第32話 幕間

「ユメちゃん、あなたは決勝戦、罰として出場禁止って言ったら怒る?」


 不意にクリスがそんなことを言う。


「そ、そんな! 師匠! 二度と宝石は飲みませんから!」


 ユメは慌てて、師匠に自分も戦いたいと意思表示した。


「冗談よ、今の女子力バスターズはあなたの戦略戦術なしには成り立たないわ。実はあの二か月であなたに叩き込んだものは魔法だけじゃないの。どんな相手が出てきても柔軟に戦場全体を俯瞰し、仲間に的確な指示を出すことも伝えてきたつもりなんだから」


「そうなんですか!?」


「そう。気が付いていなかったのね。特にヘル・ウォールズとの戦いなんか見事なものだったわ。仲間も皆、指示を出したのがあなただったから安心して動けたはずよ。そして、その経験はゾーエへの北伐で最も強い力となるはず」


 そう言って、クリスはもう一回ユメの頬を叩いた。


「痛っ! 師匠……そんなに何度も殴らなくても……」


「今度は痛かったはずよ。人がS級宝石を飲んだりしたらしばらくはちょっとやそっとのことで痛みを感じないはずだもの」


 そういえば、さっき叩かれたときは大して痛くなかった気がする。


「いいこと? 宝石を飲むのはできれば一生であれを最後にすること。あとは、一緒に戦った仲間を気遣ってあげること。特にスイは一撃で簡単に気絶させられたように見えたけど、あの子の意識をそうそう衝撃で奪えるわけがないのよ」


「アンデッドハーフだからですか?」


「私の娘だからよ」とクリスは本気とも冗談ともつかない口調で言い、ヒロイが「ううーん」と目を覚ましかけたところでユメの元から去っていった。


 ガバッ!とベッドから体を起こすヒロイ。


「おい! ユメ、試合はどうなった! 負けちまったのかアタイたち!?」


 そういえば彼女はゴブリンキングのカエサルが吐いたブレスをまともに受けて気絶したのだったか。


「あ、気が付いたのね、ヒロイちゃん。ううん、試合はわたしたちの勝ちよ」


「そ、そうか……。悪かったな、先に倒れちまって」


「う、ううん。気にしないで」


 どうやって勝ったのかは、黙っておいた方がいいだろう。チームのメンバー全員にも。


 さもないと、パーティの皆が皆、ピンチになると宝石を飲むような行為をやりかねない。


 敵は敵で、引くに引けない不退転の覚悟を持っていたのだろう。武人の礼節などとは程遠い性格のユメだが、ゴブリンだからと手を抜いて戦ったりしなくてよかったと改めて思った。


 ☆


 翌日、やはり正午から始まったアストリットVSチーム・ラストアライブの試合をユメたちは控え室から観戦しようとしていた。


 昨日みたいに観客席に出ていけばまたハイボルテージになった客に取り囲まれるのは必定だろう。


 特に、ユメは師匠には怒られたが、ゴブリンヒーローズとの戦いで大活躍してしまった。あれほどの強敵だったゴブリンキング、カエサルをパンチ一発で昏倒させて人気はうなぎのぼりだ。


 実はユメにはそれをやったときの記憶がない。どうやらS級もの宝石を飲んでしまうと心まで竜になり切ってしまい、ただ敵を倒すというだけの本能が剥き出しになるらしい。


 あの手段はガチで最終手段なのだ。


 ヒロイはともかく、竜でない者が宝石を飲んで強くなろうとしたら間違いなく寿命が縮むという。

 ヒロイがやたらめったら宝石を飲まないのもそのあたりを理解しているからだろう。特に角なし竜人である彼女が高級宝石を飲みまくったりしたらどんな副作用が出るか分からない。


 さておき。


『さーーーて! 不慮の事態で二日目を迎えたゾーエ北伐隊選考試合! まずは準決勝第二試合! ソロのエルフ冒険者アストリット選手対チーム・ラストアライブの試合が今始まりまーーーーーーーす!』


 どっかのネジが飛んでるんじゃないかと言いたくなるようなハーピーの亜人の実況が昨日と変わらず大声で試合の状況を伝えてくれる。

 ハーピーというのはいくら大声を出しても翌日喉が痛くなったりしないのだろうか?


『アストリット選手は今までの試合を無傷で突破した森秘魔法の使い手! 今回もその戦術が炸裂するのか!? 対するチーム・ラストアライブは人間と亜人の男女六人組! 攻守バランスの取れた戦いでその名の通り、ラストまで生き残ってくれるのでしょうか!? さて、解説のトモエさん?』


『この試合は見ごたえがありそうねえ。アストリットちゃんもさすがに今までみたいに森秘魔法を使ってウッドフォークを瞬時召喚だけで倒すなんてことはできないはずよお』


『それでは、本戦二日目、第一試合かああああああああああああああいしっ!!』

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