第四十六話 白いヤツの正体は?
「あ、
「うわ、まだいるのかよー」
『波多野さんも比良さんも、僕達がいるから大丈夫です!』
『ご安航です!』
『ご安航でーす!』
猫神候補生達が、いっせいにニャーンと鳴き声をあげる。
「候補生がいるから大丈夫だってさ」
「それは心強いです。それより、あれ、昨日より数が減ったような気がしませんか?」
「言われてみれば……」
比良に言われ、改めてそいつらを見る。昨日まではひしめき合っていたクラゲ幽霊もどきだったが、今日はかなりその混雑が緩和されていた。一体どこへ行ってしまったのか。
「成仏したってわけじゃなさそうだよな……」
「あ、ほら。海の中へ入っていきますよ」
「あれ、どこへ行くんだろうな」
「さあ……」
「初めて見るよな、あんな動きをしているの」
「少なくとも僕は初めてですね」
海に向かうということは、やはりクラゲの幽霊なんだろうか。だが、それなら
「あの調子でどんどん海に落ちていってくれたら、
「だと良いですね。あ、もしかして、あの幽霊達の動き、副長の休暇が明日で終わるからとか?」
「もしかしてあれ、副長が帰ってくるから逃げ出してるとか?」
「一体どんなお
単なる偶然だとは思うが、一度、副長にそれとなく質問をしてみよう。
「先輩、今日も
「お帰り。あの白いヤツ、急に変なことになってきたな」
「ですねー。あのまま全部、おとなしく海に消えてくれると良いんですが」
そう話している間も、何匹かが海の中へと消えていく。
「ま、妙な騒ぎにならなくて良かったな」
「大量発生してウロウロしていたら、十分に妙な騒ぎじゃないですか」
「そりゃそうだ。まだ全部が消えたわけじゃないから、今夜も油断しないようにな」
「了解です。先輩も
そう言いながら、まだウロウロしている白いのを指でさす。
「怖いっつーか、こっちに乗り込んできやしないかと、そっちのほうで緊張しっぱなしだよ。早く消えてくれると助かるんだけどな」
「ですよねー」
やはり副長には、一秒でも早く職場に復帰してもらうのが、みむろの乗員にとっては平和かもしれない。
+++++
俺は比良とわかれて、自分の部屋に向かった。それまで俺の肩と頭の上に乗っていた候補生二匹は、そこから降りて俺を先導するように廊下を歩いていく。そして部屋の前までくると、俺のほうを振り返ってから、ドアの向こうに消えた。
「……待っているかと思ったら、勝手に入っていきやがったよ、まったく」
やれやれと溜め息をつきながらドアを開けると、二匹はさっそくベッドの上に陣取っている。しかも俺のベッドではなく、その上の
「おい、そこは俺じゃなく紀野先輩の場所だぞ?」
『紀野さん、いないから問題なしです!』
『ただいま未使用中なので、僕達が使用中です!』
こりゃダメだと首を振りつつ、制服から作業着に着替えた。子猫達は俺を待っている間、退屈なのか二匹でじゃれあっている。そこへ猫大佐が部屋に入ってきた。俺達が教育隊にいた頃は、自由時間でも教官がやってきたら緊張して背筋を伸ばしたものだが、猫神候補生達はまったく気にする様子もない。それは大佐も同じようで、候補生達がじゃれているのを横目でチラリと見ただけで、いつもの場所に陣取り毛づくろいを始めた。
「なあ」
『なんだ』
大佐は毛づくろいをしながら返事をする。
「お供え物の牛乳、ダメならダメて最初から言えよな」
そこで大佐は毛づくろいをやめて、俺の顔を見た。
『ダメとは言っていない。よけいな餌づけをするなという話だ』
「だから神様にはお供え物があって当然だろ?」
『それを当然と考えるようになったら困るのだ。
そうは言っても、俺からしたら、猫神も猫も大して変わらないんだが。
「大佐も牛乳のお供えはいるか? 候補生達が飲めるってこは、大佐も飲めるんだろ?」
『
「ふむ。つまりは牛乳でなく煮干しや鰹節を供えろということか」
だがその言葉に反応したのは、大佐ではなく候補生の子猫達だった。
『波多野さん、僕も鰹節すきです!』
『鰹節ーー!!』
『ミルクも好きだけど鰹節も好きです!』
『ミルクと鰹節、どっちも好きーー!!』
ニャーニャーと騒ぎ始めた候補生達の様子に、大佐は鼻にシワをよせて俺をにらんだ。
『それ見たことか。だから言っただろう。餌づけをするなと』
「だったら最初に言っておけって話だろ? 俺は別に甘やかしたわけじゃなく、お供え物として飲ませたんだから。いや、正確にはお供えしたのは比良のほうだけどさ」
『まったく困ったものだ。静かにしないか、お前達』
大佐が尻尾をブンブンと振り回しながら、厳しい口調で叱る。さすがにその口調に、二匹は静かになった。
『ミルク、もう飲めないのですかー?』
『鰹節もなしですかー?』
「ごめんな。勝手に飲ませたらダメだったみたいだ」
そう言って、子猫達の頭をなでる。
『波多野さんは悪くないです』
『悪くないですー』
俺と子猫の視線は、大佐に向けられた。
『良いか、お前達。猫神たる者、牛乳や鰹節に釣られてはならんのだ。
『わかりましたー』
『はーい……』
しょげかえっている二匹を慰めたい気持ちにはなったが、ここで口出しするのは良くないだろうと、グッとこらえる。大佐が振り返った。
『お前もそろそろ勤務時間だろう。ここで呑気にしていて良いのか?』
「あ、そろそろ申し送りの時間だ、行かないと。じゃあ、昨日からの護衛、ありがとうな。また明日もよろしく頼む」
『波多野さん、行ってらっしゃい』
『お仕事、がんばってください!』
二匹に見送られて部屋を出る。大佐は何故か俺について部屋を出てきた。
「艦内では大佐が護衛をしてくれるのか?」
『単なるいつもの見回りだ、バカ者め』
「あ、そう」
まあそういうことにしておこう。
「
『あやつは万が一の時のために、あのクラゲもどきを見張っている』
素っ気ない答えが返ってくる。
「なるほど。ところであれ、結局はなんなんだ? やっぱりクラゲの幽霊ってことで良いのか?」
『お前達がいうところの、幽霊には違いない』
「前に見たような悪さをする存在なのか?」
『悪いとは言わんが、生きている者にとっては良いものではないだろうな』
「はっきりしないな」
まあたしかに、艦内で跳ね回っていた黒いボールのようにくさくもないし、人の形をした幽霊ほどのおどろおどろしさもない。それだけで判断するのもどうかと思うが、フワフワしているだけの状態を見ていると、ただ数が多いだけで、そこまで厄介な存在には思えなかった。
『あれは特定のモノではないのだ。海で死んだあらゆる命が、一つに集まったモノ、とでも言うべきか』
「それで海に帰っていくわけか。じゃあ
『あのクラゲもどきの一部となっているモノの記憶が、そうさせるのであろうな。今はあの世に渡った人間の魂が、こちらに戻ってきている時期でもあることだし』
それを聞いてゾワッとなる。
「それってつまり、あのクラゲもどきの中には、人の魂の一部も含まれていると?」
『何千年前単位のモノだがな。海を漂っているうちに、他の死んだモノ達の魂と溶け合って一つになったのだろう』
「うわあ……やっぱり聞くんじゃなかった。それ、十分に怪談じゃないか……」
『お前が質問をしたから答えたのだ。
大佐はツンッとした顔をした。
「わかってるよ。あー、やっぱり副長には早く戻ってきてもらわなきゃ……あ、副長がこの手の現象に無縁なのはなんでかわかるか? やっぱり何か強い猫神がついているとか?」
『人間の事情など、
「えー……めっちゃ気になるのに」
『だから本人に聞け、バカ者め』
大佐は鼻を鳴らすと、そのまま艦橋へと続く階段を上がっていってしまった。
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