第4話 縁は異なもの。ましてこのような異な世界であれば

 ここは全てが「自己責任」のナパジェイ帝国。

 ほとんどの者はここを「地獄」と呼び、ある者は「楽園」と呼ぶ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ヒロイとヨルはほとんど同時に相手との間合いを詰めた。

 しかし、体格に差があった。ヨルの方がはるかに身軽で、ヒロイの懐に入りやすかったのだ。


 ヨルが右手で持つショートソードの斬撃がヒロイの皮鎧に覆われた脇腹に食い込む。

 さらに左手の逆手に持った刺突での一撃が皮膚を破り肩口を貫いた。


 一旦距離をとる二人。


「ひ、ヒーリング・ウォーター!」


 後ろで控えていたユメは思わずヒロイの肩の傷に回復魔法を放った。

 

「た、助かったぜ。ありがとうよユメ」


 意外なほど素直に礼を言ってくるヒロイ。それほどに、目の前にしている相手が強敵だということだろうか。


 再びダッシュで距離を詰める二人。

 今回もヨルの方が速い――!


 完全にスピードではヨルの方に分があるらしい。

 おそらく地力や体力においてはヒロイが上だろうが、それもあの速度に翻弄されれば意味を成さない。


「そらそらそらそら!」


 ヨルの連撃がまたしてもヒロイの体を捕らえる。

 各々がなんと重い一撃だろう。ヒロイの急所部分は分厚い皮鎧に守られているが、ヨルの斬!突!突!また斬の攻撃はその皮鎧ごと切り裂き、恐るべきことに最後の一撃は、ヒロイの背中に入った。

 ヒロイも攻撃に耐えながら必殺の一撃を繰り出すが、当てられたのはほんの髪の一房。

致命傷にはまるで至らない。


 ヒロイはたまらず、剣戟の最中にもかかわらずユメに助けを求めてきた。


「ユメ! ありったけの補助魔法をくれ! そうしないとこいつになぶり殺しにされるだけだ」

「ああ、最初からなぶるつもりだぜ」


 ヨルはまた舌なめずりしつつ、ヒロイから距離を取った。一撃で命を取れる場所を狙い済まして攻撃すれば勝負は即決まるというのに、余裕を見せているのだ。

 ユメは儲けだの採算だのそういうのを度外視でやらないとヒロイが殺される――それが分かった時点で、やや高額な宝石を袋から取り出した。


 右の指の間にそれぞれ、黄、緑、白、青の宝石をはさみ持つ。


「援護行くよ! アース・プロテクト!」


 これは、土の力で防御力を上げる魔法。唱えた途端、ヒロイの体が黄色い光で覆われ、ユメの親指と人差し指で挟んだ黄色の宝石が消え失せる。


「エア・スピードアップ!」


 続いて、風の力で動きを速くする魔法。今回の補助魔法の中ではこの魔法が本命だ。エメラルドとも呼ばれる緑色の透き通った宝石が、ヒロイに効果を発揮した瞬間に消える。正直、もったいない。

が、ここまでしないとヒロイがヨルの速度についていけなさそうなのも事実だ。


「キュア・ライト!」


 この魔法は唯一神教の神官などがよく使う癒しの光魔法で、ユメが持っていた真珠に似た宝石が、ヒロイの傷が癒えると同時に溶け消える。


(これも割と奥の手だったんだけどな・・・)


 そう思いつつもユメは次の魔法の詠唱に移る。

正直、ここまで誰かに補助を積みつつ、回復魔法まで混ぜて使ったのは初めてだ。

 いくら高額な宝石から力を借りて行使しているとはいえ、ユメの額に汗が一滴つたる。


「へえ、そっちの魔法使いはなかなかやるね」


 ヨルがユメに賞賛の言葉をくれる。だが、目はヒロイから外していない。


 ユメの汗が顎から落ち、地面に着くかどうかというタイミングでヨルはまた仕掛ける。

 そのタイミングを、ヨルが三度ヒロイに肉薄する瞬間を、ユメは待っていた。


「今だ! バインド・ミスト!」


 薬指と小指の間に一つ残っていた青い宝石が光を放ち、消える。

 ユメが最後に唱えたのは水の阻害魔法で、敵の周りの水蒸気を重くして動きを鈍らせる魔法だ。


「ちっ」


 これには流石のヨルも不意を突かれたようで、ヒロイへの右手での攻撃を外す。


 「バインド・ミスト」は本来回復などに使われることが多い水の魔法の中でも、ユメのとっておきで、本当にやばい敵から逃げ出そうとするときくらいにしか行使を想定していなかった。


 これでヒロイが決めてくれないと本格的にまずい。

 ヒロイはユメの魔法の補助を受け、致命傷を避け、さっきよりも素早い動きでヨルの攻撃をいなし続けた。


 そして、次の行動が彼女――ヒロイの切り札だったのだろう。

 一瞬、ヨルの視界からヒロイが消える。


「なに、どこだ?」

「ここだよ!」


 ヒロイは翼を使って飛び、真上から攻撃した。

 そう、ヒロイは竜人。瞬間的とはいえ、人間と違い、飛べる。

 狙ったのは、脳天。

 ガツッ!っと鈍い音を立て曲刀の柄でヨルの頭のてっぺんを強かに打ち付けた。


「がっ、あ」


 これにはヨルも堪らず、その場で下手な舞を舞うようにふらついた。その両手から二本のショートソードが落ちる。

 ヒロイは容赦なく、地面に降り立ってすぐに尻尾でヨルの横っ腹を殴りつけた。

 すると、ばたり、とその場に倒れ、動かなくなった。


「ユメ、助かったぜ、あんたの補助魔法。ほら、ロープくれ」


 決着がつくとすぐに、ヒロイはそう言った。


「そんなの持ってきてないよ。そういえば忘れてたね」


 ユメがそう返すと皮鎧のあちこちに傷ができたヒロイはこともなげに、


「じゃあさっきこいつが殺した物乞いがいたろ。あいつの服を引っぺがして縛るぞ」

「やだなあ、けど仕方ないか」


 ユメはいやいやながらもすでにただの屍に成り果てている物乞いが被っていたぼろきれを剥ぎ取り、ヨルが目を覚まさないように祈りながら、まずは腰の辺りと両手を縛り上げた。

 そうしている間にヒロイが物乞いのズボンを脱がせてきたので、それで脚を縛る。


「あとは……こいつプライド高そうだったから念のため。このっ、乙女の柔肌を傷だらけにしやがって」


 ヒロイは物乞いをパンツ一枚の姿にして、その上着でヨルに猿轡を噛ませた。

 これで万が一にも舌を噛み切って死ぬこともできないだろう。

 ショートソード二本と、腰から下げていたナイフと宝石袋は押収してやった。中を見ると思ったより高額な宝石が入っており、彼女がこれまでどれほどの強敵を返り討ちにしてきたかが伺えた。


「さて、あとはこいつをこのまま治安維持局へ突き出せば依頼完了か。ああ、報酬は山分けだからな」

「えー、わたし宝石ヒロイちゃんのために使いまくったんだけど」

「結局、勝負を決めたのはアタイだ。取り分決めてなかったから山分けって言ってやってるんだぜ」

「炎はわたしのだかんね」

「あ、そういや、さっきのゴブリンとホブゴブリンの分の宝石返せ。あれはアタイの分だ」


 そんなやり取りをしているうちに、ヨルが薄く目を開けた。

 口は利けないが、全身全霊の憎しみを両目に込めて睨んできている。そんな様子だった。


 そこへ。


「おいおい、あの女辻斬り、やられちまってますぜ」

「こっちはせっかく助っ人まで連れてきたってのによお」


 中年の、冒険者風の男が三人、ユメとヒロイがヨルを捕縛した現場にやってきた。

 後ろに、角が生えた身長二メートルはありそうな大柄な浅黒い肌のモンスターを連れている。

食人鬼だ。あれがおそらく「助っ人」とやらだろう。


「姐ちゃんら、どんなペテンで捕まえたのかしらないが、そいつをこっちへ渡してもらおうか」


 ユメは状況がうまく掴めなかったが、予想するに、この三人はヨル捕縛の依頼を受けて返り討ちにあった冒険者パーティ、といったところだろう。そして、自分たちだけじゃ勝てないから用心棒として食人鬼を連れてきたのだ。まったく、プライドもへったくれもない。


「そいつはうちの仲間を殺しちまったんでな。詫び入れさせるために犯して殺してから『先生』に食わせることにした」


 人間の癖にモンスターである食人鬼を「先生」呼ばわりだ。

 まあ、ナパジェイでは「力」さえ示せれば生きていけるので、この食人鬼も食人鬼の中でもそれなりの腕利きなのだろう。


 はて、どうしたものやら。

 無論素直に、「はい、どうぞ」と渡してしまうと依頼は失敗になる。


 かといって、ヨルと戦い、消耗した今の自分たち二人だけでこの冒険者三人と、食人鬼一匹に勝てるだろうか?


「もが、もがもが、もが」


 と、近くでそんな声が聞こえた。

 猿轡を噛まされたヨルが発したものだ。

 縛られた脚を必死で伸ばしたり曲げたりしている。


 これは、どういう意図だろうか?

 自分のことなど放って置いてさっさと逃げろという意味だろうか。

 それとも縛っているのを解けと言っているのだろうか。


 ユメは試しにヨルの猿轡を取ってみた。ヒロイは前の冒険者たちをけん制し、ユメを止める様子はない。


「ばっきゃろ! さっさと行けってんだよ! あいつらが用があるのはあたしだ、てめえらは尻尾巻いて逃げ出せば助かるだろうが!」


 やはり、ヨルは自分たちに逃げ出せといっていたらしい。


「ここは『自己責任』のナパジェイだ。あたしは今までやってきたことの責任を取る! 邪魔すんじゃねえ」

「『自己責任』……」


 ユメはヨルの言った言葉を繰り返した。

 そして、ヒロイの方に向き直った。


「あんだよ」

「ね……、この娘を放して、この場を切り抜けない?」

「せっかく捕まえたのに、渡しちまうのか?」

「そうじゃないよ。二対四なら勝ち目は薄くても、三対四なら勝率は上がると思わない?」


 ユメは次は、ヨルの方を向く。


「ヨルちゃん、って言ったっけ。その拘束解くから、あの連中倒すの手伝ってくれない?」

「ああ?」


 普通に考えたら常識外れな提案だった。

 しかし、ヨルは獰猛に笑ってみせた。


「あたしを解放して、また剣を渡すってのか?」

「うん」

「あたしゃすぐとんずらこくかもしれねえぜ?」

「いいよ、そのときはわたしの自己責任」

「仮にあたしが味方してもあの食人鬼に勝てるとは限らねえ、そうなったらてめえも犯されて食われちまうぞ」

「だろうね。でも、これが一番勝率が高いの」


 そこで、ヒロイが口を挟む。


「あの冒険者はともかく、食人鬼は長い時間止められねえぞ。さっさと決めろ」

「そっちの竜人までその気かよ。ついさっきまで殺しあってたんだぞあたしら」


 そう言っている間にユメは腰のナイフでもうヨルの上半身の拘束は解いていた。


「ええい、なんか知らねえが、てめえら、かかれ!」


 冒険者連中が痺れを切らして襲い掛かってくる。その斬撃をヒロイの曲刀が受け止めた。

後ろの食人鬼はまだ動かないままだ。


「ほらよ、食人鬼さん、最初のエサだ」


 一人目を切り伏せ、しっぽで食人鬼のほうへ突き飛ばすヒロイ。

彼女の言う通りだ。「人肉が食えれば満足」などという倫理観のモンスターに、人間に対する仲間意識などあるまい。


 しかし。


「こいつら、雇い主」


 驚いたことに、食人鬼は冒険者を受け止め、食いもせず安全に寝転がした。


「びっくりだ。こいつ律儀に人間からの報酬分の仕事しようとしてるぜ」


 ヒロイが残り二人の剣を受け止めながら、戦慄している。


「おい、剣を寄越せ」


 上半身は自由になったヨルがユメに言う。ユメは抜き身のショートソードを渡してやった。

 そして、次の瞬間、ヨルは自分の足を拘束していた物乞いのズボンを切り裂くと、刹那の間にヒロイが相手をしていた冒険者の胸を刺し貫いた。


「はやっ……」


 ユメはあまりの速度に驚く暇もなかった。


「もう一本も投げろ」

「いや、必要ない」


 ヨルが空いた左手でユメから剣を受け取ろうとしている隙に、ヒロイは分厚い曲刀でもう一人の冒険者の胴を輪切りにした。並大抵の腕力でできることではないが、やはり、ヨル同様ヒロイの剣の腕も普通ではない。


 ユメは一応ヨルに従ってもう一本のショートソードの方も放っていた。


「よっしゃ、これで残りはデカぶつだけだ」

 

 ユメが投げた剣を左手で器用に逆手で受け取ると、ヨルはそう言った。


「って、一緒に戦ってくれるの?」

「別に、あたしはあたしの客の相手をしてるだけさ」


 雇い主が全員斬られ、食人鬼はどうするのかと思いきや、次の行動は全く予想だにしないものだった。


「雇い主、一人まだ生きてる。アースリィ・ヒーリング!」


 なんと、あの食人鬼、魔法を使って最初にヒロイが斬りつけた雇い主の冒険者を回復したのである。


 その精神性にも驚かされたが、特にユメは食人鬼が回復魔法を行使したことにも唖然としてしまった。それも、比較的効果の大きい土属性の回復魔法である。

 食人鬼が戦うときは基本的にその巨大な体躯を使って素手で戦い、まして人間を相手にするときは殺してから食らうことを前提にしているのでまず胴を引きちぎってはらわたを引きずり出す。

 食人鬼とはそういう生き物だ。それが、金で雇われた、という理由で死にかけている人間を生かしたのである。


「えらいこっちゃ。ヒロイちゃん、次にあの冒険者のおっさんを斬るときは一撃で仕留めて」

「簡単に言うなこら。アタイは殺す気で斬ったさ」

「ま、ここは見本を見せる必要があるみたいだね」


 そこへ、ショートソード二本を構えたヨルが前へ出てヒロイと並んだ。


「不本意だが、いくぞ、竜人の姐ちゃん。それと、魔法使いはあたしにも補助を頼んだ」


 奇妙な共闘が成立し、ヨルは十字に構えた剣を向けて食人鬼へ突撃する――。

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