第12話 ドタバタ孤児院 出会ったのは……!?

 ナパジェイ帝国。そこで唯一自己責任を問われない者たちがいる。

 それは自己で責任を取る準備をしている者たち、すなわち、「未成年」である。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 孤児院に一週間後、向かうと決まったユメたちは大忙しとなった。

 依頼を持ってきた亭主が軍の言葉を代弁するには……。


「孤児院の中で、幼くても特に才能に優れた子供たちを将来軍に引き抜くために『虎児院』を設立しようと思っている。そのためには数々の修羅場をくぐっている冒険者たちに子供たちに戦いや魔法のイロハを軽く教え込んで欲しいのだ。

 若い冒険者なら心も開きやすいだろうし、女性ならなお子供たちも距離を詰めやすくなる。しかも最近大きな功績を立てたお前たちは適任なのだ。報酬ははずむから、頼む」


「頼む、たってねぇ。わたしもガサキの孤児院で子供たちに混ざって遊んだことはあるけど」

「ようするにガキのお守りしながら、将来強くなりそうな奴を見つけろって仕事か」

「はあ……、めんどくさそう。アタイはパスしてユメやオトメあたりに任せきりたいぜ」

「そんなことを言うものではありませんわ。神の愛以外にも子供たちには親の愛が必要というもの。現にわたくしもくどくど以下略」

「…………」


 意外だったのはハジキが話を詳しく聞いてみて、この件に乗り気だったことだ。

 もともとが臨時メンバーなので強敵を相手取りそうなとき以外はユメたちも彼女を誘わないのだが、「……銃の良さを子供たちに教えるいい機会」などと言って、ゴム弾が出るオモチャの銃を自作しようとしてくれるほど、気乗りしていた。


「しょうがねえなあ。じゃ、あたしもあいつにあやかって木剣でも作るか。おい、ヒロイ、お前のベッドから少し木貰うぞ」

「やめんか!」


 非常に先行き不安だった。


 しかし、少し戦いから離れられるこの機会にユメは前々から試してみたいと思っていた術式があった。

 それは下級の宝石数個から上級の宝石を錬成するというもので、ここ最近実戦で魔法を使うようになって、そろそろ自分にもできるのではという気になってきていたのだった。

 この術式を子供たちに見せればいい勉強になるし、何より、魔法使いとしての箔がつく。


「だから、その辺に生えてる樹を使えっての!」


 相変わらずぎゃあぎゃあ揉めているヒロイとヨルは放っておいて、ユメは亭主に許可をもらって数時間個室を借りた。


 まず、テーブルの上に羊皮紙を置き、五芒星を描く。

次にF級の風の宝石、つまり緑色の石を星の頂点に五個置く。

 最後に、その星の中心にもう一つ、E級の風の宝石を置く。

 あとは、中心の石に手をかざし、周りのF級宝石から魔力を吸い取って、石に注ぎ込む流れをイメージする。


「くっ……、体力要るわぁ。コレ」


 イメージを崩れさせないように、ユメが念じ続けると、そこには、元のE級より透明度が上がったC級の風宝石が一個残っていた。俗にいうエメラルドに少し近づいた感じだ。

装飾品としてのエメラルドに使えるくらいの輝度を得るには最低A級になる。

 ちなみに「魔女」の異名を取ったユメの母はこれを五個ではなく三個でB級を錬成していた。故に冒険者を引退しても家計に困ることはなかったのだが……。


「んー、価値としては少し上がったけど、まだまだ実用性には欠けるわねこの錬成。まあ子供相手の見世物の魔法としては危なくないし、充分かぁ」


ちなみに、ユメが持っているA級エメラルドは母が念のためにと持たせてくれた一個きりだ。これを使えば食人鬼程度なら一撃で吹き飛ばせるほどの魔法が使えるだろうが、今のところ、自力でA級宝石を手に入れられる冒険者になるまでは使うつもりはない。


 最近、かなり強いモンスターを狩ることが増えてきたが、そもそもナパジェイという国で人間を襲うという理由でモンスターを狩るのは冒険者の仕事として正しいのだろうか?


「殺されても自己責任」な「力」が支配する島国、ナパジェイ。

 そう考えると、成人してすぐに自分の身くらい自分で守れるように幼いうちから鍛えておくのはこの国の国是に最も適した国策なのかもしれない。

 

「軍は軍で、馬鹿の脳筋が揃ってるわけでもなさそうね」

 

ユメは亭主から聞かされた軍の方策を思い出しながらひとりごちた。

あるいは、知恵も「力」と見做されるナパジェイのこと、誰か、軍の上層部に入れ知恵をした者がいるのかもしれない。


この仕事、思ったよりもでかい山かもしれない。


やる気のなさそうなヒロイやヨルにも。

やる気があるんだかよく分からないオトメにも。

妙にやる気に満ちているハジキにも。

訪問までに一度、気合を入れ直すように言っておく必要があるかもしれない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 当日、貧民街にある孤児院に行ってみた一行を迎えたのは、元気が有り余った子供たちではなかった。

 孤児院の扉の前で衛兵二人を侍らせた、ミノタウロスの亜人の女性だった。


「貴様らか、依頼を受けた冒険者というのは。報告通り、皆若いな。私はナパジェイ軍少将エーコという。本日はよろしく頼むぞ」

「はい、よろしくお願いします」

「エーコ少将、二、三質問してもよろしいでしょうか?」


 ユメが代表してあいさつすると、オトメが何か質問があるようだった。


「わたくしは冒険者である以前に唯一神教の神官です。子供たちに唯一神教の教えを説くことは本日の依頼で行ってもよいことでしょうか?」

「指導の方針はすべて貴様らに任せる。本日私がここに来たのは念のため、子供たちに大きな事故が起こったりしないかの査察だ」

「はい、承りました」


 そこで、エーコ少将は言い忘れていたことがあったとばかりに付け加えた。


「ナパジェイでは、少なくとも、帝都キョトーでは義務教育内で初心冒険者程度の実力を身に着けることを方針とする予定だ。孤児院では生き抜くのが精一杯になるため、それも難しい。だからこそ『虎児院』の設立が提案された。成人してから自己責任で生きていける程度まで鍛えていては遅いからな」


 なるほど、ナパジェイらしい国策だ。

 ユメが父親から剣術を、母親から魔法を習い始めたのが五歳からだったのが思い出される。ヨルやハジキは知らないが、ヒロイやオトメが育ての親から戦闘の訓練を始められたのもそれくらいの歳からだろう。


「長話が過ぎたな。早速入って始めてくれ」


 ユメたちは院に入ると、まず院長に挨拶し、本日はよろしく頼む旨を告げた後、孤児院の子たちを二種類に分けた。


 一組は五歳未満の子たち。

 彼ら彼女らにはさすがに今日は院長先生に面倒を見ていてもらおう。


 もう一組は訓練を受ける五歳から十五歳までの子たちだ。

 とはいえ、この孤児院では十歳を過ぎたくらいになるとどこかの店などで下働きに出るらしいので、いるのは年齢が一桁の子たちばかりの様だ。

 その子たち一人一人に希望を訊いて行き、魔法の勉強がしたいか、剣の修行がしたいか、それとも銃の扱いを覚えたいか、で、班分けをしていく。


「はーい! スイは魔法がいいでーす!」


 班分けを始めた途端、一際元気な声が上がった。

 前述したとおり、十歳未満くらいの子ばかりかと思ったが、声を上げたこの子は見たところ十二~三歳に見えた。

 長い髪をツインテールにした子で、青い色のTシャツとスカートを履いた快活そうな少女だ。


「帽子のお姉ちゃん、スイの魔法の先生になってください!」

「ああ、スイちゃんはちょっと特別な子なんですよ」


 魔法の先生と名指されたユメは、院長から耳打ちされた。

 とりあえず、スイと名乗ったやや年かさの子は魔法使い志望のようなのでユメの班に入れ、各班五~六人くらいでまとまってくれてほっとした。

 全体的に剣でビシバシ戦いたい男の子はヒロイやヨルに着いていった子が多く、若干未知への憧れがある子はハジキへ着いていった感じだ。

 そして、魔法に興味がある子は全体的に女の子が多い印象だ。特に一見優しそうで穏やかな物腰のオトメには女の子が何人も着いていっていた。


 さて、ユメの元に残った男二人、女四人の子たちだが、まずは魔法とはいかなるものか見せてあげなければならない。

 部屋を一つ借りて、その中でF級宝石を使って指先に火を灯したり、風を起こしたりして見せてあげる。


「いい、魔法は一人一人得意不得意があるんだけど、基本は、『手』よ。手のひらに魔法を発現させられなければどんな魔法も使えないわ。それを確かめるためにこうやって六色の宝石を手に載せるんだけどね」

「お姉ちゃんはどの色の宝石が得意なの?」

「ふふん、お姉ちゃんはね。六色とも使えるの。すごいでしょ?」

「すっごーい」


 ユメは全員にF級宝石各色を六つづつ渡してやり、石に向けて意識を集中させるように言っていく。

 これで、どの魔法の属性に素質があるかおおよそ分かる。

 赤の宝石が発光する子。

 青の宝石が発光する子。

 残念ながら、どの色の宝石も発光しない子。

 様々だった。


 そんな中、驚くべき発言をする者がいた。


「お姉ちゃん、スイ、宝石要らないよ」


 さきほど、一番最初に声をかけたスイという少女が目を赤く変化させながら、手のひらの上にオレンジ色の炎を発現させていた。


「え? は? 魔法を、使ってる?」

「うん、スイ、もう魔法は使えるの」

「ちょっと待って、そんなことしたら命を削ることになるから、とりあえず止めて!」

「わあ、スイちゃんすごいなあ」


 男の子の一人がスイの芸当を見て、自分の集中も忘れて褒め称える。


「えっと、ごめん。スイちゃん。宝石はあげるから、ちゃんと宝石を使ってやって」

「うん……、宝石を使ってやったことないから、やり方教えて!」

「分かった。まず、宝石が小さくなっていくなるところをイメージするの。その代わり、魔法が発動するから」

「こう?」


 スイが言うと、緑の宝石がパァン!と砕け散り、残り五個のF級宝石がスイの手のひらの上でぷかぷかと宙に舞い始める。

 その様子を見て、ユメはポカーンと口を開けてしまう。


「今度は光でやってみるね、えいっ!」


 今度は光の宝石が砕け散るとスイの手のひらが淡く発光した。


「えへへ、スイ、光の魔法は苦手なの。やっぱり宝石を使っても難しいね」

「いや、ちゃんと使えてるじゃない」


 と、ここでユメはこのスイという子ばかりにかかりきりになっていたことに気が付き、他の子にも構ってあげることにした。


「ああ、黒の宝石が光ってるわね。じゃあ、あなたは闇が得意みたい。次は他の色の宝石は預かるから。闇に集中して。やり方は石が小さくなるところをイメージして、手のひらの上に闇を浮かび上がらせるのよ」

「はい。お姉ちゃん。でも、闇って正義の味方っぽくないなあ」

「ふふ、この国で、正義の味方である必要なんてないのよ。自分の味方であればいいの」


 そこで、また件のスイがビックリするようなことを言ってくる。


「お姉ちゃん。もらった六つの石、全部使っちゃった」

「えー?」

「全部魔法発動できたよ」

「でも、目の色を買えると宝石を使わなくてもできるよ」

「待って待って! 新しいのあげるから、自分の命使って魔法使うの止めて」


(こ、この子、一体何なの……?? 瞳が宝石の代わりをしている?)


「そ、そう。とりあえず、今渡した宝石を使い切るまでやってみて。お姉ちゃん、ちょっとトイレに行ってくるから」


 ぴゅー、と擬音が出そうな勢いでユメは部屋を出て、五歳未満の子たちの面倒を見ている院長先生のところまで走った。あまり時間はかけられない。


 途中、左手に持った木剣だけで子供五人の攻撃をいなしている大人げないヨルや、実際刃物を使って木剣の作り方を指導しているヒロイのいる部屋を通った。

 オトメの部屋では、無理矢理怪我人を作ったりしていないか心配だったが、植物に癒しの魔法をかけることで、成長を促進させて見せているようだ。

 できればハジキの様子も見たかったが、それより先に院長先生が幼い子の面倒を見ている部屋に辿り着いた。


「院長先生! スイちゃんって子について教えて欲しいんですけど!」

「あらら、やっぱり?」


 院長も、ユメの反応は予想通りだったようで、足に子供をまとわりつかせ、哺乳瓶の中身の温度を確かめながら苦笑した。


「あの子は奇跡の子なんですよ。本来生まれるはずのない子供だったんです」

「目っ! あの目はなんですか!?」

「あれは、遺伝です。あの子の父親が宝石を使わなくても魔法を使えるように体に永久宝石を移植したんです。それが目だけには娘にも遺伝してしまいまして」

「A級宝石を移植? その父親は何者なんですか!?」

「A級ではなく、永久です。あの子の父親は自分の命を無限にしてしまったんです」


 ユメの脳内にはそこでありえないことが浮かんだ。


(自分の命を無限にして、その無限の生命力を体に埋め込んだ宝石に供給して魔法を使う……?)


 とある「アンデッド」の手法だ。

 高位の魔法使いが自分の魔法力に限界を感じたとき、自らをアンデッド化してしまうことがあると母に習ったことがある。

 大陸では、アンデッド化そのものが邪法なので、そんなことをしたら即討伐対象だが、「力」を得るためならなにをしても罰せられないこのナパジェイなら……。


「そう、スイはアンデッド化した魔法使い、リッチと普通の人間のハーフなんですよ」


 あまりに非現実的なことを、院長先生は、言った。

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