第7話 三人目の仲間は暴走オーク娘

 ナパジェイ帝国。そこに神はいない。

 神がいないが故に、神を信じたがる者がいるのだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ついさっきまではオトメの説法だけが響いていた公聴室内に、今度はオトメの怒号が轟いている。


「なぜ! なぜ! なぜ分かってくださらないのですかッ!」


 すでに意識を失っている、石を投げていた人間の青年の頭蓋骨をオトメは何度も殴打している。


「あんまりですあんまりですあんまりです!」


ドガッ!ガスッ!ボカッ!

 殴っていた相手が何も言わなくなると今度はその隣にいた女性を殴り始める。

 ユメは即座に言う。


「しっ、仕事の内容再度理解! ヒロイちゃん!」

「おうよ!」


 オトメは今度はヤジを飛ばした中年男性に狙いを定め、メイスを振るう。

 それで中年男性は吹き飛び、壁に叩きつけられる。


 次の標的にメイスで攻撃しようとしたとき、オトメの動きがようやく止まった。

 いや、正確にはヒロイが後ろから羽交い絞めにして、無理矢理止めたのだ。

 しかし、竜人の力をもってしても亜人デミとはいえ怪力の持ち主であるオークのオトメの動きは完全には止まらなかった。羽交い絞めにされても前に進もうとしている。


 亜人デミは前述したようにモンスターの中で人間に近い特徴を持って生まれてきた者であるが、それでも元の種族の特徴を色濃く残す。

 強力無比な腕力を持って人間に対抗するオークはやはり亜人であっても充分すぎるほどの力を持っているようだ。


「いい加減にしやがれ!」

「だって! だって! この方々は神の崇高な教えを理解しようとせず、暴力に訴え……」

「今まさに暴力に訴えてるのはテメエの方だろうが!」


 ヨルが鞘に入ったままの剣でオトメの頭をパカン!とどつく。

 ユメは仕方なく、やりたくなかったが、オトメが負傷させたケガ人――奇跡的に死人は出ていない、伊達にナパジェイの住人ではないということか――を治療しようと懐から光と水の石を取り出す。


 その様子を見て、ハッ、とオトメが我に返り、叫んだ。


「ああっ、またやってしまいました! そこの帽子の方、どうか治療はわたくしにお任せくださいませんか」


 そして、これまた信じられない力でヒロイの両手の拘束を解くと、ローブのポケットから光の宝石を取り出し、


「唯一神よ、彼の者の傷を癒したまえ」


 魔法使いのユメが見惚れるくらいの詠唱の速さで回復魔法を行使し、最初にメイスで殴った男性の頭部を癒していく。

 死んでいてもおかしくないほどの重傷が、みるみるうちに治療されていく。


「すご……」


 ユメは悔しいながら、回復魔法では決してこの娘に適わないことを見て取っていた。


「申し訳ございません……、わたくしの所為で」


 が、それ以上にぽろぽろと涙をこぼしながら、光の治癒魔法を行使しているオトメの方が気にかかった。

 心にスイッチのようなものがあるらしく、生来はおとなしく、優しい娘なのだろう。


「痛かったでしょう……、キュア・ライト!」


 おそらく痛みなど感じる前に気絶したであろう、石を投げた青年の顔にオトメは光の回復魔法をかけていった。


 そうこうしていくうちに、オトメがメイスでやっつけた人間たちは全て癒され、説法の公聴会はうやむやのうちに解散となる。

 やがて、アシズリ司祭がやってきて、オトメに対し、呆れたように、しかし咎めるでもなく、言った。


「オトメよ、今回は死人は出なかったようだな。この冒険者の方々に後できちんとお礼を言うのだぞ」

「はい……」

「って、つまり普段は死人が出るまで暴れるんかいこの娘」


 当のオトメを羽交い絞めにして、一番疲れたであろうヒロイが、呆れるようにそう言った。


 仕事が一段落?した後にユメたち三人とオトメを部屋に招き、お茶を出してくれたアシズリ司祭がぽつりぽつりと語りだす。


亜人デミについて、どこまでご存知ですかな?」

「かつて、大陸で魔王アークエネミーが倒され、束の間の平和が訪れた時期に、モンスターと人間が心を通わせた頃があった。そして極稀に混血が起こり、再び人間とモンスターが対立した時代を迎えたとき、彼らの子孫で人間の血が濃く出た者……、という認識ですね」

「その通りです。今は信じられませんが、そういう時代もあったのです」

「あたしは亜人だろうがモンスターだろうが向かってきたら斬る。それだけだ」

「ヨルちゃん、ごめん。話がややこしくなるから黙って」


 ヨルの発言にも司祭は思うところがあるようで、それにも応えた。


「大陸でもナパジェイでも、今も人間とモンスターの争いは続いています。亜人はそれら両方からはみ出してしまった、どちらの陣営にも属することが許されない存在なのです。

 大陸では、モンスターの中で亜人が生まれた場合、彼らはほとんどの場合は殺します。人間が忌み子をナパジェイに島流しするように、ごくごくわずかですが、この島に流す場合もあります」


 そこで、いったんアシズリ司祭は言葉を切る。


「オトメは、そうした大陸で島流しにされた子ではなく、ナパジェイのモンスター居住区で生まれ、捨てられた子のようなのです。方角的に見てシコク島から赤ん坊のときに流されたのでしょう。当時唯一神教の助祭であった私はコベの浜辺でこの子を拾い、育てることにしました」


 似たような境遇を持つヒロイが「ふっ」と息を漏らした。


「そのようなことが許されたのもここがナパジェイという国であったからに他なりません。せめて成人するまで。と思っておりましたが、なんと、この娘は亜人の身で唯一神の神託を聞いてしまったのです」

「複雑な状況ですねえ」


 思ったままのことを、ユメは言う。

 本来亜人を良しとしないはずの唯一神が人間の血を引くモンスターであるオトメに声を届けた。しかもその内容が――真の神託であったか、オトメの妄想であったかの是非は問わず――「唯一神の救いは種族を問わず与えられるものである」というものだった。

 そりゃ、その内容をそのまま説法しても、いくらナパジェイが種族差別を撤廃している帝国だとはいえ、ほとんどを人間が占める唯一神教教徒が認めるはずもない。


 ゆえに、今回のような暴力沙汰に繋がったのだ。


「今回は取り返しがつかなくなる前にオトメを止めてくださったこと、感謝いたします。これは報酬の宝石です。お納めください」


 言って、司祭は約束どおりの個数の宝石を差し出してきた。


 ユメは司祭の話を聞きながら、ずっと思案していた。

 ヒロイとヨルが何を考えながら聞いていたのかは知らない。

 ただ、ユメはこう結論付けたのだ。


「オトメちゃん、わたし達のパーティに入って冒険者やらない?」


 そして、そう告げる。


「は?」


 最初に反応を示したのはオトメ本人ではなく、アシズリ司祭の方だった。


「い、いえ、待ってください。この娘は言った通りの半端者でして……」

「司祭様、わたしはオトメちゃんに話をしているのです」

「え、わ、わたくし、が、冒険者に?」


 もし仲間になってくれれば、きっと活躍してくれる。その確信がユメにはあった。


「ま、性格はおいといて、回復魔法の腕は確かみたいだしな」

「あたしはむしろ、前衛を任せたいぜ。こいつのパワーなら」


 ヒロイとヨルもそれぞれの言い方で賛成する。

 ユメは向かい側に座っていたオトメへ手を差し出した。


「わたし達のパーティ、今、純粋な癒し手ヒーラーがいないのからあなたが居てくれたらすごく助かるの。是非」

「こんな、こんなわたくしを必要としてくださるのですか?」

「うん、絶対必要。ね、ヒロイちゃん、ヨルちゃん」

「ああ、一緒に来てくれ」

「あたしらが死なないためにも、ひとつよろしく頼むよ」


 そうヒロイとヨルは言うと、テーブルの向かい側のオトメに、ユメと同じように手を差し出す。

 ただし、その手はパーではなく、グーだったのを見て、ユメは自分の手もグーに変える。

 

 そのこぶし三つを見つめて、オトメは言った。


「ひとつだけ、条件があります。わたくし、この神殿で花壇の面倒を見ていて、花が枯れないように水をあげているのです。それは続けてもよろしい……でしょうか?」

「「「もちろん」」」


 三人の声がきれいに重なると、


「では、よろしくお願いします!」


 そう言って、オトメは自分もこぶしを作り、ユメたち三人のそれにこつ、こつ、こつ、と当てていく。


「では司祭様、オトメちゃんをお借りします」

「え、ええ。オトメ、みなさまにご迷惑をおかけしないようにするのだぞ」

「はいっ」


 こうして、ユメのパーティには四人目の仲間として、オークの亜人、オトメ・アシズリが加わった、


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 しかし、このオトメという少女、なかなかに問題児だった。

 いや、別に彼女自身に問題があるわけではない。


 ユメに数倍するオカン体質なのであった。


「ヨルさん! 下着は毎日換えてくださいってば! 不潔ですよ!」

「ったく、るせぇな。数日履いてたところでそんなに臭わねえだろうがよ」


「ヒロイさん! いくら竜人だからって裸で寝るのはやめてください! 今度ユーリさんに言って大きめの寝巻きを用意しておいてもらいますから」

「うーん、とっつぁん、こいつの言うことは無視でいいからな」


 ユメはやっと自分と同程度の衛生観念を持った子がパーティに入ってくれたと感激していた。

 が、しかし。


「ユメさん、蜘蛛の巣、蜘蛛の巣がーっ! 昨日きれいにしましょうって言いましたよね!

ユーリさん、この宿の掃除用具入れはどこですか!?」

「ああ、二階の廊下の一番奥だよ」

「どうしてこの宿は宿なのに部屋に蜘蛛の巣が張っているのですか。亭主としておかしいとは思わないのですか!」


 オトメに怒鳴られて亭主ユーリは頭を抱えた。

 普段あまりに繁盛していないため、客を泊めるときのことをあまり考えていなかったのだろう。それに、大抵の冒険者は部屋に蜘蛛の巣がちょっと張っている程度で気にしたりはしない。


このように、オトメは神殿で奉仕活動をしていたときの癖が抜けないのか、とにかく潔癖症で、周りの人物にもそれを強いるのだった。


「ヨルさん、髪を整えてあげます。せっかくお綺麗な長い髪をしているのに、こんなハネて揃っていなければ台無しですよ。女の子なんだからおしゃれしましょう」

「やかましい! 好きで女に生まれたわけでもねえ! ほっとけ!」

「そんな……、わたくしはヨルさんのことを思って……、あんまりですぅ!」

「うっ……、し、仕方ねえ、適当に揃えるだけだぞ」


 しかも、ユメたち三人はオトメが本気で怒ると歯止めが利かなくなることも知っているので下手に逆らえないのである。


 宿やパーティのメンバーの生活が改善されていくこと、それ自体は、ユメには喜ばしかったし、ヒロイはともかく、ヨルはようやくスラムの住人から文化人らしい生活になってきた。

 しかし、困ったことが一つ。

 冒険者としての仕事を、もう丸三日もしていないのであった。

 下着や寝巻きの買い出し、各部屋の掃除、果ては宿のキッチン事情など、オトメがうるさく口を出すため、仕事の張り紙もたまにユーリが貼りかえる以外はそのままになっていた。


 さて、そのことをそろそろオトメにきっちり言おうとユメが決心した四日目、四人揃って朝食のテーブルに着いたとき、一匹の白猫がみゃーみゃー鳴きながら店に入ってきた。

 魅惑の乾酪亭のドアはウエスタンドアのため、猫でも出入りできてしまう。

 その白猫はぴょこんとジャンプしてユメたちが座っている隣のテーブルの椅子に器用に乗った。


「サガ、久しぶりだな。ほらよ」


 亭主のユーリが毛布を持ってきて白猫に乱雑にかぶせる。

 すると。


「にゃははは、こいつらか。すぐに分かったにゃ」

「「「「ねこがしゃべった!?」」」」


 ユメたちが驚いた後、ボワンと音を立てて煙が吹くと白猫が居た席、つまり毛布の中に人一人分くらいの大きさのものが現れていた。


「あー、やっぱり四人とも猫人ストレイキャットを見るのは初めてだったにゃ? これだから初見殺しは面白いにゃ」


 言って、白猫がいた場所に現れた女性は全裸を毛布でくるめていく。

 癖っ毛なのか、外はねが多い髪型で、顔立ちは控えめに言っても、美人だった。いや、年齢的には美少女か? 正直、何歳位なのか、まるで読めない。


「さて、単刀直入に言うにゃ、新米冒険者ども、あたしの客になる気はないかにゃ?」

「え? 客?」

「あたしは滅ぼされた町や未発見の遺跡なんかの情報を売ってる探し屋なのにゃ。探し屋だから、名前もサガ。覚えやすくていいにゃ。

ちなみにフルネームはサガ・ベルイン。あ、この情報はロハでいいにゃ」


突如現れた探し屋を名乗る女性に、新米冒険者四人はただただ驚くしかなかった。

何故猫!? 何故今裸!?

探し屋って何!?

何故大した実績もない自分たちのところに!?


ユメたちの頭の上には疑問符だけが重なっていくなか、当のサガは「にゃははは」と笑い続けているのであった。

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