第16話 次なる依頼は家族殺し?

ナパジェイ帝国。そこでの「家族」はお互いの「力」を認めていなければ成立しない。

「力」なきと見做されれば血の繋がりがあろうとも不要とされるのがこの帝国だ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 不本意ながら、トモエ宛てに二徹で二冊の写本を仕上げたユメとオトメは、丸一日眠ってしまった。

 この依頼まで終えないと孤児院での子供への指導ミッションまでの報酬が出ないと断言されてしまったので仕方がない。

 写本は気を失う寸前にヒロイとヨルに預けて巨塔に届けてもらうことにしたが、あの二人、何か失礼を働いて報酬が不意になるようなことをしでかしていないだろうか。

 ベッドで目が覚めたユメははしたなくも寝ぐせや目やにを気にするより、そんなことが気になってしまった。


「おーい、無事に報酬もらって帰ってきたぜ」


 そんな心配をしているとヒロイの声が「魅惑の乾酪亭」の一階に聞こえた。


 身支度もそこそこに一階に降りると、なぜか顔色があまりよくないヒロイが大きな革袋をもって、中に入っている宝石を見せてきた。

 報酬としては充分だ。

 それなのになぜヒロイが、そしてヨルまでもが冴えない顔をしているのかがさっぱり理解できない。


「実はな……」


 ヨルが何か言いかけると、翼で器用にヒロイがそれを遮る。


「まずは落ち着いて状況を話したい。中途半端に説明するのはよせ」


 ヒロイとヨルはトモエがトータル・モータル・エルダードラゴンであることを知っており、なぜか天上帝から我がパーティが期待までかけられていることを知っているのだが、それをいきなり言っても寝起きのユメは混乱するだけだろう。


「オトメはまだご就寝か?」

「うん、わたしが起きたときにはまだ寝てたからそっとしておいたよ」


 ちなみにスイはユメとオトメが必死で写本を始めたあたりで、途中で退屈して孤児院に帰ってしまった。

 二人とも、それでいいと思ったし、正直、スイが将来なりたい冒険者としての何かいい経験をさせてあげられるとも感じなかった。


 ハジキは、予想通り、ピッツァを食べ終えたら帰っていった。イビルブックを倒すのに一役買ってくれたのは事実なので、後でお礼に宝石を少し持って行こう。

 

 と、そこまでユメが状況を整理したところで、髪をとかしながらヒロイの話をまともに聞く準備ができた。


「で、ヒロイちゃん。巨塔でなにかろくでもない話をされたんでしょう? その話をオトメちゃんが降りてきたら聞かせてもらってもいい?」

「ああ、お前は察しが良くて助かるよ。あのトモエ……からとんでもない話をされた」

「あたしはあのねぼすけオークを起こしてくるぜ。なるべく早く話してえ」


 そして、しばらくすると、ベッドから布団をひきがす音が響いて、寝起きでメイスを振り回し、それを剣で受け止める音が聞こえてきた。


「なにやってんだかあの子たち」

「寝起きの運動だろ」

「それにしても、ヒロイちゃん。ただ事じゃないみたいだね」

「ああ、アタイもこんな早くこんなすごい展開になるなんて思ってなかったよ」


 寝起きの運動にしてはお互い随分ズタボロになりながらヨルとオトメが一階に降りてくると、亭主が気を利かせて飲み物を出してくれた。

 その厚意に甘えてテーブルに着いたユメたちは、ヒロイからトモエの正体とそのトモエから聞かされた「あと八つ大きな依頼をこなしたら天上帝との直接対面を叶える」という話を聞かされたのだった。


「なんで八つなの? こないだの銃の遺跡のは大きな功績だと思うけど、今回の写本の件まで数に入ってるわけ?」

「それは、たぶん、九つ目があのトータル・モータル・エルダードラゴンに勝ってみせることだからだろうな」

「トータル・モータル・エルダードラゴン……」


 ユメは母から聞かされた知識をまた動員させた。


 トータルとは「全て」。

 モータルとは「不死であること」。

 エルダーとは「長命である」とかそういう意味だ。


 つまり、トータル・モータル・エルダードラゴンとは、本来不死に近いほどの寿命を持つほどドラゴンがその長い時間をほぼ生ききったということである。

 何千年か、何万年かは知らないが、ヒトがほぼ八十年で死ぬこの世界において、気の遠くなるような時間を生きてきたというのだ。

 そして、トータルということはそろそろ寿命を迎えるということである。

 そんなドラゴンが天上帝に従い、おそらくは最後の関門として巨塔の最上階手前で守っている。

 ユメたち駆け出し冒険者がこれからどれだけ強くなれるかはまだ未知数だが、正直なところ、ユメにはいったいいつになったら届くのか想像すらつかない。


 そういえば、スイの母がユメに修行を付けてくれるとかなんとか言っていなかっただろうか。

 この件は前向きに検討しておくべきだろう。

 一国の魔法顧問にナシがつくなど、相当運がいいことである。


 少なくとも母より上。しかも夫に寿命を超越したリッチを迎えている、どんな変わり者かは分からないが、一度くらいは稽古をつけてもらいたい。


 そこで、ヒロイが、ダン!と強くテーブルを叩く。店主が持ってきてくれたミルクのティーカップがぐらぐらと揺れた。


「まあ、本気で天上帝に対面するかどうかはともかく、それくらいの気概を持って冒険者やれってこったろ、アタイらも」

「ああ、それくらいに育ってやらねえとやりがいがねえ」


 最近、どっちがしゃべっているのか区別がつかなくなってくるほど、似たことを言うヨルがまずヒロイに同意した。


「わたくしは、生活して行ければいいと、それくらいのつもりだったのですが……」

「なにいってやがるオトメ。皇帝の竜顔を仰ぎ、玉音を拝聴した唯一神教の教徒がオークの亜人だと知ったらきっとおまえに石を投げてた連中の見る目も変わるぜ」


 そこで、「ハッ」とオトメは何かを悟ったように顔を上げた。


「そうでしたわ! わたくしの聞いた唯一神様のお声を国民の皆様に届けるにはそれくらいの冒険者になるくらいのつもりでいなければ」


 皆が皆、思い思いの方向で決意を新たにしていたところに、亭主が無言で、冒険者への依頼書を張り替えに来る。

 そして、こちらを見て、にやりと笑ってみせた。


「最近、お前たちでこの店の知名度も上がってきたんだ。おかげで他の店にしか回ってこなかったような依頼もちょくちょく回ってくるようになってな」


 ちなみに、こないだハジキを連れて行って「バラキ平原のトロル討伐」依頼もこなしてきたユメたちなのだった。ここいらで新しい依頼が数枚は来てくれないと困る。


「おいおい、ビワレイクのギルマン退治なんて依頼まであるじゃねえか。こんな依頼この店じゃ見たことなかったぜ」

「そりゃ、お前さんみたいなのが一人でできるようなゴブリン退治とかしか回してもらえてなかったからな」


 気心の知れたヒロイと亭主がそんな会話を交わしている。


 と。

 ユメには少し見逃せない依頼が目に飛び込んできた。


「討伐依頼 反帝国思想家 ウラカサ 種族:魔族 人相描き……」


「似てる……」

「おい、ユメ。何かすぐにやりたい依頼でもあったのか」

「ヒロイちゃん、見て。この賞金首の人相、なんか……」

「全然見たこと……おや?」

「少し、ハジキさんに似てる気がいたしますわ」


 横から覗き込んだオトメが言う。

 そうなのだ。

 このウラカサとかいう魔族の人相、どことなくハジキに似ている気がする。明日にでも確認してみようか。


 最下級魔族に生まれたという理由でハジキを育児放棄したという父親。とはいえ、それもハジキがぽつりぽつり語った内容と、ウェッソンの説明からの推測でしかないのだが。


 しかし、どちらにしても依頼にあるということはこなす意味があるし、報酬も見てみたら結構いい。反帝国思想の持ち主ということはナパジェイ帝国の国是「自己責任」「力こそすべて」に抵触したということになる。魔族というのは人間でいう貴族制を敷いているので国是よりも魔族としての矜持を優先したということか。あるいは貴族にありがちな安っぽいプライドで他の種族を差別したか。それもナパジェイにおいては大罪である。


 そういえば、ハジキが自分の親はナパジェイの国是よりも氏族としての誇りを優先したとかなんとか言っていた気がする。

 本人に名前と人相を見せて確認すれば手っ取り早いが、「こいつがあんたを雑に扱った親?」なんて訊くのも失礼な気がする。


「……なあ、ユメ。この依頼受けてみるのか? 少なくともさっき貼られた依頼の中では一番報酬がいいぜ」


 黙って様子を窺っていたヨルが言う。

 受けるなら受けるで対策を練らねばならない。何度も書くが、魔族は氏族制を敷いているので、攻め込んでこのウラカサなる魔族一人を殺して来ればよいという依頼ではないだろう。

 幸い、ウラカサが根城にしている館か屋敷か何かはこの街、帝都キョトーの外れだ。


 種族差別を捨て去り、自己責任にすべてを任せたナパジェイの総本山である帝都で国から討伐依頼が出るほど目立つ背信行為を働いたのだろうか、このウラカサとやらは。それだけの実力と自信があるということか。


「ヨルちゃん、魔族の拠点に攻め込むにはそれなりの戦力と戦略がいるよ。少なくともここにいる四人だけじゃ無理」


「じゃあ、無口女をまた臨時で誘うのは確定だな」


 無口女――もちろんハジキのことだろう――は、この依頼を見てどう思うだろう?

 それに、私たちにハジキを加えただけの五人で戦力は足りるだろうか。

 レイドを組む、とまでは言わなくてもせめてあと一人、フルメンバーの六人PTを組んで戦いたい。


「後はサガにでも戦場視察を頼む? 戦ってるとこは見たことないけど、そういうことに関してはあの人、というかあの猫以上に頼りになるのはいないよ」

「戦力にしようとすると、めっちゃ吹っ掛けそうだよな。あの猫スケ」


 あーでもない、こーでもない、と四人が議論を交わしていると、ウェスタンドアが開いた。

入ってきた人物はユメたちの方を見るでもなく、亭主に声をかけた。


「……こないだユメが勧めてくれたなんとかいうパスタ」

「カルボナーラだな、待ってな。今作るよ」


 水兵服風の服装に、薄暗い店内を照らすかのような美しい銀の髪、切れ長の瞳。

 見まがうはずもない。たった今噂していたハジキその人だ。


「ハジキちゃん!」

「ちょうどよかった」


「……何?」


 剥がしてテーブルまで持ってきていた討伐対象、「反帝国思想家の魔族、ウラカサ」の人相を見せて、ヨルがいきなり問うた。


「こいつはお前の親父か?」


 なんという無遠慮さだろう。

 ユメはヨルのそんな図太さが羨ましくもなり、怖くもなった。


「……ウラカサ」


 ぽつりと、ハジキはつぶやく。


「……父」

「やっぱり! そうじゃないかなって今皆で話してたのよ」


 そのユメの言葉を聞くと、そこでハジキはその人相描きが討伐依頼の対象者のものであると気が付いたようだ。


「……殺すの?」

「やっぱり、肉親を手にかけるのはお嫌ですか?」

「……ううん、ついに国から殺されるほど大っぴらに自分の考えを表に出し始めたか、って思っただけ」


 やはり、ハジキは銃のことと、魔族の掟についてのことだけはよく喋る。オトメの問いにも眉一つ動かすことはなかったが、多弁になった。


「……元々、『我らが天敵たる人間と共存などできるか』『いずれはこの国に自らの愚かさを思い知らせてくれる』っていつも言ってたもの。本格的に動き出したんだなって」

「じゃあ、この依頼にハジキちゃんをまた臨時メンバーとして誘うか迷ってたんだけど、オーケーしてくれるって思っていいの?」


 そこで、ハジキは黙った。


「…………」

「そうよね……、迷うよね」

「……違う。冒険者・ハジキとして、このパーティに依頼を出したいって考えてただけ」

「え? それってどういう意味?」

「……父を殺すのを、手伝って欲しい」

「おおう、そりゃまた大胆に出たね」


 ヒロイが茶化すように言う。


「……報酬は、私自身。親、いえ、一族を皆殺しにするのを手伝ってくれたら、臨時じゃなくて正式にパーティに迎え入れて欲しい」

「ハジキちゃん! それ、本気で言ってくれてる? 正式メンバーになってくれるの」

「…………」


 ハジキは、返事の代わりに黙ったまま、コクリ、と一つ頷いた。


「パーティに入るってえことはどんなヤな依頼が来ても一緒にやらないといけないってことなんだぞ?」

「……それで、連中に弾丸を撃ち込めるなら、構わない」


 ユメとしては願ってもない展開だ。

 これまでは、敵の強さに合わせて誘ったり誘わなかったりしていたハジキがいつも一緒に戦ってくれる。


 言葉には出さなかったが、ヒロイも、ヨルも、オトメも、同じ気持ちでいた。


「よっし、これで五人。だが戦力的にはまだ欲しいところだな」


「……ウラカサは自分の実力に絶対の自信を持っていたから、他の魔族の氏族みたいにモンスターを配下を従えてる可能性は低いと思う。魔族以外は見下してるような感じだったから」


「ん。昔のこととはいえ、ハジキちゃんを通じて敵の情報が手に入ったのも大きいね。わたしはやっぱりサガに現状の戦力を探ってもらうのは必須だって思うけど」

「で、六人目はやっぱりサガにするのか?」

「……こないだ」


 ユメとヒロイの会話に珍しくハジキが割り込んだ。


「……孤児院のあの子、イビルブックとの戦いでかなり活躍してた」

「おい、ハジキ、まさかあのスイをメンバーに加えようってんじゃないだろうな」

「……確かに、まだ子供。けど、戦力には、不足じゃないと思う」

「そうじゃなくて!」


 ヒロイが大きな声を上げた。


「アタイらがこれからやるのは親殺しだぞ。あいつがどれだけ自分の親に懐いてるか、それを知ってなお誘うのかって訊いてるんだよ!」


 たしかにスイはアンデッドハーフという特殊な出自ながら、両親に愛されている。そんな「子供」に、親殺しの手伝いをさせるのか、とヒロイは言っているのだ。

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