第17話 ハジキの故郷

 ナパジェイ帝国。そこでは己が何者であるかは重要ではない。

「力」を示し、他者に己が「何者」であるかを認めさせるのだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 とにもかくにも、ハジキが言うようにスイの戦力は馬鹿にできないものがある。

 ユメもヒロイと同じく親殺しの手伝いを子供にさせるのは抵抗があったが、声だけはかけてみようと思う。


 そんなわけで全員で孤児院を訪ね、スイに事情を話した。


「やったあ! お姉ちゃんたち、スイを冒険者にしてくれる気になったんだね!」

「スイちゃん、今回の仕事はハジキちゃんの親を殺す仕事なのよ? そんな仕事でもいいの?」

「でも、その親はハジキお姉ちゃんに酷い扱いをしたんでしょ。復讐されるのは当然だよ」


 スイは実にさっぱりとしていた。

 仮に実の親がナパジェイ帝国に弓引いたときにもこんなにあっさり割り切れるものなのだろうか。


 しかし、それをここで問いただすのも子供には残酷すぎるというものだろう。


「分かった。スイちゃんをうちのパーティに迎え入れることにするわ。よろしくね」

「ちょっと待って」


 手を差し出そうとしたユメを、スイは制した。


「な、なに?」

「それはこれまでのハジキお姉ちゃんみたいに、『今回限りの助っ人』って意味? それなら嫌だよ。スイはずっと冒険者でいたいの。迎えるならちゃんと迎え入れて」


 そう言われて、ユメは皆の顔を見まわした。


「いいんじゃねえか。正式加入でよ」

 まずはヒロイがそう言う。


「あ、ついでにあたしもこの機会に正式加入しとくわ。もうスラムで辻斬りに戻ったりはしねえ。こっちの仕事の方がはるかに割がいいし、思う存分斬りまくれるからな」


 ヨルもそう言った。

 そういえば、ヨルは「割に合わなかったらいつでも抜ける」なんて言って加入したんだったか。


「スイさんがお怪我をされたら、わたくしが命に代えても癒して差し上げますわ。正式加入でよろしいのではないでしょうか?」


 オトメはヒロイ同様正式メンバーのつもりだったが、スイを今後も冒険者として冒険に連れていくことに反対はないらしい。


「…………」


 ハジキは肯定も否定もしなかった。

 それはそれでいい。ハジキらしいし、なにより、彼女自身が「まだ」正式メンバーではないのだから。


「分かったわ。今日からスイちゃんは、うちのパーティの正式メンバーよ」

「ぃよっし! 夢が四年も早く叶っちゃった!」


 無邪気に喜ぶスイ。


「これから『魅惑の乾酪亭』に住んでもらうのよ? 酒場所属の冒険者になるのよ? そういうところ分かってる?」

「うん! 酒場所属の冒険者とか、憧れだったの」

「自分のことは自分でするのよ? 戦闘中もできる限りは守ってあげるけど、もし自分以外が全員死んだら、ってそれくらいの覚悟はしておくのよ?」

「しつこいなあ。入れてくれたならもう子供扱いしないでよ」

「はいはい。もう大人だって思うなら『自己責任』を忘れないでね」

「はーい!」


 その返事を聞いて、やっぱりスイはまだ子供だと改めて思うユメなのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 翌日。

 スイの孤児院から酒場への引っ越しなどを手伝っていると。


「にゃはあははは! 未来の英雄の華麗にゃるサポーター! ストレイキャット・サガ、ただ今見参!」


 サガが猫の姿のまま、ウェスタンドアをくぐって大声を上げながら現れた。


「頼まれてたウラカサ氏族の威力偵察、終わったから報告に来たにゃ!」

「ええっ、もう? 早くない?」

「情報は鮮度が命にゃ。じゃ、さっそく伝えるにゃ」


 ちなみに、前のやらかしですっかりおかんむりになっていたサガだったが、銃の遺跡に再訪して、皇帝から直接お褒めの言葉を頂くほどの冒険者になってからはすっかりユメのパーティをお得意様扱いしている。


「む。なんにゃ、その荷物?」

「あ、これ? うちのパーティに新しい子が加入したから、その移動の手伝いよ」


 新しく酒場に住むことになったの、と伝えるとサガは猫の顔のままにんまりと笑った。


「ほう、新進気鋭の冒険者パーティに大型新人加入。で、その新人はどこにいるにゃ」

「はいはーい! スイでーす! ねこちゃんが噂の情報屋さん?」


 スイが後ろから現れ、サガを乱暴に抱えて訊いた。


「にゃおう! 未成年にゃ!? ということはかなりの覚悟と腕の持ち主とみたにゃ」

「実はね……」


 ユメが簡単にスイの境遇を説明すると。


「こ、これは、新しいいい情報を仕入れたにゃ。ウラカサ一味の情報料は少しまけておくにゃ」


 サガから買ったウラカサ氏族の情報は、まとめると以上だった。


・ウラカサは魔族の中でも頭一つ抜けた実力を持つ爵位持ちの男爵クラスだということ

・その周りを固める魔族の人数は多くても十人位。つまり、ウラカサの親族のみだけだということ。

・館の周りは闇の魔法で生み出したゴーレムたちが大勢巡回しており、館の内部にも配下のモンスターなどはおらず、戦力はほとんどゴーレムでまかなっているらしいこと。


「……相変わらずなのね」


 ハジキが情報を聞き終えて、最初にぽつりと漏らした。


 ある程度魔族の氏族はゴブリンやコボルトのような低級モンスター、爵位が上がってくると、オーガやトロルを従えているものだが、ウラカサはそういうことをよしとせず自らの氏族、そして自分たちが闇の魔法で作り出したゴーレムのみを信用しているようだ。


「よし、攻め込むわよ」


 戦場視察も済んだ。

 後は襲撃するだけだ。


「よっしゃ、腕が鳴るぜ」

「他の冒険者に先取りされる前に狩っちまおうぜ」

「魔族の方に一人でも唯一神に救いを求めてくださる方が居ればいいのですが……」

「そんなのいるわけないよ。最下級に生まれたハジキちゃんを育児放棄したって話だし」

「悲しいですわ。唯一神の慈愛は種族の壁を越えられると信じていますのに」

「……オトメ」


 魔族に唯一神の愛を説くという無茶を言い出すオトメに、ぼそりとハジキが声をかけた。


「……魔族が信奉しているのは『邪教』。ましてウラカサは自らが現世の『魔王』になるなんて傲慢な男。唯一神に救いを求めるとは、到底思えない」

「そんな……、ですが、わたくしが受けた神託は……」

「……だから、私が信じてあげる」

「え?」

「……私が、この銃に誓って、唯一神に祈る」

「ハジキさん、ううっ……」


「じゃあ、早く行こうよ! 闇の魔法ならスイだって負けないところを見せてやるんだから」


 ハジキとオトメのやり取りのシリアスさを吹き飛ばすようにスイがユメから渡された宝石袋を突き出して、号令をかけた。


「それにゃあ、武運を祈っているにゃ」


 結局、今回はずっと猫の姿でいたままだったサガがそう言って去っていく。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ウラカサの館前までやってきたユメたちは、まずはその小ささに驚いた。

 洋館風の二階建てくらいの建物で、サガからの情報通り、周りをボーンゴーレムたちが無機質に巡回しており、突入は容易そうだ。


「正面突破か?」


 ヨルがまずそうユメに訊ねる。


「そうね、ゴーレムを蹴散らして、『ごめんください、ウラカサさんを殺しに来ました』、でいいんじゃないかしら」

「へっ、そりゃわかりやすくていいや」


 堂々と正門に六人で近づいていくと。


「何者ダ?」


 シミターで軽武装したボーンゴーレムがなんとそう言ってきた。

 なるほど、闇の魔法である程度の知能のゴーレムを作れるという訳か。


「フレア・ボム!」


 問いには答えず、スイが赤宝石を取り出すと、先制攻撃をかけた。

 ボーンゴーレムはあえなく爆発四散する。


 それで攻撃の合図がかかったようで、周りをうろついていたボーンゴーレムたちが一斉に襲いかかってきた。


「ファイアストーム!」


 今度はユメが一方に炎の魔法を放った。

 オトメもメイスで、頭蓋骨を破壊している。ゴーレムは額の「真理」という古代文字を崩されると崩壊する。


 ヒロイは剣よりも打撃の方が攻撃効率が良いと判断したようで、曲刀は抜かず、尻尾で骸骨どもの胴体をバラバラにしていた。


 ハジキは構えた銃でバキュン!バキュン!と正確に額を撃ち抜いていく。

 心なしか、ユメにはその様が非常に楽し気に映った。


 ユメには知る由もないことだったが、ハジキは幼少の頃、このボーンゴーレムに見つからないようにこっそりと館を抜け出したのだ。

 それが今、仲間たちと圧倒的な力で蹂躙できれば気分もすっきりするというものだろう。


 いつもなら機先を制して、真っ先に動くヨルだけが、「自分が手を出すまでもない」と判断したのか、剣を二本構えた姿勢で突っ立っていた。


――違う。


上空からのその攻撃に備えていたのだ。


 窓から、剣を持った一人の魔族が飛び降りてくる。

 たった一人、それに気づいたので雑魚には構わないでいたのだ。


 ガキィィィン!

 

 ヨルの二刀流がその魔族の剣を受け止めた。

 そして、そのままドアまで押していく。


「てめえは、見たとこ、ハジキの兄貴か何かってところか?」

「ハジキ……?」


 押されながら、その魔族はあたりを見回す。

 そして、自分と同じ銀の髪をした、銃を構えた少女の姿を認めた。


「氏族の面汚しが、なぜここにいる……!?」

「そりゃもちろん――」


「スタン・クラウド!」


その魔族はヨルの言葉を最後まで聞かず、闇の魔法を唱え、彼女の足に黒い雲をまとわりつかせた。


「ぐあっ」


 スタン・クラウド。

 闇の魔法の一つで、黒雲を操って相手の動きを封じるものだ。


 ヨルはたまらずその雲を払いきれず、つんのめる。


 パァン!

 

 だが、次の瞬間、ハジキが撃った銃弾がその魔族の眉間に穴をあけた。

 

「ぐっ」


 苦悶の声を上げる魔族に、足が動かないまま、ヨルが二本の剣を心臓と腹に突き立てた。


「ごぷっ」


 口から血を吐き、その魔族は絶命した。額から宝石が出てくる。魔族が死んだことで足の拘束も解けたヨルはその宝石を乱暴につかみ取ると、


「ほれ」


 ハジキへと、放り投げた。


「こいつは、お前の何だ?」


 ハジキは受け取った宝石を無感動に自分の宝石袋に入れると、


「……従兄」


 そう言った。


「こいつ程度が十人位か、楽勝だな」


 ヨルもこともなげにそう返す。


「じゃあ、お邪魔します、と行くか」


 ボーンゴーレムをとっくに片付け終えたヒロイが皆に言う。


「放蕩娘があなた方を皆殺しにしにきましたー!

『子供は大事に育てましょう』ってナパジェイの国是を破った罪でーす。

 育児放棄は自己責任で行いましょうー、っと」


 ドアを開けた途端、ストーンゴーレムが大挙して襲いかかってきた。


「客のお迎えも自分でやらねえのかよ。つくづくふざけた家だな!」


 ヒロイが怒号を上げ、ゴーレムの頭をひとつ潰す。


「あー。こりゃ、アタイじゃ効率悪いわ。ユメ、スイ、魔法で派手にドカンと頼むぜ」

「あいあい、行くよスイちゃん!」

「はーい!」


「ナパーム!」

「ハイ・ナパーム!」

「アイシクルランス!」

「ブリザード!」


 どうやら、スイはユメが使った魔法より、一段階上の魔法を使おうと心掛けているらしい。

 幼い対抗心だ。


 魔法の連発で館が揺れると、暮らしていたであろう魔族たちが「何事だ」とばかりにそれぞれの部屋から出てくる。


「ハジキ、あいつらの中にウラカサとやらはいるか?」

「……いない。母、叔父、叔母、兄二人、従姉二人」

「皆殺しでいいな?」

「……最初からそう言ってる」


 ハジキは珍しくむっとした様子で返した。


「襲撃者!?」

「外のゴーレムは何をしていたのだ」

「待て、館内の護衛ゴーレムが全滅している。こいつら意外にやるかもしれないぞ」

「とにかく、ウラカサ様にご報告だわ」

「なんだ、子供ばかりじゃないか。……ん? あれは、まさかハジキ!?」


 口々に言っている魔族たち。


 言っている間にも、ユメは光の宝石を取り出し、魔法の詠唱を開始していた。


「ハジキちゃん! わたしが魔法を撃った奴を集中砲火して!」

「……分かった」


「レイ!」


バキュン! バキュン!


 それで少し幼いめに見えた魔族の女一人を仕留めた。


「ダーク・ウォール」


 こちらを手強しと見たか、闇の魔法で壁を作る年かさの男の魔族。

 あれがおそらくハジキの叔父だろう。


 そんなことを推察している間に、ヨルとヒロイはすでに前衛に出て、ハジキの兄と思しき魔族を切り伏せていた。

 あの二人の不意打ちの連携の前で、そう対処できる者はモンスターでもそうはいない。


「ダーク・ミスト」


 スイの視界を奪おうと闇の魔法を使う女の魔族。

 しかし。


「ライト!」


 スイはとっさに魔法を唱え、闇の霧を打ち消す。

 こないだ、孤児院で教えた対処法が役に立った。


 ハジキは、現れた親族たちにも動揺することなく銃で正確に一人づつ撃ち殺していた。

 持っている銃が弾切れを起こせば、背中に背負った銃に切り替え、あくまで冷静に、冷徹に。


 そして、闇の壁も消えた最後の年かさの魔族を屠った後、ついに、そいつは現れた。

 ハジキと同じ、銀の髪。今のユメの服装を思わせる黒いローブ。眉間に刻まれた深い皴。

 人相描きと一致する、その風貌。


「貴様ら、国に雇われた冒険者か」


 間違いない。

 こいつが討伐対象にして、ハジキの父、魔族の男爵、ウラカサだ。


「違うわ」

「なに?」

「わたしたちは、友達の頼みを聞いただけの、ただの女の子たちよ」

「「……友達?」」


 これはハジキと、ウラカサの言葉が重なったものだ。


「これはこれは、まさか帰ってきたか、ハジキ」

「……父さん、帰ってきたよ。……殺すために」

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