第24話 水巻の囁き


 毎日こうだったらいいなぁ~とかつい思っていると。


「あ、住原君おはよう。もう大丈夫なの?」


 ちょうど今来たらしく教室の出入口から水巻がカバンを持ったまま俺と白雪の間にやって来た。

 でもこうしてみると、成長した人と成長しなかった人って感じがする。

 え? 何がって? それは……胸だな。


「うん」

「ならよかった。昨日住原君が休むから大変だったんだよ?」

「なにが?」

「今七海って忙しいじゃない?」

「うん」

「なのによ学校に来てすぐに落ち込んだかと思いきややっぱり帰る……むぅぅぅ」


 水巻の口を慌てて白雪が止める。

 水巻は白雪の腕を叩いてギブアップをしているが中々離さない白雪。

 そのまま別の意味で水巻の顔色が悪くなっていく。

 どうやら青ざめた所を見る限り酸欠のようだ。


「……はぁ~死ぬかと思った。ちょっと何するのよ!」

「小町? 口縫って欲しいの?」

「すみませんでした」


 身体をブルブルと震わせて、本当だったら正しいことを言っているはずの水巻が負けを認める。この二人の力関係と言うよりこのクラスでの白雪の力はもはや絶大であると認めるしかない。実際このクラスにも白雪のファンは俺と水巻以外にもまだいる。そう考えたらなんとなくわからなくもない。


「あ! そうそう七海だけじゃなくて住原君にもこれあげるよ」


 水巻はカバンからコピー用紙を五枚俺に渡してきた。

 俺が中身を確認すると、昨日授業で書いたと思われるノートのコピーだった。


「本当はね昨日七海が学校早退したからノート頼まれていたんだけど、ついでだから住原君のも用意してあげたの」

「ありがとう! 助かったよ!」

「どういたしまして」

「良かったわね。小町が優しくて」

「本当に感謝で一杯です!」


 あ~俺は何て幸せなんだ。

 これが友達と言う物なのだろう。困った時には助け合う、なんて素晴らしい物なんだ。

 ここまで気が利く友達は正直初めてだ。見たか野球部とボクシング部。これがクラスメイトで友達と呼べる正しい存在だ。


「へぇ~小町には素直なのね」

「えっ?」


 白雪の機嫌が悪くなる。


「もしかして今日情緒不安定なの?」

「は?」

「いえ、なんでもありません」

「こら、そんな言い方は良くないよ?」

「水巻……」

「私に任せて」

「うん」

「こうゆう時は相場が決まってるんだよ。七海今日生理だったり……」


 すかさず水巻がフォローしてくれようとしたが女子のノリでも無理だと一瞬でわかった。人には聞いていい事と聞いてダメな事がある。そしてそれと同じくして言っていい事と言ってはダメな事があるのだ。

 慌てて自分の口を両手でふさぐ水巻。

 天使のように優しそうな微笑みの後ろには悪魔がいる事もあると俺は今日知った。


「小町? トイレ一緒に行かない?」

「うぅ~ん。行きたくありません」

「実は私今日生理なのよ。だから一緒に付いてきてくれない?」

「ごめんなさい」

「やっぱり重たい日はイライラするのわかってくれるわよね?」

「勘弁してください」

「……はぁ、冗談よ」

「……助かった」


 今のが冗談だと!?

 めっちゃリアルじゃないか。

 てか今完全に見てはいけない物を見てしまった気がする。

 流石プロの小説家! 演技も一流!

 これがキャラになりきると言うやつなのか。

 うん。勉強になる。って事で今後は怒らせないように今まで以上に気を付けることにした。


「わかった? 七海怒ると怖いんだよ?」


 まさかその為だけにわざと怒らせたのか。

 勇気あり過ぎるだろ。俺は一瞬本気で白雪が怒ったのかと思ったぞ。


「うん」

「まぁ、七海がここまで人に感情出すのも珍しいけどね」

「そうなの?」

「うん。そうよね七海?」

「まぁね。私だって心を開いている人間以外には見せないわよ。それに話すだけ時間の無駄な相手とは話さないようにしてるから」

「相変わらずキッパリだな」

「う、うるさい。私にだって過去に嫌な思い出の一つや二つあるのよ」


 あの白雪にも嫌な思い出があると知った時、俺は興味を持った。

 これだけ完璧そうな人間にも平凡な俺と同じように嫌な思い出があるって思ったら何か意外で。だけどそう言った隙を見せてくれる所がまた男子では俺だけって感じがして嬉しかったりもする。なんたって俺は白雪の唯一の男友達。


「小町にだってそうゆうの一つや二つあるでしょ?」

「言われて見れば確かにあるかも」

「それと一緒。私だってか弱い女の子なんだからね」


(か弱い女の子? それはちょっと違う気がする)

 とか心の中で思っていると、白雪と目が合う。

 つい変な事を考えていた為に、ドキッとしてしまった。


「ちょっと急にどうしたのよ。大丈夫?」


 これは体調が悪くてと勘違いしてくれているのか。

 あぁ、これはこれでラッキーだ。


「う、うん。ちょっと急に寒気がしただけだから」

「本当に? てか熱は?」


 するとオデコにひんやりと冷たい水巻の手がピタッと触れる。

 そしてもう片方の手で自分のオデコを同じようにして触る。


「どう? 小町」

「う~ん。熱はないように思うけど、今日はあんまり無理しない方が良さそう。まぁきつかったら早退しなよ。その時はノートコピーしてまたあげるからさ」

「ありがとう、水巻」

「うん。困ったときはお互い様だから」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 すると教室に朝のHR(ホームルーム)開始のチャイムが鳴った。

 水巻は急いで自分の席へと戻った。


「――病人で良かったね」

 去り際に水巻はそんな事を囁いた。



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