ある魔法少女が、差別なきセカイではみ出し者だらけのPTを集めて冒険者として生き抜く物語

天野 珊瑚

第1話 一番の敵はモンスターではなく赤貧だ(涙)

 ナパジェイ帝国。大陸極東の島国。

「力」、そして「自己責任」が全てという考え方の国で、人間は勿論、亜人、魔族、果てはたとえモンスターやアンデッドでさえも腕力、魔力、知恵、経済力など、なにかしらの「力」を示せば市民権を認めてもらえるとんでもない国である。


 しかも、一切種族や過去によって差別されないため、禁忌や犯罪を犯した者、宗教上の理由で忌み子とされてしまった者などにとっては地上で最後の楽園となり得る。

 しかし、モンスターやアンデッドでも住める上、もし彼らに殺されても「自己責任」の一言で片付けられる、やはり恐ろしい国である。


 そんな、いわゆる世紀末的ヒャッハーなディストピア、ナパジェイ帝国だが、頭脳、機転、経済力もまた「力」の一つとして認められるため、一概に暴力のみが支配しているというわけではない。

 それが証拠に国のトップ、帝国最強であるはずの建国皇帝、通称「天上帝」はその支配力で己の身を守り、誰もその強さのほどは知らない。


 この物語は、そんな過酷なナパジェイ帝国で、とある少女が、魔法使いとしての腕を磨き、才能を開花させ、仲間達とともに冒険者として自分の居場所を獲得していくまでのストーリーである。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ユメ・ステイツは海辺の故郷の町を馬車で出発し、今は徒歩で帝都キョトーを目指していた。

 

 彼女は、ほぼ鎖国状態にあるナパジェイ帝国で唯一他国との交易を行っている港町ガサキで忌み子の父と母を持って産まれてきた。


 忌み子とは唯一神教の洗礼時において、『呪われし子』、『魔族の魂を持って産まれた子』とされた存在である。

産まれてすぐに体の目立つところに烙印を押されるため、忌み子であることを周りに隠し切って生きるのは難しく、大陸では多くの場合は産まれてすぐに親から殺されるか、運がいいとユメの両親のようにナパジェイ島に島流しにされる。


 大陸では忌み子専用の運び屋、通称「忌み子ポスト」が職業として成り立っており、「せめてナパジェイ島で生き延びて欲しい」というわずかばかり残った親の愛情がそういった業者を潤わせているのである。


 そもそも、忌み子の男女二人が成人まで生き延び、ましてや堂々と結婚し子を成すなど、唯一神教の支配力が強い大陸上ではありえないことなのだ。ユメは、存在そのものがナパジェイという島国の特殊性を体現しているといえる。


 その父と母から受け継いだ、東洋系であることを思わせる黒い髪と黒い瞳。瞳は大きく、鼻は高く、ユメは目鼻立ちは整っている方だ。

とはいえ、今はその表情に疲れの色が濃い。


 歳は十六。

 この世界で成人を認められる年齢になったばかりである。


 魔法使いであることをアピールするかのようなとんがり帽子に、縦にストライプが入った黒いカッターシャツに黒いパンタロン。

 動きやすそうではあっても、まったくもって旅には向いていない服装である。ユメが冒険者になるために旅に出るとき、両親が仕立ててくれた服装だ。


 冒険者になってからの服装など、なってから考えればいい。

 ユメはそんな風に考えていた


 実は、ユメは今、別に好きで歩いているわけではない。

 路銀を節約しているのだ。


 この世界には、火、水、風、土、光、闇の六属性の魔法があり、行使するにはそれぞれの属性に対応した宝石を消費する必要がある。

 この宝石は通貨も兼ねていて、要するにユメは手持ちの宝石の残量が少なくなってきたのだ。


 大陸では宝石以外の金貨が通貨として扱われることもあるが、少なくともナパジェイではあまり使われない。実利優先な国であるが故である。


 なお、宝石を介さず、無理やり自分の力から魔法を使うこともできるが、やると精神力を消耗し、最悪寿命が縮むので、あまりオススメはされない。


 そして、この宝石といういかにも貴重そうな響きがする代物だが、基本的には三種類の入手法がある。


 ひとつは、モンスターを殺すこと。


 より正確にはモンスターの命たる「核」となっている結晶を奪ってやることで、これを宝石として昇華するのだ。


 しかし、このあたりで出てくるモンスターの結晶の質の悪いこと。

 なんだってここは魔境ナパジェイなのだから襲ってくるモンスターも魔族やら食人鬼やら、きっとめぼしい連中が出てきて稼げるだろう。

 そう高をくくったのがユメの失敗だった。


 そしてもう一つの手段が、他人から奪うこと。

 追いはぎや野盗、山賊などが人間相手によく取る手段だが、モンスターも知恵をつけてくると宝石を使って魔法を使ってくるため、別にモンスターから奪ってもよい。

 しかし、馬車の護衛の最中に魔法を使うほどの強力なモンスターには出くわさなかった。


 どうやら途中の町の冒険者が、めぼしいモンスターも野盗も狩り尽くしたらしい。


 こんな粗悪なモンスターを狩って得られる悪質な宝石を使って戦っていたらろくな魔法が使えなくなり、いずれ、虎の子の故郷の母が念のためにと持たせてくれた宝石を使って強力な魔法を行使させられる羽目になるだろう。


 ときどき馬車を襲ってくるモンスターを倒しながら、ユメはそんな懸念を抱いた。


 だから故郷ガサキから帝都キョトーへの定期便の馬車を途中で降り、釣りとしていくつか宝石をもらい、締めの数時間は徒歩で行くことにしたのだ。

 徒歩で時間をかけながらならある程度モンスターとも出くわすはずなのでそいつらを倒しながら、宝石も貯めたら、帝都についたときに贅沢もできるだろう。


 しかし、歩きでも、ユメの予測よりもこのあたりで出てくるモンスターの質が低すぎてろくな稼ぎができなかった。


 と。

 説明にちょうどいい相手が現れた。


 ゴブリン三体だ。


「ぎっ、ぎぎぎ、ぎえええ」


 ゴブリンとは人間で言う五歳くらいの知能と背丈を持った最下級のモンスターだ。

たま~に長く生きて成長したり知識を得たりする連中もいるが、こいつらはきっと、生まれたてだろう。

 意味もなく勝ち目もない人間相手に襲ってくるので、初心者の冒険者の練習台にされる雑魚である。


 何を言っているのかさっぱり分からないが、少なくとも「ココデハオレタチモシミンケンヲモッテイルンダゾ」とかのたまうほどの知能はなさそうだ。

 人間だろうがモンスターだろうが、襲ってくる相手に簡単に殺されてしまうようではこのナパジェイでは生きていけない。

 それがこの帝国の鉄則だ。


 ユメはポケットから宝石袋を取り出し、その中から赤い石を一つ出した。


「ん、一個で充分かな。もったいないし」


 透明度も何もない。しかし、これがユメたち魔法使いの武器にして、この世界の通貨、宝石なのである。


「良いの落としてよねっ! フレア・ボムっ!」


 ユメは武器すら持たないゴブリンに向けて手をかざした。


「ぎぎぎっ! ぎえー!」


 そして、その掌から、無謀にもユメに襲い掛かってくる三匹に火の玉が迸る!

 ドッ!!と派手な爆発が起こった。


「「ギ!」」


 二匹は悲鳴を上げたが、もう一匹は悲鳴さえ上げずに絶命する。


「ふう、二匹撃破。宝石の発現を確認。後一匹は・・・トドメが必要、と。あーめんどくさ」


 ユメは腰の鞘から抜いたナイフで、黒焦げになりながらもまだぴくぴくと動いているゴブリンの胸部を一刺しした。


すると、絶命した二匹のように、額の辺りに鈍い光が灯る。


「F級、E級、F級・・・、D級の宝石を使って、収益がこれじゃほぼプラマイゼロ・・・」


 がっくりとうなだれながら、ユメは死んだゴブリンたちの頭部から黒ずんだ宝石を回収していく。

これが、今のユメの生活だった。果たしていつになったら帝都に着くのやら。


「しかも、使い道の少ない闇属性二個に、土属性の宝石・・・、火が欲しかったのに。こりゃ、プラマイゼロどころかマイナスだわ」


 虚しい殺戮を終え、ユメは比較的使い道のある土属性の黄色の石だけは大事に袋に入れ、袋をポケットに入れるとまた歩き始めた。


「これは馬車を降りるのを早まったかな……」、とユメは後悔していた。

ああ、荷台が恋しい。


 そういえば先ほど、宝石を手に入れる三つの手段のうち、最後のもう一つの手段を説明していなかったので、今のユメには不可能だが説明しておこう。


 街で物々交換、もしくは購入するのである。

 そこそこの規模の街なら必ず魔法使い向けの宝石屋を営んでいる店がある。


 しかし、こういう物々交換の宝石屋は自分である程度純度の高い宝石に練成してから売っているので交換に必要な宝石の個数や価値もそこそこになる。


 また、宝石より使われている頻度は少ないなりに、金貨も通貨として成り立つので、それらを使って購入することもできる。


 現在、どこともしれない街道にいるユメには街での宝石の交換や購入など夢のまた夢である。


 さて、視点はまたユメに戻って……。


 とぼとぼと、いつになったら帝都に着くのだろうと考えながらユメが歩いていると、またモンスターが現れた。


 今度はコボルトだ。


 ラッキー、しかも一匹で背中を見せながらのこのこと歩いてやがる。


 これなら魔法に頼らずともアーミーナイフだけで仕留められるかもしれない。

節約のためそう決め、気づかれないうちにユメは得意でない接近戦を目の前のコボルト目がけて仕掛けた。


 ちなみに、ユメの父は忌み子の魔法剣士、母は忌み子の魔法使いだったのだが、娘のユメは父の剣術の才能をあまり受け継がなかったので、先程のゴブリン戦のように母譲りの魔法メインの戦い方をしている。


 なお、今目の前に見つけたコボルトもゴブリンと同じく最下級のモンスターで、長い耳を持った小柄な毛むくじゃらの人型の生き物である。

 こいつは生意気にも腰から鞄なんか下げてやがる。

 丁度いい、宝石が入っていたら路銀の足しにしよう。


 ユメが向かっていったことで、こちらに気がついたそのコボルトは、ユメが肩口から袈裟切りにしてやろうと振り被ったナイフを、持っていた短い木の棒で受け止めた――!


「なっ、なんだ、おいはぎかっ!?」


 さらに生意気なことに、このコボルト、喋りやがった。


 そして、自分が襲われていると分かると、ユメのナイフを棒で弾き飛ばし、闇雲に振るってきた。


 その棒の一打がユメの右脚に当たり、


「イタッ!」


 致命傷ではないにしろ、ダメージを受けてしまった。


「ぼ、ぼくはまだしぬわけにはいかないんだぁ!」


 ユメは、弾き飛ばされたナイフを拾いに行きたくても、必死で棒を振り回すコボルトが邪魔でできなかった。

 それにしてもこいつ、コボルトの分際で言葉を話し、死を恐れるとは。

 ますます生意気な。

 しかし、それなりに知恵をつけているなら逆に報酬も多めに見込める。


 組み伏せるか……?

 いや、体格では人間のユメの方が大きくても相手の方が力が上かもしれない。


 ユメは諦めて、先ほどのゴブリンを倒したときに手に入れた闇の小さな黒い宝石を取り出して、握りしめた。


「ダーク・ミスト!」


 ユメが魔法を唱えると、半狂乱になっているコボルトの目を暗い霧が覆った。


 相手の視力をほんの一瞬奪う魔法だ。

 魔法が発動すると同時に、ユメの手の中にあった黒い宝石も消え失せる。


「がうっ!? う?」


 コボルトは訳が分からなくなって、動きが止まる。


 その隙を見逃さず、ユメは右脚の痛みをこらえ、先ほど弾かれた自分のナイフの元まで走った。


 そして、そのナイフで、今度こそ背中から目の見えないコボルトをバッサリやってやる。


「クっ、クウウウウウウ!」


 迸るどす黒い血しぶき。

 それでもコボルトはまだ動きを止めないので、喉を掻き切ってやると、ようやく悲鳴すら上げなくなり動きを止めてバタリと倒れた。


「ご、ごめ……」

「ふぅ……」


 生意気どころか後味の悪いことに、今際のきわに、自分の死に対して謝罪しようとしていた。

 一体誰に言おうとしたのだろう? 仲間か、兄弟か、……家族か。

 ユメにとって、コボルトが死んだかかどうかなどどうでもいいのだ。

 こいつが果たして何色の、何級くらいの宝石を落とすかなのだ。


 やがて、倒れたコボルトの額から藍色の宝石が出てくる。


「やった! 水だ!」


 これはありがたい。

 飲料水を提供してくれ、回復にも使える水の魔法が使える青の宝石は使い道が多いのだ。


 しかし。


「ううっ、痛っ!」


 喜びもつかの間、コボルトの一撃で脚をやられていたことを思い出した。


 正直、利き脚を怪我していてはここからどれくらいあるかも分からない帝都まで歩いて進むのはきつい。


 虎の子の、透き通ったC級の青い宝石を使うにはまだ惜しい、浅い傷だ。

 せっかく手に入れたこのD級の水の宝石の使い道は足の治療魔法用に決定……と思ったが、どうにもこいつを手にかけてしまった宝石で癒すのは胸糞が悪い。質の低めの白の光の宝石を使って癒そう。


 ここは「力」が全てのナパジェイ。殺されたら殺されたやつが、奪われたら奪われた奴が悪いのだ。

 いや、別に大陸でだってモンスターであるコボルトを殺して戦利品を獲たところで賞賛こそされ、罪には問われないだろう。


 わたしは悪くない。

 そう言い聞かせながら、コボルトの腰の鞄から宝石が入った袋を奪い取る。

 すると、思ったよりも高額な宝石が入っていた。


 こいつ、もしかしてどこかの田舎でまじめに働いて、収入を得て帝都に帰る途中だったのだろうか。

 それならもう少し稼いで護衛を雇うなり馬車に乗るなりすればよかったろうに。

 

 珍しく戦闘で黒字が出た。

 が、心になんともいえない気分の悪さが残った。


 こんなことで胸を痛めていて、父や母のような立派な冒険者になれるのだろうか、ユメの胸に一抹の不安が湧いてくる。


それでも、ユメは今は歩くしかない――帝都キョトー向けて。


(あっさり殺されるやつが悪い、奪われる奴が悪い)


 そう、心の中で繰り返して、ユメは歩く。


 どんな潤い方にせよ、多少懐も潤った。

 途中で馬車が通りかかったら多少宝石を払ってでも乗せてもらおう、そう決めてユメはまた歩を進める。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 そんなこんなで歩き続けると、ようやく帝都キョトーのシンボルである巨塔が遠くに見えてきた。

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