第2話 最初の仲間はなんと竜人! そしてドキドキワクワク初依頼♪

 ここは「力」がすべて、誰も差別されないナパジェイ帝国。

 生きるも死ぬも、稼ぐも損するも全ては自己責任。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ナパジェイ帝国の都キョトー。

 その名を象徴するように、中央には天まで届こうかという巨塔が生えている。そのてっぺんにこの国の皇帝、天上帝はいるという。

 なんとか、その根元、帝都まで辿り着いたユメ。


 関所では、故郷のガサキの町で発行してもらった通行手形を門番に見せ、特に怪しまれることもなく入都できた。


 が、門番が通してくれた後にニヤリと意味ありげに笑って、


「気をつけなよ、お嬢ちゃん」


 などと、言ってきたのが癪に障った。


 ユメとてナパジェイという国の危険さは知っているつもりだ。


 たとえ、それが帝都になったところで、いきなり危険度が上がったりはしないだろう。ユメだって故郷の両親の元で厳しい魔法の訓練を受けた。

 自慢じゃないが、「魔女」の異名をとった母親からみっちりと魔法は仕込まれたのだ。


 とにもかくにも、冒険者志望であるユメはまず冒険者の宿を見つけて、そこに登録して仕事を紹介してもらわねばならない。


 これが、意外と難航した。

 冒険者登録をするために、メインストリートの冒険者の宿に入って亭主と思しき人物に登録したい旨を告げても、どうもうまく相手にしてもらえない。


「なんだい、パーティも組まずに登録に来たのかい?」


「お嬢ちゃんいくつだい? まだ親元で甘えていたほうが良いんじゃないか?」


 などなど……、一応、もう十六歳なのでユメは成人している。

 大人の仲間入りはしているはずなのだ。

 

 しかし、若すぎるのがしかも一人で来ている所為か、まるで相手にしてもらえない。


 宝石だって、冒険者登録するため程度なら充分すぎるほど余らせている筈なのだ。

 それが、小娘だからとか一人だからとどの店も適当にあしらわれて腹が立つ。たしかにユメはやや童顔の部類に入るが、それでも子供扱いはないだろう。


 よーし。こうなったら目抜き通りは諦めて少し寂れた裏通りに入ってみよう。そういうところならば人手が足りなくて冒険者を求めている宿もあるはずだ。


 そう決めてメインストリートから外れた通りで見つけた一軒の冒険者の宿。


魅惑の乾酪亭みわくのかんらくてい


「なに? この店の名前? かんらくってなによ? 怪しいお店じゃないでしょうね」


 店名からして謎だったが、ユメは意を決してその店に入ってみることにした。


「いらっしゃい」


 亭主と思しき、横に随分と広い中年男性がカウンターの奥でそう迎えてくれた。


「ご注文は? ここはチーズ料理がオススメだよ。フォンデュにするかい? それともピッツァに載せてあげようか?」


「いえ、あの、ここって冒険者の宿……ですよね?」

「ああ、そうだよ。今はみんな出払ってるがね。はい、お通し」


 とりあえずカウンター席に座って訊ねると、これまたチーズなお通しが出てきた。


 食事をしにきたわけではないんだけどな……と思いながらも、お通しのスティックチーズを一かじりしてみた。


「おいし……」


 ユメは思わず口に出してしまった。それほどに、この店のチーズは美味しかった。

 口の中でほろっとくずれる柔らかさと、どんな菓子の甘味とも違う絶妙な甘さと、チーズ特有の香りというか、なんというか、味わいというか・・・。


 味に感動したユメは手持ちの宝石の数を数えながら、充分注文できることを確認して、


「か、カルボナーラ、ひとつ」

「お、嬢ちゃん、お目が高い。うちの人気メニューの一つだよ」


 そういって、横に大柄な店主は料理を作るために厨房に引っ込んでいってしまった。


 ま、待て待て待て。


 自分はここに冒険者登録をしに来たのではなかったか。


 カウンターの奥の厨房へ入って本題を亭主に説明しようとしたところで、壁に貼り付けられている依頼書に目が行った。


『ゴブリン退治 報酬:E級宝石好きな色三個』


『トロルの群れ討伐 パーティまたはレイド推奨 報酬:A級宝石五個』


『スラムの辻斬り捕縛 報酬:D~C級宝石六個 色はこちらの在庫次第』


『迷子の猫捜索 とりあえず報酬:要相談(なしになる可能性もあり)』


「なんだ、この店まともな依頼、あるんじゃない……ちゃんとした冒険者の店みたいね」


 ユメはほっと息をついた。どうやらここはただチーズ料理が美味しいだけが売りのレストランではなかったらしい。


 そこへ、


「とっつぁん、いつもの。あとなんか一人でもできそうな依頼」


 両開きになっているウエスタンドアが突如開き、誰も居ないカウンターにそう言う人影があった。

 性別は、声からして、女だろう。


「んだよ、先客か。いつものー!」

 

 入ってきた人物は、店長がカウンターの奥にいるとわかったとたん、もう一度大きな声で「いつものー」と言った。


 それで店主には伝わったようで「あいよー」と声が聞こえ、お通しを持ってぬっと厨房から姿を現した。


「悪い、今料理中なんだわ。そこのお客さんのができるまで待ってな」


「じゃあ、水!」


「はいよ」


 この二人は気心の知れた間柄らしく、入ってきた人物が言ったらすぐ、店主は冷えた水を持ってやってきた。

 そして、その人物は、ずずいっとユメの隣に座る。

無視するのも何なので話しかけた。


「あの……、もしかしたらと思うんだけど、あなた冒険者?」

「ん? アタイか? 一人で依頼受けてちまちま日銭を稼いでるやつも冒険者って言うなら、そうだな。あんたはなんだ? 護衛の依頼者か?」

「い、いえっ! わたしは冒険者志望者ですっ!!」

 

 ユメははっきりと相手に言ってやった。


 それにしても、どうしても気圧される。

 ちなみに、なぜつい気圧されてしまうのかと言うと、隣に座った相手が人間ではなかったからである。


 彼女は竜人だったのだ。


 竜人、とは二本足で立つドラゴンのような、ヒューマノイドである。


 ヒューマノイドではあるが、生物上の分類上はモンスターであり、死ぬと一応額から宝石が出てくる。

 多くは人間の言葉を話し、コミュニケーションが取れるので、大陸ならともかく、少なくともナパジェイにおいては討伐対象とはならない。

 総じてドラゴンと同じく気位の高い種族であり、こんな風に人間相手に軽々しく話しかけてくるイメージはなかった。


 なお、特徴は、頭から生えた二本の角と、背中の大きな翼。尻の上あたりから生えた尻尾、そして全身を覆う鱗。

 背丈は一般的には人間より大柄で、この竜人もやはりユメを見下ろす程度には背が高かった。


 と、そこまでユメが竜人について思い出したところで、目の前の竜人に違和感があった。

 皮膚の多くが鱗で覆われておらず、角がないのだ。背中の大きな翼と尻尾がなければ、ぱっと見は人間と変わらない。

 顔つきは、人間の感覚で言っても美人の部類に入るだろうが、髪の毛がないのと、首から顎の辺りまでは鱗で覆われているので、人間の男性がこの竜人を恋愛対象にしそうかと言われると疑問が湧く。


 そういえば、極稀に角を持たずに生まれてくる竜人がいるらしい。また、生まれたときには生えていても折られてしまうことがあるらしく、どちらの場合も、そうした竜人は同族から「角なし」と迫害を受けることになる。


 また、先天的に「角なし」の場合は外見がより人間に近くなり、成人しても皮膚の鱗で覆われている面積が小さくなると聞いたことがある。


 つまり、この竜人はおそらく生まれつき角がなく、鱗も少なく、いわば「亜竜人」とでも呼ぶべき存在なのだろう。ナパジェイ生まれか大陸生まれかは知らないが。竜人ではあっても、同じ竜人たちの輪にいられないからこうして人間社会で一人きりで冒険者をしているのだろうか。


 ユメは少し、この竜人に興味が湧いた。


「ねえ、いつも一人で仕事してるの?」

「ああ、一人でできそうなのしか、受けないからな」


 そこで、ユメはこの竜人が皮鎧のベルトから曲刀を下げているのに気がついた。なるほど、魔法を使いたくて宝石を求めているわけではなく、日銭を稼ぐために冒険者をしている、生粋の戦士なのだろう。


「ねえ、わたしユメ。ユメ・ステイツ。よかったら一緒にパーティ組まない?」

「はあ? あんたと? あんた何ができんだよ?」

「魔法使い。六属性全部使えるわ。魔法を使わせたらちょっとしたもんよ」

「ほー、魔法使いか。アタイの名前はヒロイだ。戦士のヒロイ・エレゲス。見ての通りの“角なし”竜人さ」


「おー、何だヒロイ。いつの間にか友達作りやがって。はい、カルボナーラお待ちね」


 ユメとヒロイが自己紹介している間に、あつあつのカルボナーラパスタが載った皿を持って店主が笑顔で厨房から出てきた。

 どうやら顔なじみのヒロイが誰かと仲良くなったのが嬉しいらしい。


「さて、それじゃあ、どの依頼を受けるか、だが。あ、とっつぁん、さっきのなしで」

「なに? いつものチーズトーストは頼んでくれないのか?」

「違う違う。チーズトーストは早く焼いてくれ。『一人でできそうな依頼』の方だよ」


 ヒロイはもうユメと一緒に仕事をする機満々のようだった。


「それなら、そこの壁に張ってある依頼書を勝手に見てくれ。今誰も受けてない依頼はその四つだけだよ」


 ユメは改めてもう一度壁に張られた依頼書を見てみた。


『ゴブリン退治』『トロルの群れ討伐』『スラムの辻斬り捕縛』『迷子の猫捜索』……


 この四つしか依頼がないらしい。

 やはり多少煙たがられても我慢してメインストリートの冒険者の宿にすべきだったか。

 あるいはヒロイと一緒に今なら冒険者扱いしてもらえて、仕事も紹介してもらえるかもしれない。


 それにしてもこの店の亭主の作るチーズ料理は絶品だ。カルボナーラの、香ばしい香りを放つチーズが熱いパスタにまぶされ溶けて、粗引き胡椒の強い風味を引き立てている。特に厚切りベーコンに溶けたチーズを絡めて食べたときの味わいなど、筆舌に尽くしがたい美味しさだ。

 これが食べられただけでもこの店に来てよかったと思える。


「トロルの群れ討伐だな。決まりだ」


 ユメがカルボナーラの味に感激しながらフォークを動かしていると、ヒロイが張り紙を見て即座にそう言う。


「アタイらは今パーティを組んでるんだ。楽勝だろ」

「ま、待って待って!」


 ユメは自分を夢見心地に誘ってくれるパスタから一旦口を離し、止める。


 トロル……。

 ユメはガサキの町で母の元で勉強していた頃の知識を動員させる。

 

 たしか強力な再生能力と腕力を持った大型のモンスターだ。正直駆け出しの魔法使いの自分と、竜人とはいえちょっと剣が使えそうなだけの二人で行って群れに勝てるとは思えない。


「場所は……バラギ平原か。へへっ、腕が鳴るぜ」


 もうすでに行けるつもりで勝手に盛り上がっているヒロイ。


「待ってってば。わたしたちまだ一度も一緒に戦ったことないのよ? やっぱりこの初心者向けのゴブリン退治あたりで・・・」

「はあ? てめえはゴブリンも一人で倒せないのかよ?」

「たっ、倒せるよ! 倒せるけど、初めてはまず慣らしで安全な依頼の方がいいというか……」

「けっ、臆病なやつだな。なら、この『辻斬り捕縛』にしようぜ。面白そうじゃねえか」


 ヒロイがそういったとたん、店主の眉がピクリと上がる。


「うーん、捕縛かあ。正直敵をちゃんと殺さないと宝石が出てこないから、できれば討伐依頼がいいんだけどなあ」


 ユメはその辻斬り捕縛依頼についても乗り気ではなかった。

 そこへ、店主が口を挟む。


「あー、その『辻斬り捕縛』な、受けたパーティ今まで一人も帰ってきてないんだ。だから結構長い間張ってあって……できれば解決して欲しいけど、難易度が読みきれないというか、そろそろ剥がそうかと思ってたというか」

「よし、これにする」


 店主が口を開いている間に、ヒロイがべりっと『辻斬り捕縛』の依頼書を壁からめくってカウンターに叩き付けた。


「おい、ユメ、この仕事の報酬の宝石、お前さんにはありがたいだろ? 山分けだと三つづつだな」

「まあ、ありがたい、けど……」

「さて、依頼主は、と、治安維持局支部長。出現場所は、カーサォ地区!?」


 改めてじっくり依頼書を読んで、ヒロイが驚いた声を上げた。


 カーサォ。

 ユメには馴染みのない地名だ。そんなにまずい場所なのだろうか。


「カーサォってのは、キョトーのスラム街だよ。嬢ちゃん、おのぼりさんかい?」


 店主が、トレイにチーズトーストを乗せて持ってきながら、教えてくれた。


 スラム街での辻斬り捕縛。

 どうやらこの依頼も、一筋縄ではいかなそうだ。

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