第10話 育枝との交際スタート
そのまま真っ赤に染めた顔を近づけてくる育枝に俺は緊張してしまった。そしてあろうことか今なら育枝の唇を奪ってもいいんじゃないかと思ってしまった。見るからに柔らかそうな唇は俺の理性ではなく欲望を刺激する。
「ほら、抵抗しないで」
俺の身体が育枝と距離を取る為に動こうとするがすぐに止められる。
後数十センチで唇と唇が触れ合う。
駄目だ……。俺はまだ……白雪が好きなんだ。
一時の感情で育枝とキスをしたら、育枝が傷ついてしまう。
「そらにぃ、大好きだよ」
後数センチにまで迫って来た育枝の顔をもう直視できなくなっていた。
抵抗しようにも俺の身体は意に反して動こうとすらしない。
こうなった以上認めよう――住原育枝もまた白雪と同じように俺に何度も色目を使い俺が異性として意識してしまう言葉や行動を取っていた。そして俺は気付いた時には住原育枝を異性として見ていた。だがそこに恋愛感情がなかったのも事実だったわけだが、今俺の心はどうしようもない程に傷ついている。そんなときにここまで優しくされて積極的にされたなら心が揺るがないわけがないのだと。
だけど白雪と育枝は違う。
白雪は俺と一緒にはなりたくないと言って牽制するかのように突き放した。その行いは俺の心に大きな傷を与えた。
育枝はそんな俺を励まそうと優しい言葉を言ってくれて、情けない兄となった俺をありのままの姿で受け入れてくれた。
二人は似ても似つかない。
だけど俺が異性として見た二人。
何より白雪には恋愛感情があり、育枝には恋愛感情がない。
これが決定的な差だった。
――だけどそれがこの瞬間、変わろうとしている。
俺は自問自答するかのように何度も何度も何度も自分に聞いた。
――お前は育枝の案を受け入れるのか受け入れないのか?
するともう一人の俺は答えた。
――お前がどうしたいかを決めろ! 俺はお前でお前は俺だろ!
俺はもう一人の俺に怒られた。
それは予想していなかっただけに驚いてしまった。
そしてもう一人の俺は言う。
――出会いは○○であって○○ではない。
その言葉を聞いた時、俺は運命とやらに少しだけ抗って見る事にした。
そしてその答えを育枝に言おうとしたとき、考え事をしている時間が少しばかり長かったらしく育枝の柔らかい唇が俺のオデコに触れた。
「いきなり唇にするわけないでしょ」
そう言って真っ赤な顔で俺の頬っぺたをツンツンしてくる育枝が可愛いかった。
「なんだ……」
「あれ? 期待した?」
「うん」
てっきり唇にしてくれるのかと心の中で期待していただけに俺は勝手に期待していた分だけ勝手に落ち込んでいた。そんな俺を見て育枝が俺から離れてクスクスと笑い始める。
「それで私と恋人になりますか? なりませんか?」
「なぁ、育枝?」
「なに?」
「俺は白雪が好きだ。そして好きな人の気を引くために育枝を利用しようとしている。それでもいいのか?」
俺は最低な事を聞いている自覚があった。
だけど育枝がそれを許してくれるなら俺はハッピーエンドを掴む為に俺が主役の物語を生きて見たいと思った。育枝がくれたチャンスを無駄になんかしたくはない。
「いいよ。私も男避けに偽物の恋人が欲しかったから」
何の迷いもなく、純粋な黒い瞳で俺だけを見つめてくる育枝。
この時、俺はそうゆう事だったのかと何故か心の中でホッとした。
育枝に本物の彼氏が当分できない事は兄として少し残念ではあったが、お互いが隠し事無くして恋人になるのであれば俺と育枝の間に限って許されると思った。
「なら俺の偽物の彼女になって欲しい」
「はい。喜んで!」
こうして俺と育枝は本物の恋人ではなく、偽物の恋人になった。
初恋は人生で一回限りの重要イベント。
だからこそ簡単に諦める事はできないし、何より男としてこのまま尻尾を巻いて逃げる事は出来なかった。
「ならそらにぃの目標は白雪七海にも異性として見てもらうだね!」
さぁ、俺が主人公の物語を今から始めよう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます