第25話 蘇る記憶


 俺はそのまま四時間目までいまいち気分がのらないまま授業を受けていた。

 今は数学でよりにもよってこんな時に計算問題が多いなと思っていると突然身体に異変が起きた。

 だけど、後三十分もすれば昼休みだし今日は四時間目までで早退する事にした。

 頭がボッーとするだけでなく、フラフラもしだしたのだ。


「ちょっと、本当に大丈夫なの?」

「うん。あれ白雪って分身の術使えるの?」

「え?」


 白雪は困った表情になるがすぐにいつもの表情に戻る。


「もしかして焦点があってない?」

「まぁ手が二重に見えたりはするけど……」

「それ、保健室に行った方がいいと思うけど?」

「いいよ。後少ししたら今日は帰るから」


 白雪はチラッと時計を見て言う。


「後少しってまだ三十分もあるわよ」

「うん」

「てかノートすらちゃんと書けてないじゃない」

「あっ……本当だ」


 いかん、いかん。

 ついボッーとして黒板を板書する事すら忘れていた。

 俺は急いでノートに今先生が書いている事を板書していく。

 いつもならスラスラと手が動くはずなのに今日はやっぱり思うように動かない。

 まるで壊れかけたロボットのように動きにキレがない。


 そもそも力の合成においてF1とF2って何?って言っている時点でかなりヤバイ気がする。

 これは日頃の授業聞いている振りをしていたツケが回ってきたのかもしれない。

 俺は大きなため息を吐いた。


 視界の先では白雪と同じように先生まで分身の術を覚えたらしくさっきから一人から二人になったり二人から一人になったりしていた。指先にも思うように力が入らない。

 これだけでも結構ヤバイ気がするが、悲劇は続く。


「よし、ならこの問題を――」


 先生がクラスに視線を飛ばし、誰に当てるかを考え始める。


「住原黒板で解いてみろ」


 最悪だ。

 頭がボッーとして授業の半分以上を聞いていなかったせいか全くわからない。

 ただ当てられた以上は黒板に何かを書くしかない。


 だが上手くいけば適当に力の長さを黒板の図に書けば正解となりそうな気もしなくもなかった。


「答えはこれ。ほらチラッと見ていきなさい。授業まともに聞けてないんでしょ」


 白雪は心配そうにこちらを見ながらとても小さい声でそう言ってくれた。


(まじか。白雪って本当はめっちゃ優しい女の子だったのか!)

 他の男子が知ったら嫉妬の嵐でも買いそうだなと思いながらも俺は心の中で盛大に感謝した。俺だけに優しい白雪もう最高です!!!!!


「ありがとう」


 俺は席を立ちあがりながら、お礼を言って白雪のノートをチラッと見てそれを覚え黒板にそのまま記憶を頼りに写す。

 これが正解かはわからないがここは白雪を信じる事にする。

 そして俺が黒板に力の長さを書くと先生は何度も頷いてくれて「なんだちゃんと聞いているじゃないか」と俺に声をかけてくれた。

 白雪にアイコンタクトで「ありがとう」と視線を送ると小さく頷いてくれた。

 あ~幸せだ。

 白雪とアイコンタクトだけで会話ができるなんて。


「よし。正解だ。なら住原席に戻っていいぞ」


 俺はそのまま自分の席に戻る。そして後少しで自分の席だと思った時、急に身体から力が抜けて倒れた。


 教室全体から聞こえる「きゃー」と言う叫び声を聞きながら、俺は先生に担がれて保健室へと運ばれた。




 俺が小説を書き始めたのは中学生になった頃だった。

 当時俺は沢山の本を読んでいた。

 勿論好きな作家や好きな作品も沢山あった。

 毎日学校が終わっては誰かと友達を遊ぶわけでもなく俺は一直線に家に帰り、父親から買ってもらった沢山の本を来る日も来る日も読んでいた。

 そんな俺を見て近所の人達は友達が少ないから家に引きこもっているのではないかと親身になって心配してくれた。元々近所付き合いが上手な父はそんな俺の事を護ってくれた。好きな事は子供のうちにしろ。大人になってからでは出来ない事はないが苦労する。そう言って俺の読書の時間を否定する事は一切なかった。

 今考えても本当にいい父親を持ったと思う。

 だけどそんな父親でも一つだけ心配していた事があった。

 それは当時付き合っていた今の母親の連れ子の件だった。

 当時の俺は育枝の存在を知らなった。

 だけど父親は当然再婚を考えていたわけなので知っていた。

 俺は基本的に外向的と言うよりかはどう見ても内向的だった。

 友達もまぁいればいいかなぐらいの感覚で幅広く持とうとはしなかった。

 その為読書と言う一点に置いては俺と育枝が馬が合うと信じていた。

 だけど二人共積極的な一面がない事から将来を心配していたのだ。

 それは再婚後俺と育枝だけを残して日本を出て行っていいのかと言う事だった。

 俺は本が好き、それも日本語で書かれたものだ。

 新刊の販売日には必ず本屋によってからその日に買って帰らないと気が済まない人間。

 その為父親は炊事洗濯は一通りできる事から俺を日本に残そうと考えていたのだが、そこに育枝までとなると子供二人だけで本当に大丈夫なのかと言う心配がどうしてもあったのだ。

 そこで父親はこう俺に言ってきた。


「本を書いてみないか?」

 

 その時、俺は驚いてしまった。

 そんな俺に対して父親は事情を話してくれた。

 何でもいい。とにかく育枝と仲良くなるきっかけとなる何かを作って欲しいと。

 その代わりにもし出来たら仕送りは何とかするからこの家に育枝と二人残っていいと。

 俺は即答した。

 なぜなら俺はこの家にずっと残っていたかったから。

 本と一緒に過ごしたこの家に。

 それから俺は作品の公開はしないものの暇な時間を見つけては短編を書くようになった。

 大体三万文字から四万文字程度の物だ。

 ある程度慣れてきたころにどうせならと言ってネット公開をしてみてはと父親から勧められて投稿活動も始めるようになる。それが中学一年生の夏頃である。

 そこで俺は運が良いことに大した人数ではないが数人固定のファンをゲットする事に成功した。後はファンの人が新しいファンの人を呼んでくれてと素人にしては成功した。そんな俺を見て父親は喜んでくれたし、何より褒めてくれた。

 それがとても嬉しくて俺は徐々に執筆の時間を増やしていった。

 だが悪夢は突然起きる。

 父親が再婚する一週間前に起きたあの事件。

 そう誹謗中傷を書かれたあの日だ。

 その後執筆活動を止めた俺を父親はどうするか悩んでいた。

 だが偶然にも俺の運命を救ったのは疾風新聞の見出しだった。

 だけどそれから執筆活動は全て中止した。

 そう育枝が好きなのは俺であって俺じゃない。

 育枝が好きなのはもう一人の俺【奇跡の空】なのだ。

 それから父親は育枝の懐き振りを見て俺と育枝を残して母さんと一緒に仕事で海外に行った。

 あれから約三年――【奇跡の空】は今も静かに休養をしている。


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