第四十五話 餌づけかお供え物か

「……」


―― 眠れない…… ――


 時刻は深夜2時。草木も眠る丑三うしみどきだ。普段の俺なら、とっくに寝ている時間帯。


―― 熱帯夜じゃないから、普通に安眠できると思ってたんだけどな…… ――


 俺が安眠できない理由。それは、さっきから部屋をウロチョロしている連中のせいだ。


波多野はたのさん! ここが光ってます! これはなんですか?!』

「……ネットのモデム」

『モデムさんは寝ないんですか?! 電気は消さないと!!』

「……それは常時接続なんだよ」


 モデムの前に座り、首をかしげている猫神候補生を見て溜め息をつく。そして寝返りをうって、バスタオルにもぐり込んだ。そろそろ寝ないと、本当にヤバいんだけどな。


『波多野さん、この丸いのはなんですか?!』


 すると今度は、部屋の反対側から声がした。なにを見つけたのはすぐにわかった。コンセントで充電中の掃除機だ。ため息をつきながら、タオルケットを抱えこむ。


「……掃除機」

『なんで平べったくって丸いんですか?! 僕の知ってる掃除機じゃないです!!』

「そういうタイプなんだよ」


 神様候補生とはいえ子猫だ。ここに来てから、見回りと称して部屋のあっちこっちをうろついて、ずっとこんな調子で大騒ぎをしている。


―― 比良ひらのやつ、ちゃんと安眠できてるかな…… ――


 あちらは一匹、こちらは二匹。それに姿もまだ見えていないようだし、グッスリかもしれない。


―― 護衛についてくれるのはありがたいけど、これは想定外だ…… ――


 猫大佐に護衛役を任された猫神候補生達は、下艦した俺達の護衛を立派にはたしていた。クラゲ幽霊もどきが近寄ってこようものなら、すかさず飛びかかり、猫パンチ猫キックで蹴散らしていったのだ。そして今は部屋を見回り中だ。これなら万が一、クラゲ幽霊もどきがついてきても安心だなと思っていたんだが、どうやら俺は、子猫達の好奇心を甘く見ていたらしい。


『目が赤く光ってます! これは悪いヤツでは?!』

「それは充電中のランプだよ。時間になったら床掃除をするんだ」

『もしかして掃除機の神様!!』

「ちがーう。てか、お前達、ちょっとは静かにして寝ろよ」


 そろそろ本気でヤバいと思い、二匹に声をかける。


『僕達、寝なくても平気です!!』

『猫大佐から護衛を任されています!!』

「いや、そっちは平気でも俺が平気じゃないから」


 小さな足音がして、二匹が近寄ってきたのがわかった。そしてタオルケットの中に顔を突っ込み、俺の顔が見えるところまでもぐり込んでくる。


「……だから、なんで来るんだよ」

『僕達、波多野さんの護衛ですから!!』

『護衛は近くにいないと!!』


 そう言いながら、俺の顔の横にちんまりとおさまる。


「……いや、だからさ、もうちょっとこう、なんていうか、神様らしくならないのか?」

『僕達、まだ候補生ですから!』

『まだ訓練中です!』

「どういう理屈だよ、それ……」


―― 実体を感じることができるのも善し悪しだな…… ――


 大佐といい子猫候補生達といい、俺の迷惑のことなんて、まったく考えていないんだから困ったもんだ。


「ところでさ、候補生から猫神になれないことなんてあるのか?」


 どうせ寝られないならと、前から疑問に思っていたことを質問してみた。


『大きなお船はダメって言われて、小さなお船になることはあります!』

『僕達は猫大佐と同じ、護衛艦の猫神になりたいです!』

「神様にも適性があるのか……」


 俺が思っているより、猫神になるのは大変そうだ。


「それを決めるのは大佐なのか?」

『そうです!』

『そうです!』


 俺に対する態度はアレだが、大佐は候補生達には教官らしい態度で接している。こうやって三匹同時に候補生の教育を任されるのだ、きっと教官としては優秀なんだろう。


「大佐がどう言ってるか知らないけど、お前達、もうちょっと見える乗員に対しては礼儀正しく接しろよ?」

『神社の神様達には、礼儀正しくしろと言われてます!』

『人間のことは、なにも言われてないです!』

「ええええ……」


 そこが肝心じゃないのかよと、密かにツッコミを入れた。


『波多野さん、はやく寝ないと明日、寝坊しちゃいますよ!』

『寝坊したら艦長さんに叱られます!』

「明日は当直だから、朝寝坊しても問題ないんだよ」


―― 誰のせいで寝られなかったと思ってるんだよ…… ――


 お前が言うな的なツッコミをしながら、大きな猫大佐とは違う子猫のモフモフを感じながら、目を閉じた。



+++



 そして案の定、寝不足で目がチカチカした状態で朝をむかえた。今日は当直なので出かけるのは夕方だ。もう少し寝ていられるんだが、習慣というのは恐ろしい。


「ま……停泊中なだけマシだよな」


 眠くなったら、あとで二度寝でもするかと考えながら体を起こした。横では子猫達が丸くなって寝ている。


「黙っていれば可愛いんだけどなあ……」


 しかしこれが他の人間には見えないとは。本当に世の中、不思議なこともあるものだ。そんなことを考えながら、ベッドからおりて朝飯の準備を始める。パンをトースターにほうり込み、冷蔵庫から牛乳を出していると、子猫達が走ってきた。


『あ、ミルクだ!』

『ミルク!』

「飲むか? ってかお前達、飲めないっけ?」


 昨晩の夕飯にも反応しなかったし、猫大佐がなにか食べているのを見たのは、魚の幽霊が艦内に飛び込んできた時だけだ。てっきり普通の食い物には興味がないと思っていたから、子猫達の反応が意外だった。


『飲めます!』

『ミルク、ほしいです!』

「え、そうなのか?」


 驚きながら、皿を出してそこに牛乳を入れ、テーブルに置く。子猫達は嬉しそうに騒ぎながら、テーブルに飛び乗った。そして皿に顔を突っ込むようにして、牛乳をなめ始める。


「……意外な発見だな」


 ということは、猫大佐も実は普通に食べられるのか?と疑問に感じた。これは是非とも、大佐か相波あいば大尉に質問してみよう。


「しかし俺が、猫のいる生活なんてなあ……」


 しみじみとつぶやくと、その言葉に子猫達が反応した。


『僕達、猫じゃないです!』

『猫神です! まだ候補生だけど』

「そりゃ失礼」


 似たようなものじゃないか、と心の中で反論する。一人前の猫神になったら少しは変わるかもしれないが、今のところ、こいつらの行動はどこから見ても普通の猫だ。


―― いや、猫神歴が長そうな大佐だって、普通の猫っぽいよな…… ――


 猫好きの幹部なんて、毎日がパラダイスだろうなと思いつつ、朝飯を食べることに集中した。



+++++



 夕方。


「今は白いクラゲ幽霊もどきはいるのか?」


 出かける準備を終え、部屋から出たところで、俺の肩と頭の上に乗っている二匹に声をかけた。


『いませーん! 異常なーし!』

『異常なーし! 出港準備よーし!』


 こういうところは船の神様っぽいなと愉快に思いつつ、部屋のカギをしめ、基地に向かう。その途中で比良ひらと顔を合わせた。心なしか、顔がだらしなくにやけている。


「おはよう、比良」

「おはようございます、波多野さん」

「昨日はあれからどうだった?」


 そのにやけ具合から、なにか嬉しいことでもあったんだろうと質問してみた。


「聞いてください。候補生さん、触れたんですよ! 夢なのかもしれないけど」

『夢じゃないです! ボク、比良さんになでなでしてもらいました!』


 比良の肩に乗っている子猫が言った。


「夢じゃないってさ」

「そうなんだ。早く見えるようにならないかなあ。出かける時も、部屋に置き去りにしてないか心配で心配で」

『ボク、ちゃんとしてるから心配なしです!』

「ちゃんとやってるから心配するなってさ」


 俺の通訳に、比良は安心したようだ。歩いている途中、子猫達は目にしたものに対して、あれはなんだこれはなんだと騒いでいたが、幽霊っぽいモノに関しては一切、口にしなかった。やはり日中は出ないんだろうか。それとも大量発生しているのが、うちの基地の桟橋さんばしだけということなんだろうか。


「しかしあの白いの、いつまであの辺でウロウロするんだろうな」

「どうなんでしょう……」


 他の先輩達に聞いても、こんなことは初めてらしい。


「やっぱりアレですかね。副長が戻ってこないと消えないとか」

「それって一体、どんな御守おまもり体質……」


 見たがっている副長には申し訳ないが、それが事実だと良いんだが。


 みむろに到着すると、猫大佐が桟橋のこちら側に出てきて、俺達を待っていた。


「意外だな、こっちに出てくるなんて」

舷門当番げんもんとうばん吾輩わがはいの姿が見えないからな。あそこで話をしたら、お前の頭がおかしいと思われるだろうが』

「それはそれは、お気づかい感謝」


 比良に伝えると、確かにそうですねと笑う。その横で大佐は鼻にシワをよせた。そしてフンフンと匂いをかぐしぐさをする。そして子猫達に目を向けた。


『お前達、牛乳を飲んだな?』

「ダメだったのか?」

『ダメとは言わんが、お前、候補生を餌づけするな』

「護衛してくれてるんだから、それなりの報酬は必要だろ。気持ちだよ気持ち」


 大佐に言われたことを比良に伝える。


「あ、僕も朝、牛乳をテーブルにお供えしました」

「ほらな? 神様なんだから、お供え物は必要じゃないか。それって普通だろ?」

『まったく。困ったものだ。さあ、行くぞ』


 大佐は、腹立たし気に尻尾を振りながら桟橋さんばしの階段を上がり、そのままみむろへと向かった。

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