第14話 飛び出す本の怪異
ナパジェイ帝国。呪われた島と呼ばれる場所にその国はある。
しかし、その呪われた島を本物の魔境に変えたのは誰だろう?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
トモエとかいう怪しげな国の魔法顧問長が持ってきた本のページからモンスターが現れた。
「ジャイアントスネーク」と呼ばれる、大型の蛇が、開いた本のページから飛び出て鎌首をもたげているのである。
「きゃあああああ!」
自分が取り落とした本からモンスターが出て来たことでオトメは悲鳴を上げた。
こんなとき、とっさに反応して剣を抜いて機先を制するヨルでさえ、あまりのことに意表を突かれ、動揺して抜剣するのが遅れていた。
ユメも、こんないきなりでは魔法で攻撃を仕掛けたりできなかった。
なにせここは室内。
派手に魔法でもぶち込めば亭主に何を言われるかわからない。
「ウィンド・カッター・クロス!」
しかし、そんな中、魔法で蛇の胴体を何重にも輪切りにした者がいた。
ウィンド・カッター・クロス。
その名の通り、風の攻撃魔法ウィンド・カッターの強化版だ。
(いったい、誰が?)
ユメが慌てて振り返ると、そこにはテーブルに腰掛けて宝石で遊んでいたはずのスイの姿があった。
彼女はいつの間にか立ち上がり、風の宝石を一個使い、本から飛び出した魔物を倒して見せたのだ。
……とはいえ、壁に大きな傷がついたが。
突然のことに何が起きたか混乱したが、さらに次に危機が襲いかかってきた。
ジャイアントスネークが倒されると、その本のページがひとりでにぺらぺらとめくられ、
こんどは巨大な虫型のモンスターが出現した。
「のやらっ!」
動揺していたヨルも流石に今度は対応し、二刀流の剣を構える。
だが、それより早く、
「イヤーッ!」
近くにいたオトメのメイスが昆虫型モンスターの腹部を捉えた。
オトメは元々虫が嫌いなのである。
「イヤーッ! イヤーッ! 虫イヤーッ!」
ドガッ! ガスッ! ボカッ!
本から出て来た魔法生物か何かだからなのか、体液を撒き散らすようなことはなかったが、モンスターはオトメの殴打を何度も受けやがて、動かなくなる。
すると、またぺらぺらとページがめくられ始めた。
もう想定の範囲内だったので、PTの面々も全員臨戦態勢に入っており、次は何が出てくるのかと身構えていた。
ページが止まると、今度は小型の翼竜、ワイバーンが飛び出してきた。
ワイバーンとはあらゆるモンスターの頂点に立つ、ドラゴン種に分類され、その中でも最弱とされるモンスターだ。
腐ってもドラゴンであるため、その強さは他の魔物の比ではなく、特に空を飛び、ブレスまで吐くため、危険なモンスターとされる。
しかし、本から一定以上の距離は離れられないのか、空に舞い上がっていくことはなかった。そんなことになれば「魅惑の乾酪亭」の二階の客間がいくつか壊れるだろう。
「グルァァアアアアアアアア!」
ワイバーンは咆哮し、口の中に炎を溜める。
まずい。
木造のこの建物の中で炎のブレスなど吐かれた日には、店が全焼して自分たちの拠点が無くなる!
なんでこんな目に遭わないといけないんだと思いながら、ユメは青のD級宝石を二個取り出した。
「クリエイト・ウォーター!」
水属性の魔法の中で、最も初歩的な、ただ水を生み出すだけの魔法である。
魔法の発動と、ワイバーンが口から炎のブレスを吐くのがほぼ同時だった。
ジュワアアアアアアアッ!!
炎と水が互いに打ち消しあい、均衡状態ができる。
だが、ユメの魔力では、ワイバーンのブレスをどうにかくい留めるのがやっとだった。
下手なプライドはかなぐり捨て、ユメはスイに助けを求め、宝石を放る。
「スイちゃん! 私が今使ってるのと同じ魔法を炎に! お願い!」
「分かった! クリエイト・ウォーター!」
スイはユメの言葉に素直に従ってくれた。それで均衡が崩れ、いったんワイバーンのブレスが止む。
そこへヒロイとヨルがそれぞれ横薙ぎと縦に斬りつけた。
「ギアアアアアアアアアアア!」
胴体を傷つけられ、怒り狂うワイバーン。どうやら本から出て来たため、やや小ぶりではあっても頑丈さは本物のワイバーンとまるで変わらないらしい。
さらにブレスを吐こうと口を開く――
かと、思い、ユメとスイは再びクリエイト・ウォーターの魔法を詠唱するが、違った。
なんと、ワイバーンは氷のブレスを吐いたのだ。これでは水などぶつけても逆効果だ。
「オーラ・ウォール!」
オトメが光でできた障壁を張り、ユメたちを氷のブレスから守る。
しかし、それも長くは保たず、オトメは吹き飛んでしまう。
「オトメちゃん!」
そうやってできたワイバーンの隙にヨルが今度は首のほうに斬撃を加える。
だが、切断するには至らない。
「どうすりゃいいんだこれ……」
ヒロイがやっと声を出す。彼女の曲刀でも致命傷を与えることは難しいだろう。
だが、攻撃をし続け、倒さねばいずれブレス攻撃でユメたちは全滅し、店も崩壊してしまうだろう。
この宿に、ユメたち以外に客がいないのはいつものことなのだが、それは不幸中の幸いだったのだろうか?
それとも、他に冒険者でもいてくれれば加勢してくれたのだろうか。
そんなことをユメが考えたとき、ウエスタンドアが開いて、誰かが入ってきた。
「……騒がしい」
その銀髪に水兵服の人物は背中に背負っていたマスケット銃を構え、ワイバーンに向けて発砲した。
パァン!と小気味いい音が響き、ワイバーンの片目が潰れる。
「ハジキちゃん! 来てくれたのね! お願い助けて!」
「……ごはん、食べに来ただけ」
そう言いながらも、ドアをくぐった人物――ハジキは手にした銃でワイバーンがヒロイとヨルに負わされた傷口を狙って、銃弾を何発も撃ち出す。
パァン! パァン! パァン! パァン!
弾切れまで撃ってもワイバーンが息絶えることなく、なおもブレスを吐こうとしてくるのを見て、ハジキは背中にもう一丁背負っていた銃を構える。弾が切れた銃も丁寧に背負うあたりは流石というべきか。
「スイちゃん! 口の中に炎が見える! アイシクル・ランスを二人で口に叩き込むよ!」
「うんっ! こないだ教えてくれた魔法だね!」
今度も青の宝石を指の間に挟み、ユメとスイは同時に氷の矢の魔法を放った――!
「「アイシクル・ランス!!」」
ユメが放った方はワイバーンの口の中にあった炎を中和した。そこへ、スイが放った氷矢が翼竜の喉から首の後ろまで貫通する。
それで、ワイバーンはようやく沈黙した。
普通ならここで額から出てくる宝石に期待するところなのだが、この本から出てくるモンスターたちははなから幻影なのか、それとも魔物を模した動く何かなのか、先の蛇も、虫型も、そしてこのワイバーンも、宝石を発言させることはなかった。
さて、次もまたページがめくられてモンスターが出てくるかと思ったが、ワイバーンで打ち止めのようだった。
「ちっくしょう、ひでえ目に遭ったぜ。オトメ、他の本触るなよ、またなんか出てくるかも知れねえ」
ヨルがそう言い、未だ床に散らばっている本の束を警戒させた。
ユメは、いまさらと思ったが、おずおずと発言した。
「本当に今更だけど、さっきの本の名前は『イビルブック』。モンスターをその中に閉じ込めておく習性を持った魔法生物で、本に擬態してるれっきとしたモンスターよ」
尊敬する母から習ったことを思い出しながら、続ける。
「わたしも見たのは初めてだったけど。一度ページを開いてしまうと出てきたモンスターが周りの者に襲い掛かるから、普段は封印しておいて暗殺したい相手に送って使ったりするんだけど……」
「使うって何だよ、じゃああの変な女はあたしたちを殺すつもりでこんなもの本に混ぜてきやがったってのか!?」
その様子を、遠見の水晶玉でトモエが観察していて、
「まずは合格、と」
なんて言っていたのはユメたちには思いもよらないことである。
そうこうしているうちにイビルブックが発光し、宝石を発現させた。
B級の赤の宝石だ。
「わからない。けど、こうして宝石が出て来た以上、もう後はただの紙の束よ」
話し合いたいことは山ほどあった。
しかしそれより先に、安全の確認、そして、依頼を進めていいかの判断の方が先だった。
「おいみんな! 大丈夫かっ!」
なんとか上がった息が整ったあたりで、店の奥から亭主が斧を持って現れた。
「もう終わったよ」
「な、なんだそうか。皆が無事ならよかった」
どうやら、昔取った杵柄で戦闘を手助けしてくれるつもりだったらしい。
そういえば、元冒険者だったんだったか。あまり頼りになりそうにはないが。
さて、何とか落ち着いたところで。
「おい、このユメに懐いてるチビすけ、あんなに戦えるなんて聞いてなかったぞ」
「あ、ああ、スイちゃんはちょっと特別な子で……」
そこで、まるであえて気配を断っていたかのように黙って佇んでいたハジキが自己主張する。
「……ごはん。3種のチーズピッツァ一人前」
「おお、すまん。ハジキは客としてきてくれたのか。すぐ作るよ」
亭主は散らかった店内を気にしていたが、ハジキが注文するとすぐに厨房の奥へ引っ込んでいった。
とりあえず、床に散らばっている本には触らないようにしながら、椅子とテーブルなどを元通りにする。
客の余裕か、元々の性格か、あまり動揺していない様子で、ハジキは椅子に腰掛けた。
「……で、なにがどうなっていたの?」
ユメたちとしても状況整理の時間が欲しいところだったので、ハジキについさっき起こったことを説明する。
「国の魔法顧問長が写本を依頼して来た本の中にイビルブックが混ざってたのよ。そこに散らばってる本は全部そうかもしれないし、一冊だけかもしれない」
「とにかく、他の本の確認は室外でやろうぜ。これ以上モンスターが出てきてそのたび戦ってたら店が壊れて、とっつぁんが困っちまう」
ヒロイがそう言って、おそるおそるながら本を拾う。
ちなみにイビルブックというモンスターは、中にいるモンスターを倒しきると白紙の本になる。
さっきやっつけたイビルブックをもう一度よく見てみるとしおりが挟んであった。
それは、しおりではなく、メッセージカードだった。
『写本にはこの本を使ってねえ♪ 素敵なお姉さん、トモエより』
持って来られた本は合計四冊。うち、一冊がイビルブックで白紙になったので、残り三冊のうち一冊がイビルブックで、それ以外の二冊を写し取って計二冊の写本を作れということか。
「ふ・ざ・け・や・がっ・て……! 白紙の本を持ってきてやったつもりなのかよあの女」
「ヨルちゃん、落ち着いて。これは多分、冒険者としてのわたしたちを試してるんだわ。依頼を受けた冒険者ならこれくらい何とかしてみせろ。そう言ってるのよ」
「では、後一回はイビルブックと戦って、白紙の本にしないといけないんですのね」
オトメが付け加える。なにせ依頼の期日は三日なのだ。
四冊も写本しろとはきついことをおっしゃると思っていたが、戦闘込みでの依頼だったわけだ。
閉じた三冊の本を重ねて持ち、できるだけ遠くのテーブルに置いて、ユメたち四人はハジキが食事を終えるのを待つ。
この依頼、できれば五人で行いたい。
ん? 五人? 最初から私たちは五人ではなかったか?
「っと、そういや、こいつのことを聞くのを忘れてたぜ。戦力になってたじゃねえか」
ユメがハジキに支払うべき傭兵代を思案していると、ヨルがスイの方を向いていった。
「ね、スイすごかったでしょ? 魔法使えてたでしょ? 一緒に冒険させてよ」
本人はもうノリノリで推定あと一冊のイビルブックとの戦いに混ざるつもりらしい。
ユメも先の戦闘で彼女に頼ってしまった手前、強く駄目とは言えなかった。
「スイちゃん、あなたは魔法使いなんだから基本的に後衛に徹するのよ。前衛はヒロイお姉ちゃんとヨルお姉ちゃんに任せてね?」
「うん! でもオトメお姉ちゃんは?」
「あの子は基本ヒーラーの後衛。さっきみたいにスイッチ入っちゃうと前衛に飛び出していくけど……、それはオトメちゃんは体力もあるから。スイちゃんはまだみんなよりちっちゃいし、打たれ弱いでしょ」
そう言うと、スイはぶすーとなったので、ユメは加えてこう言う。
「スイちゃん、攻撃魔法得意そうだから、わたしと行動が被りそうなときは攻撃魔法を優先して。そんなときはわたしが補助魔法に徹するから」
「わーい!」
やはり子供。攻撃魔法をびしばし撃って敵をやっつける方が楽しいようだ。
「やっぱりそのチビすけも戦力に数えるのか。アンデッドハーフだかなんだかしらねえが、簡単に死ぬなよ。お守りはしてやれねえぞ」
ヨルもそういう言い方でスイの戦闘加入を認めた。
そして、全く表情を変えずに、それでも心なしか幸せそうにピッツァを食べているハジキにかくかくしかじかと状況を説明して、宝石を払って、臨時メンバーに入ってもらうことにした。
なにせ、最悪残り三冊ともイビルブックかもしれない。用心に越したことはないだろう。
話がまとまったあと、本とともに店の外に出、裏道だから人通りが少ないのをいいことに、一冊ずつ、用心深くページをめくっていった。
一冊目。
内容は魔法に関する学問書のようだった。特にページの隙間からモンスターが出てくる様子はない。
二冊目。
内容は、とある冒険者パーティが旅をする冒険譚のようだった。冒険譚というより、パーティでの戦い方やフォーメーションの勉強になる、という印象だった。
三冊目……。
を開いた途端、鳥型のモンスターが飛び出し、爪でユメのほほを引っかいた!
「これはイビルブックよ!」
血を手で拭い、叫ぶ。
やはり、予想通りイビルブックは二冊あった。
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