第21話 心に余裕がない


 だが世の中成功した人を良く思わない人もいる、この事に当時中学生だった俺は気が付いていなかった。

 沢山の人に作品が見て貰える喜びを知った俺は読書の合間に自分の評価がどうなっているかを定期的に確認していた。


 ・綺麗ごとの暴論。

 ・現実を知らないガキだからこんな事ばかり書ける。現実は違う。

 ・ガキか? だったらお前なんでいじめがなくならないか説明してみろ。いいかいじめた方が得をする人間だってこの世にはいる。だからいじめはなくならない。少しは考えろカス!


 最初はあまり気にしていなかったが評価が増えていくと同時に俺への悪口も少しずつ多くなっていった。

 それでも味方になってくれる人が多くいた事には感謝していたし、その人達が心の支えになっていたのも事実だった。顔も見えない人達に励まされ傷つけられて、これが本の書く側への世界なんだと俺はその日知った。そしてある日、悪口から本気で俺を批判する誹謗中傷へのコメントが増え始めた。この日俺は本を書く事を止めた。やがてそれは学校へと広まり、俺自身が多くのいじめグループからのいじめの対象となり心に深い傷を負ったからだ。


 だがそれは永遠と無視する事でゼロにはならなかったが半年もしないうちにかなり減ってくれた。当時の担任の先生や友達が俺の味方になってくれたからだ。おかげで不登校と言う事にはならなかった。


 そんないい意味でも悪い意味でも想い出のある作品を見て俺はそんな事もあったなと思った。


「確かこれ、疾風新聞の朝刊にもこの夏はこれ! ってやつに載ったんだよな。それも確か二年連続で夏の朝刊にのってたけ。それで二年目のその時に妹になったばかりの育枝が俺にこの人凄いよね~って言ってきたのを両親がたまたま見てたんだっけ」


 そして父親は俺の目を見て一度確認をしてから、実はお兄ちゃんがそれ書いたんだよと俺に気を遣って変わりに話してくれたのを覚えている。


 その時育枝は大喜びではしゃいでくれたけど、母親が持っていたお皿を床に落としてしまうぐらいに驚いていたな。それを見た父親は信じられない物を見た時とのような母親の対応と割れたお皿の対応で珍しく慌てていた。本当に今思い出しても懐かしい記憶だ。この作品で俺は書き手を止めて読み手専門になった。だけどこの作品があったからこそ新しく家族になった俺達にあった溝を一気に埋めてくれたのもまた事実。だからこそこの作品は生涯忘れる事ができない作品。二つの意味で。


「そう言えばその後にならまた書いてよと言ってくる育枝に俺からトラウマになった原因を話したんだっけ」


 たった三、四年前の事がとても懐かしく感じる。


『なにしてるの? 体調悪いの?』


 突然来たメッセージに俺は驚いてしまった。


『ちょっと元気が出なくて。でも体調は悪くないよ』

『ならいいけど。私心配した。彼女も朝元気がなかった。てか悪いと反省しているなら男として謝まったら?』

『うん。そのつもり』

『【奇跡の空】私が好きな作家。とは言ってもWeb小説家。もう活動はしてないけど××××って言うサイトにその人の作品があって【二度目の真実は勇気をくれる】って言う作品がある。それを読んだら少しは気持ちが晴れると思うわよ』


 え……?

 なんで俺の活動していた小説サイト……それに俺の名前を知っているんだ。

 この名前は父親と育枝以外誰にも教えていないはず……あっもしかして偶然か……。

 きっと新聞にも載ったんだ、それで知ったんだろう。

 俺は一瞬、なんで白雪が? と思ってしまったがどうやら俺の早とちりだったらしい。本当に心臓に悪い。でも嬉しいな。こうして俺の心配をしてくれるんだな。


『ありがとう。読んでみるよ』


 本当は読まなくてもバッチリと頭の中に内容が入っているのでわかってはいるが、ここは白雪の好意に甘えておく。


『ちなみに新条空の【空】は私の好きな作家から取った名前』

『まさかプロの作家があんな無名の中学生作家を知っていたとは』

『まぁね、ってバカなの? 新聞にまで名が載った有名Web作家よ! 残念ながら無名ではないわ。それに……』

『それに?』

『今ちょうどそのWeb作家って私と同じ高校二年生なのよ。だから同い年だし同じ書き手だしで親近感湧くのよ。ところで昨日聞きたかったんだけどあのプロットは誰が書いたの?』


 もしかしたら俺が書いたんじゃなくて他の誰かに頼んで書いてもらったと思っているのか。それとも実は俺が育枝に頼んで書いてもらった物を実は俺の手柄として渡したと勘違いしているのか。


『俺だけど?』

『そう、わかったわ。てかそれより明日は学校に来なさい?』


 簡単に来いとは言うけど今はそれほど気分がのらないのも事実。

 それに学校に行けば育枝と会うかもしれない。

 正直今は会いたくないと言うかもし会った時になんて声をかけていいかわからない。

 これが家とかならまだ人目がないので違うのだが、学校ではどうしても周囲の目を気にしないといけない。今の俺にはそんな精神的な余裕ははっきり言ってない。それに育枝が家に帰ってこない時点で向こうも会いたくないのも何となくわかる。


『気が向いたら』

『私が寂しいからお願い。ダメ?』


 それってどうゆう意味なんだ。

 もしかして白雪って実は俺の事好きなんじゃ……。そう思うと急にニヤニヤが止まらなくなった。だって好きな人から寂しいってこれ完全に脈ありってことだよな。そうだよな! 絶対そうだって!


『だからそこで下心出すから、ダメなんだよそらにぃは! 恋は戦争、駆け引き! いい加減わかって!?』

(おっとそうだった。また育枝に怒られてしまう)

 と思った俺はすぐに深呼吸をして、紳士的且つ向こうの気を引く一文を考える。


 …………。

 ………………。

 ……………………出てこない。

 仕方がない。シンプルに行くか。



『善処します』


 それから白雪からの返信は来なくなった。


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