第15話 思わぬ出世の機会
ナパジェイ帝国。他人を陥れるも陥れられるも自己責任。
そこは、「卑怯」という概念が無い国。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
鳥型のモンスターが飛び出し、爪でユメの頬を引っかいた!
「これはイビルブックよ!」
血を手で拭い、叫ぶ。
やはり、予想通りイビルブックは二冊あった。
これで合計二冊写本しろということだろう。そして写本用の白紙の本はイビルブックを倒して自分たちで作れと、そういうわけか。
飛び出してすぐに翼で飛び上がったので、鳥型のモンスターかと思ったが、改めて見ると人間の女性の上半身に鳥を合わせたような姿をしている。
ハーピーだ。
ユメは母から習った知識の中からそう判断した。
素早い動きと、口から発する超音波で敵を翻弄するモンスターで、見かけに反して知能は低い。ヒト並みの知性を持つほど生きることは稀だ。
「せいっ!」
ヨルが斬りかかるが宙を飛んでかわされてしまう。
「ちょこまかと」
続くヒロイの曲刀による攻撃も当たらない。この二人が同時攻撃して当たらないとなると補助魔法が要る。
「スイちゃん、あれはハーピーよ! 風属性の魔法で翼を攻めて!」
スイに素早く指示を出し、自分はヨルとヒロイに速度上昇の風の魔法をかけるべく、宝石を取り出す。
「エア・スピードアップ!」
風の速度上昇魔法の二人がけ――消耗は痛いが、致し方ない。
「ユメお姉ちゃん! 試してみたい魔法があるの、土の魔法でもいい?」
「えっ!? 何をする気?」
スイの突然の提案に戸惑うユメ。
そうしている間にも、ハーピーはヨルとヒロイに爪で攻撃し、オトメとハジキは敵のあまりの素早さに手を出せないでいる。
特にハジキは銃を構えているが、狙いが定まらないのでやきもきしている様子だ。
「グラビテーション!」
スイは黄色の土の宝石を消費し、魔法の詠唱を完成させた。
グラビテーション。
重力制御の魔法だ。土属性の魔法でも、行使と制御が難しいとされ、攻撃魔法では炎を得意とするユメにはまだうまく使いこなせない。
とにかく、全身が鉛のように重くなる魔法をかけられたハーピーはそのまま動きが鈍くなり、下に、つまり本に向かって降りていく。それでも必死の抵抗で口から超音波を発し、近くにいたヒロイとヨルの頭蓋を揺さぶった。
「ぐあああっ」
「うるせえっ」
そして、ハーピーの動きが鈍った隙を見逃さず、ハジキがそのどてっ腹にマスケットで銃弾を弾切れまで撃ち込む。
「ゲエエエエエエエ!」
悲鳴を上げるハーピー。
そこに、ヒロイの曲刀の一薙ぎがその首を切り落とした。
これでハーピーはゆっくりと姿が薄れ始め、次は……。
と、ユメたちが身構えたが何も出てこない。
「打ち止めでしょうか……?」
「オトメちゃん、迂闊に近づいちゃ……」
オトメがイビルブックに向かって歩いていく――と、急に植物の蔦のようなものが出てきてその足を巻き取り、瞬時にオトメを宙吊りにする。
「あーれー、助けてくださいましー」
「言わんこっちゃない」
そうこうしている間に次のモンスター、巨大化したウツボカズラのような、植物型のモンスターが出て来た。ちなみにこれもユメは母から習っていたが、ニーペンシーズという名の食虫植物が巨大化して人まで捕食するようになったモンスターだ。
植物系モンスターは、総じて炎の魔法に弱いが、今火を放てば捕まっているオトメも無事では済むまい。
まずは蔦を斬ってオトメを助けねば。
と、思っている間に、まだ先ほどの速度上昇魔法の効果が効いていたヨルがスパン!とオトメを拘束していた蔦の一本を切り取った。
ドサリ!
大きな音を立ててオトメがしりもちをつきながら地面に落とされる。
「いたたた……」
「オトメちゃん離れて! ファイア・ストームッ!!」
ユメが放った炎の嵐が巨大ウツボカズラを焼き払う。これは効果覿面だったようで、あっというまに燃え尽き、決着がつく。
「おい、ユメ、その魔法、本ごと燃えちまわねえか?」
「あっ」
ヒロイが言ってきたが、ユメにはもう放った炎を消すことなどできない。
しかし、心配は無用だった。
イビルブックはウツボカズラが燃え尽きたあと、何事もなかったように焦げ目一つなくそこにあり、新たなモンスターを呼び出そうとしていた。
そこあと出て来たのはオーク、ドラゴニアン――魔物化して人を襲うようになった竜人をこう呼ぶ――、魔族だった。どれも、ユメたちの連携の前では敵ではなかったが、味方にほぼ同族がいるのでやりにくいことこの上なかった。
隊列は、ヨルとヒロイが前衛に立ち剣で敵を攻撃、ユメとオトメが中衛で回復と補助を担当、後衛はハジキとスイが務めた。彼女らの役割は遠距離攻撃だ。
まだ荒削りなもののスイの魔法の腕は確かで、子供ゆえの残酷さか割と躊躇せず敵を攻撃してくれるので頼りになった。
かくして、一冊のイビルブックから出た合計五匹のモンスターを屠ったあと、ようやく白紙の本が得られる。
その本からA級の宝石が出てくるのを見て、ユメは目を見開かんばかりに歓喜したが、どう考えても六人で山分けだろう。
「ぜぇぜぇ……、なんでこんな目に遭わないといけないのよ」
「あ、あの、トモエとか言うオカマ野郎だかなんだか、今度会ったら絶対ぶっ飛ばしてやる」
ヨルがそういうと、こういう乱暴な意見には大抵同意するヒロイが、珍しく彼女をいさめた。
「ヨル、あの人、いや、あの方はアタイらが何人束になってもかなわない。アタイだけはなんとなく分かった。ありゃ、魔法で姿を変えてる……」
「あ? そりゃナパジェイで魔法顧問長やるようなお偉いさんならさぞかし強いだろうよ」
「そうじゃない。あの方はきっとシェイプシフトの魔法で姿を変えている……」
「なんだよ、さっきからもったいぶりやがって」
「……『ドラゴン』だ」
「は?」
「あの方はこの帝国の社会に溶け込んで生きてる、ドラゴンだ。気配で分かった」
「同じ竜の、竜人の勘ってやつか」
「そうだ、だから、頼むから次会ってもおとなしくしててくれ」
「でも、どうしてドラゴンがナパジェイの魔法顧問などに?」
当然の疑問を、皆の手当を終えたオトメが投げかける。
「そこまで知るかよ。本人に聞いてみたらどうだ。写本を渡すとき、また会えるかどうかの保証はないけどな。なんたって『お偉いさん』だ」
トモエという、推定ドラゴンの話が進む中、スイがおずおずと口を開いた。
「あ、あのね、お姉ちゃんたち」
「ああ、スイちゃん、ありがとう。今日はいてくれて助かったわ」
ユメが笑顔で頭を撫でてあげると嬉しそうに破顔する。しかし、すぐに真剣な表情になると、
「スイ、やっぱりスイをこのパーティに入れて欲しいの」
「だからそれは年齢が」
「充分戦えてたでしょ? だからお願い!」
両手を合わせて、おねだりしてくるスイ。
しかし、冒険者とは常に死と隣り合わせの、たしかサガにもそんなことを言われたが、危険を冒してなんぼの職業だ。
せっかく子供なら手厚く面倒を見てくれるナパジェイにあって、わざわざ成人よりも四年も早く冒険者になりたがるとは。
「ユメさん、話は山ほどありますけど、まずは写本を完成させないと。依頼失敗になってしまいますわ」
オトメにそう言われて、ようやくユメはこの仕事の趣旨を思い出した。
「ごめん、スイちゃん。話は依頼の後でね。この依頼ばっかりはスイちゃんには手伝えないの」
ユメはオトメを伴い、普通の本二冊とイビルブックだった白紙の本二冊を持って宿に戻る。
ちなみにもう一冊のイビルブックにもトモエからのふざけたメッセージカードが挟んであった……。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それから二日間はある意味戦闘より大変だった。期日は三日後だったが、ユメとオトメは寝る間も惜しんで写本作業に勤しんだ。
ユメが冒険譚を担当し、オトメが魔術書を担当。丸二日で写し終えたら、今度は誤字脱字がないかお互いに読み合い確認……。
結局、三日間、一睡もせず作業を続け、写本は完成した。
ヒロイたちに成果物を巨塔まで届けてもらうようお願いした後、気絶するように眠ってしまった。
正直、ヒロイはまだしも、ヨルを伴わせるのは不安だったが、その不安を口に出す気力もなく、ユメとオトメは二人を送り出した。
ハジキは「……報酬待ってる」とだけ言って勤め先へ帰り、スイも孤児院へ帰っていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ヒロイは巨塔を前に、四冊の本を手に緊張していた。
あのトモエという人物――気配からしておそらくエンシェントかエルダー級のドラゴン――に次に出会ったとき、竜人、しかも角なしである自分はどういう態度をとればいいのかわからなかった。
しかし、この本はユメとオトメが三日三晩完徹で仕上げた努力の結晶だ。なんとしても無事に巨塔にいるはずの魔法顧問長に届けなくては。
「おいヒロイ、さっさと入るぞ」
こちらの懸念も知らず、ヨルはあっさりと巨塔の一階の扉を開けた。
なお、巨塔の周りは高い壁で覆われており、門番が四六時中守っている。きちんとした用事がないとその壁の中にすら入れてもらえない。
その関門はまずはクリアした。
受付らしき人間の男性に、魔法顧問長からの依頼で写本作成をし、完成したことを説明すると、ぬっ、とその受付の奥からチャイナドレスに身を包んだ、見覚えのある怪しげな女性――トモエが現れた。
「げっ」
「ハーイ、ちょっとお久しぶり~。あら、今日は二人なの?」
そういうとトモエは指をパチンと鳴らし、ヒロイとヨルと自分をどことも知れない、丸テーブルが一つだけの部屋にテレポートさせる。
「まあかけてかけて。ここに呼んだのはちょっと他の人には聞かせたくない話もしてあげようと思ったからなの。どうも偉くなっちゃうと退屈でねえ。本当は五人ともお招きしたかったんだけど」
「ああ、あいつらはあんたが無茶言ったせいで今熟睡中だよ。まったく、あんなふざけた悪戯仕込みやがって。あたしらを殺す気だったのか?」
「まっさかぁ、白紙の本を提供するついでにちょっとした余興を挟んだだけよお」
「てめえ本人がまず子供向け絵本でも読んで道徳を学びやがれ!」
「絵本……、そうねえ、次にお願いする写本は孤児院に寄付する絵本にしようかしら。うふふっ、いいアイデアをありがとう」
シャレが通じてるんだか通じてないんだか分からないヨルと魔法顧問長の会話に割り込み、ヒロイは、本と写本をテーブル越しに手渡した。
「お確かめください」
「大丈夫よお。信用してるから。後で部下に確認させるわ。それにしても、そんなに畏まらなくてもいいのよぉ、ヒロイちゃん、だったかしら?」
「アタイ、いえ、私なんかの名前を覚えてるんですか?」
「そりゃそうよぉ。陛下からお褒めの言葉を頂いた期待の冒険者だもの。あとは、ユメちゃんに、そちらがヨルちゃん、亜人のオトメちゃんに、銃使いのハジキちゃん、だったかしら」
「へ、陛下……、ってまさか」
「あら? 宿にはうまく話が伝わらなかったのお? あの銃の遺跡発見の功績で皇帝陛下自らの『新進気鋭の冒険者の登場を嬉しく思う』って言葉を賜ったのに、知らずにいたなんて、陛下きっと傷つくわぁ」
「あの……、その、あなた様ほどのドラゴンがそこまで忠義を誓う皇帝陛下って何者なんですか?」
そこでぴくりとトモエは不快気でもなく驚きを目だけで示した。
「あら、気づいてたのね。あたしはもともとナパジェイのナノシーで暮らしてたんだけど、急に『この島に国を作る』なんて言い出した馬鹿がいてねえ。その馬鹿面白いからしばらく見てたの。そしたらしばらくして本当に国が出来上がってきて、あたしにも『自己責任だ』とか何とか言って服従するか討伐されるか選べなんて言ってきたのよお」
「それが、皇帝……天上帝」
黙って聞いていたヨルも、流石に口を挟んだ。
ヒロイはただ、話の大きさに気圧されてしまっている。
「現に、そいつはあたしを討伐しかねないほどの軍隊を揃えて来ていた。あたしって英雄譚が大好きでねえ。人間の英雄譚もよく読むのよ。けど、その英雄譚の登場人物になってみるのも面白いかもって思って、殺されるよりは『服従』を選んだわけ」
ヒロイたちは元々謎だらけである天上帝の正体がますます分からなくなってきた。
ドラゴンを、口先だけで「服従」させた?
あまりに現実からかけ離れている。
「そしたら『トータル・モータル・エルダードラゴン』なんて呼びにくい名前は面倒だ、とか言って、あたしに『トモエ』って名前をつけてくれたのよ。それで惚れ込んだわね。ああこいつ大した奴だって」
「トータル・モータル……?」
ヒロイはそのドラゴンの名前に卒倒しかけんばかりに慄いた。
大陸にさえ十頭といるかどうかという数万歳クラスの、寿命が尽きる直前まで生きたドラゴンではないか。そんなドラゴンがナパジェイにいたことだけでも驚きだ。
「さて、これは孤児院の分とさっきの絵本のアドバイス料まで含めた依頼料よん」
そういってトモエはテーブルの上に宝石がどっさり入った皮袋を置いて見せた。古い木製テーブルがきしむほどの重さがある。
「こ、こんな大金初めて見たぜ」
「持って帰りゃ、皆大はしゃぎだなこりゃ」
そこで、不意にトモエがいかにも面白いことを思いついたと言わんばかりに、言った。
「後九、いえ八、冒険者として皇帝陛下のお誉めに預かるくらいの実績を上げたら、あたしと戦う権利を上げましょう。それで勝てたら、天上帝へのお目通りを許すわ」
「は? お目通り?」
思いもかけない出世の機会にヒロイは目を白黒させるのだった。
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