第16話 俺が作者なら
「あらあら、逃げなくてもいいのに」
いつもの育枝じゃない。
そういつもなら「大丈夫?」と言って手を差し伸べてくれるはずなのだが、自ら膝をついて四つん這いになって近づいてくる育枝。
「ど、どうしたんだ……育枝様?」
「どうもしてないよ? 一度そらにぃにはこうして甘えてみたかっただけだよ……?」
俺は固唾を飲んだ。
初めて見るここまで大胆な育枝の行動に俺はどう対処していいのかわからない。
このままピンク色の楽園に育枝と行くのも悪くないのかもしれない。
もう心が育枝の目に見えない大きな手によって掴まれているせいか、心臓がやけに苦しいのだ。それも不快ではなく、何処か内心嬉しくてドキドキしているというか……。
「どうもしてないって目が……目が、据わってる気がするんだけど……」
「うん。だってもうそらにぃは私の想いを知ってるからいいかなって」
確かに知っているけども。
「わかった、甘えるだけなら受け入れる。だけどその既成事実とかそうゆうのは……」
「そういうのは?」
「もっと段階を踏んでから……しませんか?」
「なら今だけは私のことだけを見てくれる?」
「はい、喜んで!」
どうせ今逃げた所で家でも一緒なのだ。
逃げ切れるわけがない。
だったらいっその事受け入れた方が賢明な判断と言えよう。
「わかった、ならそのまま抱きしめて」
そう言って俺の前まで来た育枝は無防備にも俺に身体を預けて来た。そしてそのまま目を瞑って頬を赤くしてニヤニヤと嬉しそうに微笑む。
初めてみる甘えん坊の育枝の顔に俺はつい頬が緩んでしまった……俺って本当に単純バカなんだな。
さらに。
「か、可愛い」
と言ってしまった。
するとピンク色の楽園は更に色を濃くしていく。
「あぁぁぁぁぁ、違う! 違うぞ! 今のは、なし! なしだ! つい本音が!」
ハッ!?
俺はどうしようもないバカなのかそうなのか?
何故自分で誤魔化しておきながら更なる墓穴を掘るって。
「ありがとう、そらにぃ。相変わらずお・ば・か・さ・ん・だ・ね」
俺の腕の中でモゾモゾと動き、今度は身体を起こし抱き着いて耳元でソッと囁いてくる。
そして育枝の腕に力が入り、育枝の胸の感触がよりハッキリと俺の身体に伝わり、更には俺の理性の欠片を溶かそうとしてくる。
「そんなに触りたいなら、触っていいよ」
俺の視線に気付いた育枝がそんな事を言ってくる。
――ダメだ。もう我慢できねぇ……
俺は最後の力とかろうじて残った理性を集結させて最後の抵抗をする。
「だ、ダメだ―――――ッ!」
俺は逃げるように立ち上がり、慌てて育枝から距離を取る。
「これ以上はお前と一線を越えて……」
「ダメなの……? 私とじゃ……ねぇ……?」
「ダメだろぉぉぉぉぉ! あくまで俺達は……」
「血は繋がってないよね……?」
「……そうだけど、って違う! 落ち着け、俺の理性があるうちに、なっ? 頼む!」
「いいよ。私はそらにぃとなら……。そらにぃが望むならなんだってしてあげる……」
小悪魔化した育枝を止める方法はもうない。
こうなった以上――。
一度は否定しておきながらもうこれに全てを賭けるしかない。
「さて仕事の時間だ! って事で後でな!」
時間が経てば小悪魔化は少なくとも直る。これは雰囲気に流されて育枝が小悪魔化しているだけ……だと思う。確証はない。だからここは俺の勘を信じて逃げる事にした。
「あっ、そらにぃ!」
俺はその言葉を無視して図書室の方へと戻っていく。扉を開け、再び閉めようとしたとき、育枝の声が聞こえてきた。
「――――この根性なし!」
さてどうやって相手の気を引くかと画策してみると、想像していたより勇気がいる事に気付く。
友達ならいきなり話しかけても別に何の違和感もなく話す事が出来る。
だけど好きな人となると信じられないぐらいに話しかける難易度が跳ね上がるのだ。それだけじゃない、いざ話しかけても色々と緊張してしまい中々思ったように話せない。
そんな事を考えていると、図書室で一人の女の子を見つける。
すると、向こうも気付いたらしく、周りをキョロキョロと見渡してから誰もいない事を確認して手招きされた。
「今時間いい?」
声をかけてきたのは俺や白雪と同じクラスの水巻小町である。
彼女は白雪と仲が良い数少ない友達であり、俺と水巻はただのクラスメイトではあるがこれは考え方によって白雪の事を聞けるチャンスかもしれない。
「うん」
「ちょっと聞きたいんだけどあの可愛い一年生が彼女って本当なの?」
「育枝の事? もしそうならそうだけど」
「そっかぁ」
「それで?」
水巻はチラッと椅子を見て、目でそこに座れと視線を送って来た。
俺は近くにあった椅子に座って話しをすることにする。
「別に。ただ住原君って意外にモテるんだなって思っただけ」
「それってどうゆう意味?」
「七海があの後クラスで言ってたよ。あんな可愛い彼女が住原空哲にできるとかありえないって」
水巻は持っていたシャープペンシルを机に置いて、俺の方に身体の向きを向ける。
「だから本当はどうゆう関係なのかなって?」
「本当も何も恋人としか言いようがないと言うか」
流石に兄妹とは今更言えない。それを周りに言うと更に話しがややこしくなるからだ。できればそれは回避したいと言う事で黙っておく事にした。
「そっかぁ」
そう言うと、水巻は再度周りを見渡してから小声で、
「助けてあげなよ。七海クラスで一人ずっと悩んでいたよ」
と言ってきた。そして、
「本当は今日学校休んで家で原稿書く予定だったんだって。でもどうしてもいいアイデアが浮かばなくて、そこで私以上に作品を理解してくれている住原君にアドバイスをもらう為だけに今日学校来たんだよ。なのに、いきなり実は彼女がいましたとか言われたらそりゃ七海だって人間なんだし怒るよ」
と言ってきた。
俺は正直困ってしまった。今はタイミングが悪いと言うか何と言うか。それ以前に俺は本の書き方についてはあまり知らない、ただの平凡な高校生。そんな人間が作品愛だけで作者にこうした方がいい、あぁした方がいい、とか言えるわけがない。考えただけで恐ろしい。
「悪いけど無理だよ。俺は作品なんて……短編しか書いた事がないから」
俺は小説のような何十万文字もある作品を書いた事がない。
ただ昔短編を父親に勧められて少し書いた事があるぐらいだ。今はそれが原因で過去にいじめを受けてしまい書いていない。
「でも読んでるでしょ?」
「うん」
「だったらアドバイスぐらい言ってあげたら? ちなみに私のアドバイスは「そんな陳腐なアイデア採用できるわけないでしょ」って言われた」
めっちゃ言いそうだなと思った俺は苦笑いをしてしまった。
「私もね七海のファンなんだ。だから七海が困っていたらファンとしてほんの少しでもいいから力になってあげたいなとか思うわけなんだよね」
「まぁ、気持ちはわかるけど」
「ここだけの話ね。『妹との恋はありですか?』についてなんだけど、何かダブルヒロインにしたはいいんだけど、片方のヒロインとの進展の早さにもう一人のヒロインが追いついていけてないんだって。それで何か画期的なアイデアが欲しいと言ってたんだよね」
「なるほど、まぁ少し考えてみるよ」
「本当に? 同じファン仲間として嬉しいよ! ありがとう、住原君!」
「うん、まぁ一応考えてみるだけだから」
「だったら何かあったら私にも相談していいから連絡先交換しよ」
「あ~別にそれはいいけど」
俺はこうしてクラスメイト水巻小町と連絡先を交換し、白雪七海との共通の知人を手に入れる事に成功した。まさか白雪の本が水巻との進展のカギになるとは思いにもよらなかったがこれはこれで大収穫となった。その後、水巻は用事があるらしく荷物を片付けて図書室を出て行った。
周りを見渡す限りもう誰もいなさそうなので図書室の戸締りをして今日はいつもより早く閉館できるなと思い戸締りと一緒に中に誰もいないかを確認していく。
育枝からは『そらにぃのヘタレ! 先に帰って夜ご飯の準備をするから今日は一人で帰る!』とメールが送られて来たのでもう図書室にはいない。
俺は戸締りと中に誰もいない事を確認して開館と書かれた看板を閉館に変える。
そして図書室の受付にある椅子に座り少しだけ水巻が言っていた事を真剣に考えて見る事にした。
「俺が作者なら……」
普通に考えてこうゆうのは今は苦手だ。あくまで読むから本は面白いのであって作るのは今は好きではない。それでも水巻と約束した以上考えないわけにはいかなかった。
「主人公が二人の想い人に揺れているのを承知でヒロイン同士による奪い合いの展開にして……」
必死になってバカはバカなりのアイデアを考える。
二股や浮気は流石に例外として、だけどそれに触れないもしくはしっかりとお互いに理解した上での三角関係的な感じに出来ればあるいは……面白いかもしれないと思った。
――ん?
これって今の俺じゃないか?
でも白雪は俺に好意がないのは先日わかってるし、少し違うか……。
「最後は主人公がどちらかのヒロインを選ぶ展開とか面白そうだけどな。名付けて恋のトライアングルとか……?」
我ながらしょうもないことしか思いつかないなと思った。
もしこんなことを白雪本人に言えば、
『平凡ね。住原空哲、貴方は私の作品を何だと思っているの!』
と逆に怒りを買う光景しか見えなかった。
てか絶対に言いそうと根拠のない自信に一人納得していた。
だけど本人じゃなくて水巻になら言ってもいいかなと思ったのでメモ用紙に走り書きで今思った事を書いて、それをポケットに入れる。
それから図書室を閉めて、育枝の待つ家に帰った。
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