeb小説から手を引いた。もっと言えば書く世界から消えたからだよ」


 育枝には黙っていたが、いざ書いてみたらとても怖かった。

 多分育枝のあの時の言葉を聞く限りじゃ全部バレているんだろうけど。まさにその通りなわけで。完成度が上がれば上がる程、誹謗中傷の対象になると頭が思っているせいで、自分が完璧とも思えないプロットを作るのにすらトラウマが邪魔して上手く書けない。これじゃ復帰なんて夢のまた夢なわけで。


「戻っては来ないの?」

「戻るも何も本当は気付いているんじゃないのか?」


 その時――白雪がぴくっと肩を震わせた。


「プロットの完成度が低いことに。書式や書き方は【奇跡の空】に似ている、だけど完成度はかなり低い。そう感じているなら正解だよ。今の俺にはこれが限界なんだ」

「ならなんで私の為にプロット書いてくれたの?」

「水巻が七海を本気で心配していた。それを知った時、同じファンとして何より友達として水巻の力、そして七海の力になりたいと思ったからかな。だけど何より俺が挑戦してみたくなったんだ。今の俺がどの程度書けるのかを」

「そう、だったのね……」

「まぁ、それはそれ。だから七海が何か気にすることはないよ」


 俺はそう言って笑顔を向けた。


「優しいのね。でもそのせいで大切な彼女と喧嘩したんでしょ?」


 俺はバカだから白雪を護る為に違うと否定をしようとしたとき。


「私が空哲君からプロットを貰った時、彼女の視線が一瞬鋭い物に変わったの。二人が喧嘩した原因はそれよね?」


 なるほど。

 あの時、白雪の変化に育枝が気付いていたように育枝の変化にも白雪は気付いていたのか。ってなると俺と水巻だけが気付いていなかったのか。


「彼女は何かしらの形で空哲君が【奇跡の空】って事とWeb小説の世界から姿を消した原因を知っていると私は考えた。どうかしら私のこの推理?」

「凄いな。その推理力」

「なら正解なのね。だったら私にも教えてくれない。なんで私が好きな作家【奇跡の空】はもう何も書けないのかを? 一時的にとは言え新聞にも名前が載るぐらいには有名だったのに書けなくなった。それなりの理由があるのよね?」

「……まぁ」

「ダメ?」


 まぁ確かに好きな人が急に何かを止めたら理由が知りたくなる気持ちはわかる。

 それに俺と同い年と言う事は当時俺の作品に影響を受けた可能性もある。

 まぁ隠す理由も今はないから白雪にだったら話してもいいか。


「別に無理なら諦めるわ」


 白雪は不安げに、俺の様子を伺いながら言った。


「いいけど、世間には口外しないで欲しい。それさえ護ってくれるならいい」

「わかった」


 白雪はすぐに頷いた。


「ある日初めて小説を書いた。それもとても短い短編を。テーマは――」


 俺の声を白雪は一言一句聞き漏らさないように集中している。

 それから俺は小説を書き始めた時の事から今に至るまでの経緯を全て話した。当然そこには育枝との兄妹の件も関わってくるので話した。流石に付き合った理由だけは隠したが血が繋がっていない義理の兄弟であることは話しの流れ的に隠す事が出来なかった。


 ……

 …………

 ……………………


「……そうだったのね」


 これで良かったのかもしれない。少なくとも白雪にとっては。


「これで全てが繋がった……」

「悪い、今まで黙ってて。呆れた?」

「うん……」

「だよな……」


 まぁ白雪の気持ちは正直わかる。

 もし俺が白雪の立場だったら多分同じ反応をしたと思うから。


「……はぁ」


 白雪はため息を吐いた。


「だったらもう諦めるしかないのかなぁ……」

「ん?」


 俺が質問をしようとしたとき、白雪がスカートの裾を握りしめていた。

 よく見れば手が震えており、そこに大粒の涙が零れ始めた。


 え? 俺何か白雪を傷つける事言った?

 流石にあの流れでそれはない。

 そこまで俺も馬鹿じゃない。

 だったら一体どうしたって言うんだ。

 白雪が書いている本の世界ではこの場面では抱きしめるが正解なんだよな。

 でも俺には彼女――育枝がいる。

 もし今そんな事をしたら、誰にでもする軽い男だと思われるかもしれない。

 かと言って好きな子が目の前で泣いていたら、優しくしたくなるわけで。

 なにより普段から人前で色々と我慢して裏ではめっちゃ頑張っている女の子には何かしてあげたくなるんだよな、俺。だってそうやって頑張る女の子も俺は好きだから。俺どうしたらいいと思う?


(本当に俺はこんな素敵な人を好きになってよかった)


 そうか。白雪七海が好きな人って言うのは俺であって俺じゃないのか。

 さっき聞こえた「諦める」とは多分そうゆうことなのだろう。

 もし今もしっかりと何かを書けていれば白雪を泣かせずに済んだのかもしれない。

 正直タイミングが悪かった。

 もしかしたら後一か月遅かったら今とは何か変わっていたかもしれない。

 そして上手く行けば涙ではなくそこに幸せそうな笑顔があったのかもしれない。

 恋の神様って本当に意地悪だよな。

 試練しか与えてくれない。


「話してくれてありがとう」


 白雪は持っていたハンカチで止まらなくなった涙を拭きながら椅子から立ち上がる。


「ゴメン。私次の授業の準備があるから」


 そのまま白雪は泣きながら出入口に向かう。

 その背中を見た時、俺は何も言えなかった。ゆっくりと保健室を出て行く白雪は最後に俺をチラッと見てそのまま出て行った。

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