第13話 元気なあの子は訳アリ娘
ナパジェイ帝国。ありとあらゆる種族が差別されない。
差別したければ「力」を持て。その差別に「責任」を持て。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
軍からの、冒険者としての戦術指導の依頼で訪れた孤児院。
そこで出会った少女の素性は、あまりに現実離れしていた。
「そう、スイはアンデッド化した魔法使い、リッチと普通の人間のハーフなんですよ」
そもそもリッチっていうか、アンデッドって子供作れるの?
それも相手は普通の人間??
性欲湧くの?
奥さん何を想ってXXされたの?
子供ほったらかして今何してんのその二人?
聞いて頭の中が「?」で埋め尽くされているユメに、院長先生はさらに驚くべきことを言った。
「あの子のご両親は健在です。二人とも国の魔法顧問ですわ。月に一度は娘さんとも会っていますよ。スイが孤児院にいるのはお二人の仕事の邪魔にならないためです」
「なるほど、経済的には全く困ってないんですね」
「ええ、この孤児院にも多額の寄付をして頂いてますし、大変親子仲も夫婦仲もよろしくていらっしゃいます」
ユメは自分のパーティメンバーが実の親に恵まれていない連中ばかりなせいか、ここナパジェイではそんな家族が当たり前な感覚がしていた。
自分は運よく両親が愛し合って生まれた子供だが、その両親は二人とも捨て子だし、故郷ガサキの町でも義理の親子やら義兄弟は山ほどいた。いやむしろ血縁の家族の方が少なかった。血よりも心で結ばれた絆の方が強い国なのだ、ナパジェイは。なぜならそれはお互いの「力」を認めている証拠なのだから。
そんな国で、アンデッドがアンデッドになってから子を成した者がいて、その親子仲が良好だとは。レアケース中のレアケースと言えるだろう。
しかし、驚いてばかりもいられない。早くスイたちの元へ戻ってあげて、魔法の稽古の続きを付けてあげねば。
部屋に急ぎ戻ったユメが見た光景は、またも予想を裏切るものだった。
「わー、スイちゃんすごいー」
「やっぱり宝石使う方が楽なんだね。スイ、自分の瞳からしか使ったことなかったから知らなかったや」
部屋の真ん中に元はオモチャであろう人形が数体ぴょこぴょこ動いていたのである。ゴーレムを作る魔法の応用だろうか? ユメはこんな魔法見たこともなかった。
「こ、こらー、みんな! 宝石での自分の得意属性発現はどうしたの?」
「どうしたのって、スイちゃんの魔法見てる方が楽しいんだもん」
どうやら、他の五人に渡した宝石は全部スイが使ってしまったらしい。安い宝石とはいえ、ここまでのことをホイホイとやらかされると教える側としては立つ瀬がない。
ユメは懐の宝石袋から闇の宝石を取り出し、「コマンド」の魔法でスイが動かしている人形の制御を奪った。
「あっ」
「スイちゃん、自分ばっかり魔法使っちゃ駄目でしょ。皆が勉強する時間なんだから」
小さな人形とはいえ、ゴーレム数体を制御するのはきつい。お説教と並行だとこちらが先に力尽きてしまいそうだ。
「お姉ちゃんすごい! スイちゃんよりすごいんだね!」
「すごいや、さすが先生!」
なんとか名目を保てたところで、人形のゴーレムの制御を解除する。
態度には出さなかったが、ユメはかなり息が上がっていた。
「スイちゃん、あなたは特別に私が個人レッスンをしてあげるわ。他の皆はあの白いローブのお姉さんの部屋に行ってて」
とりあえず、スイには訊かないといけないことが山ほどある。二人きりになるためにまずは他の子をオトメのいる部屋にでもやって遠ざけなくては。
「えー?」
「大丈夫、あのオークのお姉さんも私と同じくらい魔法使えるから」
心の中でオトメに謝りつつ、ユメはスイと部屋で二人になった。
「まず、スイちゃん、あなたが魔法を使えるようになったのはいつくらい?」
「五歳くらいの時。そのときからママがスイの目の色が変わるってパパに言ってたの」
「わたしが勉強させてもらえるようになった頃にはもう行使まで行けてたのね。なるほど、天才って居るもんだわ」
もっとも、スイの場合は親からの素養もかなりあるのだろうが。
「スイちゃん、フルネームは?」
「スイ・ショウだよ」
うーむ。ショウが父親の姓なのだろうか。
「お父さんとお母さんのお名前は?」
「クォーツ・ショウと、クリス・ショウだよ。お姉ちゃん、どうしてスイにだけそんなに色々訊くの? スイがアンデッドの子供だから?」
――知っている。スイは自分がアンデッドの親を持つ特別な子供だと知っている――。
「ええ、そうよ。知っているかどうかを知りたかったの。なにせあなたはこれからできる『虎児院』の生徒第一号になって将来は従軍するんだろうから」
ユメは正直に答えた。
「えー、『虎児院』!? スイはそんなところに行きたくないよ」
「じゃあ、どうしたいの?」
「パパにもママにもまだ言ってないけど、スイ、冒険者になりたいの。いっぱいいっぱい、冒険者の本を読んだの。大陸の本も、ナパジェイの本も。皆楽しそう。仲間と一緒に好きなところをあっちこっち旅するの!」
「ぼ、冒険者……!?」
「お姉ちゃん、冒険者なんでしょ? スイをパーティに入れてよ」
「まあ、ハジキちゃんを入れてもあと一人空きはあるけどさあ。スイちゃんいくつ?」
スイは無邪気に言う。
「十二歳だよ」
「じゃあまだ無理ね。せめて十六歳になって成人してからでないと冒険者になるのは厳しいわ。わたしも十六歳になるのをずっと待ってたわけだし」
「お姉ちゃんも冒険者になるために十六歳になるのを待ってたの!?」
「そう、スイちゃんと同じ。いっぱい本を読んだのよ。それと、わたしのパパとママ、お父さんとお母さんが冒険者だったの、だから憧れてね」
「へえ、いいなあ。スイのパパとママは普段は塔に籠りっきりで忙しそうだからなあ」
これは驚いた。
スイの両親はナパジェイの魔法顧問だとは聞いたが、まさかあの巨塔に常駐しているほどの人物だとは。
「だから、スイはパパとママの代わりに自由に色んな所を冒険して、その話を一杯してあげるの!」
何とも子供らしい、愛らしい志望動機だ。しかも、ユメと似通っている。その気持ち、分からなくもない。
「よし、スイちゃん。魔法使いとしてわたしが知っている限りのことを叩き込んであげるわ」
「いいの? ええと、ユメお姉ちゃん!」
うん、この呼ばれ心地、悪くない。
ひょっとしたら、勝っているのは年齢だけなのかもしれない。
才能、そして、現時点での魔法の実力さえ、スイの方が上かもしれない。
いいライバルができた。そう考えよう。
「まずは、宝石の錬成から指導してあげるわ。あなたの場合、実感が薄いかもしれないけど、魔法使いにとって宝石はとても大切なものなの」
「レンセイ? それは全くの初めて! 見せて見せて!」
実際の宝石の錬成を見せてあげると、「ユメお姉ちゃんって魔法使いみたい!」とスイは感動していた。
最初から魔法使いだって言ってるっつーの。
ともあれ、錬成で高級宝石を増やして実演でスイにいくつか高位魔法を見せてあげた。
ほんの一か月前までは、これを自分が母親に自分にやってもらっていたのだ。
しかし、実際に生徒を得て、ユメは改めて母の偉大さを思い知った。
かなり魔法を使ってくたびれたところで、スイがおもむろに言ってきた。
「ユメお姉ちゃんもすごいけど、今度、スイのママに二人一緒に魔法習いに行こうか? ママ、ナパジェイでも十人といない魔法の使い手なんだって。パパもそうなんだけど、パパは塔から出られないから」
なるほど、アンデッド故に日光の下にいられないから巨塔に籠っているという訳か。
純粋な人間である母親なら自分の師匠にもなれる、と。
「でも、スイちゃんのママだって忙しいんじゃないの? ナパジェイの魔法顧問なんでしょ?」
「大丈夫、ママはスイのワガママだったらきいてくれるから。パパは厳しいけど」
「ナパジェイの魔法顧問かあ、すごい人なんだろうな、きっと」
そんな会話をしているうちに時間はあっという間に過ぎてしまい、結局追い出した子たちはオトメに任せきりにしてしまった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
指導が終わった後は、院長先生が皆に夕食を振る舞ってくれるらしく、エーコ少将も含めて今日の感想を言いながら夕餉の時間となった。
ちなみにユメもそうしたが、昼食は子供たちに冒険者用の非常食を食べさせてあげた。
冒険者用の非常食はいわゆる乾燥食で、干しブドウや乾パンなど日持ちさせることを最優先にした物が多く、子供たちも皆まずいと言っていたとのこと。
「いやー、思ったより有意義な時間だったぜ」
「今度うちの宿に来い。飯を奢るついでに直々に稽古をつけてやる」
「街の中でもいつでも不意を打って襲いかかってこい。それでやられたら『あたしの偽物が出た』と噂を広めておけ」
ヒロイもヨルも自分が教えた中でなかなか骨のありそうな少年を見つけたらしく、上機嫌で食堂に戻ってきた。
「……多分、あと数回訓練すれば『虎児院』とやらに連れていってもやっていけそうな子、いた」
ゴム弾が出るオモチャの銃で、子供たちに銃何たるかを教えていたと思しきハジキもそんな感想を漏らしていた。上々の結果だったらしい。
そんな中、オトメだけが涙目でユメを睨んできた。
「うう、ひどいです、ユメさん」
「あ、オトメちゃん、ゴメン」
そういえば、スイと話をするためにスイ以外の子供をオトメの部屋に押し付けたんだったか。おかげでオトメは十人くらいの子供にもみくちゃにされたようだ。若干着衣に乱れがあるのは気のせいだろうか。
「わたくし、攻撃魔法は苦手だと言ってますのに、無理矢理使わせようとする子がいるんですもの……」
「マジゴメン。それくらいこっちは状況が特殊だったからさあ」
そういえば、スイがうちのパーティに参加したがっている旨を帰ったら皆に相談しなくては。
「さて、どうしたものかしらね」
「ユメ、なにか言ったか?」
「あ、ううん、独りごと」
そんなことを言い合っている間、シチューを前にエーコ少将が口を開いた。
「ああ、そういえば、お前たちに報告しておくことがある」
「はい、なんでしょう?」
「今日の依頼がうまくいったら、巨塔の魔法顧問長から追加の依頼があるそうでな」
「魔法顧問“長”ってことは、スイちゃんの両親の上司?」
「そうなる。顧問長は魔法の腕はともかく、性格に非常に問題がある方でな。まあ、『力』こそが全てというナパジェイを象徴するようなお方だ」
「ちなみに拒否権は?」
「ない。このミッションからの連続ミッションだ。内容は、あまり本を読む文化のない国民――モンスターや亜人たちにも子供のうちから本を読む機会を勧めようというものだ」
「んだよそれ。また戦闘の機会のなさそうな平和ボケした感じの依頼だな」
ヨルが文句を挟むが、エーコ少将は淡々と続ける。
「顧問長は性格に問題のあるお方だといったろう。そんな穏やかな依頼で済むはずが無い。依頼の内容を伝える。三日後、お前たちの宿に運ばれる、数冊の本の写本を作成して欲しい、報酬は出来高次第。以上だ」
「写本だぁ!? まったくもってスリルに欠ける冒険者らしくねえ仕事じゃねえか」
これもヨルの文句だ。
そもそもヨル自身が本をどれくらい読んだことがあるのかが怪しい。ヒロイも向いていなさそうだし、この仕事はユメとオトメの独壇場となるだろう。量によってはハジキに応援も頼みたい。
そんな追加の依頼を受けた後、夕食を追え、五人は家路に着いた。
すっかり魅惑の乾酪亭が我が家になっているな。
ハジキはジャンク屋に帰るのだが、ユメはそんなことをうっすら考えた。
そして、きっかり三日後、写本作成を依頼したいという本が魅惑の乾酪亭まで届けられた。
「お客さん、来たみたいだよ」
その日はスイが孤児院から店に遊びに来ており、冒険者の仕事を見てみたいといってきかなかったのだった。
「いや、写本作成って本当に地味な作業なんだから見てても面白くないって」
「それでも、将来のために冒険者がお仕事してるところが見たいの!」
スイは聞き訳が無かった。
スイのことはさておき、本をその届けてきた人物が非常に個性的な人物だった。
「ハァイ、こんにちは。私がナパジェイ帝国魔法顧問長のト・モ・エ。皆さん、これらの本の写本をよろしくお願いしますわぁ」
見た目は二十歳になったかどうかという人間の女性だったが、声が明らかに男、それも結構歳のいってそうな壮年男性の声だった。
「なんだこいつ、オカマか?」
「あららん? 私ったら声を調整するのを忘れてたわ」
そういって、トモエと名乗った若い人間の女性はポケットから風の宝石を取り出し、どうするのかと思ったら、飲み込んだ。
そして、しばらく「あー、あー」と声を調整して、外見から予想されるとおりの声になったかと思うと、
「期限は三日間。それを過ぎたら報酬はなしよん。あ、届け先は巨塔の受付ね。私の名前を出せば話は通るわ。それじゃ、よろしくねぇん」
言いたいことだけいって、変な女性は立ち去った。
そんな中、ヒロイ一人だけがわなわなとこぶしを震わせて慄いていた。
「どうしたの? ヒロイちゃん? ねえったら」
「ユメ、いや、お前ら全員には分からなかったろうな」
「なにが?」
「とりあえず本をお部屋に運んでしまいましょう。写本はわたくしとユメさんで行いますから、ヒロイさんとヨルさん、ハジキさんはそれぞれが何についての本か、読んでおいてもらえますか?」
オトメがそういってトモエがテーブルの上においていった本を持ち上げようとする。
すると。
ぞくり。
まるでそう音がしたかのように、オトメは身震いして本の束を取り落とした。
「な?」
オトメの戦慄の声とともにある本のページがむき出しになる。
そして、めくられたページからモンスターが現れた。
「ジャイアントスネーク」と呼ばれる、大型の蛇だ。それが、開いた本のページからにゅるりと出てきて、鎌首をもたげているのである。
そして、慌てふためく店主をよそ目に、宿の一階の食事スペースでそのまま戦いが始まった。
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