第3話 異変


 心の中で叫んでから。


「別にこれは浮気とは言わないから」


「お口が達者ね。まぁ少し期待した私がいるのも事実だったけどまぁいいわ」


 それはどうゆう意味なのだろうか。

 期待?

 期待とは一体何にだ?

 もしかしてさっき白雪が言っていた告白?

 だとしたら俺に初めての彼女ができるのか?


 そう思った瞬間、どうせ全て平凡な俺には将来彼女が出来ないと思っていただけに心の中で何かが急に暴れ始めた。

 それは熱を帯び、確かに目に見えないけどそこに存在していた。

 心の底からグツグツと音を鳴らし、何かが熱くなっていく感覚。

 不確かさな物でありながら、俺の脳を刺激していく。


 気付いた時には、俺は持っていた本ではなく隣の席にいる白雪を見ていた。


 そこにいたのはいつもの白雪だった。

 いや実際はそうなのだが。

 何故だろう。机に伏せて見える横顔がいつも以上に可愛いく見えるのは。

 白雪七海が俺だけを見ている、そう頭が判断するのに時間は限りなくゼロに近かった。

 白雪七海の瞳は確かに俺だけを見ている。

 それが意味する理由は一つ――俺に好意があるからの一点に尽きるだろう。

 俺はそう思った。


 ――ゴクリ


「どうしたの?」


「いや、別に」


「ふーん。でも照れるからそんなに見つめないでくれる?」


 その言葉に感情は感じられない。

 ただ一定のトーンでそう言っているだけ。

 だけど声のトーンではなくその言葉にドキドキしている自分がいた。


 頭の中では「照れる」「見つめないで」と言う単語が何度も反復される。

 俺は平常心を装う事にする。


「あぁ、そうだな」


 そして本を開きこの気持ちを誤魔化そうとした時、手から急に力が抜け本が教室の床、それも俺と白雪の間に落ちていった。

 俺が慌てて手を伸ばし本を拾おうとすると、本ではなく彼女の手に触れてしまった。

 俺の心臓が更にヒートアップする。


 ――ドクン、ドクン、ドクン!!!


「そんなに慌ててどうしたの?」


 俺は白雪が拾ってくれた本を受け取る。

 その時、白雪の細い指に触れてしまった。

 ほんの少し、それも一瞬。だけど今の俺にはとても長く感じられたし何よりどうしていいかわからなくなってしまった。

 それから一度深呼吸をして、落ち着きを取り戻そうとしていると、クラスの女子の一人水巻小町みずまきこまちが白雪の所にやってくる。


「七海。お待たせ~。あれもしかして住原君と話してた?」


「話してないわ。ただ彼が本を落としたら拾ってあげただけ」

 白雪はすぐにそう言って俺にウインクをして水巻と話し始めた。 


 俺もだが白雪もクラスの人間とはあまり話さない事から友好関係は狭い。その為皆の前では他の男子生徒と同じ扱いをしてよくこうして誤魔化してくれている。言わば二人だけの秘密の関係。今まではそれが普通でお互いに下手に目立ちたくないと言う意思から程よい距離感であったわけだが今は違う。


 二人だけの秘密の距離感と言うレッテルが俺の頭の中を更に良くない方へと刺激していく。それはまるで抗う事の出来ない甘い甘い毒のように。


 そこに窓から入る風が運ぶ白雪が使っているシャンプーの甘い香りが俺の頭を支配していく。少し冷たさを感じる口調は男女共なのだが、それがまたクールに見えてしまう。そのせいか同い年のはずなのにもう大人の女性って感じがする。現に白雪は小説家としてもデビューし社会経験を積んでいるという意味では俺達よりもう大人なのかもしれない。


 俺はさっき白雪に拾っていた本を開き読み始める。


 だけど何かが可笑しかった。

 今までだったらこれで本の世界にすぐに入る事が出来た。

 なのに今は白雪と水巻の話しが気になって本に集中できなかったのだ。


「あれ? ……うそ」


 俺は小声で呟いてしまった。

 自分でも理解できない現象に戸惑いを覚える。


 本の続きが気になるのに、本よりも白雪と水巻の会話が気になるのは一体……。


 俺は状況の整理をすることに。

 水巻は黒いロングヘアーに整った顔立ちをしている。言い方はあれだが胸は貧乳で残念、だがそれを除けばとてもスタイルが良いと言える。


 ――そもそも胸はあるのか?


 と思ってしまう程である。


 うん。ここは正常だ。つまり水巻に対しては何とも思っていない事がこれで証明できた。

 後考えられる原因は……。

 ――白雪か。


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