第8話 猫娘が持ってきた依頼は……死の香り?
ナパジェイ帝国。そこでは弱者は悪なのか。
ならば死に往く者は悪なのか、殺す側は善なのか。そんな馬鹿な、と他人は言う。
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相変わらず「にゃははは」と楽しげに笑いながら、隣のテーブルで毛布一枚にくるまっている全裸の女性は、店主が運んできたミルクを見ると嬉しそうに飲み始めた。
「さて、そろそろ、あたしから情報買うのか、買わないのか決めて欲しいのにゃん」
この話、元々オトメに「今日からはちゃんと冒険者らしいことをしよう」と提案しようと思っていたユメには渡りに船だった。戦えなくてフラストレーションが溜まっていたのはヒロイやヨルだって同じだろう。
「早く買わないと他の探し屋が見つけて売っちゃうかもしれないにゃ。それ以前に、買ってくれないなら、あたし、他へ情報を売りに行くにゃ」
「情報は鮮度が命」ってね、なんて言いながら急かしてくる探し屋の猫人ことサガ。
「分かった。情報を買うわ。いくら?」
「D級宝石五つ。初心者価格、初めて価格でまけておくにゃ」
「ねえ、こういう場合ってパーティで割り勘が基本よね?」
「この機会にパーティの共有財産でも作ったらどうだ?」
「そうね。それは後ほど考えるとして、まず一人一つ出して、残りはわたしが出して、あとで皆で割りましょう」
そう言って、この場は丸く収めるべくユメが一個多めに出した。
元々、使用頻度から言って一番宝石を持っているのはユメなのだ。
普段口うるさいオトメも冒険者の流儀に関しては一切口を出さなかった。
言ってみれば、これが彼女の冒険者としての初仕事になるわけだから。
「たしかに。じゃあ情報を売るにゃ」
宝石を受け取り、首から提げていた袋に収めたサガは語りだした。
「ここから帝都キョトーを出て北。街道を徒歩二日くらいのところを東に曲がって三日くらいの場所に滅ぼされた……洞窟? 遺跡……? があったにゃ。たぶん、滅ぼされたときのまま。もちろんあたしは一切手をつけてないにゃ」
どうやら滅んでしまっているのでそもそも何なのかは、実物を見てきたサガにも測りかねるようだ。
「モンスターが根城にしてたら退治するもよし、探索して換金できそうなアイテムがあったら拾ってくるもよし」
「せっかく行くならそれ両方やるだな」
「『戦利品』も全部持ち帰るつもりなら馬車を借りて行くことをオススメするにゃ」
そこでヒロイが目をギラリと光らせる。
「もし、嘘だった場合の落とし前は?」
「もちろん、先取りされてたり、あんたらが見つけられなかったら、話はそれまでにゃ。あたしはなーんにも責任持たないにゃ♪」
「てめっ」
ヒロイは腰の曲刀に手をかけかけたが、ヨルが制した。
「やめとけ。こいつには、あたしら四人がかりでもかすりもしねーよ」
「にゃはははは、謙遜しなくてもいいにゃ。あたしが油断しまくってる今なら全員が命がけで来るなら一発くらい当たるかもしれないよ?」
「ほらな。こいつは探し屋なんて危ない橋を独りで渡ってるんだ。それより、話によれば見つけられてから五日は経ってる。早く出発しようぜ」
理性より野性の勘で判断するヨルらしい意見だった。
この間にも日光を嫌うモンスターが巣窟にしてるかもしれない。
「じゃ、貸し馬車屋に行ってから北門へ行こうか」
ユメがそう話をまとめると他の三人も頷いた。
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馬車を借りて出発して丸一日。
話を聞いたその日は脅威らしい脅威に遭わなかった。
馬車なのでサガが言っていた行程より早く着きそうだったので、夜は交代で見張りを立てながら荷台の中で寝泊りした。
オトメあたりがまた文句を言い出すかと思ったが、別に冒険に関しては口を出すつもりもないし、ほぼ野宿なこの状況でも何を言うでもなかった。
ただ、出発する前にアシズリ司祭に頼んでおいた神殿の花壇にあげる水の心配だけはしていた。
本当に名前の通り、乙女チックな娘である。
そんな事を考えながらユメが見張りを終え荷台に戻りうとうとしていると、次に見張りに立ったヒロイの声が聞こえた。
「起きろお前ら、ドヴェルグの群れだ」
ドヴェルグとはダークドワーフとも呼ばれる、ある程度知能を持った、かつ人間に敵対するモンスターである。普通のドワーフであれば人間とは話は通じるが、ドヴェルグだとユメたちを見つけたら見逃すとは思いにくい。
「馬車だ、馬車があるぞ」
「居るのは人間か?」
「どういうわけだか、竜人が見える」
「なんだそりゃ、どういうことだ」
ユメたち四人は荷台から飛び出して、眠い頭を無理やり起こして迎え撃つ準備をした。
数は五人ほど。全員が斧で武装している。
おそらくこの辺に集落でもあり、その見張りだろう。
「先手必勝! フレア・ボム!」
ユメはためらわず、魔法を叩き込んだ。その隙にヒロイとヨルは距離を詰め、斬りかかっている。
「いちにの、さん!」
「仕留めきってねえよ! トドメだ!」
ヨルの先制攻撃では新品の剣とはいえ、ドヴェルグの厚い皮膚を切り裂ききれず、ヒロイの曲刀が描いた円弧の斬撃で敵は二体倒れた。
敵の動きが鈍いと見たオトメも飛び出し、メイスの一撃で一体を仕留める。
しかし、もう一体の斧の攻撃がオトメに届いてしまった――
ザグッと肩口を切り裂かれても、オトメは気丈だった。
「ユメさん! 攻撃を!」
「あいよ! ウインド・カッター!」
炎の爆撃に続き、風の刃が残り二体になったドヴェルグを襲う。その傷口にヨルは剣を差し込んだ。
「グエエエエエ!」
右手の攻撃は見事に敵を切り裂いたが、返す刀での左手での攻撃は最後の一体に避けられた。しかし、次の瞬間にはヒロイが翼で飛び上がり、残ったドヴェルグの脳天を曲刀で一撃していた。
ドヴェルグ五体、退治完了である。
「みなさん、お怪我はありませんか?」
肩の傷を押さえながら、オトメが言う。
「ばーか、怪我してんのはお前一人だ早く治せ」
「はい、キュア・ライト」
乙女が自分の浅い傷を癒していると、ドヴェルグたちの額から宝石が出て来た。
「C、D,、おっ、またC」
少し強めだったらしく、ドヴェルグ四体はC級宝石を発現させた。
「もうけ、もうけ」
ユメは遠慮なくドヴェルグの額から宝石を奪っていく。そこでヨルが言った。
「なあ、モンスターを倒したとき、山分けして残った分を共有財産にしねえか?」
「あ、それいいね。じゃあこのC級一つが今回の分け前でD級は共有化かな」
「で、誰が共通財産を管理するかだが、あたしはオトメがいいと思う」
「ええ?」
名指されて、傷を手当を終えたオトメがヨルの発言に驚く。
「こいつの手持ちの宝石がなくなるのが一番パーティにとってやべえし、オトメはユメみたいにがめつくもねえ」
「そんな、わたし、がめつくないよ」
「いいやがめついね。それにパーティで過ごしてて一番周り見てんのはオトメだ」
「では、僭越ながらわたくしがパーティの共有財産を預からせていただきますね」
「こいつに任せたら服代とか化粧品に消えそうなんだよなあ」
ヒロイはやや不満があるようだ。
「んまぁ、おしゃれはそれぞれがすることでしょう。最低限の生活費や今回のような情報料に使いますわ、ねえユメさん」
「うん……、そうして」
ユメは共有財産の管理を任せてもらえなかったことが少しショックだった。そんなに金にがめついと思われているとは。
「どっちにしても、アタイはもう少し見張り続けるから、寝とけ。次はヨルな」
「あいよ」
そう言って、また見張りを立てつつの浅い眠りについたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それから数日、何度かゴブリンなどの雑魚モンスターを退けながら進んだ一行。
サガの言ったとおりの場所に到着すると、たしかに切り取ったような山肌に、確かに遺跡とも洞窟ともつかない穴が開いていた。あると知っていないと見逃がしそうだ。馬車をその前に止め、外から中を窺う。
「ここか。たしかにあったぜ」
「サガも入ってはいないのかな?」
「さあな、探し屋にとっての『手をつけてない』がどこまでか、なんて計りかねるぜ」
さて、中はモンスターの巣窟になっているかもしれない。死体だらけかもしれない。
すぐさま飛び込んでいくにはやや勇気が必要だ。
ユメはパチンと指を鳴らして簡単な魔法を唱えた。
「ファイア・フライ」
行使すると、松明の明かりくらいの火の玉がぼうっと浮かび上がった。幸い今は昼間だが、あの中を調べるのであれば明かりが必要だろう。
「さて、この火の玉に先導させて探索するよ。ついてきて」
「待てユメ、念のため先頭はアタイがやる。アタイならいきなり刺されようが即死はしねえ。
ヨルはしんがりを頼む。ユメとオトメはその間な」
「任された」
ヒロイの提案で隊列を組み、穴の奥へと進んでいく。
と。
踏み入れると、いきなり床に転がっている白骨死体が見つかった。
「げ。ま、予想してなかったわけじゃないけどよ」
何かを抱きしめるように持って倒れている白骨をヒロイが調べると、それが持っているものはどうやら銃のようだった。
銃。
火薬を使って弾丸を撃ち出す遠距離射撃用の武器で、剣や弓に比べると比較的近代になって開発された武器だ。
しかし、戦乱の世で製法が失伝してしまい、場所によっては幻の武具となっている。
「おい、ユメ、これ、戦利品になるか?」
「なると思うよ。ナパジェイじゃ今はあんまり作られてないものだし」
「じゃ、回収だな」
銃がナパジェイに伝来したのは数百年前、戦乱の時代だ。その頃にはまだナパジェイは今のような国家体制を強いておらず、人間しか市民権を与えられない時代だった。
今から数十年前に戦乱の世に終止符を打った天上帝が亜人やモンスターを差別しない、世界で唯一の国を打ち立てたのだった。
ただし、忌み子をナパジェイに島流しにする風習はその前からあったと聞く。ナパジェイは元々、呪われた島々だと考えられていたのだ。
「おいおい、ここの死体皆銃を持ってるぜ。ここの兵士には全員支給されてたのか? 贅沢なこった」
「使えそう?」
「アタイにそんな詳しいこと分かるかよ。しかもこの暗闇だぞ。博識なお前ら頭脳労働組が外に出てから一生懸命検分しやがれ」
合計六丁。使えるか、いつくらいの時代のものかは置いておいて、ヒロイがそれだけの銃を拾ったところで行き止まりにぶつかった。
ユメが灯した炎の明かりが扉らしき姿をを照らしている。
「開けて見て、ヒロイちゃん」
「ああ」
ギィ……バキューン!
ヒロイがそっと扉のノブに手をかけると。銃が発射される音がした。
中に誰かいて、銃撃してきたということだ。
扉の外は白骨死体だらけなのに、中に生きた誰かがいて、銃を構えていて、警告もなしに発砲した……?
少し考えにくい状況だ。
「オトメちゃん、ゴーレムって作れる?」
「いえ。わたくし、闇の魔法はさっぱりですの」
ゴーレムとは、一般的には土と闇の魔法を組み合わせて作る、単純な命令のみをこなす土人形だ。
何故闇の魔法を使うのかというと、擬似生命を生み出す魔法が闇に属しているからである。実は、材料は人型をしていれば何でもよく、甲冑のような鉄で作るとスチールゴーレム、石人形で作るとストーンゴーレムになる。
「せっかく白骨死体が一杯あるんだ。ボーンゴーレムでいいんじゃねえか?」
後ろからヨルがアドバイスをくれる。
なるほど。
いちいち土の魔法を使うのも宝石がもったいない。ちょうどいいから死体を使おう。
「……真理よ」
ユメは足元に転がっている白骨死体に闇の魔法を使って起き上がらせた。どうもこの魔法は悪の魔法使いが使うイメージがあって使うのに抵抗がある。
作成したスケルトンゴーレムの額に古代文字で「真理」と浮かび上がり、扉へ進み始める。
そして、ノブに手をかけてドアを開ききった途端、
バキュンバキュンズキュンズキュン!
ものすごい勢いで銃弾が打ち込まれ、スケルトンゴーレムは粉々になった。どうやら流れ弾がヒロイにも当たったらしく、「いてー」と傷口を押さえている。
一旦銃撃が止んだ隙を見て、灯火をドアの中へ回り込ませると、なんと、銃だけが宙に浮かび、こちらを狙ってきていた。
ユメが慌てて閉めると、また銃弾が炸裂する音が聞こえた。
もし木製の扉だったら木っ端微塵になってユメたちごと撃ち抜かれていたに違いない。
「な、なんだったのでしょう……?」
ヒロイの傷を癒しながら、オトメが目を白黒させている。
「なんか知らないが、銃がぷかぷか浮かんでて、部屋に入ろうとしたら撃ってきた、以上」
「いわゆる、銃の……、モンスター? アンデッド? なんじゃねえか?」
後ろを警戒してくれていたヨルが、ヒロイの言葉だけの情報からそう言う。
「これじゃ先には進めそうにないな。一旦作戦会議だ」
ヒロイがそう結論付け、全員で穴から出る。途中、弔うつもりだろう、白骨死体の頭蓋骨を拾ってもっていくオトメの姿が炎に照らされていた。
その様子を見ながら、ユメはずっと考えている。
遠い過去の日、母が寝物語のように語ってくれた話。
『ユメ、買ってもらったり、作った道具はちゃんと大事に使わないとだめよ。せっかく作られたのに、その目的を果たせず、使ってもらえなかった道具には怨念が宿るの。そういうのを付喪神って言うんだけどね。込められた思いが強いほど、強い付喪神になるの』
聞いたのは一度きりだったと思うが、よく覚えている。
ユメには、この母の話のおかげで、あの宙に浮かぶ銃の正体が判明した気がする。
「わかったよ、皆。あれは付喪神。ここで作られて、使ってもらえなかった銃の付喪神なんだよ。だから侵入者であるわたしたちを拒んでいるの」
それを聞くと、一行は扉の奥の探索の難しさを思い知った気がした。
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