第3話 掃き溜めの美しき辻斬り

ここは「力」が支配する、ナパジェイ帝国。

「自己責任」が全ての極東の島国。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 カーサォという単語が耳慣れないユメ。


「カーサォってのは、キョトーのスラム街だよ」


 そんなユメに、亭主が説明してくれる。


「はみ出し者の楽園、ナパジェイの中でさえはみ出した連中が行き着く掃き溜めみたいなところさ」


 そう、ヒロイが付け加えてくる。


「治安は最悪。踏み込んだ先で大勢のごろつきは勿論、モンスターに取り囲まれても文句は言えない。それでも行くかい、ヒロイに、えーと、ユメと言ったか」


 さらに脅しをかけてくる亭主。


 手持ちの宝石にはキョトーで冒険者をやることになったときのためにとっておいた余裕が幾分かはある。両親が渡してくれた虎の子もある。

 今までけちけち移動生活を続けてきたのはとにもかくにも帝都キョトーに着いてから本格的に冒険者をはじめようと思っていたからだ。

 節約さえしなければ多少手強い敵が出てきても大丈夫なはず。


「うん、わたしも行くよ。そのカーサォとやらに」


 とりあえず、ユメたちは亭主が出してくれた美味しいチーズ料理をものの数分で食べ終え、代金を払うと店を出て治安維持局支部とやらに向かった。

 次はスープも残さず食べたかったな……あのカルボナーラ。そのためにも生きてあの宿にまた帰らなきゃ、とユメは決意を新たにした。


 中央通りにある治安維持局の支部の中は殺伐とした空気だった。


 とにもかくにもユメとヒロイは支部長室に通され、自分たちが辻斬り捕縛の依頼を受けた冒険者であることを説明した。


 治安維持局支部長は人間ではなかった。

 二本足で歩く虎、と書くとわかりやすいだろう、少なくとも亜人(デミ)だ。

 種族としては「ウェアウルフ」ならぬ「ウェアタイガー」とでも言えばいいのだろうか?

 仮にも帝都の治安維持局の支部長を務めている人物なので、本気で喧嘩を売ったら彼女ら二人など瞬殺されてしまう程度には強いのだろう。


 そのウェアタイガーの局長の説明は至極短く、そして簡潔だった。


「場所はカーサォ地区。相手は人間。数は一人。被害者は多数過ぎて説明不可。殺さないで捕縛してここへ連れてきてほしい。報酬は、少し上がって宝石C級六個、六色だ」

「やりぃ!」


 ユメは目上と話しているにもかかわらず、思わず歓声を上げてしまった。しかし、それで支部長は機嫌を悪くするでも表情を変えるでもなかった。


「よっし、行こうぜユメ。後はカーサォに行って相手が勝手に襲い掛かってくるのを待つしかないぜ。なんせ相手は『辻斬り』だしな」


 ヒロイがそういう言い方で依頼の受諾を表現する。

 ウェアタイガーの支部長は微笑むでもなく、ただ、黙って頷いた。


 それを了承と受け取り、ユメとヒロイは治安維持局を出てカーサォ地区までへの道を歩き出した。


 歩きながら、ユメは簡単にヒロイに対して自己紹介を行った。

 港町ガサキ出身で、冒険者になるために今日、帝都に着いたばかりだということ。

 自分の両親が忌み子の冒険者で、両親みたいな冒険者を目指して帝都を目指して旅立ったこと。

 両親が育った、忌み子しか居ない集落では、なんとなく自分は甘やかされてしまう気がしたということ。

 とにかく、父と母のように自分の力で、仲間と力を合わせ、このナパジェイで冒険者として生き抜いてみたいこと――。

 話しているうちに、ユメは自分でも熱くなってしまっていることに気がついた。


 聞き終えたヒロイは、感想を漏らさなかったが、代わりに自分も身の上を語ってくれる。


 自分がナパジェイで生まれた、産まれたときに角が生えていなかった“角なし”竜人であること。

 そのせいでか、赤ん坊の頃に捨てられ、なんと「人間」の老夫婦に拾われ育てられたこと。

 その老夫婦は拾い子であることから自分に「ヒロイ」と名をつけ、十六歳で成人するまで愛情をかけて育ててくれたこと。

 成人してからは流石に世話になりきれず、家を飛び出し、いつか恩を返すために家から持ち出した剣一本を頼りに冒険者として生きているとのことだ。

 剣は育ての父から習ったらしく、腕にはそこそこ自信があるという。


 という、心温まるんだか、そうでもないのか反応に困る身の上をユメが聞き終えた頃にはとっくに住宅街を抜け、貧民街も抜け、そろそろカーサォのスラムに差し掛かるときだった。


 実はユメの方は、ヒロイが役に立たなかったら適当に肉盾にして最終的にはどさくさに紛れて魔法をぶち込んでこいつからも宝石を取ってやるとか。

 ヒロイの方は、ユメが役に立たなかったら宝石だけ奪って適当に解体して食人種族、つまりオーガとかそういうモンスター用の肉加工業者にでも売り払ってやろうとか。

お互い考えてたのであるが、話しているうちに打ち解けてそういう気分ではなくなっていた。


何の気ない会話ではあったが、割とこのおかげで二人の間には仲間意識とかそれっぽいものが目覚めかけてきていた。


 もちろん、「おいでませ、ここからカーサォです!」なんて看板が掲げられているわけではない。

しかし、なんとなく二人は雰囲気だけで自分たちが危険地帯に入ったことを察した。


 殺気が、敵意が、満ち満ちているのだ。

 それは獲物を狩り取ろうとする野生動物特有のマーキングのようなものだったのかもしれない。


 何はともあれ、ユメとヒロイは、カーサォに踏み込んだと思しきあたりで、モンスターの群れに囲まれてしまっていた。

 ヒロイは腰の曲刀をすでに抜き、臨戦態勢に入っている。

 だが、ユメはヒロイほど好戦的ではなかった。

 まずは敵の戦力の見極めが重要である。


 ざっと見まわすと、数は十程。種類は、ゴブリンに、ホブゴブリン、ワードッグらしき二本足の犬型のモンスターもいた。このワードッグが数匹のヘルハウンドを連れている。

 ヘルハウンドとは犬型のモンスターの下級種で、ゴブリン程度の人型魔物が飼いならして下僕としている。

 ヘルハウンド以外は皆それぞれが簡素ながら武装している。人を好んで食うタイプのモンスターは見受けられなかったので、取り囲んだ目的は食事ではなく、強盗だろう。

 ユメはできるだけ虎の子の宝石を消費せずとも勝てることを祈りつつ、宝石袋を懐から取り出した。

 対話が通じそうにない以上、速攻で勝負を決めてしまう方がいい。


 ヒロイも同じ結論に至ったようで、ユメが宝石を構え、魔法を唱えようとした瞬間には、目の前のホブゴブリン一体が唐竹割になっていた。

 それを合図に周りのゴブリンたちもヒロイに武器を向けるが、丸太のように太い彼女のしっぽが一撃すると、

「ぎ、ぎぎぎ、ぎぅ・・・」

 と、そこらじゅうの壁に叩きつけられて絶命していたのだった。


「フレア・ボム!」


 ユメは自分の相手を勝手にワードッグ達と決めて、炎の魔法を放った。本当は複数巻き込みたかったが、ユメの火球はワードッグ一体を火だるまにしたのみにとどまった。

 仲間がやられて動揺している隙を見逃すわけもなく、ユメは次の魔法を放つ!


「ウィンド・カッター!」


 風でできた刃でヘルハウンドどもの喉元を一撃!

 これは必殺の攻撃となった。火だるまになった主に動揺したヘルハウンド達は全員、頸動脈を切られて喉笛から血を派手に迸らせる。


 その間にヒロイは粗方のゴブリンとホブゴブリンを片づけておいてくれたようで、ユメたちを取り囲んでいた連中はもう数匹もいない。

 ヒロイの奮戦は予想、いや期待以上のもので、あっという間に粗悪品ながらゴブリンとホブゴブリンの額から宝石が浮かび上がってきた。


 ユメがそれらを遠慮なく回収しようとすると、


「おい、ユメ。アタイが倒した分はアタイに分けろよ」

「あいあい、でもまずはわたしがもった方が効率的でしょ。それともヒロイちゃんも魔法使えるの?」

「魔法は使えないが、似たようなことはできる。ちょっとさっきのゴブリンが出した赤い宝石一個寄越しな」

「えー、赤? 炎はわたしも欲しいんだけど」

 もったいないと思いつつも、ユメはゴブリンが落とした中赤い宝石をヒロイに放ってやった。

 それをどうするのかと思いきや、なんとヒロイは、口でその宝石をごくん、と飲み込んだ。

 そして、わずかに残っていた敵―ワードッグ二匹だ―に向けて炎を吐いた。

 ワードッグ達は炎に包まれて断末魔の声さえ上げずに焼け死んでいく。


「ヒュー! さっすが! 火が吹けるなんてやるね」

「ま、この程度はね。仮にも竜人だしね」


 それで、様子を遠巻きに見守っていた連中も蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


 周りの連中が掃けたところで、ヒロイが口を開く。


「さて、いきなり取り囲まれたんで、聞き込みもろくにしないままとりあえず戦っちまったわけだが」

「さっきの連中、口がきけるほど頭よさそうじゃなかったわよ。このスラムって人間は居ないのかしら?」

「その辻斬りってのは人間なんだろ。なら一人はいるじゃねえか」


 そういう問題か、とユメはヒロイの安直さに頭を抱えたが、頭を抱えていても辻斬りが見つかるわけでもなし、しばらく歩いてみることにした。


 しかし出くわすのは、スラムにいるにしては身なりがいいからか、遠巻きにチラチラ見てくる物乞いらしき連中やユメの宝石袋を狙ってと近づいてくるスリなどばかり。

 ちなみにユメの宝石袋には、風の応用魔法、雷の魔法がかけてあり、ユメ以外の者が許可なく触ると感電するようになっている。よって、簡単にスったりはできないのだ。


 花かごを小脇に抱え、何か言ってこようとする薄汚れた少女もいたが、こちらが二人とも女だと分かると舌打ちして去っていくのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あんたらかい? なんか今日派手にやらかしてるってのは」


 時々襲ってくる下級のモンスターを適当にあしらいながら進んでいると、突如女の声が響いた。

 女の声だったが、声のかけ方からして花売りではない。

 モンスターでもない。明確な知能を持ったなにかが話しかけてきている。


「おいおい、珍しいのがいるって聞いてきたから来てみたらたった二人かよええ!?」


 声をかけてきたのは、群青色の長髪の、返り血だらけのシャツを身にまとった、人間の女だった。野性味を帯びた顔つきで、しっかりとした店でちゃんとした化粧などをすれば男が放っておかない程度には美人だろう。

 そしてシャツの胸元が裂けており、さして大振りでもない乳房が見えそうになっている。

 だが、それとは関係なく、ユメは彼女の胸元に目が行った。


「忌み子――」


 そう、彼女の胸元には唯一神教が、呪われた魂の持ち主であると烙印を押した、忌み子の証が焼き付けられていたのだ。


「ああ!? 忌み子でなんか悪いのかよ てめえナパジェイのもんじゃねえのか」

「そ、そうじゃない! わたしの両親も忌み子だから、つい懐かしくて」


 ユメがつい言った台詞は本心だった。

 ユメの両親も忌み子で、額と首元にそれぞれ烙印が押されていたのだ。


 まるで悪魔の顔のような形をしたその烙印に、本当に、ちょっと懐かしさを覚えてしまったのだ。

 そこへ、


「ヨルの姉御ー! ここカーサォがどんな場所か、この新入りだか冒険者だかにたっぷり教え込んでやってくだせえ!」


 ぼろぼろのフードつきマントを被った物乞いの一人が忌み子の女を囃し立てた。


 それを聞いて、ヨルと呼ばれた忌み子はその物乞いのほうに歩いていくと、腰に抜き身でぶら下げていたナイフを一本取り出して、なんと、投げつけた。


「教え込んでやれ、だと? あんた今あたしに命令したか? あたしは今機嫌が悪ぃんだ。クソくだらねえこと言ったら殺してやるからな」


 殺してやるからな、と言ったが、物乞いはいきなりのナイフ射撃を避け切れず、胸に食らい、すでに事切れていた。


「あ、ついやっちまったぜ」


 ヨルはその自分が殺した物乞いのマントを漁ると、おそらく全財産だったであろう、わずかばかりの宝石を取り上げた。


 その様子を見て、ヒロイが言う。


「ユメ、こいつだ。こいつがターゲットの辻斬りだ。人間。今の投げナイフの腕、たぶん間違いねえ」

「ああ? 辻斬り? そういや最近そんなこと言ってあたしを捕まえに来る馬鹿な冒険者が増えたっけなあ」


 ヨルはヒロイの呟きを聞くと、髪をかき上げながらそんな事を言った。どうやら、ヒロイの言っていることは間違いないらしい。


「よっし、見つけた。見るからにやばそうだが、やるぞ。魔法での援護を頼む」

 

 ヒロイが腰の鞘から曲刀を抜くのを見て、ヨルが獰猛に舌なめずりする。そして、彼女の方も両手に錆びたショートソードを構えた。

 それが合図になったかのように二人同時に大地を蹴る音が夕暮れのスラムに響いた。

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