第5話 危険な二人目の仲間!

 ナパジェイ帝国。すべてを己の責任で負い、行動する。

 それは自由という名の鎖。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ヨルが食人鬼へ飛び出すと同時、ヒロイも大地を蹴った。

 その間に食人鬼が癒した冒険者風のおっさんが訳も分からないまま目を覚ますが、二人の目にはその姿は映っていない。


「デカブツだけやるぞ、竜人!」

「ヒロイだ!」


 ヨルの右手の斬撃が食人鬼の胸元を切り裂くが、浅い。

 もう一本は、肩を捕らえたと思ったが、根元から折れてしまった。

 ヒロイの曲刀での攻撃が食人鬼の肩口を捕らえようとするが、遅い。かすりもせずにかわされてしまう。


「ぐあああああっ」


 食人鬼が思い切り振り回した手がヒロイの顔面を捕らえる。さっきユメがかけた「アース・プロテクト」がまだ効いているとはいえ、食人鬼の腕力は人間のそれとは比べ物にならない。


「いってえええ!」


 食人鬼に殴られて、「いてえ」で済むヒロイもヒロイだが、補助魔法で速度を上げているヒロイの顔に当てる相手も相手である。

 そこへ、大きな口を開けて食人鬼がヨルに噛み付きにかかる。ただ、その噛み付きは失敗に終わった。ヒロイが身を挺してヨルを突き飛ばしたからである。

 代わりにヒロイの皮鎧に覆われた肩口あたりに食人鬼の牙が突き刺さる。


 ユメは咄嗟に熱のこもった光線――ちなみにこれは光属性の攻撃魔法「レイ」だ――をできるだけ細くして食人鬼の心臓目がけて撃ち放った。ヨルが先程傷をつけた胸あたりをねらったつもりだったが、そううまくは重ならず、ユメの魔法は食人鬼の皮膚を軽く焼いた程度に留まった。


(やばい! わたしの魔法攻撃じゃろくにダメージが通らない!)


 もっと高ランクの宝石を使ったところで、魔法使いにはその魔法使いが出せる出力以上の魔法は決して行使できない。

 さきほどの、「レイ」の魔法はユメが使える中でも単体の敵への殺傷力ならかなり上位のものなのだ。


 こうなったら、さっきのように補助魔法をありったけヨルとヒロイにかけて武器で何とかしてもらうしかないが、その代償も大きそうだ。


 そうこう考えているうちに食人鬼がしゃべり始めた。


「なあ、辻斬りだけじゃなくてあっちの魔法使いの人間も食っていいのか? 清潔そうで旨そうだ。この竜人も好みではないけど、まあ、何とか食えなくはない」

「ええ、全部食っていいです先生」

「いやっほう! 今日は女が三匹も食えるぜ! いい日だ!」


 もしかしてこいつ、さっき、今会話してるおっさんを食わなかったのって、ただ女が食いたかったからだけなんじゃ……。

 そんなことをユメが考え始めたとき、ヨルがバックステップでこっちに戻ってくる。ヒロイの方も皮鎧の肩のガード部分を食い千切られながら戻ってきた。


「ユメぇ……どうするよ。このままだとあの化け物に三人とも食われちまうぜ」

「どうするか、か。ヨルちゃん、なんか作戦ある?」

「あんたがこれが一番勝率高いって言ったんだろうが!」

「とりあえず、食人鬼でも、生き物には違いない。心臓を止めれば死ぬはず。ヒロイちゃん、一瞬でいいから、あのデカいのの動きを止められる? 傷は後でいくらでも癒すから」

「ああん? アタイに囮になれってのか?」


(ママ……使わないで済んだらいいって思ってたけど、ここで一個使わせてもらうね)


「うん、囮になってもらう。ヨルちゃん、わたしの切り札、託すね。十秒しか持たないからその時間で奴の心臓を一突きして」

「んだよ、気持ち悪ぃな。まあ、今はてめえに従ってやるよ」


 この作戦の要はまだ完全に仲間とはいえないヨルだ。彼女がしくじれば、全てが水泡と化す。ヒロイには言う通り囮になってもらい、ヨルに必殺の一撃を叩き込んでもらう。彼女の弱点はその辺で拾ったような安物のショートソードを使っていることなのだ。

 

 そうこう話している間に、食人鬼が迫ってくる。


「いっただきまああああす!」


 台詞そのままの通り、大口を開けて、予想通りヨルを狙ってきた――!

 それはそうだろう、彼の元々の今日の食事は彼女だったのだから。


「いくぞ、ぶっつけ本番!」


 ヒロイが叫び、ユメとヨルの前に立ちはだかり、食人鬼の口目がけて、曲刀を突っ込む!

 皮膚は刃を通さないほど硬くても、さすがに口の中まで硬くはなかったようで、食人鬼は口から血を吐く。しかし、勢いは止まらない。

 そこへ、ヒロイが腕と翼を広げ、食人鬼を抱え込んだ。


「ユメ! 一瞬止めたぞ!」

「上出来! ママ! 力を貸して!」


 ヒロイが食人鬼を止めている間に、ユメが取り出したのはA級のダイヤモンド。S級やSS級を除けば、光の魔法を行使するときの最高級宝石だ。


「ヨルちゃん、武器を渡すよ! 輝剣(シャイニング・ソード)!」

「これは……、光でできた剣か!」

「お願い! ヒロイちゃんごと刺して!」

「おうよ!」


 ヒロイの背中から、ヨルは躊躇なく、食人鬼の心臓があるはずの左胸を刺し貫いた!


「ごぶっ!」

「アタイごと、か……」


 食人鬼ごと、肩を刺し貫かれたヒロイ。体格的に、敵の心臓を突くにはそうするしかなかったのだ。

 ユメたちの行動に、心臓を一突きされた食人鬼は痙攣し、やがて動きを止める。

 

 ヒロイの背中の翼、肩、そして食人鬼の肋骨、心臓まで刺し貫いた光でできた剣は、しばらく突き立ったままでいたがやがて消え去った。効果時間が切れたのだ。

 そして、ヒロイと食人鬼は折り重なるように倒れ伏した。


 物質の硬度を無視した剣を光で作る魔法、「輝剣」をかなり無理して使ったユメはその場で意識を失いそうになったが、ヒロイの傷を思い出し、気力でその場で踏ん張り、水のC級の宝石を取り出し、魔法を行使する。


「ヒーリング・ウォーター……」


 完治には程遠いが、ヒロイの傷がふさがっていく。

 そこへ、目ざとく、ヨルが、倒れ伏している食人鬼の腰から宝石袋を見つけた。


「ほれ、足りない分はこれを使いな」

「えへへ」

「なに笑ってんだよ。やっぱり気持ち悪い奴だなお前」


 ユメはこのとき、ヒロイが重傷を負っているときにもかかわらず、ヨルが逃げ出したりせず自分たちを助けようとしてくれていることに嬉しさを感じていたのだ。


「アースリィ・ヒール!」


 宝石のおかわりも手に入ったので行使できうる限りの回復魔法をヒロイにかけていくユメ。


 その頃には食人鬼は息絶えかけていた。

 つまり、まだ、生きているということである。その証拠として額からまだ宝石が発現していない。


「ざ、んねんだ、わか、い、むすめくえ……」


 それが食人鬼の小さな断末魔となった。

 同時に額から宝石が出てくる。


 ユメはヒロイの手当てに集中していて見ていなかったが、それはB級の光の宝石だった。


「ハハハ、あたしが肩に穴開けちまった竜人は助かりそうか?」


 ヨルがおどけた調子で言ってくる。あんな捨て身の連携を、しかもつい数分前まで敵対していた相手と行ったおかしさに、今更笑いがこみ上げてきたのかもしれない。


「うん、命に別状はないと思う。ヨルちゃん、うまくヒロイちゃんの急所は外してくれてたし」

「デカブツの心臓突き刺す以外のことは考えてなかったよ。あたしにしてみりゃ、そいつが死のうが生きようが関係ないしな」

「それでなんだけどね、ヨルちゃん」

「いい加減その『ヨルちゃん』ってきしょい呼び方やめろよ」


 ヨルの言い様に苦笑して、それでもユメは、言った。


「わたしたち二人と正式にパーティ組まない? 治安維持局に突き出すのやめるからさ」

「あ? 本気か? あたしゃこんなんだぞ」

「こんなヨルちゃんがいいんだよ、ね? ヒロイちゃん?」


 ユメは笑顔でヒロイにも話を振ったが、彼女の方は出血多量でか、戦闘が終わった安心でか、すでに気絶していた。


「ちっ、ただし、治安維持局には行く。自己責任だ。けじめは付けねえとな」


 そう言い、ユメは傷の塞がりきらないヒロイを肩に抱えた。


「あたしは辻斬りで生計を立ててきた。そのことはきっちり裁いてもらう」

「こ、殺されちゃうかもしれないよ?」

「もし殺されず、自由の身にしてもらえたら、改めて誘ってくれ」


 自分より一回りは大きいヒロイの体をやや乱暴に引きずりながら、ヨルは夕暮れのスラムを歩いていく。


「待って、そんな扱いしたらヒロイちゃん本当に死んじゃう」


 ユメはここでやっと食人鬼の額から宝石が発現している事に気がついた。


「この宝石で完全に傷を塞ぐから、まだ動かさないであげて。レイジング!」


 ユメは自分が使える中でも特に高等な魔法でヒロイの体力を癒した。

 これで出血多量は収まり、程なく歩ける程度には回復するはずだ。


 ……今回の仕事の収入は激減したけれど。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ところ変わって治安維持局支部の支部長室。

 説明を終えると、相変わらず表情が読めないウェアタイガーの支部長が椅子に腰掛けてヨルを見ている。


「あ、あの、捕縛してこなかったのはもうその必要がなかったからで!」

「事情は分かった。その辻斬りは今後辻斬り行為をやめ、冒険者として活動するというのだな?」

「流れでそうなっちまった。ま、あまりに実入りが悪かったら身の振りはまた考えるけどよ」

「よ、ヨルちゃん!」

「馬鹿! ここで素直に『はい』って答えておかないでどうするんだよ」


 意識を取り戻したヒロイもヨルの減らず口についツッコむ。

 ウェアタイガーの支部長は、珍しく、「はあ……」と呆れたようにため息をつき、こう言った。


「とりあえず、スラムでの辻斬りの横行を止めたのは事実のようだ。まあ、辻斬りにやられるのもこの国では『自己責任』だ。報酬そのままとは行かないが、ひとまず、依頼通達時の最初の報酬であるD級宝石六色は渡しておこう」

「いいんですか!?」


 思いもかけない温情にユメはつい身を乗り出してしまった。


「ただし、その女がもう一度カーサォ他どこかで辻斬りをするようなら報酬は返上してもらう。これでこの件は手打ちだ」


 それ以降、支部長は黙り、六つの宝石が入った袋を差し出してきた。ユメはその中身を確認すると、ぱああと顔を輝かせた。


「いよっ、虎のおっちゃん、話が分かるっ!」

「と、虎のおっちゃん……」


 ヒロイの言葉に、ウェアタイガーの支部長はさすがに微妙に表情を変えた。

 とにかく、これでヨルの身柄は解放され、報酬も得られた。

 万々歳の結果だ。


「魅惑の乾酪亭」に帰っても相変わらず店主以外は誰もいなかった。


「おかえり、仕事の首尾はどうだっ……て、一人増えてるな」

「アタイら、今日から三人パーティでやっていくから、これからも仕事のほう、よろしくな」

「じゃあさ、わたしたちのパーティの結成記念の乾杯やろうよ。店長、ビール三つ。えっとヨルちゃん成人済みだよね?」

「あたし、歳は数えてない。けど、多分成人はしてると思う。物心ついたときにはスラムにいたからな」


 その台詞で何かを察したようで、店主が口を挟む。胸元の忌み子の烙印を見ても何も言わなかったのはさすがナパジェイの住人といったところだろう。


「なあ、その返り血……、まんまスラムにいましたって感じの雰囲気。まさか、そいつが?」

「そ、この娘がカーサォの辻斬り。色々あって仲間になっちゃった」

「あたしはあそこで暮らすより冒険者の方が稼ぎがマシで、腕も活かせそうだったから来ただけだ。割に合わねえと思ったら、すぐ抜けてやるからな」

「まあまあ。そう言わずに乾杯しようぜ。実はアタイとユメも今日ついさっき組んだばっかりなんだ。二人の結成も兼ねてさ」


 そう教えるとヨルは目をむいて驚く。


「それであの息の合い方で、あの命の預け方かよ。たいしたもんだぜてめえら」


 言っている間にジョッキが運ばれてくる。


「あいよ、ビール三杯ね。お前らが仕事終えて帰ってきたときのために冷やしておいたんだ」

「お、とっつぁん流石気が利くね。血流しまくって喉乾いたんだ」


 自分たちの前にジョッキが並ぶと、ヨルが口を開いた。


「ま、いつまでの付き合いになるかは知らないけどよ」

「できれば長い付き合いになることを祈って!」

「「「乾杯!」」」


 カチン!と小気味いい音が彼女らと店主以外無人の店内に響き渡る。


 そして、三人はチーズ料理を味わいながら、お互いに自己紹介し合った。

 とはいえ、ヨルは武器が持てるようになるまではスラムで物乞いをしていたらしく、刃物を持てるようになったら、気が付けば辻斬りにとして生計を立てていたという。

 ナパジェイでは唯一神教が生まれた子供を忌み子扱いすることはないため、おそらく、大陸のとある島国から極東まで島流しされてきたんだろうと言っていた。

 数少ない情報として、自分が入っていた籠はコンホン島製だったらしい。

 推測の出身地から姓を取り、ヨルはフルネームをこう名乗った。


「ヨル・コンホン」だ、と。


 これでユメの仲間も二人目。ヒロイも言っていたが、三人パーティの結成だ。

 うまく女だらけだが、次の仲間はどんな人なのだろう。また女だろうか? はたまた男だろうか? いや、そもそも人間なのだろうか?


 ここは魔境ナパジェイ。

 どんな者が仲間になろうと驚くには値しない。

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