第二章 初恋の相手

第20話 俺の全てを変えた


「結局、帰ってこなかったな……育枝」


 翌日、俺は学校を休んだ。

 昨日はもしかしたらと思い、心の何処かで期待していた。

 きっと夜にでも気まずい顔をして帰って来てくれるだろうと。

 そもそもそれが甘い考えだったと気が付いたのは、ベッドの上で天井とにらめっこしていてカーテンの隙間から太陽の陽が差し込んだ頃だった。

 俺は一人と言うのがこんなにも寂しい物だとは正直思っていなかった。

 例えるなら心の中に大きな穴が空いたそんな感じだった。

 その穴は俺の大好きな本の世界ですら簡単に埋めれる程浅くはなかった。


 俺は料理をする気力がないことから結局昨日の夜から何も食べていない。

 いつもならお腹の虫が鳴くはずだったのだが、この時間になってもお腹が空くどころか食欲すら湧かない。失恋をしたわけでもないはずなのに例えるなら白雪に『異性として好きではない』と言われた時と同じぐらい大きなショックを受けていた。そしてあの時は側に育枝がいてくれたからこそすぐにある程度は立ち直る事ができた。だけどその育枝は今は隣にはいない。


 今頃育枝はちゃんと学校に行っているだろうか? 俺のせいで友達と上手くいってなかったりしないだろうか? ちゃんと昨日はご飯を食べたのだろうか? そんな事を考えていると、スマートフォンがバイブレーションする。


「九時過ぎとなると……育枝じゃないか……」


 俺は壁に掛かった時計に目を向け、ため息まじりにスマートフォンに目を向けた。

 そのまま今来たメッセージを確認すると父親からのメッセージだった。


「あれ、珍しい」


『大丈夫か?』

『うん』

『そうか。なら良い。学校休むなら自分で連絡ぐらい入れろ。学校には体調不良と言う事にしておいた。理由は聞かないが行けるようになったらちゃんと行け』

『ごめん』


 俺は父親にまで迷惑をかけた事に気が付いた。

 恐らく朝学校に何の連絡もなしに学校を休んだせいで、学校側が俺に何かあったのだろうかと勘違いしたのだろう。両親が海外にいる事から学校側も基本は俺と育枝が休む時は俺から言えば大概の事はそれで了承してくれる。だけど今朝誰とも話す気力がなかった俺は玄関の近くにある電話の音に気付いていながらそれを無視した。きっとそれが原因なのだろう。


「って事は育枝は学校に行ったのか……良かった」


 ほんの少しだけ安心した俺は部屋にあるパソコンの電源を入れる。

 そして昔書いていた作品に目を通す。

 画面をスクロールしているとある作品で目が止まる。



 いじめを題材にした作品だ。

 当時中学一年生だった俺は夏休みどうにかして学校で出された『いじめについてどう思うか、自分の思っている事を原稿用紙三枚から六枚で書きなさい』と言う課題について思い悩んでいた。長文は苦手でも短編ならと思い、当時再婚前の父親に許可を貰い投稿活動をしていたサイトに試しにダラダラと思っている事を書いて投稿してみた。ただ普通に書いていたら原稿用紙三枚でも大変なので、少し読んでいる人に語りかけるようにしてと文字数を稼ぎながら書いてみた。するとあっという間に上限規定枚数まで来てしまったのでとりあえず自分が書いた作品をいつも通り投稿してみた。


 思えばそれが俺の全てを変えたんだった。


 最初は閲覧数もあまり増えなかったけど、それでも読んでくれている人がいる事にとても喜びを覚えていた。俺はネットに投稿した物をそのまま原稿用紙に書き写すことで宿題を見事に終わらせることにした。そんなこんなで全ての夏休みの宿題を終わられた俺が大好きな本を読んでいたある日父親から呼ばれた。何でもサイトからメッセージが来ているとのことだったので俺はすぐに内容を確認をした。するとそこには画面のトップページに掲載しても良いかと言う確認のメールだった。恐らく登録情報を見たサイトの管理者が執筆者が中学生と言う事で確認のメールをくれたらしい。そこには保護者同意のチェック欄もあったことから間違いなくそうゆうことだったと思っている。それから俺が確認するようにして父親の顔を見ると『お前が決めていい』と言ってくれた。そこで俺はサイトのトップページに作品が掲載される事を了承した。すると今まで百もいかなかったPVが小学生、中学生オススメ夏の作文・感想文作品と言う見出しのランキングに入ってからは凄い勢いで伸びた。当然そこには中学生だからと言う偏見はなく、一つの作品として評価されるようになった。


 ・文章が下手だが中身はかなり良い。

 ・粗削りだが実に面白い。

 ・共感した、後はもっと中身を掘り下げると更に良くなる。

 ・ありがとう。あたしがんばってがっこうにいこうとおもいました。

 ・素晴らしいと思いました。同い年なのによく書けていると尊敬します。


 などと沢山のアドバイス、そして沢山の評価を貰った。それに救われた人もいる。

 その時俺はとても嬉しい気持ちでいっぱいになった。当然父親は何も言ってくれなかったが、いつも微笑んでくれていたので喜んでくれていたのだと思う。


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