第18話 決戦! 骨肉の争い

 ナパジェイ帝国。そこでは己が家族を己で選ぶことができる。

 その選択に自分で責任を持つことができればだが……。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「……父さん、帰ってきたよ。……殺すために」


 そう言うと、ハジキは容赦なく父親に向けて発砲した。


 パァン!


「ほう……、そのような鉄屑に頼るか。出来損ないが」


 ウラカサは銃撃されても、全く余裕の態度を崩さなかった。それどころか、弾丸を「素手で」受け止めた。

 やはり、男爵位を持っている魔族の実力は伊達ではないらしい。


 彼はしばらく受け止めたその弾丸を手の中でもてあそんでいたが、突然、投擲した。

 狙われたのはユメだった。


「ぐっ!?」


 肩口に弾丸を食らい、苦悶の声を上げるユメ。


「ユメさん!? キュアライト!」


 オトメが慌てて回復魔法をかけてくれる。

 ユメは銃撃など受けたことがなかったが、というより、知り合いで銃を使うのがハジキしかいない以上、彼女が自分に銃口を向けない限り、銃から発射される弾丸など食らい様がないのだが……。

 ウラカサが投げた弾丸は銃から発射されたのとまるで威力が変わらないほどの速さと重さを載せていた。


「さて、貴様らには我が同胞を殺してくれた『責任』を取らせなければならない訳だが」


 妻や弟、親族一同が殺された悲しみなどひとかけらも見せないまま、魔族の男爵は言う。


「全員、『死刑』以外にはないな」

「最初から!」

「む?」

「てめえを『死刑』に処しに来たんだよ、あたしらは」


 ヨルがウラカサとの距離を詰め、二本の剣で斬りつける。

 ――速い!

 どうやら、ユメが傷を癒してもらっている間にスイが「エア・スピードアップ」をかけたらしい。


 しかし。


「なぜ、勝てないと分かっていて戦いを挑む?」


 ウラカサはどこからかレイピアを取り出しており、一本の剣で、魔法で速度が上がっているヨルの剣戟をかわし続ける。

 いや。

 当たっている。

 ヨルの攻撃はウラカサを時々捉えている。しかし、マントを切り裂くに留まっている。皮膚を傷つけられていないのだ。


「くそっ!」


 一旦距離を取り、上がった息を整えようとするヨル。

 だが、その隙さえ魔族は見逃さなかった。


「死ね」


 レイピアを持っていない方の手から黒い球体を生み出し、相手に向かって放った。


「ぐあっ」


 黒玉をわき腹に受け、吹き飛ぶヨル。


「こんのおー! よくもヨルお姉ちゃんを!」


 ユメの傷を癒し終えたオトメが、今度はヨルの回復に向かう。そして、その間に、スイが魔法の詠唱を完成させ、ウラカサに放つ――!


「グラビテーション!」


 ズン!


 魔族の男爵の周りがベコン!とへこむ。


「ほう、重力制御か」

「今だよ、ハジキお姉ちゃん! ユメお姉ちゃん! 撃ち込んで!」

「分かった!」


 ハジキは返事をする間もなく新しいマスケットから五発連発で弾丸を叩き込んでいた。

 ユメも負けじと自分に使える魔法の中でも最強の破壊力を持つ魔法を詠唱した。


(火、水、風、土、光、闇……)


「ミックス・ブラスト!」


 六属性の魔法全ての属性を込めた、七番目の属性。

 その名を「混合(ミックス)」といい、高級な宝石を六つも使うことになるが、効果は折り紙付きである。

 六色の光の矢が魔族の男爵に飛んでいった。

 この魔法を食らえば、さしものウラカサといえど致命傷を免れないはず――。


 だが。

 撃ち込んだ場所に、スイが重力制御の魔法で奴を足止めした場所に、ウラカサはいなかった。

 なんと、跳んで、ハジキの銃弾からも、逃れていた。


「そんな……、バカなこと」


 放心するユメを尻目にヒロイが曲刀で斬りかかるが、あえなくかわされる。


「本当に、子供が遊びで来たわけではないようだな」

「ヒロイさん!」


 ウラカサのレイピアがヒロイの腹を刺し貫くのを見て、オトメが悲鳴にも似た声を上げる。ヨルの傷も癒えきっていないというのに、ヒロイまで致命傷を受けてしまった。


「あたしはもういい。ヒロイを治しに行ってやってくれ」


 ヨルが気丈にそう言う。

 オトメは、迷わなかった。白ローブを翻し、おびただしく出血する竜人の少女の元に駆けていくオークの亜人。


 ヨルの回復はスイが引き継いでくれた。おかげでヨルも、そしてヒロイも一命を取り留めた。


「……くっ」


 苦戦の中、ハジキが舌打ちとも、苦悶とも取れる声を上げる。

 そして。


「……父さん」

「ん? なんだ出来損ない。貴様などに父呼ばわれされる覚えはないぞ」

「……私の命を差し出すから、皆を助けて」


 言って、手持ちのマスケットをすべて地面へ捨てて、ハジキは血縁だけの父の元へ歩いて行く。


「駄目! ハジキちゃん! そいつはそんな甘い奴じゃない!」

「そうだ! やめろハジキ!」

「貴様一人の命が我が同胞全員の命と釣り合うとでも?」

「……分からない。だから『お願い』。……皆を殺すのはやめて」


 言いながら、無防備なまま、丸腰でウラカサの方へ歩いて行くハジキ。

 もう、後数歩で、敵の刃はハジキに届いてしまう。


「愚かな娘よ。私はお前の命、いやお前そのものに価値をまるで見出していない」


 そのとき、ハジキは祈っていた。


(オトメ……、唯一神様……、魔族の私が初めて祈ります。たった一度でいい、奇跡を!)


 心の中で、「自分の中に流れる魔族の血が為す、闇の魔法の才能よ。一瞬でいいから開花して! 皆のために! 初めて出来た友達のために!」と。


「まあ、順番などどうでもよいか」


 余裕綽々のウラカサに、ハジキは産まれてから一度だって成功したことのない闇魔法を唱えた――


「ダーク・ミスト!」


 ユメが何度か使ってみせてくれた、闇魔法の中で一番初歩的な魔法。

 たった一瞬、相手の視界を奪うだけの。


「なにッ!? 貴様、闇の魔法をッ!?」


 そして、奇跡は起きた。

 ハジキは、今まで一度だって発動したことがなかった、魔族が得意とする闇の魔法を、使えた。

 銃を手放した手に隠し持っていたF級の闇の宝石が消え失せた。


 黒い霧がウラカサの目の前に現れ、視力を奪った。

 その一瞬で、充分だった。

 ハジキは水兵服のポケットから、拳銃(ピストル)を取り出し、込められた六発全弾を父の顔目がけて撃った。


 パンパンパンパンパンパン!!


 爵位持ちの魔族の皮膚は本来鋼のように硬く、剣はおろか、マスケットの銃弾でさえ通るとは思えない。

 だが、この至近距離で、両目、ないし口の中にでも撃ち込めれば話は別だ。


「…………」


 あまりに分の悪い賭けだったため、成功した今も言葉が出て来ない。

 現に、スイの重力制御からさえも逃れたウラカサは後ろ向きに倒れ――なかった。

 顔面に傷は負ったようだが、踏みとどまり、ふらつきながらもこちらに怨嗟の表情を向ける。


「ユメっ! もう一度あの魔法を!」


 自分でも、こんなに大きな声が出るのかと思うほどの大声で、ハジキは後ろに跳びながら叫んだ。


「えっ、あれは連発できるような魔法じゃ……」

「スイが手伝うよ! 宝石が足りないなら、スイの目から使って!」


 すかさずユメの側に寄って言うアンデッドハーフの少女。


「スイちゃん、ごめん! 散々やめろって言っておいて!」


(火、水、風、土、光、闇……風と光の宝石が足りない……、ならスイちゃんの目から)


「もっかい、ミックス・ブラストッ!」


 本来、ユメの手持ちの宝石では、母が虎の子にと渡してくれたものを含めてさえ、一発撃つのが限界の魔法だったのだ。

 そこで、今回は宝石の代わりになるというスイの瞳から力を借り受けて撃ち込んでやった。

 奇妙な感覚だった。

 袋の中の宝石は四個分しか減っていない。しかし、緑と白のオッドアイになったスイの瞳から確かに生命力を吸い取っている感覚がある。


(くっ……わたしは、こんな自分より四つも年下の女の子の命を借りて……)


 自己嫌悪がユメの胸を満たす。

 だが、それに見合うだけの効果は得られた。


「ぐっ、ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 六色の光の矢が銃弾を顔に受けてよろめいているウラカサに叩き込まれ、まだ近くにいたハジキが吹き飛ぶほどの爆発が起こる。

 そして、ウラカサは、後ろ向きに、ようやく倒れた。


「……やった?」

「やったんですか? ユメさん」


 大魔法を連発して、ユメはへたり込む。


「相手に訊いてよ。宝石が出てれば死んでるわ」

「出てないぜ、どころかまだ動いてやがる」


 ヨルが言う。

 見ると、ウラカサの体の表面は自分が放った混合魔法でヒビだらけになり、まさしく虫が死に際にもがくように手足をバタバタと動かしている。

 外道には相応しい死に様だ。

 もっとも、ユメが直接こいつに恨みがあるわけでもないが。


「ハ……ジキ」


 ウラカサの口が動いたので、何を言うかと思えば。


「ハジ……キ、闇の……魔法を使えたのだな」


 と、さきほど混合魔法の勢いで吹き飛ばしてしまったハジキが今どこにいるのかを探す。

 

 ハジキは、まるで導かれたように自分が足元に落としたマスケット銃が散らばったあたりにいた。


「嬉しいぞ、才能がないと信じ込んでいたお前が、時を経てゲホガホッ!」


 ハジキが拳銃から撃った弾丸が口の中にも届いていたらしく、ウラカサは言いながら喀血する。


「ガフッ! みとめ、よう……、お前を……」


 どうやらこの期に及んで命乞いをするつもりらしい。

 ハジキの返答は。


「このちゲグハッ!」


 言葉もなく、マスケットの先端を口の中に刺し込むことだった。


「…………」

「あ……、やめ、やめて」


 硬い鉄の棒を実父の口に突っ込んだまま、ハジキが何を考えていたのかは分からない。

 ただ、その切れ長の、魔族であることを示す赤い瞳がすう……っと細められた。


 ガァン!


 喉に刺し入れた銃の先端が轟音と共に火を噴く。

 誰一人、その様子に何も言わなかった。


 しばしのち、ヒロイの言葉が長い沈黙を破った。


「出たぜ。こんな大粒の、それに禍々しい光を放ってる宝石今まで見たことないぜ」


 ブラックダイヤだ。

 ユメも生涯で数回しか見たことのない、S級の宝石だ。


 ユメは、スイをお姫様抱っこの形で抱えていたことに今更ながら思い出した。この子の瞳二つを宝石代わりにして二度目の混合魔法を使ったのではないか。


「オトメちゃん、スイちゃんを診てあげてくれない? 気を失ってるわ」

「ああっ、やっぱりスイさんにまだ冒険者は早かったのでは……?」

「ううん、わたしがこの子に無茶をさせただけ。命に別状はないみたいだけど、回復してあげて」

「は、はい……」

「お、終わったのかよ……ヒヤヒヤさせやがって」


 まだわき腹を押さえたヨルが足を引きずりながら歩いてくる。


「後はぶっ殺した魔族どもから宝石を回収して……、この、ウラなんとかってボスの死体を持って帰れば終わりだな」


 そこで、ユメは「しくしく……」という泣き声を聞いた。


「……うっ、ううう」


 ハジキだった。

 ウラカサの額から発した真っ黒だが、しかし眩く輝く宝石を取ると、それを胸に押し当てて、涙を流していた。


 正直、彼女の今の気持ちはまるで推し量れない。

 親を殺してしまった悲しさなのか、やっと復讐を果たせた嬉し涙なのか、それとも、産まれてからずっと使えなかったという闇魔法を使えた喜びなのか。それとも……。


 ぱつりと、ハジキの口から言葉が漏れる。


「……今日から……、ちゃんと仲間だね」


 その言葉に、ユメは思わずハジキを抱きしめていた。ハジキは驚きはしたが、振りほどこうとはしなかった。

「うん……、うん……、わたしたちは仲間だよ、友達だよ」

「……ありがとう、ユメ、ヒロイ、ヨル、オトメ、スイ……」


 それからしばらく、ハジキはユメを抱きしめ返したまま、泣き続けた。


 誰一人、「早く帰ろう」とは言わなかった。ハジキが泣き止むのをただひたすら待ち続けた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 事後処理が全て終わり、六人は「魅惑の乾酪亭」に帰ってきた。国から渡された大量の宝石が入った袋をテーブルの真ん中に置いて、六人はジョッキを持った。

 ちなみにウラカサが発現させた大粒のブラックダイヤはハジキに譲ってあげた。彼女はもう二度と闇の魔法を使うことはないかもしれない。それでも、そうするのがいいと思ったのだ。


「それじゃあ、依頼達成と、スイちゃんの加入、ハジキちゃんの正式加入を祝して……」

「おい、待てユメ」

「何よ、ヨルちゃん。今すっごくいいところなんだから水差さないでよ」

「このチビすけ、どさくさに紛れてエールを掲げてやがるぞ」

「なによー、いいじゃない」

「よくねえ、未成年が。乾杯には混ぜてやるから水にしとけ、水に」

「ヨルお姉ちゃんのケチー! スイだって立派に冒険者できてたじゃない」


 そこへ、亭主のユーリが苦笑しながら助け舟を出す。


「ヨル、もともとスイが持ってるのはノンアルコールだよ」

「えー、おいたん、これお酒じゃないの?」

「お酒はさすがに成人まで待とうな」


「うちの店が未成人にも酒を出してる、なんて評判が立っちゃ困るんだ」と、言いながら奥へ引っ込んでいく亭主。


「ぶー」

「……ぷっ」


 その瞬間、噴き出した本人を除いて、五人が呆気にとられた。


「今、ハジキちゃん、笑った……よね?」

「初めて見た……」

「ハジキお姉ちゃん、笑った方が可愛いよ。もっと笑ってよ」

「……機会があれば」


 ハジキはまた元の鉄面皮に戻り、ユメが仕切り直す。


「それじゃ、改めて、依頼達成と、スイちゃんの加入、ハジキちゃんの正式加入を祝して……」


「「「「「「「乾杯」」」」」」」


 ごくごくごく……。

 ユメは成人してからエールを嗜むようになったが、今日ほど美味しく感じたのは初めてかもしれない。


 ……あれ?

 乾杯の声が一つ多くなかったか?


 無口なハジキもさすがに乾杯くらいは言う。逆に増えるのはおかしいのだ。


「おめでとうにゃ。これで正式に六人パーティ結成にゃ」


 気が付けば、人間形態のサガがテーブルについていて、ミルクで乾杯に加わっていた。


「サガ! いつの間に!?」

「いつでも気配を絶って、こっそり近づくのがあたしの流儀にゃ。あんたらも今回それに助けられたんじゃないにゃ?」

「それは……情報は、ありがたかったけど」


 それはそれとして。


「あんたが用事もなく現れるとも思えないんだよな」

「にゃはははは」

「サガさん、わたくしたちになにかご用事が?」

「一つ目は、今回のウラカサの罪状を教えておこうと思ってにゃ。あんたら、あいつがなにしたかも知らないまま、殺る気まんまんで出発しちゃったから」

「反帝国思想を持ったからでしょ」

「さすがに考え方を持ってるだけで国から討伐依頼なんて出ないにゃ。奴はキョトーへの交易便を『魔族でない』ってだけの理由で襲ってることが判明したから討伐されることになったにゃよ」

「『魔族でない』、ってことは人間もモンスターでも見境なしに襲ってたのかよ」

「それが先日足がついたにゃ」

「……呆れた」


 ハジキが言う。

 恩もなく、ついさっき、自分たちの手で殺したとはいえ、父親がそんなことをしていたら呆れるのも無理はないだろう。


「で、二つ目は、『あんたら』のことにゃ!」

「えっ、わたしたち?」

「あんたら大分有名になってきたにゃ。さらに今回の討伐依頼のスピード解決はそれに発車をかけるはずにゃ」

「それがなんだよ、結構なことじゃないか」


 酔いが回って、若干目が据わったヒロイが問う。


「そのうち、ご指名の依頼が来るかもしれないにゃ。というか、あたしのところにもあんたらの情報を買いに来る冒険者が増えてきたにゃ」

「なんだと? それで、売ってやがるのか」

「相応の金を出されれば情報は売るのが情報屋にゃ」

「否定しないのな……」


 次のサガの台詞は六人とも予想だにしていない内容だった。


「あんたら、なんか『女の子だらけのパーティ』『種族ばらばらの女の子たち』とか呼ばれててややこしいにゃ、そろそろ、正式に『パーティ名』を名乗ってほしいのにゃ」

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