第6話 説法を聞きに行こう
ナパジェイ帝国。誰も差別されない楽園。
辿り着いた次の瞬間、死んでいたとしても、それは平等の証。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ユメは久しぶりにベッドで眠り、そして起床した。
今は何時くらいだろう? 昨日は疲れることだらけだったから朝早いってことはないだろうな。
「ふああああああ」
だらしなくあくびをして、今の自分の恰好を改めて見た。
とんがり帽子は勿論、カッターシャツと、パンタロンを脱いだだけの下着丸出しで寝てしまっていた。
昨夜は宴会だったので柄にもなく羽目を外してしまった。
酔い覚ましに水で体を洗って、着替えがないから一度は脱いだ下着だけつけて寝た……。
なんとだらしない。
ここは仮にも冒険者の宿なんだから寝巻の一つや二つ用意してくれといてもよさそうなものだ。
そういえば、部屋割りはどうなったんだろう?
ユメは二段ベッドの二段目で寝ていたらしい。と、いうことは同じ部屋に置いてあるあと一つのベッドで寝ているのは……。
「ヒロイちゃん! ヨルちゃん!」
「なんだようるせえな」
「アタイは寝起きが悪いんだ、意味もなく起こしたなら承知しねえぞ」
もう一つのベッドでヨルは寝巻と思しき服装で気持ちよさそうに寝ていた。
ということはヒロイは……。
鱗のせいで分かりづらいが、全裸だった。
「服なんて着るのめんどくせえ。こっちゃくたばりかけたんだ。ゆっくり休ませやがれ」
とか、皮鎧だけ脱いで水浴びの後はベッドに入ってしまった気がする。
なんにしても、三人が三人とも、このままの恰好で一階に降りるのはまずい。亭主が料理の仕込みをしているはずだ。
「起きて! 皆とにかく起きて! そして外へ出て行ける服に着替えるの!」
「うるせえな、いいからもう少し寝かせろ」
「昨日の稼ぎで、わたしらまずは服をなんとかせんと冒険者以前に宿から出られないっつてんの!」
とりあえず、目を覚ました二人は、ヒロイは傷だらけになった皮鎧を、ヨルは、洗って一晩干しても血の跡が落ちなかった布切れのような服にひとまず着替えた。
ユメも替えの服など無いので昨日のカッターシャツに、パンタロンのままだ。それにトレードマークのとんがり帽子を被って……。
「とにかく、今日の予定は防具の新調! 今日から冒険者なんだから、もう少しまともな装備を整えるからね」
「あいあい、ユメはいちいちこまけえな。戦えりゃそれでいいだろうが」
「戦うにしたって、戦いやすい服装ってものがあるの!」
店主――ちなみに名前をユーリという――に初心冒険者向けの服屋や防具屋を紹介してもらい、ユメたちは午前中をかけて装備を整えた。
防御の要となるであろうヒロイには、急所は金属で覆った新品のレザーアーマーを、身軽な動きを望んだヨルには左胸や肩を厚手の布でガードしたジャケットを、そしてユメは、この二人と一緒であれば前に出ることもなく後ろで援護していればいいだろうと、いかにも魔法使いっぽい黒いローブを買った。しかもただのローブではなく、内側に魔力を高める細い宝石をあしらった代物だ。これは二人には黙っておいたが、自分だけ少し高級品を買わせてもらった。
後は三人分の数日分の下着を買った。
さて、これで、三人とも「わたしら冒険者です!」って名乗っても恥ずかしくない格好になった。それにしても、なんという低次元な準備の仕方なのだろう。
そんなことを思っていると、せっかく買った新品のジャケットをナイフで切り裂いて胸元を丸出しにしようとしているヨルの姿が目に入った。
「こらー! せっかく買ったのに破らないでよー!」
「ああ? あたしはこの烙印を見せつけてねえと落ち着かねえんだ」
忌み子である証明としての烙印。ヨルの場合はそれが鎖骨の真ん中の下あたり、ちょうど乳房が見えてしまうかどうかという場所に押されている。
普通は服を着ていても隠せない場所に押されるというのに、ヨルはあえて自分が忌み子であることを晒して歩くつもりのようだ。男の目も気にせず。
「あんたは違うからわからねえかも知れないが、忌み子であるあたしにとってこの烙印は誇りなんだ。うじうじ隠す気はねえ」
「そ、そうじゃなくて、女の子として見せちゃいけない部分が見えそうになるの! あとで繕うから宿に戻ったらジャケット貸してね!」
「ヤダ」
そんなやり取りをしていると、ヨルはもう一つ買い物がしたいという。
「武器だよ。一本はあの食人鬼との戦いで折れちまった。せっかく金が入ったし、カーサォより品揃えのいいこっちの表通りでいい剣を買いたい。ちょうど、金も入ったことだしな」
「ヨルちゃん、いつの間にそんなこと言えるほど稼いでたの」
「てめえが必死でヒロイの傷を塞いでるうちにあの逆恨み連中から剥ぎ取っておいたのさ」
なるほど。
あの食人鬼を連れてきた冒険者連中からもしっかり宝石を奪っていたか、さすが生きるのに貪欲というか、目ざとい。ちなみにヒロイの曲刀はかなりの業物らしく、食人鬼の口の中に突っ込んでも刃こぼれ一つしていなかった。
適当な武器屋に入り、ヨルは新品の剣を二本買うと上機嫌になったが、胸元は「何が何でも晒す」と言って譲らなかった。
アホらしくなってきたので、「そんなにおっ〇い見せたければ好きにすればいいよ」とユメは言い捨てて、三人で魅惑の歓楽亭に帰った。
すると。
昨日はなかった依頼書が壁に一枚追加されている。
『唯一神教説法会護衛 報酬C級宝石三個 場所:キョトー唯一神教神殿 依頼主:唯一神教司祭』
「お、とっつぁん、新しい仕事入ってるじゃねえか」
説法会の護衛とはどういうことだろう? ユメは少し思案を巡らせた。
唯一神教。
大陸でもっとも広く信仰されている宗教だ。
御名さえ不明な、とある聖者が数千年前に開祖となった宗教で、戒律に厳しい。
徹底した人間主義を貫いており、モンスターや亜人の存在を認めない。
ユメの両親やヨルなどの忌み子がナパジェイに島流しになったのも、この唯一神教の神託によるものだ。
よって、ユメも個人的にいい感情を持っていないのだが、ナパジェイにおいては生まれてきた子供を「忌み子」などと言って被差別対象にすることはないので、まあ、崇めたい奴は勝手に崇めていればいいという認識だ。
「しかし、護衛ねえ。人間様が人間様相手に『モンスターは敵です。狩りましょう』なんて説法したらこのナパジェイじゃ絶対顰蹙買うわな」
ヒロイが腕を首の後ろに回しながら言う。
彼女の場合、人間ですらないので、神殿に入れてもらえるかさえ怪しい。それは忌み子であるヨルも同様だ。
しかし、ざっと見まわすと、残っている依頼は『ゴブリン退治』『トロル退治』『迷子の猫捜索』……昨日から変わっていない様だ。
「ねえ、行くだけ行ってみない? 報酬もなんかやけにいいしさ」
ユメはそう二人に提案する。
唯一神教の神官というものは、総じて優秀な光魔法の、主に回復魔法の使い手だ。
正直、昨日の戦いで、ユメは魔法使いである自分一人がヒーラーを務めるのに限界を感じた。神官の仲間が加われば心強い。そのためにも、まずは唯一神教の神殿の場所を覚えておくだけでも今後の仲間を探すのにプラスに働く。
「ユメがそういうならアタイはいいけどよ。門前払い食らったらとんぼ返りだぜこれ」
「言っとくけど、あたしは烙印を隠す気はねえからな」
そんな二人に、ユメは神殿の見学ついでだと言ってさっき思い描いたことを説明した。
「なるほど、あんた一人に回復任せてたら回復魔法と攻撃魔法の両立ができないって訳か。ま、アタイだって昨日みたいに死にかけたくないしな。神官の仲間探すのついでにキョトーの神殿がどんな感じか見とくのも悪くないか」
そういう言い方で、ヒロイは同意してくれた。
「なあ、暴れ出した奴はぶっ殺していいのか?」
「そ、それは依頼主の司祭に相談……だと思う」
「よし、許可が出たら、説法中に暴れた奴は皆殺しだ、アハハ」
行きたがる理由に一抹の不安を感じたが、ユメはとりあえず、貴重な戦力としてヨルも連れて行くことにした。
護衛としてこれほど頼りになる剣士もなかなかいない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
何はともあれ、街の目抜き通りの少し向こうにある唯一神教の神殿には歩いてすぐに着いた。神殿とは名ばかりの小さな建物で、ユメは、ナパジェイでの唯一神教の肩身の狭さを思い知った気がした。
まずは司祭に挨拶しようと、ユメは受付と思しき人間の男性に、今日の説法会の護衛としてきた者だと告げた。
「ああ、こちらの部屋へどうぞ」
竜人と、忌み子を連れていることに全く何も言われなかったことにほっとしながら、ユメは受付が案内してくれた、神殿の代表がいるにしては小さな部屋に入った。
代表は五十を過ぎたくらいかという、穏やかそうな人間の司祭だった。
「おお、ようこそいらっしゃってくださいました。私が唯一神教キョトー支部の司祭を務めております、アシズリと申します。今日は説法会の護衛の件、よろしくお願いします」
アシズリと名乗った紳士は、ユメたち冒険者に対しても礼儀正しく接してきた。とりあえず安心したユメたちは二、三の質問を投げかけてみることにしようとした。
が。
「もう、すぐに説法が始まりますから、護衛の方、よろしくお願いします」
司祭は特に依頼の内容を説明することすらなく、いきなり仕事を始めろと言ってきた。
大丈夫か、この仕事?
ユメは先行きに大きな不安を感じたが、とりあえず、言われるがまま、説法の公聴席に座って始まるのを待つことにした。
なんと、教壇に立ったのは人間ではなかった。
オークの亜人だったのだ。
亜人とはその名の通り、モンスターや動物の中で人間に近い特徴を持って生まれてきた者である。かつて人間とモンスターの間に混血が起こり、その先祖返りで人間の地が色濃く出たものであると言われている。
その、白い質素なローブに身をまとったオークの亜人は、パッと見では顔は人間のように見えた。年齢はユメと同じくらいだろうか。瞳は大きく、鼻だけがやや大きい印象のある、化粧っ気のない、人間のユメの目から見ても、まあ美少女だ。
しかし、髪の毛の代わりに金色の体毛が生えており、晒している腕にもわずかに同じく金の濃い目の産毛が生えている。
つい昨日に虎の亜人を見たばかりだが、ここまで人間っぽい亜人は珍しいのでユメは驚いた。
いや、そもそも唯一神教とは人間至上の、「キル!モンスター!」な宗教ではなかったろうか。
その例外に忌み子がおり、忌み子と定めた子はたとえ人間でも殺してしまえ!という主義で、間違っても亜人が信仰するような宗教ではない。
ユメがオークの亜人が教壇に立ったショックからわずかに落ち着いた頃、ようやく説法が始まった。
「みなさん、わたくしは見ての通り、オークの亜人、オトメ・アシズリと申します」
声にかすかな怯えを乗せながら、それでも、よく通る声で、教団の上の人物は説法を始めた。
どうやら、名前はオトメというらしい。先程アシズリと名乗った司祭が義理の親で、それで姓が同じなのだろう。神殿は孤児院を兼ねていることもある。
「唯一神教の教義とは、人間のみが正しく、それ以外の種族は滅ぼしてしかるべきと教えていると、そう、誤解されている方が多いのではないでしょうか」
ふむ。なるほど、この亜人の主張とは唯一神は人間だけを守護するものではないというものか。ナパジェイ以外ではできない説法だなとユメは思った。
「わたくしが受けた神託は違います。唯一神はありとあらゆる生きる者を尊ぶべきというものでした。自分のような半端者、生まれながらに差別を受けるよう仕向けられた者、そういった弱い者をこそ、唯一神は守りたもうのではないのでしょうか」
教壇のオトメはバッと両手を開いた。
「ここがナパジェイだからではなく、唯一神の真の意図を改めて考え、種族の壁を今一度見つめ直すことが必要なのではないでしょうか!?」
そこで、観客席からヤジが飛ぶ。
「お前の言っていることは間違っているぞ! 唯一神様は『人間だけを守る神』だ!」
「自分が亜人だからって唯一神様に守ってもらおうなんて虫が良すぎるぞ!」
言っているのは両方人間だった。
それはそうだろう。オトメの言っていることは完全に唯一神教の考え方を否定している。その二人が放ったヤジは次第に伝搬していき、さらに大きな声になっていく。
「引っ込め! お前みたいな亜人ごときが唯一神教の教徒を騙るな!」
「俺たちはこのナパジェイで唯一神教の教徒であることに誇りを持っているんだ!」
ヤジだけでなく、とうとう石を投げつけるものが出始めた。
そこで、ユメはこの仕事の内容を理解した気がした。
「ヒロイちゃん、ヨルちゃん! あの教壇の子を守るよ!」
「こういう仕事か、納得いったぜ」
教壇に向けて飛び出そうとする三人。
しかし、オトメを守る必要は、全くなかった。
オトメはなんと、石を投げつけられながら背中に持っていたメイスを右手に構えたのだった。
「どうして……、どうしてわかってくれないのですかああああああああああ!」
そう言って教壇から飛び降りると、最初にヤジを飛ばした人間相手に飛びかかりメイスを振りかぶった。
「グハッ!」
そして、次は自分に石を投げつけた人間相手に走っていくとメイスを振りかざし、力いっぱい振り下ろした――。
その様子を、ユメたちは唖然と見ているしかなかった……。
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