第9話 最弱の烙印を押された者
ナパジェイ帝国。生まれも育ちも関係ない、そこで誰かを区別するのは「力」。
「力」あるものがないものを支配する、ただそれだけのごく自然な掟。
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とりあえず、五人分――一人は哀れにもボーンゴーレムにしてしまった――の死体の弔いと、六丁の鉄砲を持ち帰り、ユメたちはこれ以上の探索を諦めた。
なにせ、交渉しようもない相手が、延々と撃ってくるのだ。あの銃弾に耐えられる武装も用意していないし、かといって魔法で遠距離攻撃し続けてもあの幽霊銃、意外にしぶとく、ヨルの投げナイフも効かないので光魔法の「レイ」で一体づつ撃ち落とすくらいしか対処法がないのだ。こちらにも銃持ちがいれば話は別だが、あまりにも攻撃の効率が悪かった。
「それで、おめおめとお宝があったかもしれない扉の奥を調べず、逃げ帰ってきたってわけかい」
話を聞いた魅惑の乾酪亭、亭主ユーリは呆れたように言った。
ユメは知らなかったが、ユーリもかつては斧で戦う冒険者だったらしい。
「それでこの銃を換金したいんだけど、とっつぁん。当てはある?」
「あるよ、銃の買取りって言うか、ジャンク屋だけどな。そこなら銃も取り扱ってる。ウェッソンって奴がやってる『ジャンク屋・スミス』だ」
「それなら、なんとか赤字は免れたかな」
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日を改めて、ユメたちはユーリが紹介してくれた裏通りのジャンク屋に行ってみた。
もちろん、あの白骨死体たちが持っていた銃を売るためである。
実は、それ以外にもドヴェルグたちが持っていた斧など、ゴブリンら雑魚モンスターから巻き上げた粗雑な武器などがあったのだが、それらは別の武器屋で普通に換金した。しかし、銃だけは「価値がよく分からない」と言われてしまい換金してもらえなかったのである。
「ここか」
雑居ビルのような建物の二階に、ユーリが教えてくれた店「ジャンク屋・スミス」はあった。
ユメがドアを開けてみると、カウンターに腰掛けて銃を磨いている女の子が一人。
「あの……、あなたがウェッソン?」
ユメが聞いてみると、少女はふるふると首を振り、銃を磨く手を止めて、店の奥にあるカーテンを指差した。
それにしても、珍しい。とユメは思った。
カウンターに腰掛けている少女は、なんと魔族だったのである。
魔族。
人間に敵対する存在として歴史上いつから現れたのかそれさえ定かではない、呪われし悪逆非道の生物。
例外なく銀の髪と赤い瞳を持ち、その肌は浅黒く、耳は尖り、先が矢じりのようになった尾が生えている。
しかし、目の前の魔族からはそういう禍々しさは一切感じない。プラチナブロンドの髪に水兵服のような服を着た姿は儚げな印象さえ受ける。赤い瞳で銃身を見ながら一心不乱に磨いており、時折、発砲するように構える。
そして、「ふう……」とため息を吐く姿は魔族と相対したときのそれとは別の恐怖をユメに与えた。
切れ長の瞳は銃しか見ておらず、ほとんど動かない口元も、ややヒトに近い色をした色白の肌も、全てが今までに出会ったどの魔族とも違う。
尻尾も生えていないし、まるで、人間のようなのだ。
魔族には貴族制が敷かれているのでこんなジャンク屋にいるということは、この少女は何かしらのはみ出し者なのだろうが、それを直接聞き出す気はしない。
そこへ、ようやく助け船が出された。
「おいハジキ、客が来たら『いらっしゃいませ』ぐらい言えって教えてるだろうが」
カーテンを持ち上げながら現れたのは右腕がない、隻腕のドワーフだった。年齢は、ドワーフなので分かりにくいが、ユーリと同年代くらいだろうか。
「ほら言ってみな。い・らっ・しゃ・い・ま・せ」
「…………」
そう言われても、ハジキと呼ばれた魔族の少女は銃身から顔を上げず、黙ったままだった。しかし、やがて、掠れるような声で、ぽつりと言った
「……ぃませ」
「お客さん、うちの店員が失礼しました。本日はお買い物で? 売却で?」
「あの、売却で……。随分個性的な店員さんですね」
ユメが代表して受け答えをすると店主らしきドワーフは表情を曇らせた。
「種族の、ことを言ってます? それとも、性格の方で?」
「両方、です。あの、あなたがとっつぁん――ユーリさんの紹介にあったウェッソン・スミスさんでよろしいのかしら?」
「いかにも、俺がウェッソン・スミス。こんな店に来たってことは他じゃ売りにくいものを売りに?」
「ええ、ヒロイちゃん、見せてあげて」
ユメは振り返って、スペース的に狭かったので外で銃を持って待機してもらっていたヒロイに声をかけた。
「ほらよ、遺跡みたいなとこでホトケさんが持ってたもんだ。売れるか?」
そう言ってヒロイはまず一つ、ウェッソンに白骨死体が持っていた銃を渡す。
が。
その様子に目が釘付けになっている人物がいた。
あの、銀髪の魔族の少女だ。
「…………」
「あんだ? そんなにこの銃が珍しいか?」
「……ううん、戦乱後期に量産され一般兵に支給された、特に珍しい一品でもない。しかも経年劣化が激し過ぎる、大した価値もない」
「しゃべった……」
ユメはこの少女がこんなに長い台詞を発したことにまず驚いた。
「おいおい、ハジキ、買い取るかどうか決めんのは俺だ。勝手に価値を付けんでくれ」
ウェッソンにそう言われると、ハジキは、
「……本当のことを言っただけ。それに銃の持ち運び方も雑。価値下げられても文句言えない」
そこでヒロイはさすがにこの魔族の少女の言い分に腹が立ったようで、
「なんだ、この魔族? じゃあそのテメエが大事そうに持ってる銃よりずっと価値がないって言いたいのかよ」
「……私の愛銃と一緒にしないで」
「あいじゅうだあ?」
「…………」
もう話は終わったとばかりに魔族の少女――ハジキはまた人形の様に押し黙り、持っていた銃の整備に戻ってしまった。
「えーと、これと同じ品を六丁だな。ちょっと待ってな鑑定する」
とりあえず、ほとんど口をきかない少女は置いておいて、オトメからヨル、ヒロイへと狭い店内へ、しかもウェッソンは左手で一度に一つしか持てないのでリレーで銃を渡していく。
そして、しばしの鑑定の時間が流れた。
「うん、全部玉切れ。修復しての使用は不可。部品取り用以上の価値はないな」
残念ながら、ウェッソンにそう結論付けられてしまう。
そこで、意外なところから声がかかった。
「待ってウェッソン。この子たち、直らないとは限らない。一つばらしていい?」
ハジキだった。
いつの間にか、どこからともなく工具を持ち出し、比較的劣化が少なく見える銃を分解していく。
正直、ユメたちが見ていてもどこをどう、何をしているのかさっぱり分からない。
「おいおい、本格的に壊して売り値を下げようってんじゃないだろうな」
ヨルが口を挟むと、ウェッソンがそれを否定する。
「いや、査定価格はもう決まってる。一つあたりD級宝石一個だ。後は買い取ったものをどうするか、客の前でやるか、客が帰ってからやるかの違いだけだよ」
「はあ……」
一番後ろにいたオトメが本当に状況を分かっていないように生返事を返す。
ユメはとりあえずの黒字にほっとしていると、不意にウェッソンがカーテンの奥へ一行を招いた。ハジキは相変わらず銃の分解に夢中で、ユメたちが店の奥に入って行っても一切気にする様子はない。
カーテンの奥は作業場のようになっており、買い取ったジャンクをここでばらして使えるものと使えないものに選別しているようだ。
そして、声を潜めてウェッソンが言う。
「さて、気になってるんだろう? あの子の素性」
「ええ、まあ」
実はユメ以外は大して気にしていないのかもしれない。だが、少なくともユメは知りたかった。
いくらナパジェイとはいえ、こんな街中の場末のジャンク屋に魔族が居れば気になるのは当然だ。
「俺から見ればお客さんらも充分変わってるがね。人間に、角なし竜人に、忌み子の人間? それにオークの亜人。妙な取り合わせだ」
「別に変わり者で揃えたつもりはないんですけど、成り行きでこの四人でパーティでやってます」
「変わり者の女の子っていえばいい勝負だな。あの子の名前はハジキ。姓、っていうか魔族でいうところの氏族名は与えられてない。名前の通り、ハジかれちまったのさ、親からな」
「もしかして、最下級魔族に生まれたから……?」
「ご名答。魔族としちゃ結構名のある士族に生まれたって言ってた。けど、魔族は生まれたときの能力や出来を非常に気にする。ハジキは魔族なら皆得意なはずの闇魔法の才能も欠片も持っちゃいなかった。生まれつき、人間みたいな姿の最下等魔族だった。だから『ハジキ』なんてひでえ名前を付けられて放っとかれたって話だ」
「捨てるより幾分マシじゃねえか」
そこまでウェッソンの話を聞いて、ヒロイが言った。
さっきもそのようなことを言われたが、ユメのパーティで産みの親から捨てられていないのはユメ一人なのである。
ヨルは忌み子として、推定コンホン島からナパジェイに島流し。
オトメは亜人に生まれてしまったことから、シコク島から本土へ島流し。
ヒロイは角を持たず生まれてきたため、捨てられ、人間の夫婦に拾われた。
それでも、ハジキは家から捨てられはしなかった。
三者三様、それぞれの思いを胸にハジキの境遇を聞いていた。
ユメだけは温かい両親のもとで大事に育てられたので、ハジキを含む四人の気持ちはまるで理解できない。自分が産んだ子を捨てる親がいる事実がまだよく分からない。
「ハジキは、根が誇り高くて我慢ならなかったのか、嫌気がさしたのか、とにかく、理由は語っちゃくれないが生まれた家を飛び出した。そして浮浪児として生きていたのさ」
「そして、ウェッソンさんが拾った、と?」
「まあな。戦争で無くしちまった右手が、道端で座り込んでるあの子の方に何故か伸びてな。ただ、放っておけなくて連れて帰ったんだ。言っとくが俺はロリコンじゃねえぞ。とにかく、ジャンク屋に連れて行ったら銃に妙に興味を示してな」
「で、そのまま養い続けてるって訳ですか」
「折を見て孤児院に連れて行くつもりだった。その方がまともな暮らしができるだろうしな。だが、できなかった。孤児院に銃を持ったまま連れていくわけにはいかない。あの子と銃を引き剥がすことが、俺にはできなかったんだよ」
そこで、ヒロイが茶化すように言った。
「それってさ、あの子はもうあんたのことを」
バキューン!
台詞は大きな銃声に遮られた。
恐る恐る、カーテンの向こう側を覗くと、ハジキがさっきの劣化した銃を組み立て直してこちらへ銃口を向けていた。
「……直った」
ハジキが、銃を構えたポーズのままぼそりという。
「ウェッソン。部品、だいぶ新しいものにしたけど、この子、直ったよ」
「ハジキ、店の中で銃撃つなって何遍言ったら分かるんだ! 客に当たったらどうする」
「…………」
ユメたちはもう言葉も出ない。ジャンクパーツとして、遺跡の情報代として払った宝石代以上の値段で売れたというのに、このハジキという娘、なんとそのジャンクを直してしまったのである。
「……今度は店の中で撃たないから、他の子も直していい?」
「試し打ちは庭でやるんだぞ?」
「…………」
ウェッソンにそう言われると、ハジキはまた銃の修理に没頭してしまった。
すると、ヒロイが壁に立てかけられた分厚い鉄板を見ているのが目に入った。大きさはドアくらい。あんなもの、何を思って見つめているのだろう?
「ヒロイちゃん、どうしたの?」
「ああ、珍しいジャンク屋だと思ってな」
「うん、色んな意味で珍しい店だね」
ユメは以上句を告げず、また撃たれても怖いので、とりあえず買い取り額の宝石を受け取って、揃ってウェッソンの店を後にした。
向かう先はすっかり自分たちの帰る場所になった「魅惑の乾酪亭」である。
同じ裏通りにある、亭に近づいた途端、店の中から怒号が響いた。
「にゃぜ、ベストを尽くさにゃかったのにゃあ!」
その声というか、喋り方だけで誰が発しているものかは分かったが、何か揉めているようなので、ユメたちは急いで店の中に入った。
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