第一章 恋の毒

第11話 学校一の美女よ、人の心の中を読むな


 昨日は色々な事があり正直疲れた。何が一番疲れたって遠まわしにではあるが白雪に振られた事だ。それ以外にも血の繋がりがないとは言え、その場の勢いで気付いた時には育枝と付き合う事になったりと普通ではありえない事の連続にだ。




 だけどそうは言っても学校には行かないといけないのが学生の業と言っても過言ではないだろう。育枝は今日新しく出来た友達との約束があるらしく、俺は一人寂しくいつも通り登校した。そのまま校門を通り、下駄箱で外履きからスリッパに履き替えて教室に行く。するとなにやら教室の中が騒がしい。俺は自分の席に着こうとした時、西浦先輩が二年一組、それも俺の席の近くで朝から大きな欠伸を手で隠しながらめんどくさそうにする白雪に何かを言っていた。




 俺は近くにいたクラスメイトの男子に事情を聞いてみる。




「これは?」


「西浦先輩がもう一度考えてくれって白雪に伝える為に朝から俺達のクラスに来てる」


「あぁ~なるほどね」




 見てて西浦先輩に脈がないのはすぐにわかった。


 でもこうして見ると美男美女だよなーと思ってしまう自分がいる事が悔しかった。


 それどころか西浦先輩ですら落とせない相手をこんな平凡な俺が落とそうなんて百年早い話しなのかもしれない。


 視線を少し泳がせて見ると、同情するかのように「わかるわ~、そりゃ簡単に諦められないよな」と呟く男子生徒や「なにあの女、キモッ!」「あいつ何様。あの西浦先輩がここまで本気なのにありえない!」と怒りを隠し切れていない女子生徒とそれぞれが色々な事を思っているらしい。てかこのクラスの女子って怖いな。これから友好関係は必要最小限の相手とだけ築いていこう。




「だから私好きな人がいるから無理。もう諦めて」


「ちなみにその好きな相手とは?」




 どんなにイケメンでも結局は行き着く所まで行くと平凡な俺と同じ事を考えるらしい。実に哀れだと思ってしまった。それだけのハイスペックなんだ、もっとこう利巧的に出来ないのか西浦先輩。まぁ俺も人の事を言えたわけではないが。




「あ~もうわかったわよ。答えるからもう私に関わらないで」




 その言葉にクラスにいた全員が驚きを隠せずにいた。


 慌てて周りの人と相談を始める者が一気に増える。




「おい、嘘だろ?」


「マジか? 普通に言うのか?」


「は? 西浦先輩じゃなくて他の男?」


「ありえない。なにあいつ」




 気のせいだと願いたいが俺の耳にはしっかりと男子の驚きの声と西浦先輩を好きであろうと思われる女子の嫉妬の声が聞こえてきた。これは一体どうなるんだ? と思って見ていると白雪が俺の存在に気付いたのか手を振って来た。




「あっ、おはよう~」




 ――昨日俺に言った事を忘れたのか?




「仲良くしましょう」の前に「異性としては好きではない」の一言にどれだけ心が揺さぶられて辛い思いをしたのか白雪は知っているのか。クラスの視線だけでなく、西浦の先輩の鋭い視線にいつもの俺だったらビビっていたと思う。だけど今はそれ以上に白雪に対する怒りがとてつもなく大きくてそれどころじゃなかった。




「…………」




 俺は昨日の仕返しとして無視する事にした。


 幾ら好きな相手に対してでも怒りと言う感情はある。むしろ俺は自分を取り繕ってまで好きになってもらいたいとは思っていない。仮に付き合えたとしても取り繕った自分ではきっと疲れるだけな気がするから。




 すると、首を傾ける。


 そして「あぁ~」と言って一人納得を始める。


 その前に俺を使って話しを誤魔化そうとしないで欲しい。


 何の罪もない人間を平然と巻き込むな。この悪魔!




「お・は・よ・う、住原空哲!」


「って違う! 聞こえていないんじゃなくて、聞こえていない振りをしていただけだから!」




 気付いた時には俺は挨拶ではなく、何故か心の声を口にして叫んでいた。




「むぅ~」


 そう言って頬っぺたを膨らます白雪。




 ――か、可愛い。




 さっきまでの怒りが何処かへと消えてしまった。




 ――あ、その笑顔まさに天使だ。




 ハッ!? なにをやっているんだ俺!?




 これが初恋……なんて理不尽なんだ。


 だが昨日の出来事に対する怒りが消えても、話しの脱線にまで使われるのは悪いが遠慮させてもらう。




「それより白雪が好きな人って誰なの? 皆気になってるみたいだけど」


「ちぇ~、話題を変えるつもりだったのに……意外に意地悪なのね」




 意地悪? 昨日人の好意を持て遊ぶようにした白雪がそれを言うのか。


 綺麗なバラには棘があると言うが目の前のバラには棘しかない。


 だけどそんな彼女が手掛ける作品が多くのファンを創造しているのもまた事実なわけで俺もその中の一人。




「わかった、わかった。新条空しんじょうそらよ」




 その一言に俺は戸惑いを隠せなかった。


 なぜならこの学校にそんな名前の生徒はいないからだ。となると昨日言っていたこの学校の人と言うのが嘘になるのだろうか。そんな事を考えていると、白雪は更に言葉を紡ぐ。




「先に言っておくけど、この学校にそんな名前の人はいないわよ住原空哲?」


 今俺の心の中を読んだのか?


 偶然にしても女の勘って奴は恐ろしいな。




「あくまで私がそう呼んでいる人がこの学校にいる。だから私の好きな人は新条空と私から呼ばれている人よ」




 ここで俺はようやく白雪が言いたい事を理解した。


 本人達にしかわからない名前で呼び合う関係。裏を返せばそれだけ仲がいいと言う事なのだろう。確かに白雪は美人で綺麗だ。だからこそ白雪に好きと言われれば多くの男子から嫉妬の目を向けられるのは言うまでもない。そこで考えたのが偽名と言う事なのだろうか。結局の所、昨日と言い今日と言い白雪に皆してやられたわけだ。




 すると西浦先輩は「チッ!」と舌打ちをしてから教室を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る