第15話 責任と罰
……そうだった。
白雪七海はプロの小説家だ。いつ学校に来れなくなっても不思議ではない。それに今日見た感じだが、既にもう忙しいそうだった。そうなれば残された時間と言うのは限りなく少ないのかも知れない。そしてその時には本の世界に全てを捧げている。そこに俺や育枝の存在等あるはずもない。
「……短期決戦か」
「そう。それに向こうは時間を掛けて仲良くなりたそうだけど、心理的な不安を白雪七海が感じているならこれは絶好のチャンス。そらにぃも昨日経験したでしょ? 不安な時程人間の心は揺れ動きやすいって」
育枝はニヤリと笑い俺の隣に来て手を握る。
「大丈夫。何かあったら私が嫌われ役をするから」
「いいのか? 別にそこまでしなくても……いいんだぞ?」
「いいよ。私言ったよ。家族として一人の女としてそらにぃには幸せになって欲しいって」
育枝の綺麗な瞳にはまだ少し心の中で迷っている俺の姿が映っていた。
そして俺の心を読んだように口を開く。
「今、その時私とはどうしたらいいんだろうと思ったでしょ?」
そうだ。
もし育枝の提案通り事が進んだとしてもそこに育枝との未来はない。
だからすぐには答えられなかった。
俺はここまでよくしてくれる育枝を利用するだけ利用して事が済んだら、まるでゴミを捨てるように簡単に切り捨てる事ができるのだろうか。家族だからこそ変な気は使わなくて済むしありのままを話せる。だけど、育枝の気持ちは一体どうなる? そう考えた時迷ってしまったのだ。でもやっぱり育枝には隠し事はしたくないから。
「うん。我儘だってわかってるけど、育枝とも離れたくない」
幾ら好きな相手に振り向いて欲しくても、家族、兄妹の縁を壊してまで手に入れたいかと言われればそうじゃない。だってそれは比べたらいけない物だから。
「白雪とは仲良くなりたいし、できれば付き合いたいとも思っている。だけど……」
「そらにぃって本当にバカだよね」
その一言に俺は心を抉られた。
「あぁ、俺は我儘で馬鹿だよ……そんなのわかってる……」
下を向く俺の顔を両手持ちあげて育枝が言う。
「誰が離れるって言ったの? 私が側にいたら駄目なの?」
「えっ?」
「私が側にいたら迷惑なの? 違うでしょ。告白に彼女がいるいないは関係ない。それが本気で好きなら尚更。だからまずは白雪七海の心を掴む、それから私とはどうするかを決める。それじゃダメなの?」
まさかの展開に俺は目を大きくして黙ってしまった。
何を言っているのか。育枝が何を考え、何故そのような事を言うのか。仮にだが告白されたら間違いなく俺は育枝ではなく白雪を彼女として選ぶ……。
「恋は戦争だよ。奪うか奪われるか。それに考えてそらにぃ」
「う、うん……」
「白雪七海は異性として好きではないと言っておきながら、唯一の異性の友達はそらにぃと言った。つまりその言葉が本当なら少なからず異性として今見ていて、今一番恋人になる可能性が高い人物と公言したようなもの。だけどそらにぃの異性の一番は今は私。つまり白雪七海は今精神的にどうかな?」
「まさか……?」
「そう。私そらにぃの為にお膳立ては沢山してあげるよ。だって私も女だから女の心情はよくわかるって言うか。でもここまでしたら少なからず私にも感謝をしないわけにはいかないよねそらにぃ?」
「それで最後に選べと?」
「うん、そうゆうこと。別に振られるのはいい。だけどそらにぃが本当に妹離れ出来るかを見て見たいんだよ」
ここまで計算高い妹の手を借りた事を俺は少しだけ後悔した。
白雪とは違うタイプだと思っていたが育枝もまた俺の心情を正しく把握したうえで色々と仕掛けてきている。
「なぁ、育枝。クラスの時には聞き流したけどもしかして俺の事兄としてでなく異性として好きなのか?」
「そうだよ。私の初恋の相手だよ」
急に顔を赤くして頬をかきながら言ってきた。
「ならお前……」
「いいの。こうして初めての彼氏がそらにぃだったから。この際形はどうでもいいの。私はそらにぃの彼女にずっとなりたかった。だからエッチな色仕掛けと言うか悪戯をいっぱいした。本当はね一人の妹としてじゃなくて一人の異性としてずっと見て欲しかったの」
急な告白に俺の心臓が急にドキドキし始める。
あれ?
「私もう少しでいいからそらにぃの彼女でいたんだけど私じゃダメかな?」
涙目になりながらの上目遣いは最早最強だった。
くっそ、俺が動揺するとわかってやっているな、この小悪魔!
「……ダメ――」
「?」
「――じゃない」
「やったぁ! 私の勝ちだぁ!」
何が誰に対しての勝ちかが最早わからない。
俺に対してなのか白雪に対してなのか、またはその両方なのか。
ってこれ……まさか!?
「なぁもしかして、育枝が言っていた男避けって言うのは嘘!?」
「うん。理由はどうであれ、そらにぃの恋人になる為には建前は必要かなって思ったから」
「なるほど。でも俺は正直白雪が好きだ。育枝が俺を好きなのはわかった。まぁ血も繋がってないし今は否定をする気もない。だが、育枝無理してないか?」
客観的に見てもやっぱり育枝は可愛い。
現にクラスでの皆の態度を見ればすぐにわかる通り、この学校一の美女は白雪とされているがその白雪に育枝は勝るとも劣らないと正直思う。そんな可愛い育枝が急に俺を好きってそんなバカな話しを皆が信じるわけがないのもまた明白。だって全て平凡な俺の事をいきなり好きになるわけがないのだから。
……誰かに言わなくてもわかってる、俺は平凡で才能もなくて……。
もうやめておこう。これ以上自分で言うと一生立ち直れない気がしたから。
「してないよ。だって私なんだかんだ今が一番幸せだから」
「でも一か月もしないうちに……」
「本当にバカだね。なら私の事今異性として見てないの?」
「……そ、それは、――――」
異性として見てないわけがない。もし本当に見ていなかったら嘘でも彼女になってもらってはない。つまりは俺の心の中では育枝は可愛い女子なのである。
「私はそらにぃ大好きだよ。い・せ・い・と・し・て」
思い悩む俺の耳元で囁く小悪魔――育枝。
そのまま俺の耳をペロッと舌で舐めてきた。普段ならゾッとするが今は嫌じゃなかった。何と言うかこんな俺にもようやく春が来たのだと思うと嬉しくて嬉しくてどうしようもなかった。それだけじゃない、すぐ近くにある育枝の横顔がいつも以上に可愛いく見える。俺どうしたんだろ。
……待て、今それはマズい。
「ねぇ、そらにぃ。何か勘違いしてない。さっきも言ったけど恋は戦争だよ?」
俺の膝の上に乗り、悪い笑みを浮かべる育枝。
そして俺のオデコと育枝のオデコをくっつける。
「……腹黒いな」
「まぁね。だから一番最初に言ったよ。お互いに利用する関係でいいってね」
育枝はそのまま俺の首に両手を輪にして身体と身体を密着させてくる。それはもう磁石のN極とS極のようにピッタリと。これでは逃げようにも何処にも逃げられない。
「もうさ、この際、私の唇奪っちゃいなよ」
「――――――ッ!!!!!!!!!!!!?」
身体が一気に熱くなる。
俺の身体が育枝を更に異性として認識し始める。
「バカ、それは……大切な人と……」
「なら答えて。私の初恋で今の彼氏で今大好きな人は?」
ヤバイ。
意識が可笑しくなりそうだった。
リップを薄く塗った育枝の唇が艶やかに光る。ぷっくりとした唇は赤みを帯びており、俺の理性を攻撃する。そして僅か数秒で俺の理性を破壊した。
「ほら、答えて?」
もしかして俺、始めから育枝に誘導されていたのか?
人目がない所で大事な話し――俺の相談相手――キス!?
そうなると答えは当然一つしかない。
「……おれ?」
「そうだよ。だったら問題ないよね」
そしてあの時と同じくゆっくりと近づいてくる唇に気付けば俺の身体が抵抗を止めて、この状況を不可抗力として認めて何処か正当化しようとする。
俺は僅かに残った理性を使い、動く事を拒む口を動かす。
「……おれ……まだ白雪の事が……好きだから」
「まだ?」
俺は首から上だけを動かしコクりと頷く。
すると、育枝が俺から離れる。
「まだ、なんだね?」
「え? うん。そうだけど」
育枝の言いたい事がよくわからない。
俺は首を傾けながら答えた。
「なら待ってあげる」
そう言って育枝が笑顔を向けてくれる。
「それにいっぱいお手伝いしてあげるよ。それによくあるじゃん。告白されたら実は熱が冷めちゃったとか。当然その逆もあるけど」
確かに。生物の繁栄を元に考えれば雄は確か雌を追いかけ逆に雌は雄に追いかけれたい習性がある。例えばずっと好きだった人と付き合うまではいい感じだったのに付き合った瞬間冷めちゃったとか結婚した瞬間冷めちゃったとかはよく聞く話し。そこまでの過程にスリリングがあるからこそ楽しいのだ。
「ちなみにそらにぃは私と将来どうなりたいの?」
駄目だ……さっきから頭の中が育枝の事で一杯になりかけている。
もしかしたら、もうバレているのかもしれない。
ここは素直に謝る事にした。
「わからない、それにもう俺の負けだから……」
「負けだからなに? 白雪七海の事ばかり考えているそらにぃが悪いんだよ?」
「……わかってたの?」
「もちろん、彼女といるのに他の女の事ばかり考えていると本当に唇奪って既成事実作って責任取ってもらうよ?」
「せ、責任?」
「そう、責任。私の想いを知って手を出してこないそらにぃには罰が必要なんだよ」
再び徐々に近づいてくる育枝に俺は慌てて立ち上がりたじろいで部屋の奥まで逃げた。壁まで逃げるとそこにあったプリントを踏んでしまいそのまま尻もちをついてしまった。
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