第10話 凄腕スナイパーは仮加入

 ナパジェイ帝国。自己の行動の責任を自分で取らねばならない。

 取れない者? それが許されるのは子供と死人だけ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ユメたちが魅惑の乾酪亭に帰ってくるなり、聞き覚えのある怒り狂った声が聞こえてきた。


「サガ! 何を騒いでいるの!?」

「おい、帰ってきたぞ。俺じゃなくて本人たちに言ってやりな」


 亭主のユーリが言うと、店の真ん中でロンパース一枚の姿で素足で喚き散らしていた人物――猫人(ストレイキャット)のサガはぐるん!とこっちを向いてきた。


「あんたら、それでも冒険者にゃ!? せっかくあたしが売った情報をフイにして帰ってくるにゃんて!」

「おいおい、何を怒ってるんだ?」


 事情はよく分からないが、ユメたちに対して、サガはブチ切れんばかりに腹を立てているらしい。


「『危“険”』を『“冒”す』者と書いて『冒険者』にゃ! それを、『危なそうだったから奥を調べずに帰ってきた』あ!? これが怒らずにいられるかにゃ! こんな根性にゃしに情報売るんじゃにゃかったにゃあ!」


 どうも、サガは自分が売った遺跡だか洞窟だかの扉の奥を調査せずユメたちが安全策を取って帰還したことに大層おかんむりのようだ。


「だってしょうがないじゃない、扉開けたら銃が宙に浮いた魔物がバンバン撃ってきてそれ以上進めなかったんだもん」

「そして、そいつらが銃の『付喪神』だろうと、検討を付けた。そこまではいいにゃ」


 ふう、と、あまりに大声を出し続けて疲れたのか、サガはそこで一息ついた。


「付喪神ならアンデッドにゃ! 神官を連れて行ったくせに『リ・バース・アンデッド』の魔法も試してみなかったにゃ!? ゴーレムもボーンじゃなくてもっともっと頑丈なゴーレムを盾にする案を考えなかったにゃ!? にゃんだったら馬車の荷台を盾にするとか考えなかったにゃ!? 第一、銃にはリロード時間があるんだから、弾切れを起こす隙を作ってみようかとか、ちっとは頭を働かせなかったにゃ!?」


 ユーリには自分たちがどうしたかのあらましを話しておいた。その彼から聞いた客観的情報だけで、今サガはこれだけのアイデアを出してみせたのだ。

 ヨルが只者ではないと見抜いていたが、サガが本当に冒険者としてベテランなのは間違いないらしい。


「とりあえず、あたしが売った情報でそんなとんぼ帰りしてきたにゃんて、許さにゃいにゃ! にゃにがにゃんでももう一回行って、死んでも扉の奥を調べてくるにゃ!」


 サガは言いたいことだけ言って、ボン!と音を立てて周りに煙を巻くと猫の姿になっていた。


「ここは『力』が全てのナパジェイ! けど知恵も機転も『力』にゃ。それもうまく使えにゃい奴は冒険者続けてもどっかで野垂れ死ぬだけにゃ!」


そしてそのままもう一言捨て台詞を吐いて店から出ていった。

 どうやら、本当に何も注文せず、ユメたちパーティの冒険の首尾だけ聞きに来たらしい。


 あとには、彼女が着ていたロンパースだけが床に残された。


「おい、ユメ……」

「ねえ、ユメさん……」

「なあ、ユメよお……」


「もちろん、あんだけ言われて、黙って引き下がるつもりじゃないよ?」


 ユメは決意を新たにすると、パーティ三人の顔をそれぞれ見ていった。


「いったん、作戦会議だね」


 ユメたち四人はみなが寝泊りしている二階の部屋に上がった


「たしかに『リ・バース・アンデッド』は試そうとも思いませんでしたわ。あの魔法はある程度対象に近づかないと効果を発揮しない上に、一度に一体までしか効きませんもの」


 まず、オトメが先ほどのサガの案を思い出して、そう言う。


「それ以前に、結構高等な魔法だよ? オトメちゃんが使えるってだけでわたしはびっくり」

「もっと頑丈な盾でもありゃあ、しばらく持ち堪えて弾切れを待つなんてことも思いついたんだけどよ。だいたいあの荷台、木製だったぜ。あっという間に蜂の巣さ」

「耐えることばっか考えないで、あの銃を射落とす手段がないと結局通れねえぜ。弓の名手でもパーティに誘うか?」

「それか、こっちも銃……銃使い……を……」


 そこまで話し合った時点で、ユメにあるアイデアが閃いた。


「あ、あの子、あの子を連れて行くって言うのはどう? 腕を確かめてからだけど」

「あの子ぉ? どの子だよ」

「ほら、ジャンク屋で会った……」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 翌日、ユメたちはまた「ジャンク屋・スミス」を訪れた。

 

「ねえ、あなたの腕を見せて欲しいの」

「…………」


 まずはそういう言い方で、ユメはハジキの興味を誘った。


「下に庭があるんでしょ? そこに藁人形でもジャンクでも何でも置いて撃って見せてよ」


 ウェッソンが不在だったのをいいことに、ユメたちは勝手にハジキを外へ連れ出し、ヒロイに持たせていた案山子を銃で撃ってもらった。


「……どこを狙えばいい?」

「ん、じゃあおでこ」


 パン!


 ハジキが構えたマスケットから発射された弾丸は見事に案山子の額を打ち抜いた。


「右肩」


 パン!


「左腿」

 

 パン!


「心臓」

 

 パン!


 寸分違わず、一人づつのリクエスト通りの案山子の箇所を、ハジキは見事に撃ち抜いていく。しかも、口に出して、ほぼ間を空けずすぐにである。

 彼女は、とんでもないスナイパーだ。

 ユメはヒロイ、ヨル、オトメの顔を順に見ていき、「うん」と同時に頷いた。


 と。

 ハジキがこちらに対して目だけで「用は済んだか」とばかりに訴えてくる。


「うん、すごいよ、ハジキちゃんありがとう! わたしこんなに銃をうまく使いこなしてる誰かを見るの初めて」


 拍手しつつ、褒め称えると、ハジキはさして嬉しそうにもせず、ただ、手のひらを上に向けてこちらに差し出してきた。


「……弾代と、見物料。ただじゃない」

「えー……、しょうがないにゃあ……」


 ユメが心底ため息をつき、そう言うとほんの少しだけハジキがユメのサガ口調に反応した。もしかして、面白かったのだろうか?


「オトメちゃん、共有財産からで」

「は、はい……」


 安物の宝石をいくつか受け取ると、ハジキは「店番」とだけ言って、銀髪をひらめかせてジャンク屋に戻っていってしまった。


「おい、ユメ、アタイらもジャンク屋に戻るぞ。あいつを連れて行くのとは別で、買いたいもんがある」


 ヒロイがそう言ってハジキの後を追う。買いたいもの、とは何だろう?


「よかった、売り切れてないな」


 いち早くジャンク屋に戻ったヒロイが手にしていたのは分厚い鉄板だった。そういえば昨日も見ていた気がする。

 簡単にあの幽霊銃に撃ち抜かれないように盾に使うというわけか。

 たしかにヒロイの頑丈さとユメの補助魔法を併せても、あの銃撃の嵐を浴びればひとたまりもない。また、ヨルに速度上昇魔法をかけるから避けろと言ってもそれは無茶というものだろう。


「おい店員さん、これと同じようなのがまだ売ってたらありったけ売ってくれ」

「…………」

「聞いてるのか?」

「……ウェッソンに訊かないと、値段つけられない」

「さっきは勝手に見物料取りやがったくせによ」


ヒロイがなんとか交渉しようとして糸口さえつかめないところへ、


「その鉄板なら何の加工もなしならE級宝石二個ってところだな。何枚要るね?」


背後から声が聞こえた。ウェッソンが帰ってきたのだ。


「ん。使えそうな板、あるだけ」

「なんに使うんだこんなもん。持ちきれるか?」


 そうしている間にユメはウェッソンも帰ってきたことだし、ハジキを冒険に連れ出す話を始めようとした。


「ハジキちゃん、冒険には興味ない?」

「…………。ない」

「その銃の腕をもっと活かしてみたいって思わない?」

「……こんなの、たいしたことない」

「そんなことないよ! 鍛えて持ちえた立派な『力』だよ。せっかくだし、使わないともったいないよ」

「魔族にとっての力は、闇の魔力。こんなことができたって、何の価値もない。『力』とは認めてもらえない」


 ハジキはなかなかに頑なだった。

 やはり魔族と人間には価値観に大きな隔たりがあるらしい。


「ねえ、今度わたしたちが攻略しようとしてる遺跡は、銃の遺跡なの。作られたのに使ってもらえなかった怨念が銃に宿ってわたしたちを通すまいとしてくるの。興味ない?」

「……ある。きっと奥ではこないだ見せてもらった銃よりもっと性能のいい銃を開発してた、はず」


 食いついた……!

 あともう一息だ。


「でも……、私は私に価値を見出せない。誘ってもらえても、銃を撃つしかできない」

「それでいいんだよ! ハジキちゃんは敵を銃で撃ち落してくれればいいの! 魔族が使うような闇の魔法なんて使えなくたって、わたしたちと一緒に冒険、しよ?」

「冒険……、でも私が行くとこの店の店番がいなくなる」

「何言ってやがる。ほとんど接客もしないくせに」


 そこへ、ウェッソンからのツッコミが入った。うつむいたハジキは、しばらく考えた後、言う。


「…………。人間のあなたには分からないかもしれないけど、魔族の階級制度っていうのは、絶対なの。私は生まれつきの落ちこぼれなら落ちこぼれなの。これは、死んでも変わらない事実」

「だから、そんな事実を否定するために、ナパジェイの国是があるんじゃない!」

「……だけど私が生まれた家は国是より魔族としての誇りを選んだ。だから、私に何もさせてくれなかったの。ウェッソンに拾ってもらって、銃と出逢うまで、私には何もなかった」

「だからその銃の腕をわたしたちが『力』と認めるって言ってるのよ」

「駄目……、私はあなたたちの仲間にはなれない。認められないの、自分を」


 この魔族の少女は相当に心を凍てつかせて生きている。その凍りついた心が簡単に解けはしない。

 そこで、ユメは攻め方を変えた。


「だったら、仲間にならなくていい。冒険者じゃなくて、今回一度きりの『傭兵』でいい。今、私たちはあなたの『力』が必要なの」

「傭兵……?」

「ウェッソンさん、それならいいですよね?」

「ああ、ハジキの意思を尊重するよ」

「どうだ? 無口女は口説き終わったのか?」


 黙っていたヨルが言ってくる。オトメも、ヒロイも、ユメとハジキの会話に、あえて割りこまなかったのだろう。


「……わかった、あなたたちの輪には入れないけど、傭兵として、今回限りなら」


 やっと、ハジキは承諾してくれた。


「なら出発は明日。また荷馬車を使って行く。ただし今回は荷物も人数も多いから前よりいい奴を借りようぜ」

「そうね」

「そうですわ、ハジキさん。今夜くらいは夕食を魅惑の乾酪亭で召し上がっていくのはいかがでしょう? 冒険者の宿としてはともかく、あのチーズ料理だけは立ち寄る価値がありますわ」

「ああ、賛成だ。あそこはここキョトーで飯だけは一番うまい」


 ナパジェイにおける「力」の示し方、それはなにも暴力に限らないのだ。料理の腕一つでも人を惹きつける「力」となる。

 実際に、魅惑の乾酪亭のチーズ料理はハジキの好みにも合ったようで、出発前にほんの少しだけ打ち解けられた気がした。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 翌朝、以前の四人のメンバーに魔族の銃使い、ハジキを加えた五人は、一週間ほど前に借りた馬車より少し荷台が広めの、やや豪勢なものを借りて出発した。

 道中、ハジキはずっと銃を磨いているか、整備をしているばかりでメンバーとは一言も口を利かなかった。

 流石に夜の間の見張りなどはしてくれたが、それらの話をするときの反応も頷くだけだったり首を振ったり、とにかく口を開くことが好きではない様子だ。

 それにしては、銃に関してのことと、魔族の掟についてだけには多弁になっていたが、それを蒸し返しても気を悪くされるだけだろう。

 正直、ユメは今回の作戦の成否はハジキの銃の腕にかかっていると思っているのだ。


 作戦はこうだ。

 ユメが今度は土と石でゴーレムを作って盾にする。ヒロイがジャンク屋で買った鉄板を魔法で強化して盾にする。しかし、その間にあのぷかぷか浮かんだ幽霊銃を撃ち落とすのがハジキの仕事だ。

 敵の数が減ってくれば、オトメも部屋に突撃し、「リ・バース・アンデッド」の魔法であの付喪神たちをあの世に送り返すという二次案も立てているが、それはあくまで最終的な仕上げに過ぎない。

 ユメがゴーレムの操作で他の攻撃魔法の同時行使が難しい以上、この作戦はハジキ頼りだ。

 ヨルには作戦中の後方警戒と、扉の奥に危険がないと判断されたときに真っ先に飛び込む役目がある。これは扉の奥に更に進むべき道を見つけたときに真っ先に突入できるようにする、目ざとく素早い彼女にしか頼めない役柄だ。


 さて、さしたる脅威もないまま、件の遺跡付近まで近づいたユメたち。


「待て。馬車を停めろ」


 不意にヨルが口を開いた。

 そう言われて、御者を務めていたヒロイが馬の走りを止めにかかる。


「洞窟の入り口近くに誰かいる」


 馬車をゆっくりと近づけながら、その“誰か“に気取られないぎりぎりの箇所で荷台から降りたユメたちは入り口を窺った。

 どうやら冒険者の一団がいるようだ。


 数は五人。

 見たところでは人間とモンスター、そして男女が混じっているように見える。

 服装からしてユメたちと同じく、前衛後衛に分かれて戦う、戦士魔法使いの混成だ。


 さて、ここでユメたちは決めなければならなくなった。

 あの冒険者たちと事を構えて、元の作戦通りに扉の奥を調べるか。

 それとも冒険者たちのお手並みを拝見してみるか。


 サガがあの後自分たち以外の冒険者に情報を売ったのだと時間的な辻褄が合わないので、あの場所を調べる権利は自分たちにある。そう思えた。


 すると、唐突にパン!と乾いた音が響き渡った。

 ハジキが、冒険者の一人の脳天を、持っていたマスケット銃で撃ち抜いたのだ。

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